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 act.9 旅立ち
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「ゼロ!」
「ジェットスラッシュ!」
 ゼロは、ミントの術で動きを固められたメガカルマに向かって高速で突っ込んでいくと、すり抜けざまに閃光の刃を浴びせた。メガカルマの体が、絶叫と共に胴で真っ二つになる。高々と跳ね上がった上半身が、リオーブの光に照らされながら力無く落下する。皇帝カズラの床に転がったむくろが、光の泡を立てながら消滅していく。
「ま、こんなとこか」
 急旋回し上空からメガカルマを倒したことを確認すると、ゼロはそのままミントのそばに滑るように着陸した。
「お見事、ゼロ」
 ミントは魔攻陣を解除し、微笑みながらゼロに近付いてきた。ミントもようやく包帯が取れ、戦線に復帰した。派手なバニラとは対照的に、ミントの闘衣は、清楚で華奢な印象を与えている。ただ、左半身がしっかりとガードされているせいか、右半身は胸元など案外露出度は高い。腰には細身の剣を下げ、左腕には愛用の魔攻陣カプセルを装備している。ミントも憑魔陣の練習を始めているが、まだ実践に使えるレベルではない。病み上がりということもあり、ミントはゼロとメロディーのコーチとして、チームを組んで森の哨戒にあたっていた。
「もうすっかり一人前ね」
「ミントのアドバイスがあるからだよ。これでもいっぱいいっぱいなんだぜ」
 ゼロは憑魔陣を解除すると、照れくさそうに頭を掻いて笑った。ふたりの様子には、くつろいだ雰囲気さえ見て取れる。
 ゼロもメロディーも、初陣から間もないにもかかわらず、既にその実力を発揮し始めていた。縛装は、まだ聖魔1体が限度だが、ある程度安定して使えるようになってきた。
 ゼロにメガカルマを任せ、メロディーも残りの新種聖魔を掃討し終わっていた。憑魔陣を解除し、不機嫌な表情でゼロとミントを見ている。メロディーは、笑顔で語り合うふたりを無視するように、ズカズカと近付いていった。
「楽勝楽勝。メガカルマも片付いたし、そろそろ神殿に戻りましょ」
「あ、ああ」
 メロディーは、ぶっきらぼうにふたりの間を割って歩くと、そのまま戦いの終わった皇帝カズラから出ていった。

 神殿に着きミントと別れると、メロディーはゼロを物陰に追いやり詰め寄った。
「ちょっとゼロ。アンタまさか、ミントに気があるんじゃないでしょうね?!」
「な、何だよ、いきなり」
 ゼロは赤くなり、ジッとにらんでいるメロディーから視線を逸らした。
「アンタ、分かってんの? ここは過去なのよ? アタシたちは未来に帰るんだからね」
「お、お前の方こそ、帰る時のこと、ちゃんと考えてんのかよ?」
「帰る時?」
 メロディーは、ゼロの切り返しの意味が分からなかった。ゼロは仕切り直すと、抑えた声で話し始めた。
「お前、ボクらが帰れるとしたら、いつの時点に帰ると思う? こっちに来てそろそろ3週間になるけど、今もし帰るとしたら、ドーム遺跡で光に包まれた直後か、それともその3週間後か、どっちだと思う?」
「どっちって言われても……」
「直後に帰るなら、大して問題はないさ。だけど、もし3週間後だったら、おそらく向こうに残されてる父さんたちの体は、そのまま3週間経ってることになる。エルリムを倒した後になれば、もっと先になるんだぜ」
 メロディーは、ゼロの指摘に動揺した。もしこの時代と2007年が並行して時間が流れてしまうとしたら、体ごとタイムスリップしたメロディーたちはともかく、体を残してきた両親は、帰還が即ち死を意味する。
「もしそうだとしたら、父さんたちは帰れないことになる。父さんも母さんもこのことには触れないけど、帰るときが来たとき、多分ボクたちだけを帰すつもりなんだと思う」
 メロディーは、思わず口を押さえ青ざめた。彼女はそこまでは考えていなかった。
「ボクはこの時代は嫌いじゃないよ。それに父さんも母さんもいるわけだし。結論を出すには早いけど、お前もそれなりに覚悟しておけよ」
 ゼロはメロディーの考えが落ち着くまでしばし待つと、ひとつため息を吐いて歩き始めた。
「そろそろ、行こうぜ」
 メロディーの中で、様々な不安が渦巻いた。

 ふたりは無言のまま、生命の間へと向かった。魔攻衆としての経験が浅いふたりは、ここで様々な聖魔を借りて試しているのだ。
「いらっしゃい。ふたりとも精が出るッスね〜」
 生命の間に入ると、繭を管理しているトリ男がふたりを出迎えた。トリ男は慣れた手つきで繭棚を開け、ゼロたちに示した。
「今日はどのあたりを試すッス?」
 元々、生命の間では、魔攻衆一人一人の繭を預かっている。ホワイト・ヴァイスによって大勢の魔攻衆が命を落としたことで、彼らの残した繭がそのまま大量に残されていた。在来種の聖魔が手に入り難くなった今、残された繭は貴重な遺産であった。バニラたちは、余った繭を整理し、魔攻衆の予備の繭として貸し出すことにしたのである。残された繭の中でも、十傑衆の物は鍛え抜かれた優秀な聖魔が多い。ゼロとメロディーは、バニラのはからいで、それらを自由に使うことが許されていた。
 ふたりが繭を選んでいると、トリ男たちがバタバタと騒ぎ始めた。部屋の奥のとばりから淡い光が射し、生命の間の主である巫女のラーが姿を現した。ラーは、全身をスッポリと覆うローブを羽織り、杖を頼りに弱々しく歩いている。少し高い位置にある巫女の座に登ると、頭を覆うフードをゆっくりと外した。
「ようこそ、若き戦士たち」
 ラーは素肌を人目につかせぬよう、手には手袋を着け、口元さえも覆っていた。目元に僅かに覗く白い肌は蒼く透き通るようで、彼女の体調が普通でないことを物語っている。ラーは挨拶を交わすと、か細く微笑みながらふたりに話し掛けた。
「期待のニューフェイスが、いつもお下がりの聖魔ばかりでは可哀想ですね。今日は体調も良い。あなた方に新種の聖魔を授けましょう」
「ラー様。大丈夫ッスか?」
 トリ男が、ラーの体を気遣いながら、卵の棚を開けた。そこには孵化させることが出来ずストックされた新種聖魔の卵がびっしりと並んでいた。
「遠慮せず、好きなのを選びなさい」
 ゼロとメロディーは戸惑った。ふたりとも、ラーの体調が尋常ではないことを知らされていたからである。
 これまで、繭使いも魔攻衆も聖魔を武器に戦ってきた。繭使いはその術で直接聖魔を繭に封印し、術の使えない魔攻衆は聖魔の卵を集めることで必要な聖魔を手に入れてきた。だが、どちらの方法でも、そのままの状態では聖魔を僕として使うことは出来なかった。聖魔を使えるようにするには、聖魔が帯びている呪いを浄化する必要があるのだ。繭使いの時代には、その役目を繭使いの妻であるナギの女が行っていた。そしてその代償として、ナギの女たちの体には、呪いの刻印が刻まれたのである。一方、ナギ人が消えた魔攻衆の時代になってからは、聖魔の浄化と繭への封印の仕事は、巫女のラーが一手に引き受けてきた。元々、ラーとムーの姉妹は人間ではなく、レバントのためにナギの秘術によって作られた生きた人形であった。
 これまでラーは、浄化の呪いを受けることなく聖魔の浄化を続けることが出来た。だが、新種聖魔の登場が、事態を一変させてしまった。新種聖魔の浄化は、人形巫女のラーをしても容易ではなく、ついに彼女の身にも呪いの刻印が刻まれ始めたのである。魔攻衆全員分の聖魔を扱うラーの負担は尋常ではなかった。そして、ひと度狂った浄化の能力は、在来種の聖魔でさえ扱うことを難しくしてしまったのである。
「ボクはいいよ。幼体から育てなきゃなんないんだろ。メロディーだけ貰えよ」
「でも……」
「そうだ。この前カフーが持ち帰った珍しい卵があります。それを差し上げましょう」
 ラーの指示で、トリ男が奥から卵を大事に抱えて持ってきた。それは、まばゆいばかりに純白に輝く新種聖魔の卵だった。ラーは卵を据えると、聖魔術を施した。卵が浄化されつつ孵化する。光の中から、灰色の雛が現れた。
「キャー、可愛い〜!」
 メロディーはひと目で気に入ってしまった。雛はメロディーを見上げ、ピーピーと可愛い声をあげている。聖魔が繭に収まると、メロディーは嬉しそうに手に取った。
「ありがとう、ラー」
 ラーを見上げたメロディーの顔が、一瞬にして青ざめた。浄化を終えたラーの体がゆっくり前のめりに倒れ、そのまま巫女の座から落下した。
「ラー!!」
 ゼロとメロディーは慌てて駆け寄り、ラーを抱き起こした。ラーは完全に意識を失い、全く反応がない。
「ラー! しっかり、ラー!!」
「ウッ! これは!?」
 口元を覆っていた布が外れ、胸元までが露わになった。彼女の白い肌には、ドス黒いヒルのようなものが無数に這い回っていた。いや、這っているのではない。それは動くアザであった。4,5センチの長さのヒルのようなアザが、おびただしい数、ウネウネとラーの白い肌に蠢いているのである。
「それが呪いの刻印だよ」
 気がつくといつの間にか、シド=ジルが駆けつけていた。
「パパ!」
 シド=ジルは、人差し指を口に当てた。彼は、ふたりが生命の間に向かったとミントから聞き、立ち寄ったのだった。
「どうやら気を失っているだけのようだな。……残念だが、浄化の呪いだけは、どうすることも出来ないんだ」
「そんな……」
 メロディーは涙を流しながら、手袋を着けたラーの手を取った。3人が何も出来ずラーを見守っていると、そこへムーがやってきた。妹であるムーは、ラーの異常に気付き、とんできたのだ。
「ラーなら大丈夫。私たちはふたりでひとり。私の命はラーの命でもあるから。……ラー、しっかり」
「……ムー」
 ムーが声を掛けると、ラーが意識を取り戻した。抱きかかえるゼロとメロディーが、ホッとため息を吐いた。
「ごめんなさい、ラー。アタシが卵を孵化してもらったばっかりに……」
 メロディーはラーの手を優しく撫でながら、涙を流し謝った。ラーは弱々しく微笑むと、首を横に振った。ラーの顔色が徐々に良くなってきた。
「気にすることはありません。これがわたしの仕事。わたしこそ、驚かせてごめんなさい。もう大丈夫です。おかげで楽になりました」
 そのラーの言葉は、実際にお世辞ではなかった。ゼロとメロディーに介抱され、事実、呪いの刻印が薄れ始めていたのだ。だが服に隠されていることもあり、残念ながら、誰一人その事実に気付いてはいなかった。ラーは起き上がると、ムーの手を借りながら、生命の間の奥へと下がっていった。
「ありがとう、ラー。この聖魔、大事に育てます!」
 メロディーはラーの後ろ姿を見送りながら誓うのだった。

 数日後、シド=ジルはカフー、ウーと共に、神殿首座の部屋を訪ねていた。現在の状況を打開するために、ある提案をするためである。
「ガガダダを探そうと思う」
 バニラたちは、シド=ジルの提案に驚いた。何故なら、ジルは以前、ゲヘナパレ帝国首都ガガダダの捜索を断念していたからである。カフーはジルに尋ねた。
「サジバから、何か情報を得たのか?」
「いや。彼は何も語ってはくれなかった。これまでにキキナク商会が発掘した遺跡と、ジル……僕の資料を再検討してみたんだが、まだ見落としている部分があると思ったんだ」
「確かに、かつて聖魔の森を封じていたゲヘナの結界の秘密でも手に入れば、森の復活にも対抗できるじゃろう。憑魔陣の配備の方は、どうじゃ?」
 バニラはウーの問いかけに、首を横に振った。
「まだ時間が掛かるッス」
 憑魔陣を実戦装備しているメンバーは、バニラを含めてもまだ5名しかいなかった。適性を示したメンバーは、ミントを始め他にも10人ほどいるが、実戦配備にはほど遠い状態だった。シド=ジルも適性を示せず、足を負傷しているウーもまた、使うことは出来ない。ウーは、シド=ジルの提案に賛成した。
「打てる手は、総て打っておくべきじゃろう。それに、ワシはあの憑魔陣には、どうも嫌な予感がする。予言者シと八熱衆とかいうのも、得体が知れんしの」
「僕も同意見です。予言者シの存在は、レバントからも聞いたことが無いし、共闘を持ちかけながらも、憑魔甲の提供以外、特に動く様子もない。使者であるサジバも、森の復活に危機意識は無いようだ。カフーには悪いが、僕も彼らには疑問を感じているんだ」
 ウーとシド=ジルの指摘に、カフーはフッと笑みを浮かべた。
「ふたりとも流石ですね。実は僕も完全に信用している訳じゃありません」
 カフーは先の単独捜査の時、しばしば何者かの視線を感じていたという。初めは、それが聖霊による監視と考え、接触するため気付かぬ振りをしていた。だが、マハノンと出会ったことにより、それは否定された。
「おそらくあれは、予言者シだったんでしょう。彼らは何らかの目的で僕に接触してきた。それが何なのかは分からないが、憑魔陣のパワーは魅力的です。憑魔甲自体はサジバの物と同じだし、我々も使える物は有効利用するまでです」
 カフーの危うい判断に、一同驚かされた。
「この事、他言せぬがよかろう。これ以上、動揺の種をまく訳にもいかんし、我らだけで警戒するしかあるまい。しかしそうなると、なおさら手をこまねく訳にはいかんの」
「それで、ガガダダ捜索の人選はどうするッス?」
 シド=ジルは、キュアとメロディーを連れて行くことを提案した。実は前の晩、この人選を相談した際、フレアはゼロも同行させることを強硬に主張していた。ふたりが戦士としてメキメキ成長していくと共に、フレアは危機感を覚えていたのだ。だが、新戦力をふたりともケムエル神殿から遠ざける訳にはいかない。結局シドは、ゼロを戦場に残すことを決断したのだった。
「予言者シの動きも気になる。念のため、ガガダダ捜査のことは伏せておくのが良いじゃろう」
 ウーの助言に全員が頷いた。
「明日、出発するよ。必ずガガダダを見つけて対抗手段を探してくる。それまで、神殿のことは頼んだよ」
 翌朝早く、シド=ジルとフレア=キュア、メロディーの3人は、ゼロひとりを残し旅立つ事となった。ジルの家を出るとき、フレアは泣きながらゼロを抱きしめ、離そうとしなかった。何が起きようといつも悠然と構えているフレアが、これほど取り乱したことは今まで一度もない。
「大丈夫だよ、母さん。カフーやバニラだっているんだし。魔攻衆のみんなと待ってるからさ」
「ゼロ。ゴメンね、ゼロ!」
 シド=ジルは、優しくフレア=キュアの肩を掴みながらゼロに話し掛けた。
「必ず手がかりを見つけてくる。それまで、無茶をするんじゃないぞ」
「わかってる。父さんたちこそ、気をつけて」
 ゼロは父親に笑って応えた。メロディーは、そんな笑顔のゼロに、言い得ぬ不安を覚えた。ゼロがどこか遠くにいるような、奇妙な距離感を感じる。母親の取り乱した様子も、不吉な何かを感じているからではないのか。メロディーはこの世界を、現代に帰るまでの仮の宿だと自分に言い聞かせている。母親譲りの楽天的な性格が、例え今は方法が無くても、現代に帰れると確信を与えてくれる。だが、双子の兄であるゼロは、必要以上にこの世界に関わろうとしている。そんな気がしてならない。
『そんなはず無い。考えすぎね』
 メロディーが不安を振り払うと、ゼロが近づいてきた。
「森から離れるからって、憑魔陣の練習さぼんなよ」
 ゼロとメロディーは、竜のアザのある右手をパチンとタッチした。ゼロはジルの家の留守を預かり、家族の出発を見送った。
 シド=ジルたち一行は、キキナク・ステーションの転送装置を使い、旅立っていった。表向きは、身重のキュアをジルの実家に預けるという名目になっている。一行はカムフラージュのため、2つの町に転移した後、改めて進路を変更した。彼らはまず、キキナク商会が発掘したゲヘナパレ遺跡群へと向かった。

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