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 act.12 仮説
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 メロディーたちの調査は、第2段階に入った。朝早く玄関町を出発し、樹海を切り開いた広い街道をフロートバギーで西に向かう。一行は程なく西の回廊入り口へと到着した。街道を塞ぐようにそびえ立つそれは、渦を巻きながら青白い光を放っていた。メロディーは、街道の路肩にバギーを止めた。
 それはまるで、端を縦に切り取られた巨大な丸いサボテンだった。切り口にあたる回廊入り口の光は、聖魔の森の転送装置であるヒメカズラの光とよく似ている。おそらくどちらも同じ原理で動いているのだろう。正面に立つと、青白く光る入り口には距離感が感じられず、平面にも、無限に続く光の洞窟にも見える。丸みを帯びた後ろ側は、緑の肉厚な質感を持ち、何本もの太い根が地中にガッチリと食い込んでいた。メロディーが回廊入り口の正面で不思議そうに眺めていると、突然青い光が大きくなってきた。
「メロディー、危ないからどきなさい!」
 シド=ジルの声に慌てて横にどくと、溢れだした光に包まれて荷物を満載した大型のフロートカーが飛び出してきた。メロディーは思わず回廊入り口の後ろ側を見た。頭では理解しても、やはり目で見ると驚かされる。明らかにここからどこか別の場所に繋がっているのだ。
 気が付くと、フレア=キュアはメロディーに構わず、現在位置の観測を始めていた。回廊入り口はワールドエンドのそばにあることがこの世界の常識となっているため、上昇限界高度を測る必要はなかった。だがメロディーは、自分の目で確認しようと憑魔陣を使ってみた。20メートルも上らないうちに、目に見えない上昇限界に達した。メロディーはそこから、回廊の先の方角を見渡した。眼下には、深い森が延々と続いているだけで、人々を閉じこめるような結界の形跡はどこにも見あたらない。だが、シド=ジルの話では、人々を寄せ付けないワールドエンドは、すぐそこに確実に存在するという。メロディーは狐につままれたような気分になった。腕とあぐらを組み、首を傾げながら上空をフワフワと漂っていると、下からシド=ジルの呼ぶ声が聞こえた。いよいよ回廊を渡るのだ。
 メロディーはフロートバギーをゆっくりと光の渦の中に進めた。バギーの周囲を、青白い光が後方へと流れていく。バギーをゆっくりと走らせているはずなのだが、風はまったく流れず、走っている感覚がない。光の流れによって、空間ごと運ばれている感覚だ。数分も経っただろうか。前方に小さく草原の風景が見えたかと思うと、見る見る大きくなっていった。視界全体が草原に変わったとき、一行を乗せたフロートバギーは、回廊から抜け出していた。メロディーは慌ててバギーを街道の脇に止めた。そこは明らかにエルリム樹海ではなかった。うっそうとした森など何処にも見あたらない。メロディーは呆然としながら、キョロキョロと辺りを見回した。
 メロディーにとっては総てが初めての経験だ。だが、ジルとキュアの記憶を共有している両親にとっては、何も珍しいことではない。ふたりはメロディーに構わず現在位置を調べた。シド=ジルはエルリム樹海を含んだ縮尺の荒い地方地図を広げると、現在位置をプロットし、エルリム樹海側の回廊入り口と直線で結んだ。
「200……240キロ! 随分飛ばされてきたな!」
 そこはエルリム樹海から西南西にある内陸の土地だった。メロディーは地図を見て、更に目を丸くした。
「このコロニーには小規模の町が3つほどある。回廊はここの他に2カ所あるから、その3点を円で結べば、このコロニーのだいたいの大きさが分かる。僕の調べでは、コロニーと断定できる場所が20以上ある。残念だが、それらを全部調べる時間は無い。行き先は調査を進めながら指示するから、運転頼んだぞ、メロディー」
 こうしてメロディーは、ひたすらフロートバギーを走らせることとなった。1番目のコロニーの規模は予想よりも小さく、直径30キロ程度の円になった。残り2つの回廊も転送距離は短く、どちらも100キロ足らずしか無かった。シド=ジルはあらかじめ、コロニー分布の予想図を作っていた。町と街道を描いた略図に回廊を書き加え、コロニーの境界線をまとめた物である。そのコロニー予想図と実測した地図とを照らし合わせ、次に進むべき方向を決定していくのである。
 いくらフロートバギーの運転が楽だとは言っても、連日走り詰めというのは流石にきつい。エルリム樹海ほど大きいコロニーこそ無かったが、コロニーの規模や回廊数もまちまちで、おまけに行ったり来たりを繰り返す場合もある。回廊については、見落としがないかを地元の町で確認し、入り口を目指して不慣れな道を走り回るのである。このコロニー特定調査は、想像以上に骨の折れる作業であった。
「こういう事は、ホントはゼロの管轄なんだけどね。まあ、何とかなるか。楽勝楽勝!」
 ケムエル神殿ではみんなが帰りを待っている。自分の代わりに残ったゼロは、今も戦っているはずだ。へこたれてなどいられない。両親が測量をしている間、メロディーは体操をして、運転で凝り固まった体をほぐした。
 シド=ジルとフレア=キュアが、何やら地図を見ながら話している。メロディーは近づいていくと、横から地図を覗き込んだ。一行はこの数日間で既に8つのコロニーを走破していた。走破したコロニーは、エルリム樹海の南西に集中し、回廊が網の目のように張り巡らされている。メロディーは地図を眺めると、素朴な疑問を口にした。
「ねえ、パパ。こんな森の西側ばっかでいいの? 北とか東にもあるんでしょ?」
 シド=ジルとフレア=キュアは少し驚くと、興味深そうに娘の顔をじっと見つめた。メロディーがふたりの反応に戸惑っていると、シド=ジルがゆっくりと質問を始めた。
「なぜ西側だけだと思ったんだい?」
 メロディーは父親の質問にけげんな表情をすると、書き加えられたコロニーの位置を指さした。
「なぜって、西側にしかないし、回廊もちゃんと調べたし……」
 シド=ジルが書いたコロニー間の略図と照らし合わせてみる。走破したコロニーには、調べ忘れた回廊は見あたらない。地図を見ても、回廊は交差することなく、隣接するコロニーとの間を網の目状に結んでいる。フレア=キュアがうっすらと笑みを浮かべ、話し始めた。
「これは、とても大切なことなのよ。回廊は、二つの地点を結ぶ異次元トンネルのようなもの。だから本来、両端の物理的な位置関係は気にしなくてもいいはずでしょ。それが、隣接するコロニー間だけを結ぶように、規則性を持って使われている。だとすれば、片側を特定することで、反対側のコロニーの位置を絞り込む事が出来るのよ」
 確かに転送装置ならば、どの地点を結んでも問題はないはずだ。だが、これまでの調査結果を見る限り、回廊の張り方には明らかに規則性が存在している。
「コロニーも回廊も、おそらく森の神エルリムが聖霊たちに作らせたんだろうが、この世界に住む人間には、コロニーが地理的にどれくらい離れているかなんて気付くはずがない。我々はこうして地図を持っているからそれを認識できるだけだ。本来、町を作るときには、何らかの規則性を持つものなんだ。それが地形による制約であったり、作る者の意図であったり。だから実際には、ランダムに回廊を結ぶなんて事は、可能性としては極めて低い。メロディー。お前が無意識に感じた規則性は、この世界を作るときに生まれた、都市計画の方向性を示しているんだよ」
 地勢考古学者シドの仮説はこうであった。
 エルリムは惑星パレルの各地にコロニーを作り、それを繋ぐ交通網として回廊を張り巡らせた。回廊がコロニー間を網の目状に結んでいるのは、総てのコロニーを優劣無く扱った結果だろう。そしてエルリムは、各地のコロニーに何らかの目的で人間を集めた。当初、各コロニーには聖魔の森が置かれ、エルリムはそこを通じて人間世界に影響を及ぼしていた。現在、時空の狭間にある森は、百を優に超える島で形成されている。おそらく惑星パレル全土にも、百を超えるコロニーが点在しているに違いない。ゲヘナパレの時代以降、確認できる往来可能なコロニーは20程度しかない。残りのコロニーの状態は不明だが、それらのコロニーとの間も、未発見の封鎖された回廊によって同じようにネットワークされている可能性がある。
「何となく分かるけど……でも、それとガガダダ探索とどんな関係があるの?」
 メロディーは、ふたりの真意が分からず聞き返した。シド=ジルは正史写本を取り出し説明した。
「僕らが目指しているガガダダも、どこかのコロニーに存在したはずだ。記録にある近隣の町の名前から判断すると、少なくともここと、あとふたつのコロニーと回廊で繋がっていた可能性があるんだ」
 シド=ジルは、走破したコロニーの中から、南側にある3つを指し示した。その隣接する3つのコロニーからは、更に南方へと延びる回廊が存在しなかった。
「帝国滅亡の後、ナギ人がガガダダを封印した方法とは、回廊封鎖だったんじゃないかと思うんだ。なんたってガガダダは、ゲヘナパレ帝国の首都で、大きな王宮もあったというからね。回廊封鎖が、一番簡単な方法だ。これら3つのコロニーには、かつてガガダダに続いていたと言われる古道が残されている。以前ジルは、そこを調べたんだが、ガガダダの遺跡は発見されなかった。帝国崩壊直後は、相当な混乱状態にあったようで、残念ながら回廊封鎖を示す確証は残されてはいない。何しろここの住人にとっては、回廊も道路の一部に過ぎないからね」
 シド=ジルは改めて地図を指さした。
「ガガダダが別のコロニーに存在しているなら、ワールド・エンドに阻まれている以上、ここの住人にはその場所を特定することは出来ない。だが、回廊の張り方に規則性があるなら、僕たちにはその場所が特定できる可能性が出てくる」
 シド=ジルは正史写本のページをめくり、そこに記された図を見せた。
「ガガダダの南には、海が広がっていたらしい。海産物が主な交易品になっていて、宮廷料理や庶民の食事にも海の幸が多く使われていた。また、海に注ぐ大河もあったようだ。だが、海の沖には巨大な滝が無限に続き、漁は沿岸でしか出来なかったらしい。大河も対岸が切り立った巨大な崖で阻まれ、それが東のワールドエンドになっていたと記録されている」
 メロディーは改めて地図を見た。3つのコロニーと隣接し、海のそばで東に大河がある。特定できそうな場所は、一つしかない。メロディーはそこを指さした。だが、海の沖に滝などがあるはずはなく、大河も崖下を流れているような川ではない。
「どうやら3人とも同じ意見のようだね。ガガダダと近隣の町とは、時差があったという記述もないし、気温についても同様だ。これまでの結果から判断すると、この辺りに首都ガガダダがある可能性は極めて高い。巨大な滝と崖の記述が謎として残るが、次はその謎を解いてみよう」
 シド=ジルは地図を片付けると、出発の準備を始めた。
「まだ陽も高い。このコロニーにあるガガダダ古道へ行ってみよう。以前ジルも調べた道で、ここからそれほど遠くない。600年前から使われていないだけに荒れ放題で道と呼べないほどだが、古道をたどれば当時の回廊入り口が見つかるはずだ」
 ジルの記憶を頼りに、3人はかつてガガダダに繋がっていた回廊の入り口探しに出発した。

 * * *

 ゼロとミントのペアは、めざましい戦果を揚げていった。憑魔陣を使ったゼロがフォワードを務め、魔攻陣を使ったミントがバックアップする。ふたりの一糸乱れぬ連携は、カフーでさえ舌を巻くほどであった。
 小競り合いの続いていた島でメガカルマを掃討し、ゼロとミントは部隊の仲間たちと共にケムエル神殿に凱旋した。クマーリの門を抜けると、玉座の間に人だかりが出来ていた。見るとそこでは、サジバがラダの体に鎖を結んでいた。
「何やってるんだ、サジバ!」
 驚いてゼロとミントが駆け寄った。ラダはふたりに気付くと、自分から話し始めた。
「俺がこうしてくれって頼んだんだ。ときどき自分を失って、暴れるようになってきた。みんなにケガをさせるわけにはいかないからな」
 ラダは笑いながら鉄の首輪をはめ、手かせ足かせに鎖を繋いでもらった。床に腰を下ろし、壁に寄りかかる。サジバは調合した薬を取り出し、ラダに飲ませた。
「ありがとう。少し眠くなってきた……」
 ラダは穏やかな笑みを浮かべ、そのまま静かに眠りについた。ラダの体は、既に半分以上聖魔の皮膚に覆われていた。サジバは、ラダに毛皮を掛けてやると、無言でその場を立ち去った。ゼロとミントは、聖魔に浸食されていくラダを見つめ、言葉を失い立ちつくしていた。

 * * *

 ジルの調査記録が残っていたとはいえ、600年前の道をたどるのは容易ではなかった。メロディーは上空から地形を読み、木をなぎ倒し、草を焼き払って先へ進んだ。そしてついに、光を失った回廊入り口を発見した。
「これだな……間違いない」
 シド=ジルは、地図にその場所を書き加え、それがガガダダへと続く回廊の遺跡だと確信した。絡み付くツタをはがし、下草を焼き払う。3人は隅々まで調べたが、動かす方法は見あたらない。機械とは違い、制御装置があるわけではなかった。
「まあ、動かせないと予想はしていたがね。こうなるとやはり、ワールドエンドを越えるしか無いな」
 3人はフロートバギーに戻ると、林の中をゆっくりとガガダダの方角へ向けて進ませた。
「アラ? アララララ」
 百メートルも進まぬ内に、突然フロートバギーのエネルギーゲージが減り始め、警告音が鳴り響いた。メロディーは慌てて急停止させた。左腕の憑魔甲も反応がおかしい。メロディーはそこが、上昇限界が地上に接する場所、ワールドエンドであることに気がついた。だが、前方を見ても、これまでと何も変わらない。明るい林が続いているだけだ。メロディーは両親に話し掛けようと、後部座席を振り返った。
「ねえ、パパ……」
 メロディーはふたりの様子を見て驚いた。シド=ジルもフレア=キュアも、目を見開き、顔をこわばらせ、ガタガタと震える体を必死に押さえ込もうとしているのだ。明らかにふたりは何かに恐怖している。メロディーはとっさに身構え、慌てて辺りを見回した。だが、聖魔の姿は勿論、危険なものは一切見あたらない。木漏れ日が優しく降り注ぎ、小鳥のさえずりがのどかに聞こえてくるだけだ。メロディーはフロートバギーを回廊入り口近くまでバックさせた。後部座席を見ると、両親が大粒の汗を流しながら、ハアハアと肩で息をしていた。バギーの警告音もやみ、憑魔甲も何事もなかったように機能を回復した。
「パパ、ママ、大丈夫? いったいどうしちゃったの?」
 自分には気付かない何かが、あの場所に有ったのだろうか? メロディーはバギーを降り、愛用のナタを抜いた。試しに小鳥の聖魔を出してみる。聖魔は既に、8枚の翼を持った純白の大鳥へと成長していた。邪魔な下草をナタで刈りながら、慎重に前へと進む。
「アレ? どうしたの、ピーちゃん?」
 大鳥の聖魔が急に前に進むことを拒み、すね始めた。やはりここは上昇限界の接地点なのだ。
「ピーちゃん、ゴメンね」
 メロディーは聖魔を繭へと戻すと、一人でさっきの位置まで歩いた。地面には、停止したバギーが草を押しつぶした跡が、ハッキリと残っている。その中央に立ち、改めて辺りを見渡してみる。だがメロディーには、何も異常は感じられない。憑魔甲だけが、今にも光を失いそうに明滅している。メロディーは両親が残るバギーの位置を確認すると、二人から死角にならないように更にガガダダの方角へと歩き始めた。5メートル。10メートル。何も変わった様子はない。左腕の憑魔甲だけが、完全に機能を停止した。
「メロディー!!!」
 突然背後から、フレア=キュアの絶叫が響いた。慌てて振り返ると、フレア=キュアがシド=ジルに体を支えられながら、こっちを見て立ち上がっている。メロディーは大きく手を振って応えた。
「大丈夫よ、ママ! 何ともないわ!」
 メロディーは、何が起きているのか、だんだん分かってきた。シド=ジルは、ワールドエンドの先には誰も行けないと言っていた。聖魔も存在できないし、フロートバギーも使えない。今の両親の肉体は、ジルとキュアの体だ。おそらくこの世界の人々には、ワールドエンドという幻覚の壁が見えているに違いない。そして自分だけが、2007年から来た人間、この世界の常識の外にいる存在なのだ。
「パパ、ママ、そこでちょっと待っててね! 直ぐに戻るから!」
 メロディーは下草をなぎ払いながら、確信を持って更に先へと走り始めた。

 シド=ジルは、フレア=キュアの体をしっかりと抱きしめた。ふたりもまた、メロディーと同じ仮説を立てていたのだった。
「大丈夫。あの子は必ず答えを見つけてくれるよ」
 ふたりの目には、メロディーが炎に包まれ燃え尽きたように見えていた。彼らの目には、大地が裂け、溶岩が噴き出す灼熱の林が映っているのだ。
 ジルも、キュアも、この世界の住人は、ワールドエンドに近付こうなどと考えもしない。だが、千年間もそれを疑わないなどということがあり得るだろうか? ガガダダの記述にある巨大な海の滝と川の崖。崖ならまだしも、海に無限に続く滝があるなど、2007年の人間なら誰一人信じない。それが本当に見えるのであれば、この世界の人間は幻覚を見ていることになる。千年もの歳月があれば、そこを越えることに挑戦する無鉄砲な人間もいただろう。それでも越えられないとするならば、それらは単なる立体映像などではないに違いない。
 この問題に対し、物理学者フレアは別のアプローチから仮説を立てていた。
 この世界には聖魔のようなモンスターが住み、火を吐いたり、魔法のような技が使える。フロートバギーやホタル石のような、2007年では実現不可能な道具も存在する。だが、ここが過去という現実である以上、このファンタジー世界を成立させる秘密が何かあるはずだ。
 これまでに、聖魔もゲヘナパレの技術も、上昇限界という結界の中でのみ機能することが確認できた。物理学者であるフレアは、この世界は未知のエネルギー場によって満たされており、無意識の内にそれを利用することで、この世界が成立しているのではないかと考察した。つまりコロニーとは、上昇限界という壁によって遮断されているのではなく、エネルギー場が及ぶ限界が即ち上昇限界となる特殊な空間であると推論したのである。そして回廊は点在するエネルギー場を繋ぐために存在し、そこに暮らす人々には、このエネルギー場の影響範囲から出られないよう、エネルギー場の影響限界をワールド・エンドという幻覚として認識する遺伝的な処理が施されていると仮説を立てたのである。キキナク自身が証言するように、この世界に住む人々は、かつて聖霊たちが創り出した知恵ある獣の子孫だという。それならば、そのとき人々の体内に、エネルギー場の効果が及ぶ仕掛けが施された可能性は充分考えられる。
 シドとフレアは、この仮説を立てたからこそ、エルリムのいない2007年から来たメロディーを、この調査に同行させたのであった。ふたりは科学者として、自説に強い確信を持っていた。だが頭では幻覚だと分かっていても、愛娘が炎に焼かれる姿は、想像以上に辛い光景であった。
「あなた……」
 ふたりはフロートバギーから降りると、メロディーが燃え尽きた辺りを見つめ続け、その帰りをじっと待った。
 どれくらい時間が経っただろう。突然前方に白い煙のような光が揺らめき、メロディーの姿となって忽然と現れた。ずっと走り詰めだったのだろう。両親の元に辿り着くと、肩で息をしながら呼吸を整えた。メロディーは汗の光る笑顔を、両親に向けた。
「何もおかしな所は無かったわ! ここから先も、林や草原が続くだけ。人が暮らす様子もない。水も、土も、空も、当たり前の自然が延々と続いているだけだったわ!」
 フレア=キュアは涙を浮かべながらメロディーの体を抱きしめ、シド=ジルはメロディーの肩をポンポン叩いた。
「よくやったぞ、メロディー! これでこの世界の構造が裏付けられた。いよいよあとは、ガガダダを目指すだけだ!」
 2007年から来た二人の科学者は、この世界を支配する森の神エルリムの秘密を、一つ解き明かしたのだった。

 * * *

 小さな勝利に酔いしれている時間など無い。ゼロとミントは玉座の間を後にするとそのまま闘技場に向かい、二人で憑魔陣の特訓を始めた。ミントもようやく憑魔陣を扱えるようになってきた。短時間で、かつ、聖魔1体が限度ではあるが、思い通りに技を繰り出せるようになった。一方ゼロも、安定して4体の聖魔を扱えるようになっていた。基本体に両腕、上半身に聖魔を装備し、ミントの練習相手を買って出る。
「ミント! ボクなら平気だから、もっと本気で打ち込んでくるんだ!」
 憑魔陣では、受けたダメージは装備している聖魔に蓄積され、クリティカルヒットでない限り、通常は術者が負傷することはない。ゼロはミントの攻撃を見切り、紙一重のところでいなし、自分が受けるダメージを最小限に食い止めていた。そうすることで、ゼロ自身もまた、憑魔陣による防御の腕を磨いているのである。
 ミントのシギルが、徐々に不安定に揺れてきた。ゼロにしても、森で戦ってきた直後だけに、最大装備を長時間維持することは難しい。ふたりは憑魔陣を解除して、練習を切り上げた。
 ゼロとミントは巫女のムーと挨拶を交わし、闘技場を出ようとした。その時、負傷し血糊も乾かぬ数人の魔攻衆が、仲間の助けを借りながら厳しい表情で廊下を足早に横切っていった。更にその後を、幾人もの魔攻衆が慌ただしく追っていた。二人は近くにいた魔攻衆に声を掛けた。
「バニラ隊の哨戒班が、ジャンクションを発見したらしいんスよ。今、バニラ首座に報告に行くって……」
「何だって!?」
 ゼロとミントは、哨戒班の後を追って神殿首座の間へと急いだ。

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