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 act.13 スリーパー
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 陽は既に傾き始めていた。この回廊遺跡からガガダダ予想地点までは、直線距離で100キロ近く離れている。フロートバギーが使えない以上、ガガダダを目指すには徒歩で向かうしか無い。そのための装備も調える必要があるが、その前に、ワールド・エンドを越えることが、ジルやキュアの体で果たして可能かどうか、確認しておく必要がある。シド=ジルは荷物の中から包帯の束を取りだすと、メロディーに話し掛けた。
「今日の所は、ワールド・エンドが越えられるかを確認したい。こいつで目や耳、手や皮膚の出ている部分を覆うから、お前は父さんの手を引いて歩いてくれ。ワールド・エンドの幅はどれくらいあるか分からんが、父さんの反応を見てお前が判断するんだ。この程度の細工で誤魔化せるほどちゃちな仕掛けじゃないだろうが、ガガダダに行くためには、どうしてもワールド・エンドを越えなきゃならない。何があっても、真っ直ぐ父さんを連れて行ってくれ。頼んだよ」
 シド=ジルはフレア=キュアの手を借りて、体に包帯を巻き始めた。メロディーは急に不安になった。
「何があってもって……これって危険な事なの?」
 シド=ジルに代わってフレア=キュアが答えた。
「今も私たちの目には、灼熱の林が見えているの。勿論視覚だけでなく、熱や音もね。ワールド・エンドは場所によって見え方が異なるんだけど、おそらく私たちの脳や神経に、直接ニセの情報が送り込まれているのよ。だから、こうして感覚器官を閉ざしても、幻覚を完全に防ぐことは、多分出来ないでしょう」
「それじゃあ、火傷とか、しちゃうの!?」
 フレア=キュアは、不安を押し殺し話を続けた。
「分からないけど、おそらく痛覚は有るでしょうね。でも、危険であることをわざわざ見せている点を考えると、この幻覚は危害を加えるのが目的では無いはず。だからこそ、突破できる可能性も出てくる。……そもそも、なぜエルリムは人間を閉じこめているのか、その目的が分からないのよ。記録を調べても、人間から何かを搾取している様子もないし、生け贄を求めている訳でもない。三度滅ぼされたという記録はあるけど、それすら人間が堕落した事が直接の原因とされている。まるで、エルリムにとっては、人間社会を成長させること自体が目的であるかのようにも見える。その謎を解くためにも、どうしても挑戦する必要があるのよ」
 フレア=キュアは包帯を巻きながら、自分に言い聞かせるように答えた。
 ようやく準備が終わった。目は完全に塞がれ、耳も微かにしか聞こえない。ミイラ男さながらのシド=ジルは、包帯越しのくぐもった声で出発を告げた。メロディーは包帯が巻かれた父親の手をしっかりと握りながら、さっき自分が調べた道を、再びゆっくりと歩き始めた。バギーが止まった場所まで来ると、早くもシド=ジルの体が緊張し始めた。メロディーは父親の様子を窺いながら、そのままゆっくりと手を引いていった。
「ウグッ!」
 突然、シド=ジルがうめき声をあげる。
「パパ!」
 メロディーは父親の様子に動揺した。後ろを振り返ると、フレア=キュアが顔を背けている。おそらく今シド=ジルは、幻の炎に体を焼かれているのだ。
「構うな、メロディー! 早く、前に進むんだ!」
 メロディーはシド=ジルの体を支えるように肩を貸すと、再び前に進み始めた。シド=ジルの足がもつれ、苦しそうにうめく。
「進め、メロディー! 前に……」
 うわごとのように呟く。シド=ジルは今、必死に偽りの感覚と戦っているのだ。メロディーは涙をこらえながら、賢明に父親を導いた。
 100メートルも歩いただろうか。メロディーはシド=ジルの反応が変化し始めたことに気が付いた。苦痛によるうめき声は幾分弱まり安定してきた。足取りはむしろ力強くなっている。だがその進む方向は、右へ右へと逸れ始めた。
「パパ、そっちじゃない。パパ!」
 メロディーは真っ直ぐ進ませようと、シド=ジルの体を賢明に押して誘導した。シド=ジルの足は、いよいよハッキリと、エネルギー場に戻ろうとしている。
「こっちか? 違う! メロディー!」
「しっかりして、パパ! そっちじゃない!」
 メロディーはシド=ジルの体にしがみつきながら、必死にワールド・エンドの外を目指した。
『戻りなさい!』
 その時、絶対的な響きを持つ女の声が、シド=ジルの脳を鷲掴みにした。彼は途切れそうな意識で賢明に抗った。
「ググ……ガガガ!」
 父親の様子がおかしい。メロディーは、それがワールド・エンドを抜け出す前兆であると悟った。
「パパ! もう少しよ! しっかりして!」
 木々の間から優しく西日がこぼれている。のどかな風景にしか見えない林の中で、シド=ジルは賢明にエルリムの鎖を引き千切ろうと戦っている。メロディーは涙の溢れる目を必死に見開きながら、父親の体を押し続けた。
「ガ――ッ!」
 絶叫を上げたかと思うと、急にシド=ジルの体から力が抜けていった。必死に抗っていた足取りも治まり、押されるままヨロヨロと前へと進んでいく。メロディーは、ワールド・エンドを超えたことを確信した。
「やった。やったわ、パパ!」
 メロディーは嬉しそうに父親の耳元で叫んだ。だが、反応が無い。弱々しい足取りがついには止まり、シド=ジルは硬直したまま倒れ始めた。メロディーは慌てて彼を支え、地面に寝かせた。
「ウ……」
 横たわると、シド=ジルはそのまま動かなくなった。
「パパ! しっかりして、パパ!!」
 メロディーは慌てて顔を覆う包帯をほどいた。包帯の下から、眠っているシド=ジルの顔が現れた。
「パパ! 起きて、パパ!」
 体をいくら揺すっても、全く反応が無い。メロディーは、それが普通の眠りではないことに気がついた。彼女の脳裏に、オニブブに襲われ眠り続けている村人の話がよぎる。
「戻らなきゃ!」
 これ以上前に進むわけにはいかない。メロディーは背後からシド=ジルの両脇を抱えるように持ち上げると、引きずりながら必死に来た道を戻り始めた。16歳の女の子には重労働だが、弱音を吐いてるヒマなど無い。早く戻らなければ、シド=ジルは永久に目覚めないかもしれないのだ。
「パパ、もう少しよ! しっかりして! もー! エルリムっていったい何なのよ──!!」
 メロディーは泣きながら、父親をフレア=キュアの元に連れ帰った。

「あなた、しっかりして! あなた!」
 フレア=キュアとメロディーは、眠り続けるシド=ジルに賢明に呼びかけた。
「ウ……ウウッ……」
「あなた!」
「パパ!」
 金縛りが解けたかのように一瞬痙攣すると、シド=ジルがようやく意識を取り戻した。フレア=キュアとメロディーは、ヘナヘナと脱力して座り込み、大きく安堵のため息を吐いた。
「ママ……メロディー……」
「よかった〜!」
 目覚めたシド=ジルには、何の異常も無かった。肉が焼け、骨が灰になる感覚に襲われたのだが、体には火傷の痕跡一つ残っていない。あれほど自由がきかなかった体も、今では何事もなかったように動くことが出来る。ワールド・エンドがもたらしたリアルな幻覚は、あくまでも意識の中だけの産物であった。
 だがそれでもフレア=キュアとメロディーは、念のためシド=ジルをそのまま休ませ、ふたりで野営の準備をした。陽は陰り、空が紫色に変わっていく。たき火を起こし湯を沸かすと、フレア=キュアは薬膳茶がわりにヨモギ茶をいれ、シド=ジルに勧めた。パンと干し肉をあぶり、簡単な夕食を用意する。メロディーは憑魔陣を使って飛び回り、バラ苺など野生の果物を集めてきた。たき火とホタル石の柔らかい灯りの中、三人は和やかに夕食を取った。シド=ジルはワールド・エンドでの体験を話し、メロディーはその時の様子をつぶさに補足した。
「そういえば……意識が途切れる前、声が聞こえたような気がするんだ。女性の声だったような……聞き覚えのない声だった。あれはもしかすると、エルリムの声だったのかもしれないな」
「そのあと、パパの力が急に抜けたのね。たぶん、眠り始めていて、フラフラ歩いてって、とうとう倒れちゃったのよ。パパが起きなくなった時には、ホントに焦ったんだから」
 メロディーはデザートのバラ苺を口に放り込みながら、ホッとした表情で父親を見た。フレア=キュアも、メロディーの言葉に頷いた。彼女もすっかり平常心を取り戻し、科学者として体験の分析を始めていた。
「パパが眠っていた時の様子は、オニブブに襲われた村の人たちと、よーく似ていたわ。それだけに、目覚めないんじゃないかと随分心配したのよ」
 ジルもキュアも、オニブブに襲われた七つの村の救出作業を手伝っていた。目覚めぬ眠りに落ちてしまった人々は、全員ケムエル神殿町に運び込まれ、キキナク商会が管理する救護施設で今も眠り続けている。
「眠り人……スリーパーか。まったく、危ないところだったな」
「私が連れ戻すのがもう少し遅かったら、危なかったのね」
「それはちょっと違うと思うわ」
 メロディーの解釈を、フレア=キュアは否定した。
「この世界の人間の体には、コロニーを満たすエネルギー場に反応する何かがある。それはおそらく、エネルギーの薄いところでは濃い場所へ戻るように作用し、エネルギーが途切れると眠らせて活動を停止させるように作用するんでしょうね。パパが目覚めることが出来たのは、再びエネルギーの濃い場所へ戻ってきて、その何かが活動を再開したからだと思うわ」
「じゃあ、スリーパーは?」
 メロディーとシド=ジルは、興味深そうに尋ねた。
「おそらくエネルギーの伝達が遮断されているんじゃないかしら。オニブブは村を襲うとき、鱗粉のような物を振りまくでしょ。それを体に浴びることによって、エネルギーの受信が出来なくなり、その結果、目覚めぬ眠りを引き起こすのよ」
「なるほど〜!」
 ふたりはフレア=キュアの推理に感心した。
 夕食を片付け、お茶を回す。陽はすっかり暮れ、空にはこぼれんばかりの星空が広がっている。メロディーは火のそばに腰掛けると、素朴な疑問を口にした。
「スリーパーって、ずっと眠ってるのよね。お腹とか空かないのかな?」
 オニブブに襲われたという確かな記録としては、ゲヘナパレ滅亡の他には、集結の時の前にサイラス村を襲った記録がある。その時にも、目覚めぬ眠りに落ちた人々は、飲まず食わずのまま、ただただ眠り続けたという。ケムエル神殿町の救護施設に眠る人々も、体には何の変化も無く眠り続けている。
「おそらく、体内にある何かによって、基礎代謝そのものが、停止に近いほどゆっくりとした周期に抑えられているんだと思うわ。例えるなら、とても深い冬眠状態ってところかしら」
「それじゃあ、ガガダダの人たちも、今もそのまま眠り続けているのかしら?」
「そいつはどうかな」
 シド=ジルは、ジルの伝承記録の中から、オニブブに関する部分を広げて見せた。伝承の中には、オニブブに滅ぼされた村の人々が、オニブブによってどこかへ運ばれて行ったという言い伝えもある。
「当時のガガダダに関する記録は無いが、全員どこかに運ばれてるんじゃないかな。まあ、ガガダダに行ってみれば分かることだが……」
 シド=ジルは地図を広げて話題を変えた。
「それにしても、ワールド・エンドを越えると眠ってしまうのには困ったな〜」
 シド=ジルは地図を見ながら唸った。せっかくワールド・エンドを突破できることが分かっても、そこから先で動けるのがメロディーだけでは話にならない。ゼロもいるならまだしも、眠るふたりを連れて、道無き道を100キロも旅するなど、メロディーだけではさすがに無理だ。
 シド=ジルが頭を抱えていると、地図を見ていたメロディーが、フレア=キュアに質問した。
「ねえ、ママ。ガガダダでは、今でもエネルギー場が存在していると思う?」
 コロニーを出てしまうと眠ってしまう以上、ガガダダにもエネルギー場が存在することは大前提である。シド=ジルもフレア=キュアも、当然それを信じた上で、コロニー横断を考えている。
「100%とは言えないけど……時空の狭間にある聖魔の森が各コロニーに戻ることを考えれば、エネルギー場は今も生きていると考えていいんじゃないかしら。でなきゃ、森の聖魔は戻った途端に全滅しちゃうでしょ?」
 母親のその言葉を聞くと、メロディーは地図上の一点を指さした。
「この川を下れないかな?」
 それは隣のコロニーを流れる川だった。地図上を下っていくと、ガガダダ東部を流れる大河に合流する。
「船か大きなイカダを作れば、パパとママを乗せて一気にたどり着けるんじゃないかしら?」
 地図はあくまでも千年後のもので、現在も同じであるとは限らない。だが、他に有効な手だてが有るとも思えない。
「どうやら、これしか手は無さそうだな……」
「でもメロディー。あなた、船は扱えるの?」
「カヌー部の助っ人なら、やったことあるわ」
 この時ばかりはメロディーも、運動部の助っ人をやっていることに感謝した。とはいえ、本格的にやりこんでいる訳ではない。向こうに着いたときのためにフロートバギーも持っていきたいが、あまり大きい船では扱うことも難しい。そもそも、そんなイカダをどうやって作るかが問題だ。だが、その点については、シド=ジルにアテがあった。
「明日はバスバルスに行こう」
 シド=ジルは、目標の川があるコロニーの大きな町を指さした。
「ジルの知り合いがいるんだ。説明すれば力になってくれるはずだ」
 今度こそガガダダにたどり着ける。ガガダダ捜索の旅は、ようやく先が見えてきたのだった。

 * * *

 ジャンクション発見の翌日、ケムエル神殿では、緊急の作戦会議が開かれた。大広間には、魔攻衆がほぼ全員集まっていた。入り口では、サジバが壁により掛かりながら、会議の様子を見守っていた。
 バニラ隊哨戒班が包帯姿で壇上に立ち、ジャンクション発見の報告をした。ジャンクションは、多数の聖魔の森へと繋がる交通の要衝となる島である。森の帰還を阻止するためにも、重要な戦略拠点であると言える。
「緑水晶の森・第三層だって!?」
「あんな近くに?」
「あそこは調べ尽くしたはずじゃないのか?」
 大広間に動揺が走った。そこは森の変異後に奪還した勢力範囲の中央に位置する島だった。哨戒班の報告によると、緑水晶の森・第三層の島に新しいヒメカズラを発見し、それがジャンクションへと繋がっていたというのだ。
 ジャンクションの中央には、ドームが花びらのように開ききった皇帝カズラがあった。光で満たされたリオーブの塔がそそり立ち、ギラギラと辺りを照らしていた。そしてその塔を中心に、12のヒメカズラが時計の文字盤のように並び、青い入り口を輝かせていた。
 哨戒班がリオーブの塔に近づくと、すぐにメガカルマが現れた。確認しただけでも三体のメガカルマがいたという。報告を第一と考えた哨戒班は、攻撃を受けながらも、何とか脱出することに成功した。メガカルマも、ジャンクションを離れてまでは追撃してこなかった。こうして哨戒班は、この重要情報を持ち帰ることが出来たのである。
「お前たち、本当によくやった。後はゆっくり休んで、早くケガを治すッス」
 神殿首座のバニラは、哨戒班の労をねぎらうと、傷を気遣い退出させた。全員が落ち着いたところで、バニラは意見をウーに求めた。
「老師。どう思われるッス?」
 ウーは椅子に腰掛けたまま腕を組み、難しい表情をして唸った。ウーの足の傷はだいぶ癒え、今は杖をついて歩けるところまで回復している。
「儂にはどうも、聖霊どもの意図が感じられてならんの〜」
「やはり罠ですか?」
 ゼロは思わず尋ねた。ウーは肯定も否定もせず、そのまま考え込んだ。ウーに代わり、カフーが答える。
「たとえ罠であろうと、ジャンクションは見過ごすわけにはいかない。奪えれば反撃の拠点となるが、逆にそこから攻め込まれれば、我々は森に手が出せなくなる」
「やるしか無いわね」
 早くもミントは決意を固めた。バニラは立ち上がると全員に指示した。
「大人数ではかえってやりづらい。わたしとカフー、ゼロ、ラダ。憑魔陣チームを先頭に、精鋭部隊を編成するッス。魔攻衆部隊の指揮はミントにお願いするッス。ウー老師は神殿の警護を。残りの者はジャンクションから神殿までを結ぶ各島で警戒。急襲への備えと退路の確保を。ジャンクション奪取は、明朝決行するッス!」
「オーー!!」
 士気は高まり、全員が大広間を後にする。ゼロはサジバを見つけると駆け寄った。
「サジバ。やっぱりサジバは、加わってはくれないのかい?」
 特訓の成果で、カフーとバニラは何とか7体の聖魔までフル装備出来るようになっていた。だがそれでも、その実力では、サジバに一日の長がある。彼が参戦してくれれば、この上もない戦力となる。だが、予言者シへの忠節を誓ったサジバの決意は固かった。
「神殿で待つのが……我の務めだ」
 サジバはゼロと目を合わせることなく淡々と答え、自室へと去っていった。

 * * *

 2007年9月2日、クイン大学本部棟教務課で、物理学教授のラングレイクは、職員に呼び止められた。
「ラングレイク先生。シド先生に、来週の授業どうするのか、聞いていただけませんか? 相変わらず連絡がとれないんですよ」
 長身で面長のラングレイクは、笑って教務課の女性に答えた。
「またですか。どうせ樹海でのバカンスが長引いているんでしょう。構わないから休講にしておいて下さい。学生だって、シドのバカンス明け最初の授業があるなんて、誰も信じちゃいませんよ」
「そりゃそうですけど。今年は言い訳のメールすら来てないんですよ、まったく」
 教務課の女性は、ブーブー不平を漏らしながら、自分の席へと戻っていった。ラングレイクはタメ息を吐き、自分の研究室へと足を向ける。だがその時、ふと教務課職員の残した言葉が引っかかった。
『言い訳のメールすら来ていない』
 一家で樹海に入るようになってからは、シドは必ず衛星通信装置を持って行くようにしている。太陽電池を使った装置なだけに、常時使えるわけではないが、電子メールの送受信ぐらいなら問題はないはずだ。
 ラングレイクは、シドとは学生の頃からの親友で、お互いの行動パターンはよく心得ている。シドは若い頃、鉄砲玉のように世界各地を飛び回っていた。そして一度研究対象に飛び込むと、消息さえも分からなくなるのが常だった。それだけにラングレイクも、樹海入りしたシドに、自分からちょっかいを出す事は少なかった。
 研究室に戻り、メールソフトを確認する。シド一家がキャンプを設営したとき、通信装置のテストを兼ねてラングレイクに送ってきたメールがある。彼はそのメールに、短い応援メッセージを付けて返信していた。そして、その送信記録を確認して疑問を持った。
「妙だな。開封した形跡がない」
 近況を知らせてこないことは、それほど珍しくはない。だが、通信確認メールだという事が気にかかる。少なくともシドは、装備のチェックには手抜かりのない男だ。ラングレイクは消息を尋ねるメールをシドに打つと、彼の研究室へと向かった。
 シド地勢考古学研究室。彼の研究室は狭く、学生も4,5人しかいない。中には既に研究生や学部生が集まっているようだ。ラングレイクはドアを開けると、直ぐに様子がおかしいことに気がついた。
「あっ。ラングレイク先生!」
 研究生が不安げな表情で近づいてきた。彼らもシドとコンタクトを試みているのだという。後方支援を頼んでいるガイドにも確認したところ、そこでも消息が掴めなかった。ラングレイクは、シドの情報について、分かっていることを総て聞き出した。
 シドは後方支援の拠点として、エルリム樹海に接しているネオサイラス村を利用していた。彼らはいつも、そこから愛車のランドクルーザーを運転して樹海に入っている。車が進めなくなるとそこに乗り捨て、そこから徒歩で物資をキャンプ地まで運んでいる。後方支援とは言っても、サバイバル技術に長けた一家にとっては、機材の不足や故障の時ぐらいしか頼むことはない。昨年などは、ゼロとメロディーが、途中に乗り捨てたランドクルーザーを運転して、前触れもなくひょっこりネオサイラス村まで補給に来たくらいである。勿論、ふたりとも無免許だが。
 だがそれでも、村からの無線の呼びかけぐらいには、返事をしてくれるものだった。それがこの1ヶ月、全く連絡が取れていないという。なまじシドたちがサバイバル技術に長けているだけに、事態の異常に気付くのが遅れてしまったのだ。
 あの一家に限って、しかも全員の身に何かが起きるなど考えにくい。だが、シドとは長い付き合いのラングレイクにとっても、今回はいつもと違い妙な胸騒ぎがする。
「教務課には私から話しておくから、直ぐに現地入りする手はずを整えてくれ。私も行こう。まあ、シドのことだ。心配はいらないと思うがね」
 ラングレイクは研究生に指示を残すと、本部棟へと向かった。
「あいつに何かあるわけないじゃないか。フレアに何かあるわけないじゃないか」
 ラングレイクは、早速エルリム樹海入りする準備に取りかかった。このとき彼は、そこでふたりの信じられない姿を目にすることになるなど、知る由もなかった。

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