メロディーは狼狽し涙を流している。ゼロは意識を失っている両親をひとまずベッドへと運んだ。そっと横たえ、改めて眠るふたりの様子を観察する。
「青い光に包まれている事以外は、スリーパーとよく似た症状だな。とりあえず、命に別状は無さそうだけど……」
ようやく涙の止まったメロディーが、濡れた頬を拭きながらゼロに問いかけた。
「あんた……よく平気でいられるわね」
ゼロは弱い笑みを浮かべると、右手をメロディーに差し出した。掴むと微かに震えていた。
「こんなに心細いのは生まれて初めてだよ。だけどボクは男だからね。こんな所で怖じ気付いてたら、大祖父さんのジンにぶん殴られるさ」
ゼロは両手でパンパンと頬を叩き気合いを入れた。メロディーも改めて眠る両親をじっと見つめた。
「オニブブもいないのに、どうしたのかしら」
「メロディー。この青い光、ボクがこの時代に帰ってきたときの光と似ていると思わないか? この光は、時間の横断に関係している気がする。もしかすると、2007年に残された父さんたちの体に、何か起きたんじゃないかな。ボクたちがこの時代に来てから、もう2ヶ月になる。向こうでも同じ時間が流れてるんなら、そろそろ異常に気付いてる頃だろう」
メロディーはゼロの考察に目を丸くした。双子だというのに、ゼロが随分と大人びて感じる。メロディーはちょっとムッとした。ゼロは腕組みをして考えた。
「ラングレイク先生なら気付いても不思議じゃない。それに先生は物理学者だ。父さんたちの身に何が起きたのか突き止めて、対策を講じてるのかもしれない」
メロディーはハッとなった。
「それじゃあ、その対策が成功してパパとママの意識が2007年に帰ったら……青い光が消えてジルとキュアが元に戻ったら!」
「その時は、2007年との繋がりが解けて、ボクたちは置いてきぼりだね。そうなる前に、エルリムとの決着をつけなきゃ。まあ、何とかなるさ」
ゼロは首をすくめ苦笑いした。メロディーは不意に一つの案を思い出した。
「そうだ! 竜神ケムエルを探しましょうよ。わたしたちを召還したんなら、帰り方だって知ってるはずだし、パパたちの事も分かるんじゃない?」
「そっちはお前に任せるよ。ボクはとにかく聖霊を倒してエルリムを探す!」
ふたりは明日からの戦いについて話し合った。シド=ジルとフレア=キュアの体は、ケムエル神殿に預ける事にした。エルリムを倒せないかもしれないというフレアの仮説は、魔攻衆のみんなには伏せておく事に決めた。
魔攻衆は勢力を取り戻した。予言者シと八熱衆もエルリムとの決着を急ぐだろう。そして聖魔の森の帰還も始まった。ゼロとメロディーは、残された時間がそう多くはない事を予感するのだった。
* * *
ラングレイクとケズラは、シドたちを見下ろす櫓の上で、ブルーボールの観測データを睨みながら議論していた。
「くそう! 確かに反応は出てるんだが」
「やはり、出力が足りんのか……」
一方、サガはふたりから離れ、ホワイトボードに記された数式をジッと見つめていた。
「まてよ……そうか!」
ホワイトボードマーカーを手に取り、数式に修正を書き加えていく。
「分かったぞ、ラング!」
叫ぶとそのままコンソールに取り付き、超電導磁石の出力を絞り始めた。割り出した同調ポイントを慎重に探り出す。ブルーボールの輝きが僅かに鈍った。
「う……あ……」
シドとフレアの意識が戻り始めた。
「おお! シド! フレア!」
「聞こえるか? 返事をしろ!」
ケズラとラングレイクは身を乗り出して横たわるふたりに呼びかけた。
「ここは……」
ふたりがゆっくりと目を開く。ケズラとラングレイクは手を取り合って喜んだ。
シドとフレアは、何とか会話が出来るようになった。ふたりの語る真実は、にわかには信じがたい物だった。森の神エルリムの存在、転送装置で結ばれた閉鎖空間に生きる人々、ケムエルの繭塚に眠る古代人、聖魔や聖霊、時空の狭間に浮かぶ聖魔の森、そして聖魔と戦う魔攻衆。
半信半疑ながらも、ケズラは自分の研究との関連性を指摘した。
「確かにそのエルリムが他の星から来た超文明の存在だとすれば、儂の調査結果と符合するかもしれんな」
ケズラはシドラ海海底クレーターの調査結果をシドたちに語った。
「もし、2700年前の大衝突がエルリムが乗ってきた宇宙船の墜落事故だったとすれば、眠っている古代人はその時助けられた避難民かもしれん」
「閉鎖空間で文明の再建を促したというのも、人間を破壊された自然界から隔離し、自然界の再生を並行していたと想像する事も不可能じゃないが……」
ラングレイクは、我ながら想像が過ぎるかと苦笑いした。だがシドは身動きの取れぬ不自由な体でラングレイクの話を支持した。
「なるほど……それならバニシング・ジェネシスの説明がつく……しかし問題は……その後のエルリムの動きだ……エルリムは人類の管理を……手放してはいない」
「どうやらハッキリしてきましたね」
サガはブルーアイランドの映像をシドたちに見せた。
「間違いない……聖魔の森だ……」
「やはり……2007年に向かっているのね……わたしたちがこのブルーボールに……囚われている限り……エルリムを止める事は出来ない……」
「何とか、対抗手段はありませんか?」
サガはフレアに尋ねた。だが、フレアが語る聖魔の正体は、サガたちを絶望へと突き落とした。
「聖魔の体は、おそらく高次元構造体……わたしたちの存在を平面に例えると、聖魔は立体……わたしたちが攻撃しても、壊せるのは面の部分だけ……しかも、面に受けた攻撃のエネルギーを立体部分の本体が取り込み……再生や攻撃に利用する……例え世界中の軍隊が束になっても、聖魔1匹倒すことは出来ないわ……聖魔を倒すことが出来るのは、同じ聖魔を扱う魔攻衆だけ」
サガたちは愕然とした。魔攻衆のいない現代では、ブルーアイランドの出現が世界の崩壊に繋がりかねないのだ。
「人類を助けたかも知れないエルリムが、本当に支配のために現代へ来るんですか?」
サガは思わず声を荒げた。フレアは淡々と事実だけを語った。
「分かりません……999年も現在も、エルリムの文明に比べれば原始時代に等しい……目的が何であれ、エルリムはそれを望むでしょう……唯一の希望は……子供たちが……」
「ラング……声が……だんだん眠く……」
サガは冷静に2人に告げた。
「心配ない。ここの装置では君たちと会話できるのは72時間周期になるんだ。ありがとう。続きは次の時に」
「もう聞こえないよ」
ラングレイクは観測装置から2人が眠りについた事を確認した。ケズラは呆然としながら呟いた。
「何という事じゃ……。世界の危機が迫っとるというのに、儂らにはどうする事もできんというのか……」
「いや、まだ我々に出来る事はありますよ」
サガは毅然として告げた。
「わたしはこれからブルーアイランドの情報収集に向かいます。世界中にどれくらいの数が出現しているか。2人の話では999年の世界にも聖魔の森は出現しているというし、総てがこちらに向かっている訳でも無さそうだ。それに、何故1000年前に忽然と人類の歴史が再開したのか、その原因が分からない。わたしたちが何も出来ずに惚けていたら、シドたちが次に起きたときに笑われますよ」
サガはニヤリと笑うと、ブルーボールを見下ろす櫓から駆け下りていった。
「待ってくれ、僕も行こう! ケズラ先生、2人をお願いします!」
ラングレイクはケズラに後を託すと、サガと共に連絡機の待つヘリポートへと向かった。
* * *
シド=ジルとフレア=キュアが意識を失って数日後、バスバルス市庁舎では対策会議が開かれていた。
「昨日、セラミケ南部、オロー東部にも、聖魔の森が出現したとの報告です」
「これで、27のコロニー総てに聖魔の森が出現した訳ね」
会議室の壁には、シド=ジルの助言を元に作成したコロニー分布地図が貼られている。市長のシャンズは聖魔の森の記号で埋まった地図を見てため息を吐いた。補佐官たちは、更に各地の最新情報を報告した。
「各地で聖魔の森の浸食が進んでいます。ガニシム市では市街地の大半が森に埋没。幸い、避難は完了しており、人的被害は免れました。現在、避難民は隣のキャブール地区へ移動中です」
「遊撃部隊の増強により大規模な被害こそ防げていますが、各地での聖魔被害、メガカルマの襲撃は増加傾向にあります」
バスバルス以外にも各市から戦士たちがケムエル神殿を目指し、魔攻衆の増強も進んでいる。だがそれでも、こと物量に関して言えば、27のコロニー総てを守りきることは難しい。シャンズは背筋を伸ばすと、補佐官たちに告げた。
「とにかく、ケムエル神殿の戦果に期待しましょう。それまで我々は、各地の防御に全力を尽くす。いいわね!」
全員、厳しい表情で頷いた。だが、全員が決意を新たにした矢先、対策本部に凶報がもたらされた。
「たった今、ゴラン地区が壊滅したと報告がありました!」
かつて水の都と呼ばれたゴランの聖魔の森は、ケムエル神殿のある御神木の森に次いで2番目に大きい。聖魔の森が時空の狭間に封じられた後、多くの人々が入植したが、中核となるゴランが崩壊していたため、小さな村が多数点在することとなった。そのため、住民避難も困難を極め、シャンズは救援のため遊撃部隊30名を派遣していた。だが今、メガカルマの大攻勢により、増援部隊もろともゴラン地区総ての村が壊滅してしまったのだ。シャンズは悔しさからこぶしをテーブルに叩き付けた。
「エルリムも、いよいよ本気になったということね。生存者を出来る限り救出して。残存兵力を総て回しなさい! ゴラン地区は放棄します。全コロニーに警戒を怠らぬよう再度通達しなさい!」
如何に憑魔甲の配備が進むとはいえ、戦いが長引けば不利な事は明らかだ。シャンズは厳しい戦いになることを痛切に感じていた。
* * *
ゴラン攻略を完了した聖霊マテイは、ウバン沼へと帰還した。傷の癒えたラキアとマハノンが彼を出迎える。御神木の森を除くパレル世界26コロニーへの聖魔の森の帰還も総て無事終了した。ラキアはマテイの手際を称えたが、マテイはまるで無関心に告げた。
「言うも愚かな。エルリム様の威光を今一度示すには、この程度の神罰は当然のこと。そんな事より、サグンはいったいどこへ行ったのだ?」
マテイが怪訝な顔をしていると、そこへ沼の奥からアラボスが宙を滑るように現れた。
「サグンは勅命を受け、冥界の森へ行っておる」
「冥界の森?」
冥界の森は闇の森とも呼ばれ、そこに巣くう聖魔やメガカルマは、破壊と殺戮を好む凶暴なものばかりである。サグンは主にその冥界の森の管理を任された聖霊で、彼の率いる第三軍はこの森のメガカルマで構成されている。ケムエル神殿とは封印されたもう一つの結界・カヤの門で繋がっているが、人間の統治を目的とするマテイもまた、破壊と殺戮しかもたらさないこの森の開放については否定的だった。
第三軍のメガカルマは、現在マテイの指揮下にある。その上でサグンを冥界の森に向かわせる。マテイはその意味を考え、急に疑念をいだいた。
「アラボスよ。まさか、エルリム様は」
「思慮に及ばず! お前は魔攻衆の駆除のみを成せばよい!」
アラボスはマテイを制した。如何に四聖霊の一人といえど、マテイはエルリムに直言することは出来ない。大御言を得るにもアラボスを介する必要がある。マテイは人間世界のためにも、魔攻衆の掃討を急ぐ必要がある事を理解した。
「ラキア、マハノン、行くぞ!」
マテイは厳しい表情で告げると、ふたりの女性型聖霊を従え、再び森の中へと消えていった。静寂の支配するウバン沼に、凍てつく風が流れた。
* * *
人々が聖魔の森の脅威に怯えて暮らす中、ケムエル神殿の魔攻衆はエルリム討伐のため進撃を続けた。コリスは次々とメガカルマを撃破し、メロディーは竜神ケムエルの手がかりを得ようと森をしらみ潰しに調査していた。そんな中、ゼロは一つの考えを思いつき、神殿首座ウーに進言した。
「カヤの門を開くじゃと?」
5年前、当時の神殿首座レバントが森の破壊のために開いたカヤの門。冥界の森でレバントは黒繭を紡ぎリリスを蘇らせようとした。
「これまで、クマーリ門の向こうでは、誰もエルリムの御神木を見たことが無い。エルリムを倒すなら、冥界の森も避けるわけにはいかないでしょ?」
「それはそうじゃが……」
カヤの門を開くことは戦線の拡大に繋がる。ウーは悩んだが、ゼロの案を受け入れることにした。
玉座の間で左にあるクマーリ門と対を為す右のカヤの門。ゼロたちは門を塞ぐバリケードを取り除き、結界の鍵を使った。黒い光が溢れカヤの結界が開く。
「それじゃ、行ってきます」
ゼロは数人の魔攻衆を従え、門の中へと入った。闇が一行の周囲を流れ、門の出口へと彼らを運ぶ。急に視界が開け、門の反対側へ出る。
「待て!」
その光景に、ゼロは慌ててみんなを止めた。森が無い! 結界からもぎ取られるように森が消え、門の出口は直ぐに崖になっていた。目の前には時空の狭間の異空間が広がっていた。
「うわあ!」
勢い余った魔攻衆のひとりが崖から落ちる。とっさにゼロは憑魔陣を使うと、崖から飛び降りた。
「ブレードチャンバー!」
ゼロの体が淡い光に包まれる。彗星のような光跡を曳きながら飛翔し、落下し自由の利かない魔攻衆を捕まえる。そのまま弧を描くように崖の上に舞い戻った。
『やっぱり。森が無ければ憑魔陣は使えない。助かったよ、母さん』
ゼロは腰のブレードチャンバーに触れ、フレア=キュアに感謝した。
先に進めぬ一行は、この事実を報告すべく引き返した。戻り際、ゼロは森のない時空の狭間を振り返り、それが何を意味するのか考えた。
「森はどこへ行ったんだ? まさか……」
不幸にも、ゼロの不安は的中していた。
* * *
サガとラングレイクは、ブルーアイランドを見下ろす丘に設置された観測所で測定データを睨んでいた。町をスッポリ覆った森の影が、まるで実態のように見る見るハッキリしてくる。ドーム状の青い光が激しく渦を巻く。
「エネルギーがどんどん上昇しているぞ!」
「ラング! あれを見ろ!」
サガは森の影の中から顔を出していたビル群を指さした。高層ビルが立ったまま粉々に砕け、蒸発するように消滅していく。青い光が空に向かって噴き上がり、急速に薄れていく。ビルの建ち並ぶ町が消え、代わりにむせそうな緑を湛えた深い森が現れた。ついに聖魔の森が2007年に出現したのだ。
町が消滅する映像は、直ちに世界中に配信された。サガのノートパソコンに、次々と森出現の報告が集まる。
「12……16……世界中に出現しているぞ!」
政府は国連を通じ、各国にブルーアイランド出現地域からの住民の退去を進言していた。だが、限定的な情報開示が災いし、森の出現から逃げ遅れた地区も少なくなかった。そしてそれは、更に次なる悲劇を生むこととなった。各国の軍隊が救援部隊を編成し、聖魔の森へ突入を開始したのである。
「調査チームを派遣するだと? フレアの忠告を忘れたのか!」
ラングレイクは驚いてサガの腕を掴んだ。
「森の危険性は充分分かっているさ。だが、聖魔の森が何の目的で出現したのか確かめないことには、今後の対策も立てられない。君はここに残るか?」
「行かいでか!」
ラングレイクは機材を掴むと、サガと共に観測所を飛び出した。
完全武装したレンジャーの1個小隊に伴われ、サガとラングレイクは出現した聖魔の森に足を踏み入れた。
「守られていてこんなことを言うのも何だが、我々の武器は聖魔相手には通用しないんだぞ」
ラングレイクは、キョロキョロと辺りを見回しながらサガに囁いた。サガはフッと笑うと、落ち着いて告げた。
「勿論、隊長以下全員に伝えてあるさ。聖魔を発見しても、決して刺激しないようにともね。それに、攻撃は通用しなくても、防御なら出来るんじゃないか?」
サガは羽織っているジャケットを示した。少し重く、ごわごわと動きにくいが、耐熱耐電耐刃性能を備えている。シドとフレアのもたらした聖魔に関する情報を元に用意された、聖魔の森探索用の装備である。勿論、これで攻撃を防げる保証は無い。だが、無いよりは遙かにましだ。
「こりゃ〜、植物学者も連れて来るんだったな」
ラングレイクは周囲の草木を見て唖然とした。確かに植物には違いないのだが、自分たちが見慣れた物とはまるで異なる。パレルの植物でない事は明らかだ。ラングレイクとサガは、移動しながら聖魔の森分析のためのサンプル資料やデータの収集を続けた。
「シドの話では、聖魔の森の植物は、だんだん異形の物へと変化していったという。パレルの植物をベースに、徐々に変化させていったんだろう。これは想像だが、この光景はエルリムが住んでいた星に近いんじゃないかな」
サガの推測に、ラングレイクは声を荒げた。
「この星の生態系を、上書き出来るというのか!?」
サガが答えようとしたとき、レンジャーの隊長がふたりを止めた。指さす先に動くものがある。
「聖魔か?」
大きなトゲの生えた甲羅を持つカマドウマのような生物が現れた。大きさは大型犬ほどもある。隊員たちが周囲に向けて銃を腰だめに構えた。2匹、3匹、5匹。茂みの奥から次々と同じ聖魔が現れる。隊長が後退の合図をした。全員が慎重に下がり始める。だが、それを見た聖魔が、巨大な脚力で一斉に飛びかかってきた。
戦端は開かれた。隊員たちは飛びかかる聖魔に向けて銃弾を浴びせた。総ての聖魔を確実に捉え、ゴツゴツした甲羅が砕け散る。
「やった」
だが次の瞬間、蜂の巣にされた聖魔が、何事も無かったようにムックリと起き上がった。砕かれた甲羅が、まるで乱れた映像が直るかのように、元通りに復元していく。
「後退、後退だ!」
部隊は来た道を一気に撤退した。再生した聖魔の群れが追撃を開始する。聖魔の放つ火球が隊員たちを襲う。必死に防戦するが、まるで効果がない。しかも、聖魔の再生速度がだんだん速くなっている。
「やはり! こっちの攻撃力を再生エネルギーに変えているんだ!」
サガも、効果がない事を承知で、銃で応戦した。
「とにかく森を出るんだ! 森の外ならエネルギー場も無い!」
気がつけば左右からも別の聖魔が襲ってきた。グレネードで吹き飛ばし間合いを稼ぐ。
「急げ! 急ぐんだ!」
森の外で銃声を聞きつけた支援部隊が加勢し、調査チームの後退を助ける。戦闘ヘリが周辺に攻撃を加え、聖魔の動きを攪乱する。
「いかん! 高度が低い!」
サガが叫んだが遅かった。樹木を抜けて飛行型聖魔が飛び立ち、ビームのような光る矢を次々と放った。炎を上げた戦闘ヘリが落下する。ギリギリまで操縦桿をきり、幸いにもパイロットは森の外へと脱出した。ラングレイクたちも何とか聖魔の森から脱出する事が出来た。防備のおかげで死者こそ出なかったが、かなりの怪我人を出してしまった。
「サガ、大丈夫か?」
「ああ、かすり傷だ」
サガは破れたジャケットの上から、腕の傷を押さえている。医療スタッフが駆けつけ、直ちに傷の手当てをする。
「聖魔の攻撃力がこれほどとは思わなかったよ。これで雑魚だって言うんだから、メガカルマが出たら、それこそ手に負えないな。まったく、聖魔が森から出られなくて助かったよ」
サガは、穴の空いたジャケットを見ながら苦笑いした。だがラングレイクは、厳しい表情で森を見ながら呟いた。
「サガ。森の中には町の痕跡は全く見あたらなかった。町はどうなったと思う?」
サガは一瞬その問いかけに戸惑った。
「そうだな。時空の狭間に飛ばされたか、エネルギーとなって消滅……」
サガはラングレイクが何を考えているのか気づき、背筋が凍った。ラングレイクの顔が恐怖に引きつっていく。
「まずい……みんな、森から離れるんだ! 早く!」
異形の森の周囲に次々と植物が生え始め、成長しながら森の版図を広げていく。それはまるで時計を早回ししたような猛スピードの成長であった。ツタが触手のように伸び、逃げ遅れた装甲車を絡め取る。聖魔の森が、町を飲み込んで獲得したエネルギーを使い、爆発的に成長し始めたのだ。
森の面積は、瞬く間に3倍以上に広がった。丘の上に設置された観測所も撤収を余儀なくされたが、苦労しただけの甲斐はあった。ラングレイクは集めた資料を収めたジュラルミンケースを示しサガに告げた。
「僕はこれから先端研でナノモジュールの確認と構造解析を行ってみる。まったく、あそこの空気中に分子レベルの部品群が充満しているなんて、未だに信じられないよ。フレアの情報がなかったら、絶対に気が付かないな」
「僕はブルーアイランド対策本部へ行く。各国の対応状況が気掛かりだ。また、ブルーボールで落ち合おう」
ラングレイクとサガは固く握手を交わすと、それぞれ連絡機に乗り込み飛び立っていった。
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