フィールド・ノート…1999年4月

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4月9日…ユー・ガット・メイル(続)

この「フィールド・ノート」で、続きを示唆するような形で終わっていながら、その後何の展開もないケースは多い。いちいち書いてはいないが、「電話してみたがつながらなかった」とか、「ブーメランが帰ってこなかった」とか、結局その場限りだったケースである。3月22日の彼女も、その口だろうと思っていた。もちろん、教えてもらったメールアドレスに宛てて、いちおうメールは出してあった。メールアドレスは本物だった。しかし、その後2週間以上、返事は来ていなかった。ぼくは彼女のことを忘れかけた。

彼女から急にメールが届いたのは4月4日のことだった。前回の電話で言っていた通り、パソコンが壊れていてメールが使えなかったそうである。ぼくと話したことはほとんど覚えていないという。ぼくは改めてメールで自己紹介をした。もちろん、間違っても署名欄にこのサイトのURLが入ることのないように注意しながら…。

彼女からの返信が再び届いた。前回の電話で話していた彼には、エイプリルフールの日に振られたと書いてあった。失意のただ中にいるようだった。彼は、親が残した大きな借金をはじめ、いろいろなものを抱えている人で、感情的なわたしに付き合いきれなくなったみたい、と、彼女は反省していた。電話でも聞いた、「友達だったらよかったのに…」という言葉もあった。文面からは、失恋の痛手を負いながらも、どこか冷静に自分を振り返る彼女の姿が見えてくるような気がした。

さて、時間は9日の午前0時過ぎ。ぼくの部屋の電話が鳴った。今日はぼくの誕生日だった。彼女からの「おめでとう」が第一号である。改めて、失恋の話を聞く。「今思うと、わたしはあの『状況』にはまっていたような気がするの。なんとなく、不倫する女の人の気持ちが少し分かった気がする…」。彼が借金のことを話してくれたのは、付き合いはじめて2ヶ月くらい経ってからだった。女の子はこの話をすると、みんな逃げちゃうから…、と言いながら、彼は自分のことをぽつりぽつりと話してくれた。彼女は、借金のことは自分には何もできない、と思った。それと同時に、厳しい生活を送る彼に、一時の安らぎを与えられる存在になれればいいな、とも考えた。

でも、なかなかうまくは行かなかった。会えなかったり、電話できなかったりすると、どうしても彼女の心には不満が溜まっていく。それはどこかで爆発してしまう。「彼はね、旅行の前にケンカした時点で別れたつもりだったんだって。わたしが自分のことしか考えてないから、って…。確かにわたし、そういうところあるかもしれない。でも、彼は彼でヘンなところがあった。19歳から借金抱えて働いて、いろんなものを諦めてきた人だから、考え方が普通の人と違った。恋愛観とかも、わたしと違ってたし…」。

彼とは、どこで知り合ったの? ぼくは気になって聞いてみた。「どこだと思う?」その問い返し方で、ぼくにはピンとくるものがあった。「あなたと同じところだよ」という答えは予想通りだった。テレクラには、以前からたまに電話していた。「全然知らない人に、自分のことを聞いてもらうのって、面白くない? でも、会ったことって、それまでなかったの。でも彼の時は、こんなところでこんなに話の合う人に出会えるなんて…、って思った」。ぼくは少しだけ、彼の借金やその他の話は本当のことだったのだろうか、と疑問を感じたが、その疑問を口に出すことは避けた。半年間付き合っていたのだ。嘘だったとしたら、それを見破れないほど鈍い彼女とも思えなかった。

4月12日…彼女は写真家

土曜日の夜に電話をかけてみると、彼女は一人でワンカップ大関を飲んでいるところだった。彼女の前の彼氏のプロフィール(血液型、星座など)が似ていることは前に記したが、名前も似ているため、彼女はぼくのことを前の彼と同じ呼び名で呼ぶようになっていた。ぼくがその名前を名乗ると、「○○さんって、私のことを振った人ですか?」と彼女はふざけて訊き返した。振られて1週間、まだ傷は深いようだった。

とりあえず彼の話はおいて、世間話をする。働いていた会社の契約期間が今日で終わったという話を聞く。来週からどうするの? と訊くと、「出版社に持ち込みをする」という答え。ライター? それともマンガ家さん? 実は彼女の本業は写真だった。写真の勉強をしたり、撮影に出かけたり、もちろん撮影の仕事をしつつ、空いている時間には派遣で働いているらしい。前の彼氏とケンカした直後に出かけた旅行というのも、撮影旅行で香港・タイをまわってきたそうだ。撮るのは主に人物。「今度写真見てください」と言われる。もちろん是非お願いしたいところ。

彼女には日記をつける習慣があった。だが、4月1日(振られた日)から書いていない。「思ったんだけど、日記って過去を振り返るものでしょう? それじゃダメだと思ったの。だから、未来の日記をつけようかな、なんて思ってる」。話の中で、ぼくが「まだ振られて1週間だもんね。忘れられなくても無理ないよ」ということを口にすると、彼女は強い口調で、「『まだ』とか『もう』とか言うのやめて!」と言った。

話は変わって12日の深夜。ぼくは一人、オフィスで待機をしていた。何かが起きない限りはやる仕事がない。女性だったらこういうときこそテレコミで暇つぶしをするところだろう。ぼくは携帯電話のメモリーを意味なくスクロールしてみた。まずは上の彼女にかけてみる。ちょうど暇にしていたようだった。「最近電話が鳴らなくなっちゃったから…」と、相変わらず寂しいセリフが出てくる。ぼくの状況を説明してみると、「それって、寂しそう…。今のわたしだったら、きっといろいろ考え事をしちゃって、泣いてしまうかも」。会おう、という話は出ている。しかしぼくはこの状況だし、彼女の方は今週は仕事がないので暇だが、来週から新しいところにまた派遣が決まったらしい。なかなかタイミングが悪い。

電話を切った後、今でもたまに電話をしている1月17日面接の彼女にもかけてみた。相変わらず生理不順のようだった。ポケットボード購入を検討中らしい。「たまには私のことも構って」と言われる。ぼくの手持ちの携帯番号(生きているもの)はこれで終わりである。

4月17日…また上、また失敗

3月22日に話した女性との「面接」が決まった。電話で話すようになってから、何度か会う話は出ていたのだが、ようやく互いのスケジュールが合ったのが今日だったのである。3時に新宿で待ち合わせる。携帯番号はお互いに知っているし、スッポカシの懸念はあまり感じなかった。むしろ心配なのは、ぼく自身のテンションがあまりにも低いことだった。

待ち合わせ場所にはぼくが先に着いていた。電話をかけてみると、「今電車の中。5分くらい待って」と、ちゃんと彼女の声が返ってきた。5分後、今度はぼくの携帯に着信。「今着いたよ」。辺りを見回すと、グレイの服を着たメグ・ライアン似の女性がこちらを見ながら携帯電話をかけていた。たぶん実際の年齢(24歳)より若く見られるだろう。「ロリコンの人に好かれる」と言っていたのも頷ける。毎回こんなことを言っているような気がするが、「テレ上」である。

それから喫茶店でコーヒーを飲みながら話をした。「あのね、あなたは前の彼氏と名前も血液型も星座も年齢も同じだったから、会ってみようと思ったの。そういうこと。」席についての彼女の第一声はそれだった。相変わらず、前の彼氏のことをいろいろ考えてしまうらしい。いろいろな話を聞いた。

自分についていろいろと語った後、彼女は言った。「あなたのことも話してよ」。だが、ぼくは自分について語るべきことを何も持っていないことに気付いた。何を話せばいいのだろう…。ぼくのテンションの低さは、こんなところに影響を及ぼしていた。

それから喫茶店を出た。彼女はヨドバシカメラで印画紙を買った。これから帰って、月曜日に出版社に持ち込む写真を現像しなければいけないのだという。新宿駅の地下道入り口で配っていたテレクラのティッシュを受け取り、彼女は「もうかけてないよ。こういう遊びはもうやめたの」と言った。面接は1時間半で終了。ぼくは一人、新宿に取り残された。(続く)


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