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 act.18 繭塚
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 ゲヘナの塔からコリスを救出したことで、帰路の問題は一気に解決した。彼は、聖霊やナギ人が使う専用の転送回廊『ナギの路』を扱えるのだ。300年前、回廊封鎖されていたガガダダにシゼとふたり来ることが出来たのも、ナギの路を使ったからであった。
 フロートシップやフロートバイクには自立転送移動能力があり、対となる転送先の装置は必要としない。だが、転送先の座標を特定するためには、各転送装置間で共有されている転送ネットワークに機体を認識させ、転送座標を入手する必要があった。地図のないこの世界では、いくら緯度経度が分かっていても、そもそも絶対座標が通用しないのだ。フロートシップには、24本の仮設ビーコンが搭載されていた。仮設ビーコンは、登山のハーケンのように転送座標を簡単に増設できる装置で、それ自体に転送能力は無いが、自立転送が可能なフロートシップやフロートバイクの移動目標として転送網を拡張することが出来た。
 ナギの路が使えるコリスと合流したことで、彼にフロートバイクで仮設ビーコンを向こう側のコロニーに設置してもらえば、メロディー達を乗せたフロートシップは、簡単にコロニー間をジャンプすることが出来るのだ。

 帰りのルートは、バスバルス経由ではなく、ナギの隠れ里を経由することとなった。
「里が人に襲われたとは考えにくい。それに、シゼが率いる八熱衆というのが気にかかる。ナギの里は既に滅んでいるはずだが、行けば何か分かるかもしれない」
 ケムエル神殿へは急ぎたいが、聖霊への対抗手段を準備するのにも時間はいる。それにシド=ジルにとっても、ナギの里は興味深い。一行はコリスの帰還ルートを受け入れることにした。
 コリスのナビを受けながら、メロディーはガガダダを発進した。フロートシップは、コロニーのエネルギー場がある限り、陸も海もお構いなしの乗り物であった。数十メートル浮上することができ、森の上を、まるで緑の海原を走るように進むことができた。操縦方法を熟知したメロディーは、意気揚々とナギの路を目指した。
 一方その間、シド=ジルとフレア=キュアは、賢者の石により獲得した知識の解析に専念した。真実の歴史と想像を絶する科学力に触れたふたりの表情は、徐々に険しくなっていった。
「うへ〜! あっつ──い! どこよ、ここ?」
 最初の転送移動を果たすと、メロディーはあまりの暑さに驚いた。体感気温が10℃以上も上昇している。
「おそらくここは赤道付近だな。おまけにだいぶ東に移動したようだ」
 キャビンから出てきたシド=ジルは、早くも手際よく現在位置の観測を始めていた。フロートシップのバイクデッキでは、仮設ビーコン設置のため先行したコリスが戻り、フロートバイクを格納している。
「パレル世界で、赤道直下らしき土地の話は聞いたことが無い。間違いなくここは、パレル世界の外にあるコロニーの一つだ。日もだいぶ傾いてしまった。今日は無理をせず、ここで野営しよう」
 翌朝、メロディーは、バナナの葉っぱで作った帽子を被りながら、ジャングルの緑の海原にフロートシップを走らせた。しばらく進むと、左手の山の合間に、丸く白いドームのような地形が見えた。
「何だろ、あれ?」
 小さな岩山ほどの大きさがあるが、妙に滑らかな形をしている。まるで山の間に巨大な白いクリームを盛ったみたいだ。メロディーは気になったが、寄り道するには少々遠回りすぎる。コリスに尋ねたかったが、あいにくキャビンで休んでいる。メロディーはとりあえず先を急ぐことにした。フロートシップは、更に2つのコロニーを渡った。その間もメロディーは、たびたび同じ白い地形を目にしていた。どうやらあれは、パレル世界の外の未開コロニーでは、よく見られるものらしい。
 途中、休憩のためフロートシップを草原に停めると、ずっと工作室に詰めていたフレア=キュアが、少しやつれた顔で出てきた。彼女は不眠不休でゲヘナの業を研究し、対聖霊用にメロディーの憑魔甲を改造していたのだ。
「何とか形になったわ。材料も足りないから、ゲヘナパレの魔操具のようにはいかないけど、これならキキナク商会でも量産できるはず。メロディー、ちょっといらっしゃい」
 フレア=キュアは、メロディーに新しい憑魔甲の使い方を教えた。早速、憑着を試してみる。体にかかる負担は、以前に比べかなり軽くなっていた。
「憑魔甲は元々ナギ人用に作られた物だったから。魔攻衆でも楽に扱えるように改造したのよ」
 メロディーは、いっぺんに聖魔8体を装備してみた。多少の負荷はかかるが、扱えないほどではない。しかも、8体フル装備した姿は、ゼロで起きたような聖魔獣ではなく、洗練された戦士の姿を維持していた。
「ほう。これは凄いな」
「コリス。ちょっと相手をしてもらえる? 未調整でパワーの加減が効かないから、まともに攻撃を食らわないよう十分注意してね」
 メロディーと手合わせしているだけに、コリスはフレア=キュアの忠告を真に受けなかった。だが、それが間違いであったことを、直ぐに思い知らされた。パワーもスピードも、コリスの繭使いの技を遙かに圧倒していた。パワーバランスが悪いため、攻撃が大味で切れに欠け、何とか直撃は避けられる。だが、もしこれで切れも備わったとしたら。コリスは背筋が寒くなった。
「ママ。例の対聖霊用の武器は?」
 模擬戦とはいえ、激しく閃光を散らすふたりを見ながら、シド=ジルはフレア=キュアに尋ねた。彼女はニッコリと微笑んで答えた。
「そろそろ使うわよ」
 コリスの放った火球がメロディーを捉える。だが、それは残像だった。メロディーは一瞬にして攻撃を避けると、新憑魔甲を構えた。
「メタルゾーン!」
 突然、周囲が凍結するように結晶化していく。金属のような光沢が広がり、青竜姿のコリスまでもが結晶化する。
「こっ、これはメタル化かっ!?」
 コリスは一切の魔法が使えなくなってしまった。しかも、体の動きは本来のメタル化とは逆に酷く鈍い。
「クッ!」
 一瞬にして間合いを詰めたメロディーが、自由に動けぬコリスに鋭いパンチを浴びせた。
「グワーッ!」
 体が思い切り吹き飛ばされる。繭使いの術が解け、勝敗は決した。新憑魔甲を装備したメロディーの圧勝であった。
 メタル化とは、聖魔に極めてまれに発生する突然変異で、繭使いや魔攻衆の間でもその存在は知られているが、実際にメタル化した聖魔を目にすることは極めて難しいレアな現象であった。そしてメタル化した聖魔には、耐久力を犠牲に素早さが増し、自他共に魔法を一切無力化してしまう特徴があった。
 ゲヘナパレの錬金術師たちは、聖魔大戦の中、聖魔についての研究を重ね、このメタル化現象に着目したのだった。そしてメタル化を人為的に引き起こすことにより、聖魔や聖霊の能力を無力化し、ついには聖霊を全滅させたのである。
「まさか、こんな技術があったとは……」
 コリスは打ち付けた腰をさすりながら驚いた。メタルゾーンは、効果が3分間しか続かず、かつ、大量のエネルギーを消費する。そのため、憑魔甲にエネルギーをチャージする必要から、一度使用するとしばらくは使えない。だがそれでも、極めて有効な武器となることは間違いなかった。
「これで聖霊も怖くないわね。エルリムだって、楽勝じゃない?」
 メロディーは上機嫌でフレア=キュアに尋ねた。だが、彼女は逆に暗い表情を見せた。
「逆よ。むしろ、余計エルリムを倒すことが難しくなったわ」
 フレア=キュアは、ゲヘナの業の解析から導き出された真実について語り始めた。

 コロニーという閉鎖空間は、2つの技術により成り立っていた。一つは既に推論したエネルギー場の存在である。そしてもう一つは、この空間がナノモジュールによって満たされているという結論だった。
 ナノモジュールとは、原子レベルで組み上げられた機能モジュール群で、多様な組み合わせによって、まるで魔法のように様々な現象を実現してしまう神の領域の文明技術である。地中や大気、そしてこの世界に住む住人の体内までも満たしており、繭使いや魔攻衆の術も、その根本原理は、経験則に基づくナノモジュールの無意識活用の産物であった。
 また、エネルギー場の発生源についても、地中に巨大な装置が埋まっているわけでは無かった。エネルギーの発生源は、ナノモジュールによって構築された微細な発生システムの集合体で、地中に無数に存在し並列化することで、エネルギー空間を構築しているのだった。
 そして聖魔自体もナノモジュールで作られた一種の人工生命体で、パレル世界の人々に起きるワールド・エンドの幻覚反応もまた、体内にあるナノモジュールが引き起こしている現象だった。
「メタル化は、ナノモジュールが機能不全を誘発する状態になって結晶化した、一種のバグみたいなものなの。でも結局、憑魔陣もメタルゾーンも、エネルギー場とナノモジュール空間の恩恵の上に成立している技術。要するにわたしたちは、完全にエルリムの手のひらの上にいる存在なのよ」
 メロディーは唖然とした。
「だけど、エルリムはもうすぐ倒せるはずでしょ?!」
「本当にそうならいいんだけど……」
 フレア=キュアは、エルリムが倒せない可能性があることに気付いていた。だが彼女は、その考えの恐ろしさから、そのことは口に出来なかった。
「わたしには何のことかよく分からないが、とにかく今は、ケムエル神殿を目指すしかあるまい」
 コリスは、深刻な表情を浮かべるメロディー達を励ました。

 日が傾きだした頃、いよいよナギの隠れ里があるコロニーに入った。すぐに前方に、白いドーム状の地形が見えた。今回は、操縦席のそばにシド=ジルもコリスもいた。シド=ジルがあれを目にするのは、今回が初めてだった。
「コリス、あれは何だい?」
「ああ、あれはケムエルの繭塚と呼ばれている。メロディー、迂回するルートを取ってくれ」
「ケムエルの繭塚!?」
 メロディーとシド=ジルは、思わず聞き返した。賢者の石にもジルの記録にも、そんな物は存在しない。
「いったいどんな物なんだい? 丁度進行方向だ。寄ってみよう」
 シド=ジルの提案に、コリスは青ざめて叫んだ。
「バカを言うな! ケムエルの繭塚は、ナギ人でも近づく事が出来ない禁忌の場所だぞ!」
 ケムエルの繭塚は、ナギ人誕生の頃からエルリムと契約された不可侵の場所で、その実態はおろか、近づくことさえ出来ないという。
「メロディー。フロートシップを停めろ。停めるんだ!」
 白いドームが迫ってくる。コリスの表情がこわばり、汗がにじむ。
 メロディーはフロートシップを転進させドームから充分遠ざけると、原っぱに停止させた。コリスは脂汗を流し、大きく肩で息をしていた。
「なるほど。ワールド・エンドと同じ仕掛けか……」
「ねえ。ジルは何ともないの?」
「ああ。ボクは何も感じないよ。僕等のいるコロニーじゃ、あんな物は無いからね。そもそも警告対象になっていないんだろう。あれが未開コロニー特有の物だとすると、何かこの世界の謎を解くヒントがあるかもしれないぞ」
 フレア=キュアは工作室で新憑魔甲の量産に着手している。シド=ジルはフレア=キュアに留守番を頼むと、メロディーと共にフロートバイクを駆り、ケムエルの繭塚調査に向かった。

 ふたりは白い崖の前でフロートバイクを降りた。
「これは石というよりは卵の殻だな……」
 シド=ジルに促され、メロディーは愛用の鉈を取り出した。耳を当て、柄の部分で表面を叩いてみる。音が軽い。強度もそれほど無さそうだ。鉈の刃を軽く突き立ててみる。サクッとあっさり刺さった。欠片を剥がすと、シド=ジルに手渡した。表面こそならされているが、中は気泡だらけのスカスカだ。
「随分脆いな。それに軽い。自重でよく潰れないもんだ」
「ねえ、パパ。もしかしたら、中は空洞なんじゃない?」
 メロディーは憑魔陣を装備すると、まるで角砂糖でも削るように横穴を掘った。4,5メートルも掘っただろうか。突然、ボコッと穴が空いた。中は暗くてよく見えない。穴を充分に広げ、シド=ジルがフロートバイクを乗り入れる。ヘッドライトを点けると、中の光景が浮かび上がった。
「何だ、これは?」
 シド=ジルはフロートバイクから降りると、唖然としながら頭上にそびえる異様な構造物を見上げた。メロディーの予想通り、白い外壁の中は巨大な空洞になっていた。そしてその中には、何層にも重なった棚状の構造物がそびえていた。1段毎の隙間は3メートルほどあり、まるで外壁のないビルのようだ。だがその材質は岩か土のような物質で、明らかに人が作った物ではない。
「まるで、スズメバチの巣の中みたいだ」
「いったい、何なのここ?」
 首の後ろがチリチリする。不気味な感覚を覚えたメロディーは、用心のためヘブンズバードの憑着を解かずに構造物に近づいた。ホタル石のランタンを手にしながら、1段目の棚に登ってみる。棚の床には、2メートルほどの細長い窪みが延々と続いていた。どれも蜜のようなもので満たされている。
「どうも嫌な予感がするぞ……」
「パパ! これ見て!」
 メロディーが、窪みの中を覗いて叫んだ。琥珀色の透明な物質の中には、人間が入っていた。男、女、老人に子供。総ての窪みに人間が眠っている。満たされている物質は半固形化しており、相当長い年月が経っているようだ。ランタンを近付け、中に眠る人間を観察する。
「もしかして、ガガダダから連れ去られた人じゃない?」
「いや、違うな……。メロディー、もっと上の棚も見てみよう」
 メロディーはシド=ジルを抱えると、背中の翼を操りゆっくりと上昇した。どの棚も同じ光景が続いている。100メートル以上あがっただろうか。途中の棚に降りてみる。やはりそこでも、光景は全く同じだった。人間が眠っている窪みが闇の奥へと続いている。シド=ジルは何かを確信すると、眠っている人間を指さした。
「この人達の肌の色や顔の特徴を見てごらん。この人達は、元々この地方に住んでいた人達だよ」
 メロディーはシド=ジルの言葉に戸惑った。
「え? でも、未開のコロニーには、人は住んでいないって……」
 シド=ジルは、歴史の真実と目の前の現実から、一つの結論を導き出していた。
「コロニーの中だけじゃない。この人達は、バニシング・ジェネシス以前にこの地方に住んでいた人間だ。服を見てごらん。このパレル世界よりも明らかに昔の物だ。おそらく紀元前500年頃の人間だろう」
 これまでのコロニー座標の測量結果から、シド=ジルは惑星パレル全土のコロニー数を、300前後と推測した。そして各コロニーには、バニシング・ジェネシス以前にその周辺地域に住んでいた人間が集められていると考察したのである。
「この繭塚で、おそらく1万人近い人々が眠っているだろう。バニシング・ジェネシス直前のパレルの人口は、700万人程度と言われているから、こういう繭塚が総ての未開コロニーに存在しているなら、人間が見あたらないのも説明がつく。ゲヘナパレやケムエル神殿町の人間は、きっと繭塚から目覚めた人々だ。だから向こうのコロニーには、繭塚が残っていないんだ」
 ゲヘナパレの歴史の記述に、帝国の版図拡大に関する記述がある。その多くは、敵対する小都市を併呑していったものだが、帝国の政治が安定し始めた中期になると、未知の土地が帝国に組み入れられたという記録がいくつか残っていた。ある日、聖霊が新しい土地の人々を導き、ゲヘナパレに組み入れたというのだ。シド=ジルは、それが未開コロニーだったと結論づけたのである。
「この人達を見てごらん。今にも起き出しそうだ。おそらくこの人達は、ここで常温冬眠させられているんだろう。そしてガガダダやバスバルスの人間は、先に目覚めさせられた人間というわけだ」
 これまで人類は、エルリムによって三度歴史をリセットされている。まさにエルリムは、コロニーを実験国家として、人間に理想郷作りを課してきたのだ。だが、状況は解釈できても、肝心の根本的な謎が解かれていない。
「でも何故? どうしてバニシング・ジェネシス以前の人間を集めて、コロニーの繭塚で眠らせる必要があったわけ?」
 釈然としないメロディーに返せる答えは無い。シド=ジルは肩をすくめた。
「そこまでは分からないよ。エルリムの気まぐれか……そもそもエルリムとは何なのか……。お前も分かっていると思うが、そもそも実体としての神なんて存在しない。森の神エルリムが実体として存在しているなら、それは神を語る何かだ。そいつを突き止めないことには、倒しようも無いがね」
 その時、メロディーの背後の柱が動いたような気がした。ランタンを掲げると、シド=ジルの顔から血の気が引いた。
「ギギギ、カカカカ……」
 柱に見えたのは、滅びの蟲オニブブの体であった。オニブブがゆっくり体の向きを変え、メロディーの方を見た。顔はアリかカミキリ虫のようで横開きのフォークのような牙を持ち、体は鋭角な作りでツノゼミのような三角に尖った外骨格を持っている。その大きな背中の突起を天井にぶつけぬよう体を畳みながら、巨大な爪と足を器用に使い、棚の隙間を這っている。
 メロディーは思わず身構えようとした。だがそれをシド=ジルが止めた。
「待て、メロディー! 刺激するな! オニブブは群れで行動する。恐らく仲間がいるはず……」
 周囲を照らして驚いた。そこかしこにオニブブがうずくまっている。次々とこちらに気づき動き始める。
「とにかく、慌てず、ゆっくりこっちに来るんだ!」
「そんなこと言ったって!」
 窪みのあぜ道を伝い、少しずつシド=ジルの方へ移動する。だが、オニブブの動きは、予想以上に速かった。大きな顔がメロディーに迫る。聖魔と違い、蟲であるオニブブにはメタルゾーンも通用しない。
「え〜! どうすればいいの!?」
 鼻先に付いた触角がピクピクと振られ、メロディーの体を調べ始める。一気に飛んで逃げたいところだが、オニブブに囲まれる中、シド=ジルを連れて脱出するのは極めて難しい。メロディーがどうすることも出来ずにいると、オニブブの触角がメロディーの右手に近づいた。一瞬反応が止まり、詳しく右手を調べ始める。
「カカカ、ココ……」
 メロディーの顔をジッと見たかと思うと、突然オニブブはメロディーへの関心が無くなったかのように向きを変え、再びうずくまって動かなくなってしまった。他のオニブブ達も、何事もなかったように動きを止めた。
「帰っても……いいのかな……?」
 オニブブの反応に戸惑うメロディーに、シド=ジルが静かに駆け寄った。
「この隙に、ここを出るぞ!」
 ふたりは音を立てずに棚の縁まで下がると、メロディーの翼をつかって静かに棚から飛び降りた。
「パパ、見て! 出口が!」
 メロディーが開けた穴に、数匹のオニブブが集まり、穴を塞いでいる。
「見ろ。バイクは無事だ」
 メロディーはオニブブを刺激せぬよう、フロートバイクのそばに木の葉のように着陸した。シド=ジルはメロディーをバイクの後ろに乗せると、外に置いてあるバイク位置を転送先に指定し、静かにフロートバイクを発進させた。

 殻の外に転移する。バイクを止め、息を殺して様子を伺う。殻の外にはオニブブはいなかった。メロディーが開けた穴は、内側から完全に閉ざされようとしていた。
「やれやれ。どうやら追ってこないようだな。まさかこれが、オニブブが作った物だったとはな。あの様子なら、数百匹はいたはずだ。追っ手が掛かったら、ひとたまりも無かったろうよ」
 シド=ジルは上空や周辺を見回し安全を確認すると、大きく安堵のため息を吐いた。
「しかし、来て良かった。これでバニシング・ジェネシス以前とこの世界の繋がりが見えてきた。それともう一つ。ここがエルリムの繭塚ではなく、ケムエルの繭塚と呼ばれていること。うかつだったよ。竜神ケムエルについては、エルリムの使い魔程度にしか考えて来なかったが、もしかするとエルリムとケムエルという2大神なのかもしれない。とにかく、戻って状況を整理しよう」
 メロディーは憑魔陣を解除すると自分のバイクに跨った。ハンドルに手をかけると、ふとさっきのオニブブの反応が気になり、自分の右手を見た。手の甲にはゼロとお揃いのアザがある。
『このアザのせい? ……まさかね』
 メロディーは、そのアザが『ケムエルの紋章』と呼ばれることをまだ知らない。ふたりはフロートバイクの転送座標をフロートシップに合わせると、ケムエルの繭塚から帰還した。

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