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 act.29 旅人
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 翌朝早く、ゼロとメロディーはこの時代へ来たときの服を着ると、気づかれぬようにそっとジルの家を出た。朝靄に包まれる町を抜け、ケムエル神殿のクマーリ門からそっと森へ入る。しばらく歩くと、聖霊マモンが出迎えた。
「お待ちしてました、ゼロ、メロディー。どうぞこちらへ」
 ふたりはマモンの案内で御神木バオバオを再び訪れた。

「やあ。そろそろ来る頃だと思ってたよ」
 花畑に入るとエルガムが笑顔で待っていた。
「ようやく、この時代を終わらせる準備が出来た」
 ふたりを案内しようとすると、ゼロが尋ねた。
「その前に聞きたいことがあるんだ」
 エルガムは振り返ると、ニッコリ微笑んだ。
「わかってる。そのためにも、キミたちに会わせなきゃならない人がいるんだ」
 エルガムは、こっちだよと大きく手を振ると、嬉しそうにふたりを案内した。花の回廊を抜け、生命の息吹溢れるバオバオが迫る。
「アラ? この歌は……」

   緑萌ゆる永遠(とわ)の都(みや)
   栄え打つ時の槌(つち)
   黄金(こがね)砂とて
   明日あれパレル遙かに

 花の香りに乗って、優しい歌声が流れてくる。エルリムからマハノンへと伝わり、キュアからフレア、メロディーへと伝わったあの曲。傷ついたゼロの傍らで予言者ギが奏でていた曲。メロディーは今、その核心へ近付いている予感に胸が高鳴った。
 回廊を抜けると、小さな花で満たされた原っぱに出た。断崖のようなバオバオの幹を背に、草の上に一人のおばあさんが座っていた。涼やかな衣装を身に纏い、クリスタルのような楽器を静かに奏でている。ゼロとメロディーに気付くと、彼女は演奏の手を止め、ふたりに前に座るよう勧めた。エルガムは彼女の隣に来ると、キョロキョロと辺りを見回した。おばあさんは困った笑みを浮かべ、エルガムに告げた。
「あの子は出てこれずにいるのよ。エルガムや。エルリムを連れてきておくれ」
「うん!」
 エルガムは大きく頷くと、飛び跳ねるように探しに行った。
「エルリム……」
 もはやエルリムは無害となっているはずだ。だがそれでも、ゼロとメロディーは少し緊張した。
「早くおいでったら!」
 花の壁をかき分け、エルガムがエルリムの手を引いて戻ってきた。ゼロとメロディーはその姿を見て唖然とした。先日見た威厳溢れる美女ではない。現れたのは、エルガムと共にあのペンダントに写っていたもう一人の可愛い女の子だった。二人の子供はおばあさんの所まで来ると、その両脇に座った。少女のエルリムは少し怯えた表情でおばあさんにしがみついている。
「いったい……どうなってるの??」
 驚くゼロとメロディーに、おばあさんが微笑み掛けた。
「改めて自己紹介をしなくてはね。私の名はエテルナ。そしてこの子たちはエルリムとエルガム。死んだ私の意志を継ぐもの」
「死んだ私!?」
「驚かせてごめんなさい。この私の姿は、生前の意識を再現して作り出した実態映像なの。あなたたちと会話をすることは出来ても、体は既に1700年前に死んでいるのです。そしてこの子たちは、この星を守り再生するために残した亜生体。分子レベルで組み上げられたロボットと言えば分かるかしら」
 エテルナはエルリムの柔らかな金色の髪を撫でながら、悲しそうに話を続けた。
「私たちはあなた方この星の住人に、深く詫びねばなりません。元を辿れば、私たち聖パレル人のエゴが招いた悲劇。この子にも辛い思いをさせた事が災いし、あなた方人類に更なる過酷な歴史を歩ませてしまいました」
 エテルナがスーッと手のひらを持ち上げると、回りの風景が宇宙空間へと変わった。
「あなたたちにその総てを話しましょう」

 惑星パレルより遙か七千万光年の彼方にある銀河団。その一角に、十億年の繁栄の歴史を持つ聖パレルは存在した。極限まで進歩したその文明では、時間移動、素粒子加工、多次元利用など、神に等しい科学技術を用い繁栄を謳歌していた。
 だが、そんな聖パレルに、突然終焉が訪れた。母なる星聖パレルより生まれしあらゆる生命体が、場所や老若を問わず次々と死滅していったのである。
『進化樹壊死』
それは聖パレルに生まれた全生命の終焉であった。
 聖パレルの人々は、死の運命から逃れようと必死に手を尽くした。未来や過去へ逃れても、その軛は外れなかった。他の銀河に離れても同様である。人々も、草花や動物たちも、次々と死を迎えるのみだった。
 そんな中、運命に抗う人々は、超長距離移民宇宙船を建造した。母なる星聖パレルから出来る限り遠く離れる。それが、最後の儚い希望だった。
「それが無駄な足掻きであることは重々承知していました。しかし私たちは、静かに運命を受け入れることが出来なかった」
 エテルナたちの乗る超長距離移民宇宙船が星の海を進んでいく。それは全長が千キロにも及ぶ緑溢れる大陸だった。周囲は次元断層で包まれ、その姿はまるで時空の狭間へ浮かぶ聖魔の森を巨大化したようだった。銀河団を渡り、聖パレルから遠く遠く離れて行く。だが、その船の中でも、次々と生命は死に絶えていった。

   緑萌ゆる永遠(とわ)の都(みや)
   栄え打つ時の槌(つち)
   黄金(こがね)砂とて
   明日あれパレル遙かに

 仲間が一人また一人と死を迎える中、エテルナはエルリムとエルガムにパレルの子守歌を歌って聞かせた。

「それじゃあ、パレルの子守歌は……」
 メロディーはその真実に涙した。豊かな繁栄も高度な文明もいらない。唯々生命を育んで欲しい。パレルの子守歌は滅び行く星への思いを歌った歌だったのだ。

 七千万光年の旅路の末、移民船の前方に、若く生命溢れる星が現れた。移民船の大陸は既に生命の消えた赤い大地となり、聖パレルの生き残りもエテルナ唯一人となっていた。
「何と美しい星か。あの星でこの旅を終えましょう」
 エテルナは船に指示を与えた。だが、進路が定まると共に、移民船に異変が起こった。限界を超えた長旅によって、船の制御が効かなくなってしまったのだ。
「このままでは、あの星を破壊してしまう!」
 移民船を覆う次元外装はあらゆる物質を飲み込み、太陽さえも貫いて進む。エテルナはエルリム、エルガムと共に、進路を変えようと必死に機能の回復を試みた。だが、人々の死と共に船を直す知識も失われ、下僕となる亜生体もそのほとんどが死に絶えていた。
「もはやこの船を破壊するしかありません。それでも、核の部分の衝突までは避けられないでしょう。エルリム、エルガム。お前たちは先にあの星へ降り立ち、落下するこの船を破壊しなさい。私もここで、被害を少しでも少なくするよう手を尽くします」
「そんな!!」
「イヤよ、エテルナ!!」
 泣きじゃくるふたりを、エテルナは優しく抱いた。
「私はもう充分生きました。聖パレルのエゴに、若いあの星を巻き込むわけにはいきません。お行きなさい、エルリム、エルガム。あの星の危機を救い、平和で豊かな星となるよう尽くすのです!」
 エルリムとエルガムは、防衛システム「バオバオ」と救難システム「ケムエル」と共に、高速艇でその若い星へと降り立った。

 ふたりが地上へ降り立った映像を前に、エルガムが語った。
「防衛システムの運用は、エルリムの方が得意だったんだ。彼女は自身の機能を限界を超えて増殖させ、エテルナの乗る移民船を攻撃した。そして、その事が、彼女の機能を狂わせてしまったんだ」
 巨大移民船は、次元外装を逆転させ、縮退崩壊を始めている。エルリムは泣きながら無数のヨブロブを展開させた。地上から衛星軌道まで重厚な防衛陣を敷き、落下する移民船に攻撃を加えた。惑星一つなど簡単に破壊するエネルギーが、身を挺したヨブロブの群によって相殺されていく。
 一方、エルガムはケムエルを駆り、夥しい数のオニブブで惑星を覆い、全生命の救助を続けた。
「ボクにはエルリムのメンテナンスの役目もあったんだけど、あの時は人々の救助で手一杯で、エルリムの異常には気づけなかったんだ」
 辛くも滅亡を防いだふたりは、この星をパレルと名付け、再生に着手した。エルリムはバオバオで聖霊を産み出し、エルガムは彼らを率い、荒れ果てた惑星を癒していった。自然が回復していく中、エルリムは世界中に作った避難場所「コロニー」を用い、文明を創世させる事を提案した。
「結局、ボクがエルリムの異常を確信したのは、三度目の創世の時だった」
 エルリムをメンテナンスする能力を有するとはいえ、如何にエルガムでも、防衛システム・バオバオの中にいるエルリムに手を出すことは出来なかった。エルリムを説得することが出来なかったエルガムは、四度目の創世において、エルリムを止めるための策を、密かに聖霊たちに施した。
「そうか!」
「それがケムエルの紋章だったのね!?」
 ゼロとメロディーはお互いの右手の甲を見た。エルガムはちょっと肩をすくめて笑った。
「ナギ人が生まれてしまったのは計算外だったけど、聖霊長アモスは、人間自身に事態打開の可能性を感じたんだろう。事実、マモンの与えた知恵を使い、ゲヘナパレの錬金術師たちは聖霊を滅ぼしたし、予言者ギはバオバオの封印に成功した。これは到底アモスとマモンだけでは出来なかった事だ」
 メロディーは、もう一人の紋章を持つ聖霊についても尋ねた。
「それじゃあ、キュアにも?」
 エルガムは頷いて告げた。
「聖霊のゆりかごを失い、時空の狭間へ幽閉されたエルリムは、新たな聖霊を産み出すため人間に目を付けた。既にケムエルを失っていたボクには、それを阻止することが出来なかった。幸い、プロトタイプは不完全だったため、ボクは森人となったマモンの協力を得て女性型プロトタイプのキュアに紋章を刻むことが出来た。もっともそのキュアが、リリスの変で人間に戻されたときには、ボクも呆然としたけどね」
 何という皮肉か。結局、ケムエルの紋章は人間キュアに受け継がれ、更にそれを受け継いだゼロたち人間がエルリムを追い詰めたのである。
 エルガムの話に、エルリムがべそをかいている。エテルナはエルリムの髪を優しく撫でてやった。
「罪は消えないけれど、この子も決して悪気があったわけではないのよ」
 エテルナは背筋を正すと、真っ直ぐにゼロとメロディーを見つめた。
「この星は、この星の人たちのもの。私たちが干渉すべきではない。でも、あなたたちの時代へのせめてもの償いに、贈り物をさせてちょうだい」
 2007年のヨブロブの死骸が砂山へと変わり、中心に吸い込まれるように小さくなる。紫の砂の中から白い塔が姿を現す。エテルナは復興の手助けに、永久機関とも言うべき次元流エネルギー炉を未来へ送った。ゼロとメロディーには、その使い方が与えられた。

「さあ、それでは始めましょう」
 エテルナはエルリムとエルガムの背中を優しく押した。ふたりは元気良く立ち上がると、天に向かって大きく手を広げた。
「パレルに、歴史の解放を!」
 花畑に無数の聖霊が現れ、世界を復元するために次々と飛び立って行った。マモンもゼロたちに礼をすると、彼らと共に去っていった。繭塚のオニブブたちが金色に輝きだし、最後の役目を開始する。ケムエル神殿町も、バスバルスも、パレル中の人々が、安らかな眠りに落ちていく。バニシング・ジェネシスを忘れ、パレルの歴史をやり直すために。

 時の歯車がゆっくりと回り始める。メロディーはそっとエルガムに話し掛けた。
「これから……あなたたちはどうするの?」
 エルリムとエルガムはニッコリ微笑み、エテルナと手を繋いだ。
「ボクたちはエテルナの記憶と一緒に、この時空の狭間からパレルの行く末を見守っているよ」
「ありがとう、ゼロ。ありがとう、メロディー。あなたたちの事は、決して忘れないわ!」
「いつの日か、キミたちの子孫が訪ねて来たら、話してあげるんだ。パレルを救った勇者たちの物語を!」

 * * *

 2007年。ケムエル神殿遺跡玉座の間で、シドとフレアは静かに待っていた。ケズラ、ラングレイク、サガの三人は、そんなふたりを不思議そうに見ていた。
「シド、本当に今日帰ってくるのか?」
 ラングレイクの問いかけに、シドが頭を掻きながら振り向いた。
「いや、まあ……そんな気がするというか……」
「帰ってくるわ。わたしには分かる」
 フレアは確信の笑みを浮かべ答えた。
 突然、玉座の間の中央に青い光が灯り、だんだん大きくなっていく。激しく渦を巻き、一瞬の煌めきと共にかき消すように消える。玉座の間の中央に、999年から帰還したゼロとメロディーが立っていた。
「ただいま、父さん」
「ただいま、ママ」
「おかえり」
 両親の腕にしっかりと抱きしめられる。ケズラたちも笑顔で駆け寄り、無事の帰還を祝福した。
 ゼロ、メロディー、シド、フレア。一家の旅が、今ようやく終わった。

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For the best creative work