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#3366/3366 本会議場  市民の討論広場 メイン会場
★タイトル (********)  24/ 5/23(Thu.)  22: 8  ( 96)
需要の本質     拓睦
★内容
結局のところ、需要の本質とは赦す事、ということになる。
今よりも良い生活水準、あるいは現状維持、少なくとも低下を強制するのはデフレ
マインドに他ならない。
もちろん、いろんな制約がある。大きくは資源制約、技術制約、気象条件、環境負
荷の制約。
人的制約もある、生産活動の低下、貨幣総量、時間的制約、となる。
現時点の資本主義は全体で見ればうまくいっているようだが、それは個人の会計単
位を統合した結果に伴う丸めからくる幻想だ。
トリクルダウンにおける、カクテルグラスの風刺画にあるとおりで信用創造の上流
でビーバーのダムが出来て下流には流れてこない。

資本主義での神は貨幣ならば、律法は会計学であり、権威は帳簿における利益だ。
ならば権威競争において、より利益を出さなければならないので上流においては信
用を創造し続けなければならなくなる。
金融正常化といわれるが、実体経済を成長させるエンジンとしては利息と信用創造
は機能不全に陥っているので正常化など永遠にこない。
マタイの法則「富めるものはますます富み、貧しきものはますます貧しくなる」で
利益という名前の権威競争から、帳簿上の数値を増やすことに腐心すればそうなる
ことなる。
そもそも論として、簿記は一会計単位の内容を整理するものであり、他会計との連
結を前提の上で物事を判断するものではない。それは統計と経済学の分野だが、企
業にしろ個人にしろ国家にしろ貨幣に纏わる物事は会計で動く。
会計をないがしろにしろ、というわけではなく会計というものがミクロの領域であ
って、現状マクロの領域には進出していないのに、権力は持っているというだけ、
自覚があまりないようですが。

結果として生まれる経済の閉塞は、社会階層の二極化、有効需要を持つ者の可処分
時間の低下と、有効需要を持たない者への疎外だ。
ここでいう疎外とはマルクスの疎外とは無関係とではなく嫌味である。
単純に循環流の恩恵を受けれているかどうかに過ぎない。
つまり貨幣社会の権限を持つかどうか、前回書いたように金は兵力であり権力なの
だから。
そもそも論として、資本が敵対的ではなく資本そのものは形而上の道具なので中立
である。
酒がその人の本性を暴きだす、と同じで資本による権力がその人の本性を暴き行い
を変えていくだけだ。
マルクスのいう人間性の疎外は資本が生み出すのではなく、資本を使って人間が生
み出すもの。
資本が敵対的なのではなく、資本を使って生み出された権力が敵対的であれば、マ
ルクスの人間性の疎外はあるでしょうが、何も資本という概念だけがそうなるので
はない、どんな言葉も他人を殴る棍棒になりえる。

話を戻して貨幣の循環流に乗れている人の可処分時間は、娯楽を含めて考えると使
える時間が低下している。
時間の使い方として、生命維持に必要な、睡眠・食事・休息が必要になる。
そこから労働時間を差し引いてからの可処分時間を、どう使うかになるが社会全体
としては自己教育であったり家庭への時間だったり社会奉仕活動などが理想論であ
ろうが、個々人の趣味・娯楽・行楽に使われたりもするだろう。
しかしこれらの活動をする時間的に余力がない状態ならば、いくら市場に資金を投
入しても時間がなければ消費には回らず貨幣の貯蓄機能が不活性化という形で働く
ことになる。貨幣は塩漬けされて、可処分時間からくる成長限界点に陥る。
現在の先進国が経済成長しないと嘆かれているのがここになる。
一方で少子化問題もここにある、中世のように子供が親の家業を手伝う労働力、ど
どのつまり財産に戻すわけにもいかないが、かといって可処分時間がなければ、少
子化は進む一方でしかない。
現時点での先進国は完全雇用に近いと聞くのでクリント・イーストウッド氏の言う
とおり「みんな疲れている」という状態になる。これでは成長は望めない。
そうなると、人を増やす移民政策ということが考えるがドイツがすでに失敗してい
る。
ならば、可処分時間を増やすために質的な変化を行うしかない。
仕事を減らして楽をするために苦労して知恵をだす、ということを行わないとなら
ない。

一方で、賃金は時間で払われることが多い、この体系のままだと知恵などでずルー
チンワークに時間を増やす方向に流れるだけになる。
仕事が仕事を生むことで労苦を増やすという流れだ。
これでは質的な変化は行われない、硬直化になっているだけである。
新たな知恵を生み出さなければ、硬直化による無意味な労苦の増大と、貨幣権力を
維持のために持っているものが持っていないものを生み出すのような構造が生まれ
るだけである。
結果、貨幣の循環流はじわじわと薄まって不活性化が侵食していく。
こうして循環流の疎外は拡張されていき、社会構造になる。
歴史は繰り返すというが、こういった貨幣による需要の圧迫は繰り返されているの
だろうか?
人間は模倣する生き物なので繰り返しの永劫回帰になっていそうだが、その輪から
抜け出て新しい道を作るのも、人間の知恵の力だ。

結論としては、貨幣単体では経済における成長エンジンにはなりえない。
量的緩和が行われたが、先進国において経済が劇的に改善した話は聞かない。
エンジン不存在なのだから、当然といえば当然である。
19世紀ならば科学技術が爆発的に発展していた時代だったが現在は違う、歴史的成
功体験にとらわれていては、新たな価値創造が出来ないだろう。
カルダシェフ・スケールに貢献するような経済発展をなすべきであって、権力のた
めに貨幣を増やすのはよろしくない。
かといって、ナチズムと国家社会主義で兄弟である共産主義は成長のエンジンにな
りえない。
支配欲の権化という意味でまったく同じだからだから、支配を第一義に考える。
一方で、競争の自由とて、行き過ぎれば万人に対する闘争になりかねない。
結果として、需要の減少を生み出す。
最初に書いたとおり、需要の本質とは赦す事である。

                                    拓睦

追記:台湾総統の発言から台湾沖で軍事演習とあるが、中国はやはり共産主義の政
   権ということですね
   27日に日中韓で首脳会談のようですが、有事になるのでしょうか


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