・カポックに花が咲いた・
結婚当初、我々夫婦は大井町に住んでいた。2DKのマンションは近所の相場と
比べるとお手頃な家賃で、大家さんが小さな町工場を経営している敷地に建てら
れていた。もちろん、大家さんの自宅も同じ敷地にあった。そこを見つけだした
のは私だ。当時、同じ品川区に住んでいた私は、休みの度に新居を探して歩いて
いた。日当たりがよくて手頃な値段で、生活に便利なところ・・・。そんなとこ
ろが簡単に見つかるはずもなく、さんざん不動産屋をめぐったが「これだ!」と
いう物件がなかった。ところが、いい加減に歩き疲れてフラフラ状態でおまけに
今にも雨が降りそうな空模様のある日のこと(もう、今日のところは帰ろう)そ
んなことを考えていたら、目の前の不動産屋の引き戸が少し開いた。中からその
店のオーナーらしきご主人が首を出して空を見上げていたが、その首がゆっくり
と私の方に向きなおった。そして、彼は言った。「家をお探しですか?」。私は
疲れていたこともあって、ヘラヘラ笑って「どうして、分かるのですか?」と返
事をしたように記憶している。
中に招き入れられ、期待もせずに条件を話し始めると、話の途中で「あるよ、そ
う言うの。今、丁度大家さんに頼まれたところ!」そう言って作りたてホヤホヤ
の物件の書類を見せられた。なんだか夢心地だった。「それにねぇ、ここはもう
少しするとすぐ裏に駅ができるから、もっと便利になるよ。」(まったく、不動
産屋はすぐにこれなんだから、しょうがないなぁ)正直言ってそのとき私は心の
中でそうつぶやいていた。しかし、彼の表情はいたって真面目そうで、商売用の
口からでまかせの印象は受けなかった。「今から見に行こうか。車なら10分も
かからないから。早くしないと、すぐに決まっちゃうよ、こんな良い物件はなか
なか出ないから。」そう言われれば、行かない手はない。
車は中延を出発し1国を渡り大井町駅に続く商店街に入った。電車のガードをく
ぐって間もなく到着。見渡せば商店街のど真ん中だった。1Fが雀荘のマンショ
ンはちょっと古い感じ。目指す空き部屋は階段を昇ると正面にドアがあり、角部
屋だった。狭い玄関、入るとすぐにフローリングのキッチンで8畳以上はある。
奥の部屋に続く廊下がけっこう長く、途中の左手に浴室と洗面台そしてトイレ。
部屋は6畳と4畳半が縦につながっている。後に口の悪い弟から「鰻の寝床」と
呼ばれたが、東南の角部屋で広さも充分あって、すぐに気に入ってしまった。結
婚相手の主人にはあとで説明しようと、その場で借りることにしてしまった。
その日の晩、暗くなってから主人と再度マンションを訪問。あちこち、細かいと
ころまで点検する主人に私は感心した。キッチンの流しの下、風呂場の排水、ベ
ランダ等を見て「まあまあだね」と小憎らしいことを言う。「新しく駅が出来る
んですって」と言う私に「そんなの、何年先か分からないよ。すぐに信じちゃう
んだからなぁ。」と笑われた。私は自分が決めたこともあって、不動産屋の肩を
持った。「大丈夫、あのおじさんは嘘をつかない人よ。」
新居から大井町駅にはぶらぶら歩くと20分ぐらいはかかっただろうか。休みの
日には新居裏の「光学通り」(恐らくニコンの工場があったからこう命名された
のだろう)を散歩しながら買い物に出た。途中の花屋で一鉢300円のカポック
を見つけた。手のひらを気前良くポンと広げたような形の葉に引きつけられたの
だ。そのときの手のひらの数は確か3つほど。室内に置いたが成長の勢いはすさ
まじく、1年ほどで天井に着きそうなほどになった。仕方なく、水苔を幹の丈の
真ん中あたりに貼っておいて、根が出てきたところでバッサリ2等分した記憶が
ある。
思い返してみると、新居は「寝に帰るところ」でしかなかった。仕事は忙しさを
極め、家に居るのは寝る時間と休日のみ。甘い新婚生活などを楽しむ余裕もなく
疲れきっていた私は少々ヒステリー気味になって、主人によく当たり散らしてい
たように思う。結婚したら総てに責任を持たされているような気がして辛くなり
何もかもを捨ててしまいたい気持ちになった。仕事・家事・主人の実家の問題・
自分の実家の問題がのしかかってきた。別れよう、別れよう、といつも考えてい
た。どうしてあれほどに精神的な負担を抱え込んでいたのかは、言葉では上手く
言えないのだが。とにかく疲れていた。
ある晩、泣きはらした顔の私を主人が散歩に誘った。良いものをみせてあげる。
と言うのだ。主人は電車のガードの手前をすぐに左に折れたところで上方を指さ
した。「ほら、あそこに僕たちのために駅が出来ているよ。」私は住居のすぐ裏
で何が起こっているのかも気がついていなかった。恥ずかしいと思った。あんな
に工事が進行していたのに、新駅が間もなく誕生しようとしているのに、ここに
越して来るときにはあんなに期待していたのに、だ。私は声を出して笑った。主
人も笑っていた。笑いが笑いを呼んで、お腹を抱えて笑うほどおかしくてたまら
なかった。自分の間抜けさ加減を笑わずにはいられなかった。それから間もなく
して西大井駅は完成し通勤の足として便利に使わせてもらった。
大井町のマンションには約5年ほど住んで、その後今の三郷に引っ越した。連れ
てきたカポックはどんどん成長し、鉢の数も10を超えた。そして、今年初めて
花を咲かせた。花芽に最初に気付いたのは主人だ。あのとき、バッサリ切って2
等分したカポックをお互いにひと鉢ずつ持って「さようなら」をしていたら、私
はカポックの花を見ることが出来ただろうか?と考える。
大井町のマンションを紹介してくれた不動産屋さんは今でも同じところで商売を
しているのかとも考える。「おじさん、どうもお世話になりました。」
(1998.8.12)
あ
特別に美しくはないけれど私にとっては「かけがえのない」カポック
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