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 act.21 新魔攻衆誕生
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 ナギの隠れ里の一番奥に、ひときわ大きな住居跡が残されていた。中に入ると、族長ニに仕えた従者らしき白骨死体が幾つも横たわっていた。メロディーたちは辺りを注意深く観察しながら進み、大広間の跡へと足を踏み入れた。正面の祭壇には、白く滑らかな光沢を放つ石で作られた等身大の4人の巫女像が立っていた。
「これは族長ニ様の四姉妹を彫った像だ」
 コリスは妻ラーの像の前に立ち、悲しげにその美しい姿を見上げた。その時、突然ラーとムーの彫像の胸に、音を立てて亀裂が走った。ふたりの像の瞳から、ポロポロと涙が流れだす。
「これは、いったい!」
「パパ、あれ見て!」
 メロディーはシド=ジルの腕を引っ張り、隣りに並ぶ三女と四女の巫女像を指さした。シューシュー音を立て表面に光の泡が生まれる。純白の像が見る見る色付き、生身の姿へと変わっていく。メロディーたちが唖然と見つめる前で、ふたりの像に血色が宿り動き始めた。
「ン、ン──ッ!」
 凝りをほぐすように手足を回し、ピョコンと祭壇から飛び降りる。ふたりの巫女は、メロディーたちに気が付いた。
「アンタ、誰?」
 メロディーとふたりの巫女は、同時にお互いを指さした。三女の巫女が一歩進み出て、自己紹介をした。
「わたしはルー。そしてこっちは妹のミー。姉貴のラーとムーが倒れたときのバックアップとして、族長のオヤジが用意した人形巫女よ」
 驚いたシド=ジルは詰め寄って尋ねた。
「待ってくれ! ラーとムーが倒れたって、どういうことだ?」
 ルーとミーは顔を見合わせると、傷ついたラーとムーの像を見上げて告げた。
「たった今ケムエル神殿で、ラーとムーがシゼのバカに殺されたの。外では聖魔の森の帰還も始まってるみたいよ」
「何だって!?!」
「しまった!!」
 4人は愕然とした。急いでケムエル神殿に帰らねば!
「メロディー、神殿まで飛ばすぞ!」
「任せといて!」
 メロディーたち一行は、ルーとミーという新たな仲間を加えて、ケムエル神殿へ急行した。

 * * *

 いよいよ389年から999年へ帰る日が訪れた。ゼロはジンと別れ、単身ギアの庵へと戻っていた。ジンたち錬金術師は、もうすぐエルリムに対し、最後の作戦を実行する。あえて死へ赴くジンを思い、ゼロの表情は暗かった。
「嘆くな。ジンは笑っていただろう?」
 ギアはゼロの肩を叩いた。
「お前は我らに、希望の光をくれたのだ。もはや悔いは無い。ジンがそうするように、わたしもお前も出来ることに最善を尽くす。それで良い」
 ギアはゼロを連れて外に出た。
「ゼロ。わたしからもお前に良い物を贈ろう」
 ギアは一つの繭を取り出した。繭から光が飛び出し、一体の聖魔が現れる。それは白く輝く甲羅を持つ大きな亀だった。
「これは竜神ケムエルから賜った神聖魔ヘブンズトータスだ。たとえ聖霊の攻撃だろうとビクともせぬ。神聖魔は人を選ぶが、お前には扱える。向こうへ戻れば、必ずや大きな力となるだろう」
「か、亀?」
 ゼロは戸惑った。どんなに防御が堅くとも、鈍重な聖魔では攻撃もままならない。だがギアは笑って告げた。
「只の亀と思うな。それに、お前の腰に下げている飛行型造魔は、ジンの最高傑作スカイハイではないか。鉄壁の防御と無敵の翼を持てば、お前を阻める敵など無い」
 ゼロは繭を受け取ると、新憑魔甲にセットした。ゼロの腰に下げたベルトには、聖魔の繭にあたる造魔プレートがぶら下がっている。ジンがチューンしてくれたおかげで、ゼロの憑魔陣は聖魔と造魔の混合が可能となったのだ。
「この聖魔なら、エルリムを倒せますか?」
 ゼロは率直に聞いてみた。ギアは目を閉じると、ゆっくり首を横に振った。
「分からぬ。だが、我らは共に縁(えにし)ある者。為すべき事を為せば、道は自ずと開けよう」
 ゼロはその言葉を思い出した。
「そうだ。縁ある者って、いったいどういう意味ですか? あなたはまるで、前からボクのことが分かってたみたいだ」
 ギアは静かにゼロの目を見た。そしてゆっくり右手を開き、手のひらを見せた。そこにはゼロと同じ竜のアザがあった。
「え!?」
 ゼロは思わず自分の右手の甲をみた。
「これはケムエルの紋章という。竜神ケムエルと縁ある者だけが持つ紋章だ」
「ケムエルの紋章? そんな! 2007年の世界には竜神ケムエルなんていませんよ?」
 驚くゼロに、ギアは静かに語った。
「紋章は血を渡ることもある。ナギでないお前は、誰か私とは別の紋章を持つ者の血を受け継いでいるのだろう。お前がわたしの前へ現れたことも、お前の家族が999年に召喚されたことも、紋章の力を表す何よりの証拠だ。竜神ケムエルは、我らを試しているのだよ」
 ゼロは愕然とした。ギアやジンとの出会いも、神殿遺跡からタイムスリップしたことも、そしてもしかすると、一家でエルリム樹海の調査をしてきたことも、総てが竜神ケムエルの縁で結ばれていたなんて。ゼロは、一つの疑問をギアに投げかけた。
「ギア。ジンはエルリムからの解放を夢見て戦ってきたし、ボクもエルリムを倒したい。そしてあなたも……。竜神ケムエルは、それを願ってるのかな?」
 だがギアにも、そこまでの答えは無い。
「ジンは紋章を持たぬが、わたしも彼と志を共にしてきた。ケムエルはエルリムを守護すると言われているが、我らが紋章を持っている事実もまた、ケムエルの意に反することではないのだろう」
 森の神エルリムと共にあるはずの竜神ケムエル。ゼロは、竜神ケムエルに会ってみたくなった。
「竜神ケムエルがどこにいるかは分からぬ。だがお前の意志がケムエルに添うのであれば、出会いはきっと訪れるだろう」
 ギアはそう告げると、ゼロの肩を叩いた。

 ギアはゼロを伴って、森の奥へと入っていった。途中、ゼロは自分の紋章を見つめては、運命の歯車の不思議を感じるのだった。どれほど歩いただろう。突然森が開け、目の前に円筒形のビルのような岩山が現れた。
「これは、ケムエル神殿!」
 それはまだ建設途中のケムエル神殿であった。巨大な岩をくり貫き、神殿へと作り替えているのだ。まだ外観にはほとんど手が加えられておらず、999年の姿とはだいぶ異なる。多くのナギ人が汗を流し、その聖地を築いていた。
「これは、ギ様」
「お帰りなさいませ、ギ様」
 ナギの人々がギアに畏敬の念を払い挨拶する。ゼロは、人々が呼ぶその名を聞いて驚いた。
「ギって……じゃあ、まさか予言者ギは!」
 ギアはゼロに振り向くと、静かに微笑んだ。神殿の巨大な入り口がゆっくりと開く。ギアは歩きながらゼロの疑問に答えた。
「ナギ宗家の男は、真音を持って生まれる。それを真名(まな)とし、仮名と繋ぎ俗名となす。ギアは俗名で、わたしの真名はギという」
 予言者ギとその妹アルカナ。工房長ジンと弟メネク王子。アルカナとメネクの死が呼んだ聖魔大戦。そしてゲヘナパレ帝国の滅亡とケムエル神殿の建設。パレルの歴史の転換期を目の当たりにして、ゼロは改めてケムエルの紋章の導きに驚くのだった。

 ふたりは玉座の間へ到着した。クマーリとカヤふたつの門は、まだ聖魔の森へと通じてはいない。代わりに白と黒の石版がそれぞれの道を閉ざすように立っている。その表面にはタリスマンが、ギアの血を使って描かれていた。
 玉座の間の中央には、12個のオーブが円を描くように並べられている。巨大な宝石のようなオーブが、色鮮やかにフワフワと浮かびながら玉座の間を照らしていた。ギアはオーブの輪の中心に立つと、呪文を唱えながら短刀を左の手首に突き立てた。
「ギア、何を!」
 ゼロは驚いて叫んだ。ギアは微笑むとゼロに告げた。
「わたしの血は、時を越える力を持っている。これでお前を元の時代へ帰す」
 ギアは溢れる血を指先に導き、円形に並んだオーブの内側に魔法陣を描き始めた。
「ゼロ。お前に頼みがある」
 ギアは魔法陣を描きながら、これから起きる悲劇について語り始めた。
「お前も知っての通り、まもなくジンは、森の神エルリムに手傷を負わせ、そして命を落とす。聖霊の血を引くナギ人は、聖霊に成り代わり、エルリムを守護する定めを負う。わたしはこのケムエル神殿を用い、傷ついたエルリムを御神木の森ごとクマーリとカヤの結界に納め、外界との繋がりを絶つつもりだ。しかし……」
 ジンの表情が暗くなった。
「わたしの力で出来るのはそこまで。聖魔の森を時空の狭間へ飛ばすには、白と黒の獅子、即ちふたりの繭使いレバントとリケッツが現れるまで待たねばならない。それまでは、錬金術師に代わり繭使いが、聖魔から人里を守る役目を負う。だがそれはナギに悲愴の歴史を歩ませることとなる」
 突然ギアが、苦悶の表情を浮かべた。
「そして長く苦しい悲しみの果てに、我が血族にひとりの悪鬼が生まれる。子孫に悪鬼が生まれるのは、総てわたしの責任だ。だが、わたしにはそれをどうすることも出来ぬ」
「悪鬼って……まさか、予言者シ」
 魔方陣が完成した。立ち上がり手首の傷を布で縛ると、ギアはゼロをジッと見つめた。
「シは俗名をシゼと名乗るはずだ。頼むゼロ。我が悪鬼を滅してくれ!」

 ゼロは予言者ギの血によって描かれた魔法陣の中央に立った。
「ありがとう。本当にありがとう。予言者シは必ずボクが倒します。そしてジンとあなたの意思を継ぎ、このパレルをエルリムの元から解放します!」
 ギアは満足そうに微笑むと、聖魔術を施した。12個のオーブの力が解放され、赤い魔法陣が青へと変わる。青白い光が立ち上り、ゼロの体を包んでいく。力強く渦を巻くと、つむじ風のように消えていった。ひとり玉座の間に残された予言者ギは、ゼロが飛び去った虚空をジッと見つめた。
「ゼロ……頼んだぞ!」

 * * *

 青い光に包まれながら、ゼロは999年目指して時の流れを飛翔していた。眼下には、歴史の姿が走馬燈のように流れていた。
 傷つきながら聖霊の揺りかごを破壊したジン。帝都ガガダダを襲うヨブロブとオニブブの群。発動するゲヘナの結界。エルリム守護の名目でカヤとクマーリの門を開く予言者ギ。
「ジン……ギア……」
 ゼロは涙をぬぐい、更に時を飛んだ。ゲヘナパレ帝国の消滅により、人々の生活を支えた数多くの知識が失われた。後を託されたゲヘネストが、バスバルスに隠されたホタル石を掘り起こし、人々の暮らしを夜の闇に沈める事だけは免れた。だが、文明の後退は、もはや避けようがなかった。
 錬金術師たちが残してくれたゲヘナの結界も、完全とは言えなかった。時折ほころびが生じ、そこからはぐれ出た聖魔が、近隣の人里を襲った。各地へ散った生き残りのゲヘネストたちでは、そんな僅かな聖魔でさえも、もはや対抗手段を持ち得なかった。そしてそんな人里を救ったのが、繭使いとナギの女であった。聖霊の血を引くナギ人に、人々の視線は冷たかった。だがそれでも繭使いたちは、予言者ギの教えに従い、人々を守り続けた。
 それはまさに辛い戦いであった。戦いに傷つき、時には人間の手によって非業の死を遂げる繭使いとナギの妻たち。族長ニの長女ラーは火炙りにされ、次女ルーもまた切り刻まれ村の周囲に結界として血肉を撒かれた。三女ルーは聖魔に敗れた夫に代わり森に入り、傷つき力尽きた。四女ミーは呪いの刻印に全身を覆われ、ついには心を病み狂気の中絶命した。長兄は自らも聖魔を狩るため禁じられた黒繭を紡ぎ、次男三男もそれにならった。その結果三人は闇の使徒へと変わり果て、冥界の森深く彷徨うこととなった。
「兄上!! 姉上!!」
 独り唯一残された末子シゼは、七人の兄姉の運命に心焼かれ、慟哭の果てに消しがたい復讐心をその身に刻んだ。
「シゼ……あれが、予言者シ……」
 ゼロは、シゼの境遇に同情を禁じ得なかった。
 その頃、御神木の森にほど近いサイラス村では、パレルの獅子と謳われた繭使いリケッツが、妻フィオを蝕む呪いの刻印に心を痛めていた。そしてリケッツは、村の守りを青の繭使いコリスに託し、聖魔の森の謎を解くため、単身森深く消えていった。数年後、滅びの蟲オニブブがサイラス村を襲ったのをきっかけに、リケッツの息子レバントが、父に代わり繭使いとなり森に入った。そして幼い妻マーブと共に戦い、ついには闇の使徒を従えた父リケッツと、光と闇の戦いを為し、聖魔の森総てを、時空の狭間へと封印した。
 エルリムの軛の消えたナギ人たちは、もはや子孫の残せぬ体となった。しかし、苦しい戦いの歴史から解放され、人間の通わぬ隠れ里で、静かに残りの人生を送ることとなった。
 だが、心に悪鬼を宿したシゼだけは、その生涯を受け入れることが出来なかった。コリスと旅に出たシゼは、ゲヘナパレの英知を手に入れ、総てに復讐する決意を固めた。自らナギの隠れ里を焼き払い、ケムエル神殿に新たな戦いの火種を起こし、マーブを死に追いやった。
「シゼ、君は間違ってる!」
 悪鬼に喰われたシゼの姿に、ゼロは静かな怒りをいだいた。彼を止めなければ! ゼロはナギ人総ての思いを受け取り、ギアとの誓いを新たにした。

 * * *

 ケムエル神殿は、絶望に包まれていた。神殿から昇る火の手を見て、ウーは慌てて神殿に戻り、その惨劇の跡に愕然とした。満足に戦える魔攻衆は、もはや神殿町北部に展開し難を逃れたウー以下6名だけだった。神殿で生き残った魔攻衆は、バニラの他5名だけで、全員重傷を負い、とても戦える状態ではない。これでは聖霊の侵攻を食い止めるどころか、もはやケムエル神殿すら守ることは出来ないだろう。キキナクとトリ男たちは、いち早く隠れたため難を逃れたが、当然彼らにもどうすることも出来ない。神殿町の住民は勿論、パレル全土の人々が、魔攻衆の救援を待っているというのに、戦える者がいないのだ。傷の手当を受け一命を取り留めたバニラは、魂の抜け殻のように首座の間に横たわっていた。ウーには掛ける言葉が見つからなかった。
「また……老人が生き残ってしまった……」
 ウーがどうすることも出来ず立ちつくしていると、そこへトリ男がけたたましくやってきた。
「大変ッス、大変ッス! ジルが帰ってきたッス!!」

 フロートシップを神殿に横付けすると、メロディーたちは取る物もとりあえず中に駆け込んだ。巨大な入り口から、むせ返るような血の臭いが噴き出す。
「こんな……酷い!」
 雅な神殿の内装は、魔攻衆たちの血しぶきで真っ赤に染まっていた。廊下にも部屋にも、八熱衆に殺された仲間の死体が、累々と横たわっている。遺体にはトリ男たちによってムシロが掛けられていたが、到底数が足りなかったのだろう、無惨な姿を曝した遺体も数多く横たわっている。
「うっ!」
 身ごもっているフレア=キュアは、たまらず吐き気を覚えた。
「ママ! しっかり……。メロディー! お前もあまり見るんじゃない!」
 シド=ジルはフレア=キュアを抱きかかえながら、メロディーに注意した。メロディーは青ざめながらも、気丈に答えた。
「平気よ、パパ。カフー! バニラ首座! 誰か返事をして!」
 遺体を片付けていたトリ男たちは、帰還したメロディーたちに気付くと、慌てて首座の間へ案内した。
「ジル! キュア!」
 ウーはシド=ジルの手をがっしりと握り、神殿の置かれた状況を苦しそうに吐き出した。シド=ジルは総てを了解すると、ベッドに横たわるバニラのそばに近付いた。
「遅くなってすまない。たった今、ガガダダから帰還した。聖霊を倒す方法も手に入った。これでようやく反撃できるぞ。カフーも僕らが必ず助ける。だから君は安心して傷を治してくれ」
 シド=ジルの言葉に、バニラは嗚咽を漏らすのみだった。代わりにウーが悲嘆に暮れ答えた。
「じゃがもう、戦える者がおらんのじゃ。巫女のラーも殺され、もはや聖魔を浄化することも出来ん」
 ウーは悔しそうにうつむいた。だが、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすように、新顔のルーとミーが名乗り出た。
「聖魔の浄化のことなら安心して! わたしたちはルーとミー。ラーとムーを継ぐ者よ!」
 続いてコリスが名乗り出る。
「わたしの名はコリス。予言者シを倒す者。亡くなられた魔攻衆の英霊に誓い、必ずや八熱衆を殲滅する」
「コリスじゃと? まさか、青の繭使いのコリスか?!」
 ウーはその名に驚いた。ウーの失われた古里ゴラン。そのゴランを捨てた伝説の繭使いと出会うことになるとは。
「そういえば、ゼロはまだ戻ってないみたいね」
 メロディーは辺りを見回した。ウーは悲しそうに告げた。
「ゼロならば、先の戦いで戦死しておる」
 だがその言葉に、メロディーもシド=ジルたちも動じない。その時、突然首座の間に声が響いた。
「ボクなら死なないよ。エルリムを倒すまで、やられるもんか!」
「ゼロ!?」
 メロディーはゼロの気配を探した。
「メロディー、その手は!?」
 シド=ジルがメロディーの右手を指さした。竜のアザが光っていた。アザから光が伸び、部屋の片隅に輪を描く。輪の中心に青白い光が現れ、みるみる大きくなっていった。渦を巻いた光の繭がかき消すように消える。そこに、389年から帰還したゼロが立っていた。
「お帰り、ゼ……」
 メロディーはゼロに駆け寄ろうとしたが、思わず足が止まった。シド=ジルもフレア=キュアも、ゼロの雰囲気がまるで違うことに息を呑んだ。真新しいゲヘナパレ帝国錬金術師の闘衣に身を包むゼロは、もはや陽気な高校生のゼロではなかった。ジンとギアの意志を継ぎ、ナギ人総ての悲しみを受け取ったゼロの顔には、この世界を包む総ての悲劇を終わらせる強い決意がみなぎっていた。たった1ヶ月ほど離れて暮らす間に、ゼロは多くの経験を積み、運命的な出会いを体験したのだ。シドとフレアは、大きく成長した我が子に、思わず目を細めた。
「ただいま、父さん、母さん、メロディー。どうやら贈り物は、無事届いたみたいだね」
 近付くゼロをフレア=キュアが抱きしめ、シド=ジルも笑顔で肩を叩いた。
「父さんじゃと? おぬしたちは、いったい……」
 ウーにはゼロが何を言ってるのかさっぱり分からなかった。ゼロは父親に向かって頷くと、総てを話し始めた。
「今こそ真実を伝える時だね。実はボクたちは、エルリムのいない2007年の未来から来た人間なんです」
 ゼロはみんなに真実を語った。エルリムも、聖霊も、予言者シも、もうすぐ倒せる。その事実は、ウーたちを心から勇気づけた。だが、聖魔やメガカルマの数は依然圧倒的だ。このままでは多勢に無勢なのではないか。
 その時、首座の間にトリ男がけたたましく駆け込んできた。
「た、大変ッス! マッチョな連中が、おもてに大勢押し寄せてるッス!」

 外に出ると、神殿前広場の両脇にはフロートカーが何十台もビッシリと並び、神殿正面には数百人の屈強な男たちが整然と隊列を組んで待っていた。リーダー格の男がゼロたちの前に歩み出る。
「我らはバスバルス遊撃部隊。シャンズ市長の命を受け参上しました。魔攻衆のお歴々にお願いしたい。どうか我らに、聖魔と戦う力をお与え下さい!」
 後方を見ると、キキナクステーションの方から更に続々と戦士たちが集まってくる。バスバルス以外の町からも集まり始めているのだ。
『これで魔攻衆は再建できる!』
 代表してシド=ジルが前に進み出ると、集まった新たな戦士たちに向かって大きな声で告げた。
「こちらからもお願いする! みんな、力を貸してくれ!」
「オ──ッ!!」
 ケムエル神殿前広場が、大地を揺らすときの声に包まれた。

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