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 act.7 憑魔陣
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「スゴイッス、スゴイッス、何てことッス──!」
 バニラたちは興奮冷めやらぬまま新たな戦士たちに駆け寄った。ハンデ戦とはいえ、十傑衆の一人であるミントを、たった1週間の訓練で破ったのである。ゼロとメロディーの才能が尋常ならざる物であることは、誰の目にも明らかだった。
「ここまでやるとは。ジル、鼻が高いッスね〜!」
 バニラは思い切りシド=ジルの背中を叩いて笑った。
「まさか魔攻陣を動かすなんて……。メロディー、あなたの判断力も素晴らしかったわ。わたしの完敗ね」
 魔攻陣を解いたミントが、笑顔でふたりに話し掛けてきた。メロディーはちょっと照れながら答えた。
「これもミント先生のおかげです」
「ミントでいいわ。わたしも、うかうかしていられないな」
 ミントは汗の輝く笑顔でゼロを見た。ゼロは言葉を返せず、ただただミントの顔を見つめていた。
「ゼロ、何赤くなってんのよ?」
「え、あ、いや……」
 メロディーに脇腹を小突かれ、ばつが悪そうにしている。ゼロは、模擬戦のとき以上にドキドキしていた。
「ゼロ?」
 その時、闘技場の入り口の方からざわめきが起こった。
「カフーさんだ!」
「カフーさん!」
「お帰りなさいまし!」
 いかつい魔攻衆どもが、波のように素早く道を空ける。
「カフー!」
「みんな。元気そうだね」
 カフーが闘技場の中央に歩いてきた。カフーの後ろには、黒いローブをまとった見慣れぬ男がついてくる。
「カフー……」
 バニラはそっと手を伸ばし、ボロボロのカフーの闘衣に触れた。この数週間、カフーがどれほど苦しい戦いを続けていたのか、その姿を見れば尋ねるまでもない。
「無事で……良かったッス……」
 バニラはカフーの胸に顔をうずめ、堪えきれず涙を流した。カフーはバニラを優しく抱いた。
「心配かけたな……」
 カフーの後ろに立つサジバは、無表情で辺りを見渡していた。シド=ジルは、その黒衣の男を観察しながらカフーに話し掛けた。
「カフー、彼は?」
 カフーはバニラを優しく離すと、みんなにサジバを紹介した。サジバは前に進み出て、自己紹介した。
「我は予言者『シ』様のしもべ、八熱衆が壱の者、サジバと申す。シ様の命により、ケムエル神殿守護の方々への加勢に参上した次第。シ様は、エルリムの復活は近いと仰せです」
 サジバは、バニラたち主立ったメンバーの紹介を受けると、闘技場に集まった魔攻衆を前に語り始めた。
「かつて、レバント殿、リケッツ殿、ふたりの繭使いの活躍により、森の神エルリムは聖魔の森と共に、時空の狭間へ封印された。そして、ナギの民も使命を終え、その力を失った。だが、現世と森を永遠に断ち切るまでは叶わず、その係累たるふたつの路は、未だこの地に残り続けている。カヤとクマーリ、その路を塞ぐ二つの門は、偉大なる予言者『ギ』様の残しし血の結界。この地の監視をレバント殿に預け、シ様はエルリムを倒す術を、模索し続けておられました」
 シド=ジルが驚いて尋ねた。
「君はナギの末裔なのか?」
「如何にも。レバント殿が神殿を守ると共に、シ様もまた、真の安寧を得んがため、数百年の時を生き続けておられます。しかし、レバント殿が闇の森へと発たれた今、邪神エルリムはその力を取り戻そうとしている。時空の狭間に姿を隠し、聖霊を産み、復活の時をうかがっている。貴公らも既に感じ取っておろう。まもなく森は再びその牙を剥く。さすれば世界は再び蟲に覆われ、創世の無に帰するであろう。我は憑魔陣を伝えるため、ケムエル神殿へと参った次第」
 闘技場を埋め尽くす魔攻衆たちは、サジバの言葉を声を殺して聞いていた。
「そも聖魔とは蟲の一つの形。蟲、聖魔、カルマ、そして聖霊。総ては創造神エルリムの使い。エルリムは、パレルの地を創り、人を創りし畏怖すべき存在。なれど、人増えし今、我らはパレルをこの手に譲り受け、その御手を振りほどかねばならぬ。エルリムあるかぎり、人の世に真の平安は無い」
 静まり返る中、シド=ジルは全員を代表し尋ねた。
「エルリムを……聖霊を、君たちは倒せるというのか?」
「無論だ。レバント殿亡き今、その役は我らの使命。だが、シ様が立たれるまでは、今しばらく時がいる。それまでの間、非力といえど魔攻衆の方々に助力願うほか無い」
「何だと?」
 取り囲む猛者たちがいきり立つ。サジバは意に介さず話を続けた。
「貴公らの魔攻陣は、今や明らかに力不足。このままでは、エルリムの使徒どもを止めるのはおろか、せいぜい犬死にがおち。ケムエル神殿と二つの結界、そう容易く落ちてもらっては困るのだ」
 ベテランの魔攻衆たちが、怒りも露わにサジバに詰め寄った。
「ふざけるな!」
「俺たち魔攻衆は、ずっとここを守って来たんだ!」
「よそ者にデカイ顔されてたまるか!」
 サジバはフッとため息を吐くと、漆黒のローブを脱いだ。
「やむを得ぬ。もののふなれば、体で知るも良かろう」
 ローブの下には、漆黒のプロテクターを着ていた。所々、岩の割れ目のような亀裂があしらわれ、その底は溶岩色にギラギラと輝いている。サジバは闘技場の中央に立った。数人の魔攻衆が、相手を買って出る。
「一人二人など話にならん。まとめてお相手しよう」
 模擬戦の第2ラウンドが始まった。サジバの周囲を、5名のベテラン魔攻衆が取り囲む。サジバは終始無表情のまま、憑魔甲をはめた左腕を振り下ろした。光が飛び出し、テュテュリスが姿を現す。
「まさか、あの聖魔は!」
 シド=ジルは、その聖魔に心当たりがあった。かつてレバントから聞いた、炎の使徒の聖魔にそっくりだ。
「馬鹿な! テュテュリスは闇の使徒の聖魔だぞ!? まさか、黒繭を紡いだというのか!?」
 サジバはテュテュリスと融合し、戦闘態勢を取った。人型の異形となったサジバに、見る者は皆、動揺した。
「おい、あれじゃまるでメガカルマじゃないか!」
 だが、よく見ると、メガカルマとは異なり、呪文のような模様を持つ円盤が、うっすらと光りながらサジバの周りを回っていた。
「ゼロ、あれ」
「ああ……あの円盤が、聖魔との合体を支えてるんじゃないかな?」
「魔攻陣の円陣みたいな物かしら?」
 ゼロとメロディーは、サジバの憑魔陣を、注意深く観察した。サジバは5人の魔攻衆に囲まれながら、悠然と構えている。
「さあ。いつでも参られよ」
 魔攻衆たちは、まるでメガカルマのようなサジバの姿に驚きながらも、自らの魔攻陣を展開し、攻撃態勢を取った。残りの者たちは慌てて彼らから離れた。これだけの魔攻衆がぶつかるとなると、どれほどの術の応酬になるか分からない。
「それじゃあ、始め!」
 ムーは戦闘開始を合図すると、後方へ飛び退いた。先手必勝とばかりに、魔攻衆たちが一斉にサジバに攻撃を浴びせる。炎と地響き、凄まじい気流がサジバを包み込んだ。
「やったか!?」
 だがサジバは、直立したまま微動だにしない。サジバはゆっくりと瞼を開くと、低い声で吐き捨てた。
「ぬるいな、魔攻衆。この程度の力で、我が聖地の守護を名乗るか!」
 サジバはマントでも脱ぐように、まとわりつく攻撃をいっぺんに振り払った。そしてそのまま両手を構え、炎の光球を作った。光球のまぶしさに過剰な攻撃力を見切ったカフーは、慌てて叫んだ。
「よせ! サジバ!」
 光球が爆発し、無数の炎の矢が取り囲む魔攻陣に降り注いだ。魔攻衆もろとも、総てが焦土と化そうとしたその時、彼らを守るように氷の壁がそそり立ち、砕けながら炎の矢を打ち消していった。
 炎の矢と氷壁が消え去ると、5人のベテラン魔攻衆は、傷つき苦しみながら倒れていた。手ひどくやられたが、致命傷では無い。勝敗は一瞬にして決した。取り巻く者たちは、みな目の前の現実に言葉を失っている。そこへ、負傷した魔攻衆の背後から、車椅子に乗った老戦士ウーが現れた。
「おぬしのその力……邪が漂うな」
「……カフー以外にも、少しは使う者がいるか」
 サジバは憑魔陣を解除し、元のプロテクター姿に戻った。魔攻衆たちが負傷した仲間を運び出していく。
「ウー老師!」
 シド=ジルは、ウーの元へ駆け寄った。ウーもまた十傑衆の一人で、先のホワイト・ヴァイスで両足に重傷を負ったのだった。
「見物に来て良かったわい。こんな体でも、役には立つものよ」
 ウーはシド=ジルに自分の魔攻陣カプセルを示しながら、笑って見せた。元気な様子に胸をなで下ろすと、シド=ジルはみんなを代表して、サジバに向かって尋ねた。
「確かに大した力だ。君は憑魔陣を伝えると言っていたが、さっきの技が憑魔陣かい?」
 言葉にトゲトゲしさはないが、シド=ジルは明らかに警戒してサジバを見ている。取り囲む魔攻衆たちの雰囲気も、およそ好意的とは言えなかった。カフーはふたりの間に割って入った。
「非礼は僕から詫びよう。サジバは命の恩人なんだ。サジバ。君もやり過ぎだ。僕らは敵ではないだろう」
「この程度で死ぬるようでは、どのみち聖霊との戦いにも生き残れまい」
 シド=ジルは、サジバをジッと観察しながら話し掛けた。
「確かに僕らの魔攻陣では、新種聖魔の相手さえ苦しくなりつつある。だが君のその力も、憑魔陣の威力があればこそじゃないのか?」
 シド=ジルはサジバの左腕に装着されている憑魔甲を指さした。サジバはシド=ジルの挑発とも取れる質問を、無表情のまま認めた。
「無論だ。だがこの憑魔甲、そう容易い物ではないぞ」
 憑魔甲は、繭使いの技を模した魔操具であった。繭使いは、聖魔に自分の意識を憑依させ、自ら聖魔となって戦う戦士だった。そのため、異能者であるナギの血を引く者でなければ、繭使いにはなれなかった。だが、『集結の時』を迎え、異能者の力が失われると、如何にナギの末裔といえど、もはや繭使いの技は使えなかった。予言者シは、薄れゆく力でもエルリムに対抗しうる手段として、憑魔甲を作り出したのだという。聖霊の血を引くナギの特性を生かし、聖魔と肉体融合することにより、繭使いのように聖魔の力を手に入れたのである。
 一方、魔攻衆はただの人間に過ぎない。だが、聖魔を操り、森に馴染んでいることで、憑魔陣を扱える可能性があるという。サジバの使命は、魔攻衆の中から憑魔陣を扱える者を探し出し、ケムエル神殿の戦力強化を図ることにあった。
「俺たちは、お前らのために戦ってる訳じゃねえ!」
「家族や仲間を守るために、ここで踏ん張ってるんだ!」
 魔攻衆たちの反発はもっともだ。だが、戦力不足である現実は、否定のしようがない。サジバは淡々と告げた。
「無理にとは言わぬ。カフーは適応出来たものの、ナギの血を引かぬ貴公たちに、憑魔甲を扱える保証は無い。どんな副作用が出るかも分からぬ。挑むも挑まぬも、貴公たちの自由だ」
 魔攻衆の間に、重苦しい空気が流れる。バニラはケムエル神殿首座として、その場を治めるように全員に告げた。
「その件はまた日を改めるとしよう。サジバ殿もお疲れであろう。まずはゆっくり逗留されよ。カフーも体を休めてくれ」

「やはりどう考えても妙だな……」
 シド=ジルは、家族との食事の席で、サジバの話を思い起こしていた。
「妙って、何が?」
 ゼロは、フレア=キュアの手料理を頬張りながら聞いた。シド=ジルは、ジルの知識と照らし合わせながら、見解を述べた。
「レバントから聞いた話には、予言者シなどという人物は一度も出てきた事が無いんだ。シがサジバの言うような人物なら、何らかの記録が残っていても、おかしくないはずなんだが……」
 レバントの証言録では、エルリムの軛から解放されたナギ人は、不死となったレバントにケムエル神殿を預け、衰えゆく異能者として残された時を過ごすため、族長ニに率いられ安息の地を求め旅立ったという。
「族長ニは、予言者ギの血を引くナギ人の総本家とも言うべき血筋の者で、ナギ人を束ねる人物だったそうだ。そして彼の家系が代々守ってきたケムエル神殿を、ナギ人の力が失われるのに合わせ、最後の後継者として不死のレバントに預けたんだ。以来300年、レバントはケムエル神殿を守り続けていた訳だが、もしも共闘すべき予言者シという人物がいたとすれば、レバントがその事を知らぬはずはないし、交流があってもおかしくない。第一、レバントが黒繭使いとなって単身エルリムを殺そうとした、5年前の『リリスの変』の説明がつかない」
 シド=ジルは、釈然とせぬまま食事を続けた。
「でも……あのサジバという戦士も、嘘をついているようには見えなかったわ……。だいたい、彼、どこから来たのかしら? 聖魔の森の入り口は神殿にしかないし、クマーリの門を通ったのなら、誰かが気付いてもおかしくないわ。それが、森の最深部でカフーを助けるなんて……」
「森に入る別の方法があるんじゃない? ほら、キキナク・ステーションにあるゲヘナパレの転送装置みたいな」
 フレア=キュアの疑問に、メロディーはあっさりと答えた。
「そういえば、伝説の民にしちゃあ、随分あか抜けた感じのプロテクターだったよな〜。あの憑魔甲ってのも、何となく魔攻陣カプセルに似てるし。ゲヘナパレ帝国と何か関係があるのかな?」
 ゼロもメロディーも、この世界の歴史に実感がない分、ゲヘナパレの時代も繭使いの時代も同列に捕らえている。その時間感覚の希薄な意見が、シド=ジルにインスピレーションを与えた。
「ゲヘナの業……そうか、魔操陣か!」
 魔攻陣カプセルは、普通の人間にも聖魔を扱えるようにするために、レバントがキキナクと相談して開発した魔操具である。そして、その心臓部には、ゲヘナパレの技術が使われている。憑魔甲も、力を失ったナギの末裔のために作られた物ならば、魔攻陣カプセルと共通の技術を応用した可能性は高いだろう。
「ゲヘナパレの遺跡は、ナギ人が封印したんだ。予言者シが、ゲヘナの業を使った可能性は充分あるな」
 魔攻陣カプセルは、かつてゲヘナパレの錬金術師たちが聖魔戦争で用いた『魔操陣』という道具を参考にした物だという。魔操陣に関する詳しい資料は現存していないが、かつて錬金術師たちは、聖魔に対抗するため、『ゲヘナの僕』と呼ばれる造魔を作り出したと伝えられている。そして魔操陣を用いて造魔を操り、ついには聖霊を滅ぼしたという。キキナクは僅かに残された魔操陣の資料を参考にしながら、造魔の代わりに浄化した聖魔を用いる魔攻陣カプセルを開発したのである。
「魔操陣に関する資料は、僕もあまり持っていないんだが……ほら、これだ。造魔というのは、ゲヘナパレの錬金術師たちが生み出した人造生命の一種で、まあ、生体部品で出来たロボットみたいなものだったようだ。なんでも、造魔を乗り物代わりにしたり、鎧のように直接まとったり、集団で動かしたりしたそうだ」
 食事を終えると、シド=ジルはゲヘナパレ正史写本を持ち出し、魔操陣について書かれた部分を家族に見せた。
「これが魔操ブレスレット?」
「魔攻陣カプセルに比べると、随分小さいね」
 写本には、左腕に付けたイラストが描かれていた。
「それだけ高度な文明を持っていたという事だろう。ゲヘナパレでは、造魔と魔操陣はかなりポピュラーな技術だったようで、もともと武器としてより人々の日常の暮らしの中で役立てられていたようだ」
「そんな高度な技術を持った国が神の怒りに触れるなんて、ちょっと不思議だね」
「いや、高度だからこそ、人間は戒めなければならないということだろう。享楽に溺れた者の末路なんてのは、今も昔も変わらないということさ」
 シド一家が暮らしていた2007年も、ゲヘナパレのような超技術は無いにせよ、宇宙ステーションの建造に着手するほどの科学技術を有している。だが一方では、地上のどこかでは常に戦火が絶えず、恒久的平和など語るべくもない。一家は、ゲヘナパレ帝国の記録を見ながら、2007年に思いを馳せた。

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