「いいんじゃない? 別に」
クーッと杯を飲み干しながら、こともなげにエマが答える。
「!?」
思いがけないエマの言葉に、サーリアは一瞬声を失った。こんな弱気を曝け出していては、
叱責されるとばかり思い込んでいたのだ。
エマは、そんなサーリアの動揺を見透かすかのように、言葉を継ぐ。
「だってあの時は、『主様』がサーリアを救けたいっていうから手伝ったまでで、貴女の意志は
訊いてないもの」
ついでに、「あたし達、何も出来なかったしね」と、小さく付け加えた。
それからサーリアを指差し、強気な表情でこう告げる。
「それに、ただ傷を治すだけじゃなくて、『主様』を取り込んだような形だからね。
寿命だってはるかに延びてるし、戸惑ったって当然じゃない!」
当たり前、と言い切るエマの口調に、サーリアは驚くばかりだった。
やはり心の片隅では、常に負い目を感じていたのかもしれない……生命を救ってくれた
《主》、この場に残って側にいてくれるエマ、そして……山頂で時を止められている恋人に
対して――。
「でも……あたしは嬉しかったけどなぁ」
サーリアが黙り込んでしまったのを期に、エマがぽそり、と呟く。
エマは杯をすぐ傍らの地面に置き、よっ…と小さく声をあげて立ち上がり、二・三歩
前へと歩みを進めた。陽は既にずいぶんと傾いており、折からの風が、二人の髪やドレスの
裾をたなびかせている。
「63年っていうと、大体あたしの人生の半分くらいだけど、これだけ永く付き合ってくれたのは
サーリアだけだもの」
サーリアは顔を上げ、金髪の少女の後ろ姿を見つめた。
両手の指を後ろで組み合わせたエマは何気ない調子で話しているが、この言葉に
どれだけの想いが込められているか、察せずにはいられなかった。
「だからね、あたしも付き合ってあげるよ、サーリアの永い道のりに」
そう言って振り向いたエマの顔には、どこか憂いを含んだ優しげな笑みが浮かんでいた。
「もしかしたら世界中を巡っても、何百年探し続けても、見つからない道かもしれないけどね」
言葉と共に、手を差し伸べるエマ。その手を沈みかけた夕陽が照らし、暖かく輝いている。
サーリアは自然と腰を浮かせ、涙を拭っていた手を伸ばしていた。
「ありがとう…………」
この一言にすべての想いを託して――。
FINE
...Thanks A Lot!! → あとがき