「――で、その《主》たるあなたが、わたし達に一体何の用だね?」
ようやく気を取り直した男が《主》に訊ねる。
先程の動揺を恥じているのか、少しばかり憮然とした表情が覗えた。
エマは男の側に立ち、まじまじと《主》を見つめていた。
「確かさっき、『居てくれて良かった』そう言ったわよね。あれは――」
《主》の言葉じりが気になったのか、首を傾げながら問う。
(ソナタ達、魔導ニ与シテイルノデアロウ?)
男の顔が微かにこわばる。
この男――ラドクリフは確かに、隣国の宮廷魔導師として近在に名を轟かせていたのだ。
一年前、実の兄によってその地位を追われるまでは――。
更なる動揺を隠すかのように、ラドクリフは膝の上でグッ…と拳を握りしめる。
それには気付かぬそぶりで、《主》は優雅なしぐさで二人の前に膝をついた。
(ドウカ、ソノチカラヲ 妾ニ貸シテハ モラエマイカ…)
柔らかく、けれど凛とした声で《主》は告げた。
(人間ヲ――人間ヲ救ケタイノダ……)
それは二人にとって、意外とも思える言葉だった。
事前の噂は話半分としても、人間と精霊の交流が絶えて久しく、姿を現すにはそれなりの
訳があろう――そう踏んではいたのだが……それが『人間を助ける為』とは。
しばらく訝しんでいた二人だが、結局、
「ねぇ、別に話聞くぐらいならいいじゃないさ」というエマの言葉をきっかけに、二人は《主》の
後に従い、更に山奥へと歩みを進めることとなった。
◆
小一時間ほど獣道を伝って辿り着いた先は、少しばかり薮が切り開かれた空間だった。
周りには草木が生い茂っている…とはいうものの、ゴツゴツとした岩などもそこいら中に
転がっており、樹々も歪に成長しているものが多く見うけられた。
エマたちが焚き火を囲んでいた辺りに比べると、ひときわ闇に近くなった、という印象である。
視界が開けた途端、飛び込んできたのは、地面に横たわる長い黒髪――。
少し近づくと髪の間から覗く横顔で、まだ若い娘だと見てとれた。全身傷だらけである。
頬と腕にも目立つ切り傷があった。
「この娘か? 救けたいというのは――」
ラドクリフは《主》に訊ねる。
(ソウ。コノ者ハ、妾ニ祈リヲ捧ゲニ ヤッテ来タノダ。愛シイ者ノ命ヲ 救ウ為ニ……)
《主》の声が悲しそうに応える。娘の側に両膝をつき、心配そうに見つめていた。
それに構わず、ラドクリフは先を促した。
「――というと?」
...to be continued → 宵闇綺譚・4