宵闇綺譚
〜よいやみきたん〜
written by KAZMI SAKUMA                                                2/6

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 辺りは闇に包まれていた。
 ……パチ…ッ…パチパチッ……勢いよく燃える焚き火が、周囲の影を色濃く映し出している。
 幼いエマは、連れの男と火を挟んで向かい合っていた。
 傍から見れば『親子二人で放浪している途中』のように見えたかもしれない。


「ぬし――!?」
 突然、エマが小さく叫んだ。相手の男はそれに構わず、話の先を続けている。
「ああ。『この山深く入りし者、すべての行いは《主》の手中にあり。
 もしも意に添わぬことあらば、その身は永久に、この山に捉えられる』――だとさ」
 男は「ホラ」と暖まったばかりのスープをエマに差し出しながら、麓の村で仕入れた
この山にまつわる噂話を披露していたのだ。
「へぇ――」
 エマは使い古したカップを受け取りながら、素直に感心している。
「ま、ありがちな話しだがね、この手の山には」
 男は無感動に付け加えた。

 確かにそれは、古い土地を訪れれば必ずと言ってよいほど、耳にすることのできる伝承の
類であった。
 しかし多くの場合は、時の移り変わりと共に伝承の中身も風化し、普段の生活からして
みれば、遠い存在と成り果てている有り様である。
 それでもこの山の場合は、土地柄というものもあるのだろうが、山自体の険しさに加えて
鬱蒼と生い茂った樹々が、まだそれらしい雰囲気を窺わせていた。

(見ツケタ)

 ぽわん……。
 エマは視線の先、ちょうど男の肩越しに、ぼんやりとした小さな光を捕らえた。
「?」
 男の言葉に耳を傾けながらも、突然現れた光に注意を向けるエマ。
 その光は次第に大きくなり、おぼろげに人間らしき輪郭を描き出した。
 カップを手にしたままの姿勢で、エマは男に尋ねる。
「ねえ、その《主》って――精霊みたいなもの?」
「恐らくは」
 そう応えている男は、まだ背後の光に気が付かない。

 エマは、「じゃあ――」と男の背後を指差して続けた。
「あんたの後ろのソレって――やっぱりそうなの?」

「……は?」
 面食らった様子で少し間の抜けた声をあげた男は、慌ててエマの指差す先を振り返った。
 と、丁度その時、ボウ……ッとした光が人間の形に定まり、二人の前に姿を現した。
 フワリ……。
 地面に付きそうなほど長い髪を軽やかになびかせながら、その光の塊――精霊は、二人に
そっ……と手を差し伸べた。

(良カッタ、ソナタ達ガ居テクレテ……)

 その言葉を聞いた瞬間、エマは嬉々として瞳を輝かせ、男は……予想外のことに驚きを
隠せなかった。


...to be continued → 宵闇綺譚・3

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