3月31日(土)
今日のモーニング娘。の番組を録画するために空きテープを探していたら、いろいろと懐かしいものが出てきた。特に97年夏頃の歌番組が入ったテープを見つけたのが嬉しかった。どうやら広末涼子目当てで録画したものらしい。今見てもやっぱり全盛期の広末涼子はすごいと思う。あとはデビューしたての一色紗英・内田有紀+木村拓哉が出演のドラマが出てきた。おそらく録画した時点で再放送だった筈だが、それにしてもひどく懐かしい。
宇多田ヒカルのニューアルバム。あれだけ売れた1枚目の次にこれだけしっかりしたものを持ってくることができるのはやはり大したものだ。誰もがこれくらいは当然と期待するレベルをきちんとキープしている。なかなか簡単にできることではない。
3月25日(日)
後藤真希という素材がいかに並はずれているとしても、後藤真希のデビュー曲『愛のバカやろう』がヒットするかどうかについてぼくは懐疑的にならざるを得ない。あまりにも80年代的、あまりにもアナクロであるからだ。同時代性の欠如。そしてソロでのパフォーマンスが「歌」であることの必然性がない。
3月24日(土)
後藤真希を見ていると自分の中の根元的な何か激しく揺すぶられているような気がする。おそらくそれは男性(雄)としての本能なのであろう。とにかくほかの女性タレントや現実の女性を見て感じるのとはまったく別種の感情である。問答無用の、有無を言わせぬ、圧倒的な力である。まったく15歳のガキのくせに…。
3月23日(金)
タフでハードな一週間だった。
3月22日(木)
計画はきわめて順調に進行中。というか仕事が忙しくてそれどころじゃないという感じ。
まったく関係ないですが先日中古ソフト屋で「ドラゴンクエスト5」を購入しました。大学のときにはサークルの部室でやったものですが、急にまたプレイしたくなり買ってしまいました。先ほどビアンカがさらわれるところまで進みました。子供向けのゲームなのに主人公とビアンカの情愛がよく描けていて感動します。単純なセリフしか言わないのにねえ。主人公に至っては「はい」「いいえ」しかしゃべらないし。
3月18日(日)
友人たちと水戸に梅を見に行く。一日がかりだったけど、とても楽しかった。
それはそうとぼくは先週からあることにチャレンジしている。思春期以来ほぼ毎日、まず3日とは空けずに続けてきたあることを、1ヶ月のあいだ止めてみようという試みだ。ちょうど20代最後だしいい記念にもなるだろう(?)。失敗しても成功してもこの日記でご報告いたします。
3月17日(土)
これは何度強調しても強調し足りないことはないと思うが、ぼくは決して後藤真希が嫌いなわけではない。むしろ好きだし、あれほどのスターは滅多にいないと思っている。彼女の持つ空気は今までの芸能人にはなかったものだ。10年に1人の逸材である。しかしそれでもなお、今回の後藤真希ソロデビューには真っ向から反対せねばならない。断固として。ぼくらは後藤真希の発射台としてのモーニング娘。を応援してきたわけではない。
水曜日と木曜日で筒井康隆の「敵」を読んだ。いつもの筒井康隆だなあ、という感じ。パソコン通信の会議室の描写が、「朝のガスパール」のときは面白く感じられたものだけど、今回はなんだか陳腐でつまらない。それはきっと時代がすでにパソコン通信からインターネットに移っているせいだと思う。
今日は夕方から守旧派の総決起集会があった。めちゃくちゃ楽しかったです。
3月13日(火)
仕事が一区切りついて、とてもすがすがしい気分である。とは言え、大変なのはこれからなんだけど・・・。
考えてみれば数日前から20代最後の1ヶ月に突入してしまっている。ああイヤだ。この前の飲み会でも上司からさんざん「いつ結婚するのか」「早く結婚しろ」「独身はポリシーか」などとさんざん詰められてしまった。放っといてくれよ。何も好きで独身でいるわけじゃないんだからさ。
3月11日(日)
高校生くらいからヒットチャート(日本限定)のウォッチングを続けているが、ぼくが好きになる曲には、「好みだけどぜったい売れないだろうな」という曲と「こりゃ売れるぞ」という曲の2種類がある。最近で言うと前者がメロン記念日の『電話待っています』であり、後者がプッチモニの『BABY! 恋にKNOCK OUT!』だ。
前者についての説明は省くとして、『BABY! 恋にKNOCK OUT!』。つんくの書く曲の良さは「ダサいのがカッコイイ」というところにあるのだが、この曲は見事にその辺、ハマっている。今時ロボット風ダンスを踊ろうなんて誰が考えるだろう? 本物の人型ロボットが完成しようかというこの2001年に。そして彼女たち3人のパフォーマンスがまた、いい。後藤真希の類いまれな大物っぷり、保田圭の技巧、そして何よりもパンツが見えるのも厭わず、ひらひらしたスカートで激しく踊る吉澤ひとみ…。
僕が十五だったら間違いなく恋に落ちていたな、と僕は二十回目くらいに改めて思った。
って感じ。ところがぼくの考えとは逆に、売れ行きはどうもぱっとしていないようで、まあもちろん初登場1位ではあるのだけれど、大ヒットになる気配は今のところない。自分の眼力が衰えたことを認めるしかないのだろうか。
3月7日(水)
中澤裕子がモーニング娘。から脱退することが発表されたわけだが、さほどの感慨はない。最近の流れを見ていれば、早晩こうなるというのは十分に予期できたことだ。
3月6日(火)
昨日の日記でまたしてもミニモニ。をボロクソに言ってしまったのですが、今日会社の飲み会の二次会で行ったカラオケで、「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」を歌い、けっこうウケたのでわりと上機嫌です。言行不一致もいいところですね。
3月5日(月)
昨日の日記で、「ミニモニ。はメロン記念日以下」とした部分は明らかに言い過ぎでした。お詫びします。まあ要するにぼくは辻希美と加護亜依が生理的にダメなんですよね。はっきり言って、見てて不愉快の一言。
・・・ってまた暴言吐いてるし。
彼女たちを「可愛らしい子どもだなあ」と思って見られればそれでいいんでしょうけど。そして彼女たちが普通の子役タレントならそれでよかったんでしょうけど。彼女たちは他でもないモーニング娘。のメンバーなんです。もうすぐ加入から1年になるけど、未だに違和感は消えません。
3月4日(日)
今日の『ハロー!モーニング』では1月の「ハロプロ」ライブの模様を1時間半にわたって放映していたわけであるが、今のモーニング娘。にとっては、「抱いて! HOLD ON ME」はおろか、「LOVEマシーン」ですら、「自分たちの歌」という感じがないような気がする。なんかTV番組の企画かなにかで、芸能人が他人のヒット曲を歌ってるという、そんな雰囲気がある。
あと「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」。TVならともかく、ライブで口パクというのはどういうことか。モーニング娘。は音楽を大切にするグループじゃなかったのか。ミカが入っているからモーニング娘。じゃないという考え方もあるかもしれないが、ぼくにはちょっと許せない。あれならメロン記念日の方がまだマシだ。言ってることが支離滅裂だけど。
要するにぼくの好きだったモーニング娘。というのは、福田明日香がいて、石黒彩がいて、そして言うまでもなく市井紗耶香がいたグループのことだったのだ。もうあのグループはどこにも存在しないのだ。
2月27日(水)
プッチモニ「BABY! 恋にKNOCK OUT!」のすばらしさについて語ろうと思っていた矢先、後藤真希ソロデビュー決定の情報が飛び込んできた。ミニモニ。といい、カントリー娘。へのレンタルといい、今回の後藤真希ソロといい、モーニング娘。がぼくの望む方向に進んでいってくれないのは確かなようだ。
『BUBKA』という四流雑誌の今月号には「市井紗耶香脱退の真相」なる記事が載っている。細かい点はともかく、彼女の家族と所属事務所の金銭トラブルに、芸能界のパワーゲームがからんでいるのは間違いないのだろう。
はあ、鬱だ・・・。
2月26日(月)
日記の更新さぼり過ぎ・・・。
昨日はスキャナを買ってきたのだけれど、接続がうまくいかない。PCがデバイスを正しく認識してくれないようだ。プラグ・アンド・プレイってインチキなんだろうか。何となくすっきりしない気分のまま寝る。
夢が最悪だった。セクースの夢だったんだけど、まったくエロティックではなかった。もっと即物的というか、うまく説明できないのだが百科事典の記述みたいな夢だった。しかも起きても鮮明に覚えている。すっきりしない。
会社では同僚のお父さんが亡くなったというニュースを聞かされた。先日お目にかかったばかりなのだ。そして隣の部にいる同期には子どもができたらしい。生と死。
明日はプッチモニの新曲「BABY! 恋にKNOCK OUT!」を買うつもり。
2月17日(土)
昼過ぎに目を覚ます。夕方までゴロゴロする。髪を切りに行く。今晩は家には誰もいないので、一人で外食。家に帰ってきてから、ソーセージを茹でてビールを飲みながら借りてきたヴィデオを見る。『マトリックス』。荒唐無稽。だけど面白かった。飲みながら見たのが正解だったみたい。
2月16日(金)
この日記には基本的に仕事のことは書かないというスタンスでいるので、仕事ばかりしていると必然的に日記の更新頻度が下がることになる。・・・まあ言うほど仕事してるわけでもないけど。
2月14日(水)
バレンタインデーというくだらない風習はもういい加減にやめたらどうか。
2月12日(月)
気が付けば1週間以上更新していない。この一週間というもの、家では本当に非生産的な日々を送っている。主にしたことと言えば、プレステ2用のゲーム「鬼武者」をクリアしたことくらい。そうそう、新書を何冊か読んだ。小谷野敦『バカのための読書術』(ちくま新書)についてはいろいろと感想がある。思うに、ぼくは小谷野と似ているところが多いのだ。なんだかんだ言って。だから共感する。当たり前の話だ。太田肇『ベンチャー企業の「仕事」』(中公新書)、とてもいい本だ。章立てがしっかりしていて、読みやすい。ほかにももう何冊か読んだけど、論評は省略。
あとはレンタル・ヴィデオ屋で映画を何本か借りて見ている。これはもうここ一週間の話ではなくて今年に入ってから、という感じなのだが、田中麗奈主演の『はつ恋』、今ひとつ。萌えるシーンがないこともないのだが、足りない。ぜんぜん足りない。ところでぼくが考える萌え映画のスタンダードは何かと言えば、中原俊監督の『櫻の園』である。というわけで、今日DVDを買ってきました。素晴らしい。今見てるんですが、あれですね。全員まゆ毛が太くて髪が真っ黒ですね。今撮ったらどんな感じになるのかなあ。ほかにも大林宣彦監督の映画を何本か見てます。美少女ヌード目当てで(笑)。あの監督は変態決定。あと、たまには洋画も見ようと思って『アメリカン・ビューティー』を見ました。さすがに映画賞を独占しただけのことはありますね。ちゃんと萌えるシーンもあるし。主人公の娘の友だちが、ずっと発展家のフリをしていたのに、いざ主人公とそうなったときに「初めてなの…」と告白するシーン。その瞬間にキャラクタがぱっと変わる。いいシーンです。
こないだ読んだ『段ボールハウスガール』。感想を書くと読者様と約束してるので、書きますね。
何て言うんだろう、不思議な話だと思いました。主人公が何故マトモな仕事をしようとしないのか、何故親に頼ろうとしないのか、何故ボーイフレンドの一人もいないのか、そういう読者の当然の疑問に対してこの小説は何一つ答えてくれない。200万円を盗まれた主人公が部屋を引き払い、大学の図書館で時間をつぶしたり、段ボールの家に住んだり、ゴミをあさったりして暮らすという道を選ぶのはまったく当たり前で、ほかに選択の余地がないかのように描かれている。そこにこの小説のポイントがあるように思えます。この小説をぼくに推薦してくれた方は、主人公が売春しないのが不思議だ、とおっしゃっていたのですが、主人公の頭にはそんなことはまったく思い浮かびもしないようなのです。
かと言って主人公は「女であることを武器にしない」というポリシーの持ち主だというわけでもなさそう。ツーショットダイヤルでサクラはするし、クラブのタダ券で食べ物にありついたりもする。んー、ただまあそれは、彼女にとってはファストフード店のゴミ箱をあさったり、寸借詐欺をしたりするのと同じ程度のこと、つまりそこに食べ物が・お金があるから拾うというのと同じことだったのかもしれません。
さてさて、ぼくとこの小説との接点は、主人公がツーショットのサクラのバイトをする部分にあります。
中には逢う約束を焦らず、純粋に女とのおしゃべりを楽しむ目的の、大人しい男もいる。彼らは別に下品な話をするわけでもない。ごく普通の会話、例えば、どこに住んでいるのかとか、お酒は強いのかとか、どんな音楽を聞くのかといったことについて静かに、延々と喋り続ける。杏にはそういう男が、他の多くの、高飛車で鼻持ちならない男よりもさらに分からない。ただ単に喋るだけだったら、それこそ会社や学校の女どもと喋ればいいのに。
この主人公の感想はおそらく、作者自身が取材のためにサクラを経験して得たのと同じものなのでしょう。何故わざわざ高い金を払って知らない女と話そうとするのか? 主人公が、携帯電話のメモリーに残っていた寸借詐欺の相手の番号に電話をする場面でこの小説が終わるのは、作者自身がその疑問に答えを出そうとした結果なのではないかと思います。
ダメだなあ。小学生の頃から読書感想文は苦手だったんだよなあ。
2月4日(日)
昼間は家族で食事に行き、そのあと先日結婚した同僚への結婚記念品を買いに都内へ出かける。記念品はスリッパ&スリッパスタンドと決めてあった。デパートでネクタイが並んでいるのを見てちょっと欲しくなったのだが、よく見るとバレンタインデーのプレゼント用のディスプレイなのだった。はあ、寂しいなあ。
さてさて、一週間前に予告した萱野葵「段ボールハウスガール」の感想である。
と思ったが、簡単には書けそうもないのでもうしばらく延期。ごめんなさい。
関係ないけどフリースタイルスキーの上村愛子はかわいいね。長野オリンピックのときも注目してたけど、2年経ってもっと良くなってる。やっぱりスポーツ選手は競技でレベルアップするとその分輝きが増すという感じがします。
2月3日(土)
ハードな一週間だった。この世にはぼくより忙しい人がいくらでもいることはよく分かっているが、だからと言って忙しさが軽減されるわけじゃない。
1月28日(日)
金曜日
合唱団の先輩・同期・後輩が集まっての飲み会があった。非常に楽しくかつ有意義だった。が、終電を気にしないで飲んでいたため、東京駅からタクシーを使う羽目になってしまった。勿体ない…。
土曜日
関東地方は大雪。起きたら昼の3時で、あたり一面雪景色だった。先週注文した本棚が届いたので、ずっと部屋の床に積み上げてあった本や漫画や雑誌を片づけることができた。本を並べてみると、どうも今のぼくの関心事を反映していないような本棚になってしまった気がする。宮台関係がやたらに目立ってしまって少々不本意である。数で言えば新書が圧倒的なんだけど…。
日曜日
読者様に勧めていただいた萱野葵「段ボールハウスガール」(新潮社)が図書館から届いたので読む。細かな感想は明日以降書きます。その後学生時代の友人たちと今公開中の映画「ダンサーインザダーク」を見に行く。賛否両論ありそうな映画だと思う。ぼくはまったく予備知識なしで見たのだけれど、悪くないんじゃないかと思った。ビョークの歌はとりあえずいいし、ぜんぜん美人じゃないのにときどきすごく可愛らしく見えるシーンがあった。行き帰りの電車で小谷野敦の新刊「バカのための読書術」(ちくま新書)を読む。小谷野さんとは、本当に似ている部分が多いなあと思う。もちろん違う部分も多いけど。
1月23日(火)
「アダルト・ヴィデオの良いところはね、全部精液になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁ダブル・プレー、何も残りゃしない。」
1月22日(月)
明らかにこの日記を更新する意欲が落ちている。これと言って書きたいことがない。仕事が忙しいのはあまり理由にはならないだろう。テレクラ日記をやってた頃だって仕事自体は忙しかったのだ。
1月21日(日)
水曜日〜金曜日
仕事が忙しいのである。
土曜日
同僚の結婚式。結婚式に出ると、花婿が羨ましくなってしまったりするので、「羨ましくなんかないやい!」と自分に言い聞かせるのに大わらわである。でもやっぱり見てると幸せそうだからなあ。
日曜日
部屋の畳を変えたついでに本棚も買い換えることになり、午後じゅうずっと部屋の整理。広末涼子が好きだった頃に買ったヤングジャンプがいっぱい残っていて、処置に困る。今まであったのに捨てるのは勿体ない気がしてしまう。「捨てる!
技術」の著者に笑われそうである。自分なりの妥協として、グラビアの部分だけ切り取って捨てることにする。あと困るのが昔の彼女からの手紙類で、やはり捨てるには忍びない。紙袋にまとめて放り込んでおく。いずれはモーニング娘。のヴィデオの処分にも困る日が来るのだろう。
1月16日(火)
日曜日
学生時代の友人たちと新年会。ちょっと飲み過ぎ。
月曜日
仕事が最近いそがしい。
火曜日
中島義道『「哲学実技」のすすめ」(角川oneテーマ21)を読む。この本のテーマとは少し離れるのだけれど、小学生の頃よくぼくは「なぜぼくはぼくなんだろう?」という疑問に苛まれたものだ。「ぼく」が考えていることは「ぼく」の中にしか存在しない。ぼくの考えていることは他人にはぜったいに分からないし、他人の心の中はぼくにはぜったいに分からない。それは街ですれ違うまったくの他人や学校の友達だけでなく、親や兄弟でも同じことだ。この考えは一人でいるときにふとわき上がってきて、放っておくとどんどんふくらんで、恐ろしくなってしまうのだった。
ぼくがこの疑問にとことん向き合っていれば、今ごろは哲学者になっていたのだろうと思うが、実際にはぼくはやがてこの考えを飼い慣らすことに成功した。要は、あまり深く考えないことにしたのだ。
1月13日(土)
友人宅で、今日始まった日本テレビ系のドラマ、「愛犬ロシナンテの災難」を見ました。ドラマ自体はものすごくつまらなさそうでしたが、安倍なつみが素晴らしかったです。今度こそ、今度こそ完全復活です。ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか。
1月9日(火)
最近思うようになったのですが、"恋愛"とか"もてる"とか"もてない"とか、そういうのって結局性欲の話ですね。やっぱり。ものすごくありきたりな結論ですけど。性欲が食欲・睡眠欲と違うのは、別に満たされなくても死にはしないけど、満たされないとなんだか悔しいという部分ですよね。恋愛の話もそれと同じことです。恋愛しなくて死んだ人はいません。ただ悔しいというだけ。愛と性の分離だとか、性の商品化だとか、見合い結婚だとか、ロマンティックラヴ・イデオロギーだとか、いろいろなトピックはあるけれど、要は恋愛の話は性欲の話だと思うのです。
村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」には、主人公が13歳の女の子に向かって性欲について説明するシーンがありますが、彼は性欲が満たされないとき、『自分が不当に貶められているような感じがしてくる』と語ってます。その感じなのです。「不当に」「貶められてる」。当然できてしかるべきことが、たまたま運悪くできていない。同世代の、同じように仕事をしている友人たちには配偶者やパートナーがちゃんといるのに、自分にはいない。
小谷野敦は、この「不当に貶められている感じ」から脱却するために、「恋愛は誰にでもできるものではない(と考えよ)」と言っていますが、決してそんなことはないですよね。少し街を歩けば分かることです。恋愛なんて誰にだってできる。もちろん程度の差があるのは事実です。もてる人ともてない人の間には厳然たる格差があります。でもそれは、たとえば「ピアノを弾ける人もいれば、弾けない人もいる」というのと同じ話です。センスのある人は努力しないでもスラスラ弾けるようになるし、センスがない人でも努力すればある程度は弾けるようになる。潜在的にセンスがあっても、練習する機会がない人もいるでしょう。そんな感じだと思います。
問題はこの「不当に貶められている感じ」が、自分の内面から起こってくるものなのか、あるいは社会から押しつけられたものなのかという部分にあると思います。ぼくにはまだ(永久に?)判断がつきません。ていうかゴチャゴチャ言ってないでさっさと寝よう。
1月5日(金)
昨日レンタルしたCDの中にSMAPの「らいおんハート」があったのだけれど、ぼくの14年先輩の次長二人の歌う「らいおんハート」にぼくのような若造が歌うそれが敵うわけがない、ということを思い知らされました。やっぱり人生の重みが違うよ。
1月4日(木)
正月はほとんどずっと家で過ごしました。とは言え我が家は何故か元旦から模様替えでスタートしました。タンスを運んだり何やかや。変わった一家だ。
今日4日は仕事始めでした。ぼくは、何と驚くなかれ、2000年問題対策(!)で朝早く出勤。いちおう今日は、「2000年を過ぎて初めて年が変わった最初の銀行営業日」という趣旨の要注意日だったのです。別に何も起こるわけないけど。仕事自体は、年初だというのにゴタゴタと立て込んで、すっかり残業してしまいました。
明日は会社の新年会でカラオケに行くことが予想されるので、帰りにレンタルCD屋で最近のヒット曲を何枚か借りて帰りました。カラオケに備えて最新ヒットを家で練習するサラリーマン…。なんか典型的だなぁ。はぁ、鬱だ……。