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 act.28 決着
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「よくぞここまで辿り着いた、未来からの使者よ。私がエルリムです」
 エルリムは無表情で告げた。
「人間の身で私の元まで辿り着いたのは、お前達が初めてです。その功績に免じ特別に、お前達に言を許しましょう」
 エルリムは光のテラスからじっとゼロとメロディーを見下ろしている。
 エルリムが神などではない事はふたりにも分かっている。いや、神かどうか、その呼称にさえ意味が無い。この世界の創造主、絶対的な存在であることに変わりはないのだ。それでもゼロとメロディーは、臆することなく毅然とした態度で宣言した。
「エルリムよ。人間はあなたを必要としない。直ちにこの星から去れ!」
「総ての人間を解放して! そして未来からも手を引きなさい!」
 エルリムは瞳を閉じ、しばしの沈黙の後ゆっくりと話し始めた。
「それは出来ぬ。私はお前達人間に永遠の繁栄を与えるため、この新たなるパレルの地へと降り立ったのです。私には、お前達がみすみす滅びへと進まぬよう正しく導く使命があります」
 エルリムの言葉にゼロが憤る。
「世界を滅ぼす事が導きだと言うのか!」
 ジンやレバント、倒れていった総ての勇者たちの意思が、ゼロを奮い立たせる。エルリムの表情がピクリと歪む。
「お前達は瞬く間に数を増やす。そして、星の海へと乗り出していくでしょう。しかし今のお前達では、それはいたずらに悲劇を大きくするだけの事。戦乱の地平を拡大するに過ぎません。それを防ぐためには、より良き創世を与えねばならぬ。明日の数億、数十億の死を防ぐため、私は今、数百数千の死を与えねばならぬのです!」
「そんなの詭弁だわ!」
 メロディーもまた、ナギの女たちやマハノンの悲しみを背に、真っ向から反駁した。エルリムの表情が苦悩に歪み始める。
「これをご覧なさい」
 エルリムは空中に手をかざした。空中が巨大なスクリーンとなり、2007年の映像を映し出した。

 市街地を進むヨブロブに核ミサイルが撃ち込まれる。巨大な閃光が広がり、街を蒸発させていく。だが次の瞬間、まるでフィルムを巻き戻すかのように閃光がヨブロブに吸い込まれていった。ヨブロブの体がメキメキと大きくなり、何事もなかったように焼けた大地を進んでいく。

 エルリムは眉を寄せると、再びゼロたちを見下ろした。
「僅か千年。お前達は満足に扱えもせぬ火を弄んでいる。お前達のその危うさを、私は認めぬ! 滅びの種を抱くことを認めぬ! なればこそ、私はお前達に死を与えねばならぬのです!!」
 エルリムの感情が高ぶっていく。
『何かおかしい』
 ゼロとメロディーは違和感を覚えた。エルリムの言葉は、ふたりにではなく、むしろ自分自身に向けられているように聞こえる。全能のエルリムには迷いが有るのだ。ゼロは最初から存在する一つの疑問を、あえてエルリムにぶつけてみた。
「滅びの種を認めぬと言うなら、エルリムよ、何故お前はこれから人間を解放するんだ?」
 ゼロの問いかけに、メロディーが更に追い討ちする。
「そうだわ! もうすぐバニシング・ジェネシスは終わる。そんなに創世をやり直したいのなら、今すぐやり直せばいい。これから先の千年間、あなたは何故姿を消すの?」
「そっ、それは……」
 エルリムがあからさまにたじろぐ。これこそエルリムが長い時間を瞑想に割かねばならなかった最大の疑問なのだ。そしてエルリムには、ついに満足のいく答えを導けなかったのである。ゼロはエルリムを指さし告げた。
「答えられなければ、ボクが言おう。ボクたちは最初から分かっていた。エルリム! お前は今この場で、ボクたち人間に屈するんだ!」
「黙れ……」
 メロディーがエルリムの目を睨む。
「あなたの負けよ、エルリム! わたしたちに屈し、あなたの時代は終わるのよ!」
「黙れ!」
 突然雷鳴が轟き、エルリムの雷槌(いかづち)がふたりを打った。だがふたりはその衝撃に耐え、膝を屈しはしなかった。
「ボクらを殺したければ殺すがいい。だが、お前の負けは変わらない!」
「もうすぐ魔攻衆の本隊も来るわ。あなたの負けよ、エルリム!」
 ボロボロになりながらも、ふたりはエルリムを睨み返した。
「ええい、黙れ!!」
 再び雷鳴が轟き、目も眩む雷撃がふたりを打った。だがそれでもなお、ゼロとメロディーは倒れなかった。たとえ命尽きようとも、倒れまいと心に誓った。ふたりの強い瞳が真っ直ぐにエルリムの意志を射抜く。エルリムの決意が挫けそうになる。
『もうおやめなさい』
 エルリムの心の奥底から忘れられていた声が響く。
『やめるのです、エルリム!』
 優しくも力強い声が、エルリムの心を掻き乱す。
「私はやらねばならぬ!! 成し遂げねばならぬ!!!」
 無数の雷鳴が天空を覆う。
『だが、何のために?』
 エルリムは折れそうな心を必死に繋ぎ止めるように、空を覆う雷槌を束ね、ゼロとメロディーに打ち下ろした。総てを消し去る雷撃がふたりを襲う。ふたりは手を繋ぎ、じっとエルリムを見据え続けた。
 バリバリバリバリ!!!
 視界が真っ白になる。ゼロもメロディーもエルリムさえも、何が起きたのか理解できなかった。まるで見えないバリアに守られるかのように、ゼロとメロディーの頭上で雷槌が四散し、地平の彼方へ消えていく。
「お、おのれ!!」
 再び雷槌を落とす。だがその力は、先ほどには遠く及ばない。
「何故だ?! どうしたというのだ!!」
 エルリムは何度も雷撃を呼んだ。だが瞬く間にその力は衰え、ついには全く出せなくなった。
「何だ?」
「どうなってるの?」
 ゼロもメロディーも何もしてはいない。ふたりは唖然と光のテラスを見上げた。
 狼狽するエルリムの目が、ゼロたちの後方に釘付けになった。美しい顔が、見る見る恐怖にひきつっていく。ゼロとメロディーは、エルリムの視線の先へと振り返った。荒野の向こうから、あの少年が森人ヤムに背負われて近付いてくる。ミイラのように痩せこけた顔に、見る見る血色が宿っていく。瑞々しい肌、柔らかな金色の髪。
「あっ! あの子は!」
 メロディーは壊れたペンダントを見た。品の良いおばあさんと一緒に写る少年と少女。彼はその少年であった。ゼロたちのそばまで来ると、少年はぴょんとヤムの背中から飛び降りた。
「ありがとう、マモン」
 ヤムの隣に立つと、ヤムの体を撫でるように右手をかざした。イガ栗のようなヤムの体が光の泡に包まれる。穏やかな獅子の顔、均整の取れたしなやかな体。森人ヤムが聖霊マモンへと戻った。
「マモン、ふたりを」
 少年は穏やかな表情でマモンに告げると、滑るように光のテラスへと飛んだ。マモンは傷だらけのゼロとメロディーを軽々と両脇に抱え、静かに少年の後に続いた。
 少年がテラスに降り立ち、マモンたちがそれに続く。
「くっ、来るな──!」
 怯えるエルリムが後ずさる。尻餅をつき、術を放とうと必死に両手を振る。だがエルリムにはもはや何も出来なかった。
「同じ依り代にさえいれば、キミはボクに逆らえない。キミはそんな事まで忘れてしまったの?」
 少年はエルリムの前まで来ると、悲しそうに彼女を見つめた。
「やめろぉ!! 私は!!!」
「おやすみ、エルリム」
 少年は手のひらをエルリムの額に当てた。彼女の体から力が抜け、崩れるように眠ってしまった。
 聖霊マモンがエルリムを抱き上げ、傍らにあるベッドへそっと横たえる。ゼロとメロディーが呆然と見ていると、少年が微笑みながら近付いてきた。
「ありがとう、ゼロ、メロディー。やっとエルリムを止めることが出来たよ」
 少年はふたりを見上げ、握手を求めてきた。
「キミは……いったい……」
「ボクはエルガム。エルリムと共にこの世界に残された、贖罪をなす者」
 ゼロとメロディーが何から聞けばいいのか戸惑っていると、エルガムはふたりをテラスへと誘った。
「話は後だ。まずは後始末をしなきゃ」
 エルガムは両手を広げた。
「バオバオよ! エルリムに成り代わり、我エルガムが告げる。我に従え!」
 ブオ――ン!
 御神木バオバオが微かに震える。
「天空に根を、地には枝を、大地に祝福の花を!」
 バオバオが金色の輝きを放つ。大地を這う枝へ生命の息吹がほとばしり、赤い荒野が緑を取り戻していく。鮮やかな花々が爆発するように咲き乱れ、甘い香りが大気を洗う。風が優しい音色を奏で、生命への賛歌を歌う。
「スゴ──イ!」
「これが御神木バオバオの真の姿……」
 ゼロとメロディーはテラスから身を乗り出し、天国と見まごう祝福の大地を見渡した。
 エルガムは空に向けて大きく手を振った。空中に無数の映像が浮かぶ。繭塚、聖魔の森、ヨブロブの群。
「まずは未来からだ」

 * * *

 2007年、エルリム樹海遺跡に夕闇が迫る。総ての核爆弾の最終調整が終わり、遺跡脇の支援本部に退避命令が下った。司令室の片隅、自動小銃を構える兵士に監視されながら、ケズラとラングレイクはうなだれていた。肩の応急手当をされたサガは、じっとしながらもモニターに映る情報に目を凝らし、盗み見ていた。
 司令官が真っ直ぐに近付いてくる。
「そろそろここを撤収します。皆さんもご同行願います」
 ケズラとラングレイクは、返事もせず力無く立ち上がった。その時、急にサガが呼びかけた。
「ちょっと待て……様子がおかしい!」
 サガは兵士や司令官を振りきり、コンソール画面の一つに取り付いた。そこにはヨブロブを捉えた映像が幾つも映されていた。どんな攻撃も通用しなかったヨブロブが、一斉に活動を停止し動かなくなった。
「司令! 直ぐに情報収集を! 状況が変わるかもしれない!」
 撤収準備を進めていた兵士たちが、慌てて司令室の機能を復元する。サガは国家安全保障局へオンラインを繋ぎ、情報収集を始めた。
「攻撃が止んだ……」
「いったい、どうしたんじゃ?」
 ラングレイクとケズラは、不思議そうにモニターを覗き込んだ。進撃を停止したヨブロブが、次々と飛び立ち撤退を始めた。世界中から状況照会を求めるメッセージが集まりだす。サガは機関銃のように複数のコンソールを操り、世界中へ指示を送った。
「全軍直ちに攻撃を中止! ヨブロブを刺激せず、追跡と飛行経路情報の収集を! おそらく……もうヨブロブは攻撃してこない」
「何じゃと!?」
 サガはモニターに一つの地区のヨブロブの位置情報を示した。
「見て下さい。総てのヨブロブがブルーアイランドに帰っていく」
 ブルーアイランドの映像が届く。焼け落ちた森の中央に、集まったヨブロブが次々と折り重なっていく。青い目から光が失せ、そのまま二度と動かなくなる。見る見る紫色の死骸の山が築かれていった。
「ヨブロブが活動を停止したということは……まさか!」
 驚くラングレイクに頷くと、サガはブルーボールの情報画面を示した。
「エネルギー値が!」
「ああ。歴史交差が解かれていく。おそらく、ついにやったんだ」
「ゼロたちがエルリムを倒したのか?!」
 サガは立ち上がると告げた。
「司令。もう遺跡爆破の必要は無い。その目障りなカウントダウンを止めて下さい。もはや危機は去った。行きましょう。ふたりにも意見を聞きたい」

 玉座の間のブルーボールは輝きを失おうとしていた。シドとフレアが目覚め、ゆっくりと降下を始める。シャボン玉が最後の瞬間を迎えるように、ブルーボールの表面が渦を巻き、かき消すように消滅した。玉座の間の中央には、シドとフレアだけが静かに立っていた。
「シド! フレア!」
 ラングレイクたちが駆け寄る。シドとフレアの表情は、どこか悲しげだった。
「ケズラ先生、ラング、サガ……あの子たちはとうとうやったんだ」
「でも……これで時を結ぶ糸が切れてしまった」
 それはゼロとメロディーが帰る術を失ったことを意味する。フレアははらはらと涙を流した。シドは愛する妻の肩を優しく抱いた。
「まだ、そうと決まった訳ではないでしょう」
 サガはふたりを力づけるように明るく告げた。
「ヨブロブは攻撃をやめ、ブルーアイランドに帰って行きました。何者かがヨブロブに撤退を命じたんだ。あなた方のご子息は、そんな芸当まで出来るんですか?」
 フレアは涙を拭くと、シドと顔を見合わせた。999年で何かが起きたのだ。そしてそれは素晴らしいことに違いない。ケズラはニッコリ頷くと、ふたりの肩を叩き優しく告げた。
「みんなで待とうじゃないか。若き勇者たちの帰還を!」

 * * *

「さてと。次は聖魔だ」
 エルガムは聖魔の森に巣くう生命に終焉を与えた。総ての聖魔やメガカルマがその場で静かに眠りにつき、かき消すように消えていく。荒れ狂う異形の植物が、穏やかな樹海へと変わっていく。エルガムはフーッとため息をつくと、ゼロたちに振り向いた。
「これで君たちを脅かす者は総て消えた。後はコロニーと繭塚だけど、少し時間をくれないか」
 ゼロとメロディーは安堵のため息をすると、笑顔を見合わせた。
「ほら。迎えが来たよ」
 エルガムが指さす先にウーたち魔攻衆がやってくるのが見える。
「オ──イ!」
「みんな──!」
 ゼロとメロディーは仲間たちに向かって笑顔で大きく手を振った。

 * * *

 パレル中がお祭り騒ぎに包まれた。魔攻衆は人々の歓呼を持って迎えられ、祝宴は一週間以上続いた。ジルとキュアも、キキナク商会で保護していたスリーパーも全員目を覚まし、難民となった人々も愛しい我が家へと帰っていった。
 ゼロとメロディーはパレードの主賓としてパレル中を引き回された。バスバルスのシャンズ市長は全市を代表しふたりに感謝し、その功績を讃えた。
 散々揉みくちゃにされ、ようやくケムエル神殿へと戻ったゼロとメロディーは、久しぶりにジルの家を訪れた。
「お帰り、ゼロ、メロディー」
 ジルとキュアがふたりを暖かく出迎える。
「はじめましてって言うべきなのかな」
 ゼロとメロディーは照れくさそうにふたりと握手を交わした。
 多くの命が失われた。ミントを始め初代魔攻衆のほとんどが戦死し、新生魔攻衆もまた、平和の代償として多くの犠牲を払った。コリス、レバント、リケッツ、サジバ。繭使い、そしてナギ人も、エルリムの創世と共にその幕を閉じた。人間の力を信じたジン、そして予言者ギ。ゲヘナパレ帝国の錬金術師たちも、ついにその死を報われた。2007年の世界でも、過去からの侵略に敢然と立ち向かい、夥しい犠牲を払ったに違いない。ゼロとメロディーは、残された者としてその重みをひしと感じていた。
「ゼロ、メロディー。お前達は本当に良くやった。亡くなった英霊たちも、みんなお前達を祝福している」
「そうよ。胸を張って未来へお帰りなさい」
 ジルとキュアは、やさしくふたりに微笑んだ。シドたちと体を共有したふたりは、これから起こることをよく理解していた。
「とうとうバニシング・ジェネシスが終わる。出来ることなら君たちのことは忘れたくないが……未練だな。向こうに帰ったら、シドとフレアによろしく言ってくれ。君たちを知って嬉しかったと」
「エルガムにもよろしく伝えてね。わたしたち人類は、決して滅びたりはしないと」
「ジル、キュア……」
 パレル中を旅したこのお祭り騒ぎの中、ゼロとメロディーは心の中で人々に別れを告げていた。バニシング・ジェネシスが終わり、これから何が起きるのか。その事実を語ったところで、無益な混乱を生むだけだ。ウーもバニラもその事に気付いていたが、ふたりもこっそり別れの挨拶を交わすだけで、ゼロとメロディーに優しく微笑んでいた。
 たった三ヶ月の出来事であったが、それはゼロとメロディーにとって掛け替えのない物であった。別れは辛く寂しいが、笑顔で胸を張って未来へ帰ろう。ふたりは精一杯の笑顔で、ジルとキュアに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう」

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