TOP メニュー 目次

 act.10 エルリム樹海
前へ 次へ

 メロディーたちは、キキナク商会が用意したフロートバギーを受け取ると必要な物資を整え、最初の発掘ポイントへと向かった。
 フロートバギーもまたゲヘナパレ時代の遺物で、乗用車ほどの大きさの浮かぶ乗り物である。操縦は極めて簡単で、ドライバーはメロディーが担当することとなった。軽量なため2メートル近く浮かび上がることが可能で、数メートルの幅さえあれば、森の中でも自由に移動できる。座席には幌も付いており、身おものフレア=キュアにとっては具合がよい。
 メロディーはフロートバギーを運転しながら、改めてゲヘナパレの科学力に驚いた。いったいどういう仕掛けなのか、フロートカーは、燃料のいらない完全メンテナンスフリーの乗り物だった。エネルギーゲージが赤くなるまで一昼夜は走り続けることができ、たとえエネルギーが切れても、しばらく放置しておけば、また走れるようになる。生体センサーのような物も実装しているらしく、障害物なども容易に察知し、回避できる。そもそも、600年も昔の機械が、まるで新品のように動いているのだ。メロディーは、そのあまりに時代を無視した科学力に、ただただ唖然とするのだった。
 メロディーはシド=ジルの指示で、人気のない旧道を走っていた。しばらく見通しがよいのを確認すると、会話の意図を気取られぬように、楽しそうに話し掛けた。
「これだけでも2007年に持ち帰れたら、きっと大騒ぎね、ママ」
「多分ね。もっとも、向こうに持って帰っても、動く保証は無いんだけどね」
 フレア=キュアは、意味深な笑みを浮かべながら答えた。
「持って帰るには、こいつは大きすぎるだろ。僕ならこれだな」
 シド=ジルは、荷物の中からホタル石を取り出した。ホタル石は、この世界では一般的な照明道具で、ゲヘナパレ帝国は勿論、繭使いの時代から魔攻衆の時代に至るまで、人々の間で広く用いられてきた。通常は10センチ程度の石板状にして使われ、熱を持たない白色光をほぼ無限に放ち続けることが出来る。松明台のような網かごに入れて使われることが多く、パレルの庶民の明かりとして、暗い夜を照らしてきた。
「あら、アナタ。それも多分、向こうじゃ光らないわよ」
「そうなのかい、ママ? そりゃ残念だな〜」
 がっかりするシド=ジルを見て、フレア=キュアがクスクスと笑っている。彼女の赤い髪が、心地よく風になびいていた。
 メロディーはふたりの会話に疑問を持った。どうやらママたちは、何かこの世界の秘密に気付いているらしい。でも、そのくらいは当然のことだろう。何故なら両親は、メロディーも尊敬する優秀な科学者なのだ。そしてもうひとつ。メロディーはふたりのやり取りにホッとしていた。少なくとも、今の会話を聞く限り、ふたりとも帰ることを心配してはいないようだ。勿論、メロディーの意図を察しての演技という可能性もある。だが、そもそもシドは嘘が下手だし、フレアも隠し事をするたちではない。メロディーにとっては、それだけで充分だった。
『やっぱりゼロの思い過ごしよ』
 メロディーはハンドルを握り直すと、軽快にフロートバギーを走らせた。

 最初の目的地に着いたとき、陽は既に傾き始めていた。森を切り開いた発掘現場に着くと、シド=ジルは早速荷物の中から赤いリュックを取り出した。それは、あの聖魔の森に転送された際に、メロディーが持っていたバッグだった。
「お前達が調査道具を持っていてくれて、ホントに助かったよ」
 シド=ジルは、ガサゴソとリュックの中をあさりながら、何やらフレア=キュアと話している。メロディーはバギーから降り、人気のない発掘現場を見渡した。
 そこはサッカー場程度の広さしか無かった。森を切り開き、地面を4,5メートルの深さまで掘り起こしてある。穴の中には崩れた建物らしき跡があり、石畳の一部は、今でも周囲の森の下に続いているようだ。その光景はまるで、森林が建物のあった場所に乗り上げていたかのようにも見える。メロディーの脳裏に、一瞬、2007年にエルリム樹海で発見した遺跡の光景が浮かんだ。
 既に発掘は終わっているらしい。辺りには、作業の様子を伝える物は、何も残されていない。ここに来る途中も、近くに民家や集落は見かけなかった。おそらくこの遺跡は、発掘が終わると同時に放棄撤収されたのだろう。崩れた建物の跡には、もはや瓦礫しか残っていない。この建物の跡から、転送装置のような遺物が持ち出されたに違いない。メロディーは穴の底に降りると、壊れた建物を調べようとした。だがその時、穴の上からシド=ジルが彼女を呼んだ。
「メロディー、飛行タイプの聖魔を憑着して、これを持って上空に上ってくれ。明るい内に調べたいことがあるんだ」
 シド=ジルは遺跡には目もくれず、調査道具をメロディーに示した。小型のトランシーバーとレーザー測量器。どちらもメロディーが2007年から持ってきた物だ。ふと見るとフレア=キュアも、六分儀を使って太陽の位置を確認している。メロディーは、シド=ジルの意図が理解できぬままミミリーナとゴージェットを憑着し、調査道具を受け取った。シド=ジルはメロディーに、調査の内容を指示した。
「このまま真っ直ぐ上空に、行けるところまで慎重に飛ぶんだ。もし異常が起きて上昇出来なくなったら、トランシーバーで知らせてくれ。予備が無いから、なるべく電池は消耗させないように。わかったね」
 見上げると空には雲ひとつ無い。聖魔でどこまで上がれるか、見当も付かない。ままよとばかりにメロディーは、勢いよく飛び立った。ゴージェットの推進力で一気に上昇していく。どのくらい飛べばいいのだろう。そう考えた直後、突然憑魔陣に異変が起こった。シギルが急に悲鳴を上げ、憑着した聖魔の体が、パラパラと光を放ちながら崩れていく。
「え!? ちょっと、やだ!」
 ゴージェットの翼がバキバキと音を立てて砕け、ミミリーナのスーツもボロボロに破れていく。加速していたメロディーの体は、突然推進力を失い、そのままポーンと放り上げられ、自由落下を始めた。メロディーは慌てて憑魔陣を解除し、繭ホルダーを回した。えり好みしている時間は無い。代わりの飛行型聖魔として、メロディーはラーにもらった新種聖魔を選んだ。聖魔は純白の小鳥に成長していた。急いで憑着すると、体が羽根のように軽くなり、ふわりと空中に静止した。何とか墜落は防げたようだ。
「フ〜、ビックリした」
 メロディーは、純白のコスチュームをまとっていた。背中には小さな4枚の翼がパタパタと動いている。下からシド=ジルの大声が聞こえた。
「メロディー! 大丈夫か!?」
 父親は魔攻陣を展開し、彼女を受け止める体勢を取っていた。見下ろすと高度は残り100メートルもない。
「大丈夫、大丈夫!」
 メロディーは元気に手を振ると、今度は慎重に上昇を始めた。しばらく昇ると再びシギルが不安定になり始めた。メロディーは高度を保てるギリギリの高さで静止すると、トランシーバーでシド=ジルに情況を報告した。
「よし。それじゃあ、そこから測量器で地上までの高度を測ってくれ」
 地表に向けてレーザーを飛ばし、距離を測る。高度は300メートルそこそこしか無かった。メロディーは更に周囲を飛び回り、何が起きたのか確認した。
『天井がある!』
 高度はそれ以上あげられなかった。試しに聖魔をもう一体出してみる。限界高度の付近から、聖魔の体がパリパリと砕け始める。聖魔は、この見えない天井の下だけでしか、存在することが出来ないのだ。メロディーはシド=ジルの所へ舞い降り、体験した現象をつぶさに報告した。

 シド=ジルとメロディーは、バギーに掛ける形で野営用のテントを作った。2007年とは違い、さすがに便利なキャンプ道具が揃っているわけではないが、シドにはこれくらいお手の物である。
「明日は少なくとも3カ所は回りたい。朝早く出発するぞ」
 シド=ジルの言葉に、メロディーは目を丸くした。
「朝って……ここを調べるんじゃないの?」
 見たところ、周辺にはまだ何か埋まっている可能性がありそうだ。憑魔陣を使えば、土木作業も楽にこなせる。メロディーはてっきり、発掘現場を更に掘り起こすとばかり思っていたのだ。だが、シド=ジルは笑って答えた。
「そんな時間があるわけないだろ。それに、こんな所を掘ったところで、ガガダダのヒントなんて出てきやしないさ」
 シド=ジルは、確信を持ってメロディーに答えた。
 簡単な夕食を済ますと、シド=ジルはエルリム樹海の地図を広げた。これもまた、2007年から持ってきた物だ。シド=ジルはフレア=キュアと共に、メロディーに説明を始めた。
「この世界には、フロートカーのような技術はありながら、正確な地図は存在していないんだ。だが、幸い僕らは正確な地図を持っている。2007年と地形は大差ないと仮定すれば、観測で自分たちの正確な位置が特定できる」
「太陽や星の運行を調べた結果、ケムエル神殿の位置はわたしたちが発見した遺跡と、緯度経度共に完全に一致したの。時期も、わたしたちは1008年過去の同じ日に飛ばされてきたことが分かったわ」
 メロディーたちが魔攻衆の修行を続けている間、科学者夫婦は無為に時を過ごしていたわけではない。彼らは、時計やコンパス、六分儀などを駆使し、この世界の分析も行っていたのだ。
 エルリム樹海は、東西150キロ、南北200キロの広大な面積を有している。ケムエル神殿は、そのほぼ中央に位置しており、現在メロディーたちがいる発掘地点は、神殿から西南西に40キロほど離れた場所にあった。シド=ジルは、明日から回るポイントのだいたいの位置を示した。そのルートは、ケムエル神殿の南側を迂回するほぼ半円状のルートだった。
「それぞれの場所への行き方は調べてあるが、実際、ジルもいったことがあるわけじゃない。時間的に全部は無理だが、なるべく多く、広範囲に回りたい。このルートで遺跡の特定が終わったら、その次はこう北上して、ホワイト・ヴァイスで全滅した村々を回る」
 シド=ジルは、半円状のルートから更にケムエル神殿を反時計回りに回り込むコースを示した。
「それが済んだら、初めの町に戻って最初の行程は終了だ。ほんとはサイラス村にも寄りたいんだが、今は時間が無い」
 メロディーは改めてルートのチェックをした。地図には遺跡群や村のだいたいの位置が鉛筆で記されている。位置の特定が終わっているケムエル神殿は、赤ペンで○印が付けられ、この発掘地点は×印で示されている。印の横には、上昇限界高度も書き加えてある。広大なエルリム樹海には、断層状の地形や、丘陵地帯、大きな川も存在する。サイラス村のある東側は、山脈によって遮られている。メロディーは、予想される遺跡位置とルートを横切る等高線を読んだ。見たところ、それほどやっかいな障害は無さそうだ。川についてもフロートバギーなら、気にせず横断することが可能だろう。場合によっては、道路代わりに川面を下る手もある。街道もあるようだが、こうして地図に照らし合わせると、必ずしも最短ルートとは言えないようだ。メロディーたちは、2007年の樹海の地形を思い出しながら、なるべく最短となる走行ルートを検討した。

 次の日、調査の要領を得たメロディーは、憑魔陣をも駆使し、軽快にゲヘナパレ遺跡を走破していった。森を突っ切るときはパワー型の聖魔が威力を発揮し、方角に迷うときや遺跡に接近したときは小鳥の聖魔で上空からルートを探し出す。そして目的地に到着すると、テキパキと測量作業をこなし、上昇限界高度や、現在位置を割り出していく。ひとつ、またひとつと、遺跡の場所が地図に書き込まれていく。発掘現場の規模は、どの遺跡も大差はなかった。
「それにしても、樹海の中からこんな遺跡、よく見つけられたわね」
 メロディーは素朴な疑問をシド=ジルに尋ねた。
「それは、転送装置のおかげだよ。転送装置は、ジャンプする両側に必要だろ。ひとつあれば、ジャンプ先に使える転送装置をサーチすることが出来るんだ。生きてさえいれば接続を試みる事が出来るし、遺跡のだいたいの場所は古文書から割り出すことが出来た。あとはトリ男が反応のある場所を掘り起こしたってわけだ」
 予定していた遺跡群の特定を順調にこなし、一行はケムエル神殿の北方に点在する滅亡した村々へと進路を取った。村の規模は、どこも大きくはなかった。この辺りにはかつて聖魔の森があり、レバント親子が時空の狭間へ分離、封印したことで、残された森であった。聖魔などの異形がいなくなったため、その後に、徐々に人々が入植したのである。
 村は、完全にもぬけの殻だった。僅か2ヶ月前まで、そこには人々の暮らしがあったのだ。オニブブに襲われた村では、人間だけが目覚めぬ眠りに墜ち、村はそのままの姿で残されている。メロディーは、今にも誰かと出会いそうな生々しい廃墟に、滅びの蟲オニブブの恐ろしさを実感するのだった。
 ケムエル神殿を出発して1週間。一行は樹海の中を一周し、フロートバギーを受け取った町へと戻っていた。神殿の西方にあるこの町には、聖魔の森の特産品を扱う貿易商が建ち並んでいた。いわばここは、キキナク商会の玄関とも言うべき場所である。ここから宝石や薬草などの特産品を他の都市へと売りさばき、巨万の富を築いてきたのである。
 メロディーたちは商会の手配した宿屋に入ると、さっそく調査結果の分析を始めた。地図に目印が増えていくにつれ、メロディーはシド=ジルが何を導き出そうとしているのか、その目的がだんだん見えてきていた。テーブルにエルリム樹海の地図を広げると、シド=ジルはまず、ケムエル神殿やオニブブに襲われた7つの村を取り囲む大きな円を描いた。
「この円は、かつてゲヘナの結界が掛けられていた範囲だ。つまり、繭使いの時代の、聖魔の森があった場所だ」
 描かれた円の南側には、弧を描くように遺跡群が点在している。シド=ジルはゲヘナパレ正史写本を開き、記述と照らし合わせながら考察を始めた。
「この遺跡群は、かつてゲヘナパレが、聖魔の森から妖精の繭や薬草を集めるために作ったキャンプ地なんだ。アルカナ伝説の悲劇に関わった施設だな。結果として、繭の乱獲に抗議したメネク皇太子は獄死し、恋人のアルカナもウバン沼に身を投げた。そしてエルリムの怒りを買ってからは、聖魔が総ての町を襲い、聖魔戦争へと突入していく。かろうじて聖霊を滅ぼしたゲヘナパレの錬金術師たちは、このキャンプ地を足がかりに、エルリムに最後の特攻を掛け、森にゲヘナの結界を張ったんだ」
 シド=ジルは、正史写本の記述を指さしながら話を続けた。
「ウバン沼はこの結界の中にあったらしい。そこにはたくさんの巨木が生い茂り、エルリムの仮の姿である御神木も、その中にあったと言われている。そしておそらくそれは、この辺りだろう」
 結界の円の中、7つの滅びた村を取り囲むように、小さな円を描いた。メロディーは、7つの村の上昇限界高度に注目した。この辺りの上昇限界は遺跡群などより明らかに高い。シド=ジルが描いた円も、一番高度がありそうな地点を中心に描かれている。
「おそらくここが、かつてエルリムがいた場所、この世界の根幹となる地点だ。ホワイト・ヴァイスのとき、クマーリの門を突破したオニブブは、ケムエル神殿町には目もくれず、何故か北方の村々を襲った。ジルにもその理由がわからなかったんだが、こうして位置を記すとよくわかる」
 フレア=キュアもその意味を理解しつぶやいた。
「森の帰還……リオーブが発動し、聖魔の森が地上へと帰ったとき、エルリムがここに現れる」
「地図上で見れば造作も無さそうだが、実際に御神木にたどり着くのは容易いことではないだろう。ゲヘナパレの時代にも、エルリムの御神木を見たことがあるのは、ナギ宗家の予言者ギだけだったという話だ。おそらく御神木の周囲には、次元の迷路が張り巡らされているんだと思う」
 御神木の位置からケムエル神殿までは、あまりにも近い。元々、ケムエル神殿もゲヘナの結界の中にあったのだから当然ではあるが、もしエルリムが帰還すれば、魔攻衆はひとたまりもないだろう。3人は、状況の厳しさを再認識した。
 メロディーは、地図を改めて見渡した。御神木が現れる場所は、上昇限界高度が1000メートル近くある。そこから離れていくにつれ、どんどん高度が下がっていく。プロットする予定地は無いが、このまま離れて行くとどうなるのか。メロディーはその事を聞いてみた。
「お前が不思議に思うのは当然だな。この世界には『ワールドエンド』があるんだ」
 シド=ジルは更に、地図上に記された総ての町や遺跡を取り囲む、直径100キロ近い大きな円を描いた。
「お前が調べた上昇限界は、丁度お椀のように樹海の中央を覆っていて、その縁は地上に接する。それがこの円だ。この範囲、これがエルリム樹海の中で、この世界の人間が活動できる範囲なんだ。そしてこの円にあたる場所は、ワールドエンドと呼ばれていて、その先に行くことは、誰にも出来ないんだ」
「え? でも、ジルの故郷のセラミケは、樹海の中には無いはず……あ、転送装置!」
 シド=ジルが頷いた。
「この世界では、おそらくこのエルリム樹海と同じように、町をスッポリ覆う見えない結界が、まるで島のように幾つも存在しているんだと思う。そしてそれらは『回廊』と呼ばれる転送装置で繋がれている。その構造は、ちょうど時空の狭間にある聖魔の森と同じだと思っていいだろう」
 シド=ジルは更に話を続けた。
「セラミケは険しい山に囲まれた山岳の町だが、かつてはそこにも聖魔の森があり、繭使いが住んでいた。レバント親子が御神木を時空の狭間へと追いやったことで、各地の聖魔の森も消滅した。ゲヘナパレ帝国が滅亡するとき、錬金術師たちはエルリムの力を削ぐために、聖魔の森を、火・水・風・土の4つのエレメントに分離して、ゲヘナの結界を張った。その影響は、聖魔の森が時空の狭間へと追いやられても残っていた。だが今や森はその構造を大きく変化させ、本来の力を取り戻し、帰還の時を伺っている。森が帰還するということは、ここエルリム樹海だけでなく、総ての町が、再び森の危険に曝されるということなんだ」
 メロディーは、この異常な世界構造をようやく理解した。自分たちの知っている惑星パレルの地上に、巨大なドームのような結界が幾つも存在し、それらが回廊によって結ばれている。そしてコロニーとでも言うべき結界のドームには、かつてそれぞれ聖魔の森が存在し、森の神エルリムの力が、隅々にまで行き渡っていた。ゲヘナパレ帝国はその支配と戦い、繭使いはついにエルリムを地上から追いやることに成功した。だが今、そのエルリムが、再び復活しようとしているのだ。
「ねえ、パパ。結界の外には……上昇限界の外には、人間はいないの?」
 メロディーは、素朴な疑問を口にした。シド=ジルはひとつため息を吐くと、否定的な答えを口にした。
「おそらく、結界の外には人間はいないだろう。もしいるなら、何らかの痕跡が残っていたはずだ。バニシング・ジェネシスの事実が、それを証明しているよ」
 歴史上の空白期間である千数百年の間、人類はこのエルリムの鳥かごの中にしか存在していない。それが考古学者シドの導き出した結論だった。
 そして今から数年後には、世界中で何事もなかったかのように歴史が再開する。いったいなぜ、こんな世界が生まれたのか。森の神エルリムとは何なのか。謎は深まるばかりであった。
「何にせよ今は調査を続けるしかない。そしてガガダダを見つけ、エルリムを倒す手段を探すんだ。明日からは回廊を渡って、他のコロニーを調べるぞ」
 シド=ジルは、調査を次の段階に進めるために、明日からの計画を話し始めた。

前へ 次へ
 
TOP メニュー 目次
 
For the best creative work