〜銀の懐中時計を探して〜
No.2
Name: “朱雀”香取
瞬
(‥‥あっ‥‥)
長らくぼんやりと考え事をしていたので、何人か立ち去ってしまったらしい。
「俺もそれじゃそろそろ‥‥」
彼はそう呟き、立ち去ろうとした。
何を考えるでもなく、ただぼんやりと。
当てがあるわけではないのだが‥‥。
Name: ブライト・バートン Player: YONO
【フールズ・ゲート前】
「‥‥こっちか」
端末を操作しながら、呟く。イワサキによる最新型ウォーカーの発表会。それの招待券を手に入れたためデートを兼ねてトワイライトまで来た。
「さて、まずは見てから食事にしようか‥‥」
そう言って隣の女性へと微笑んだ‥‥。
Name: 妙堂院 羽也 Player: しんいち
久しぶりのtwiLite。フールズゲートにて‥‥。
彼に微笑みかけられて、はにかみながらそれに応え。
手元にあるチケットを確認する。どう見ても、ウォーカーの展覧会のチケット。なんと言う偶然だろうか。
彼女は、先日のウォーカーがらみの事件に遭ったことを思い出して、苦笑。
でも、それは考えないことにする。久しぶりのデートだから。
改めて微笑んで。彼女は彼と共に目的地まで歩き出す。
この時間を楽しむかのように、ゆっくりと‥‥。わざとすぎるほどに、歩調を緩めつつ。
なんでもないように視線を泳がせ周りの風景を楽しみ、ふと時々彼の表情を盗み見ながら、歩いていく。
Name: “テスタロッサ”ジェニオ=アルレッキーノ Player: 蝠邑カズヒロ
“twiLite”中央噴水庭園。仲睦まじく腕を組む恋人達で賑わう。
周りの屋台から思い思いの品を買いベンチでほおばる女性や、豊富な
アトラクションで疲れた恋人に、飲み物を手渡す男性。
が、そこに不似合いな男がいた。衿幅の広いイタリアンカッターにワインレッドの三つボタンと、全身をコンチネンタルで決めている。
衿から覗くのは金のロザリオだろうか、しかしその口から吐き出されたのは信仰などとは無縁のものだった。
「畜生!なんて広いんだ、ここは!?」
男は時間を気にしているのか、右手にはめた腕時計を何度も確かめている。
「まァ、まだ時間はあるみてェだが‥‥」
Name: “クリスタル・シンガー”琴音=フェンデル
【南西エリア、メモリー・オヴ・エンプレスで】
ひまわりの花に祝福された恋人たちが寄り添って歩き、“赤の一番”の金のロザリオが噴水の黄昏の光に照らされる頃。
女帝の思い出の南西エリアの片隅の占い小屋に、主がやってきた。濃紫の幕の奥に現れる、黒い仮面に絹の黒衣。四頭立ての馬車を模した燭台に蝋燭の火を点すと、いそいそと古めかしいタロットカードの準備をする。
「間に合った‥‥あの和知さんのお陰だわ。でも、なんで私が困ってるって簡単に分かっちゃったんだろう?」
琴音は仮面の奥で舌を出した。少し走った間にかいた汗も拭いたし、息もだいぶ落ち着いてきた。だが、やはり急ごしらえなのはどこか落ち着かない。客たちが変に思わないといいのだが‥‥
「大丈夫。わたしは正体不明の謎の占い師“黄昏の公女”なの。謙譲の美徳と女性の守護神。日が昇るまでは私の時間よ」
普段通りにやればいい。小屋も暗いし分からないだろう。回りを片づけながら、“黄昏の公女”は今日の客を待った。誰が来るだろうか‥‥?
Name: ジャック Player: 若竹屋
ああ‥‥。
暇つぶしの合成煙草もつきた。
これ以上待つこともないでしょう。
「ねぇ?」
中空に向かって同意を求めると、ジャックはこわばった身体を伸ばした。
なんだか、親父さんのコート並によれよれになった気分だ。息子のコートでもいい、なかなかいい線いっている。
たしか「シネハウス」があったはず、映画は独りでも楽しめる‥‥。
そうしてジャックはふらふらと、揺れ動く光とざわめきの中へ。
Name: “快音嵐風”来崎 翔歌 Player: F.
久しぶりのtwiLite。
ライブのが終わって数ヶ月、来てなかったtwiLite。
久しぶりのオフだから、とやってきた思い出の場所。
ぼんやりとうろつくのもいいけど‥‥今日は新しい友達を見つけたい。そんな気分。
こんな事を考えるとき、少し自分が前に出られた気がして、嬉しい。
ファウンテン・オヴ・スターズに来るのも久しぶりだ。
星々のきらめきが目をとらえて離さない‥‥と、その時。
私の耳にシンセギターの音色が飛び込んできた。
ふと見ると近くの屋台の傍らでバラードを引いている黄色い髪をたてた若者がいる。
少し慣れない感じのバラード。だが聞き苦しい訳ではない。
むしろ、前に進もうとする気力‥‥そんなものが感じられて私は嬉しくなった。
私はその曲をもっとよく聞こうと屋台の方に向かった‥‥。
Name: カレンシア
(‥‥今度は居るかしら?‥‥これ以上待ちたくないものだわ。)
南西エリアの片隅にある占い小屋に足を向ける。一度来てみたのだが主は不在で、その事に気が付かずに待ちぼうけを食らった。
そうして彼女は、出直してきた訳であった。今度は慎重に中に人が居るか確かめる‥‥人の気配は感じる。
「よろしいですか?」外界と中を遮るカーテンごしに声を掛ける‥‥“黄昏の公女”と思われる人物に‥‥
Name: “クリスタル・シンガー”琴音=フェンデル
【南西エリアのメモリー・オヴ・エンプレスの一角、奥の占い小屋で】
「ようこそ。さあ、入りなさい」
“黄昏の公女”の声は仮面の下から厳かに響いた。
「我が時は始まったばかり。汝が望むものを占いましょう」
――ほら、大丈夫よ。琴音は心の中で呟いた。自分の声もこの占い小屋の中ではなんだか神秘的に響く。いつも通り占いを進めればいい。
カーテンを割って入ってきた妙齢の女性――カレンシアは藍色のサテンドレスに身を包んでいた。立ち振る舞いからも気品が感じられる。
「して、本日は何を? いずれ開かれる運命の扉? それとも思い人の予感? 探索せし品の手掛かりを?」
古風なタロットカードを準備しながら、この懐中時計の持ち主を探したいという話を聞く。声には若干のウェールズ訛りがあった。琴音の母の故郷に近いところの出身なのだろう。‥‥懐中時計? もしかしてついさっきまで一緒にいた、和知という男装の麗人が探していたあの時計だろうか? いや、時計などいくらでもあるが‥‥
その時琴音は、香を焚くのを忘れていたのに気付いた。四頭立ての馬車を模した香炉に火が灯っていない。あちゃー‥‥
“黄昏の公女”の様子に気付いたのか、客の女性は訝るような表情を見せた。北原の夜の女神が取り乱してはいけない。
「あー、おほん。カードが示すものを伝えましょう。我が力が及ぶ範囲、この黄昏の園の中に、主はいるかもしれません‥‥」
Name: ブライト・バートン Player: YONO
(北西部の特設ステージにいたるまでの路上。いつもよりもゆっくりと歩いている)
「そういえばこうやってデートをするのはずいぶんと久しぶりだな」
いいながら薄く微笑む。組まれた腕、反対側は手持ちぶさたに揺れている。彼女から視線を外し周りを見渡したときに黄色いヒヨコの着ぐるみが両腕を後ろに回したままこちらへと来る。
何だ? と軽く緊張をする。しかし、それは違う意味で期待に応えられる。
「総帥からです」
シンセサイズされたマシーンボイス。前に出された両腕にはヒマワリの花束。何故? と言う疑問を出す前に解答を示される。
「26095番目にこの道を通った方々にこの花束を贈れと言われてますので」
どことなく恥ずかしそうに言うと、花束を無理矢理押しつけてヒヨコはどこへとも知れず去っていった。
「‥‥‥‥」
足を止め溜息をついて一言、隣の自分と同じ名字を持つ女性に
「この花束どうする?」
ちょっと情けなさそうに問いかけた。
Name: 羽也・バートン Player: しんいち
花束を渡されて困ったようにこっちを見る彼に、羽也はくすくす笑う。
組んでいた腕を解いて彼の正面に回って改めて花束を見た。黄色い、大きなひまわりの花が元気よさそうにこっちを向いている。
「どうしましょうって。‥‥どうしましょうね?この花束‥‥。とりあえず、ありがたく頂戴しましょう?」
返そうにも、もう、ひよこは見えないからそう提案するしかない。
花束から視線を上げて彼の表情を伺う。
そうして、にっこり笑って羽也は申し出る。
「それ、私が持ちましょうか?」
と‥‥。このまま彼に持ってもらっていても良かったのだが。あえて、彼女は申し入れる。‥‥‥「ひまわり」の花言葉を知っているから。
それを胸にしまっておいて。花束を受け取り、また腕を組んで。空いている方の手には大きなひまわりの花束。
また、ゆっくりと歩き出す。
Name: 沖 直海
【ムーンヴェイル・ホロスクリーン付近】
和知が女子職員をずりずりと引きずって、一行を離れた。お腹が痛いという割には元気である。
‥‥あの日だろうか?
そういえば、あの職員の名前を聞くのを忘れていた。
彼女がポニーテールを揺らすたび、変わった香りがしていた。ブランドが出るたび一応のチェックを入れている沖だが、それでも分からないとなると、あれは噂のMAXIMODEの新作香水なのだろうか。
まあ、帰って来たときに聞けばいい事だが。
「待っててね」といわれた事だし、とりあえずはここでしばらく待機しておこう。
仕事柄待つ事にはは慣れている、が、せっかくのパークでただぼーっと突っ立っているというのもつまらない。とりあえず煙草に火をつけて、あたりを見回す。面白そうな事か好みのタイプはいないだろうか。
『では次のニュースです。来る7月19日、ヤマシタ公園前の海上で、恒例の花火大会が行なわれる予定です。隅田川花火大会に先駆けて行われるこの大会では、毎年多数の参加者が見込まれていますが、テロとの関連などのため、去年の人手を下回るのではないかと懸念されています』
もうそんな時期なのか。一人で見にいってもいいのだが、それではちょっと味気ない。
出来ればかわいい年下か渋目の年上と行きたいものだが‥‥
スクリーンいっぱいに大輪の花火が打ち上げられ、スクリーンと広場の前の人々を染め上げた。きらめく光の乱舞の中、広場それ自体が花火の中に浮かんでいるような錯覚すら覚える。沖のホロドレスにもそれは映り込み、フェイトコートの下から燃え上がるように輝いた。
「今年もやるんだ。N◎VA軍が中止命令なんて野暮なもの出さなくてよかったよ」
誰にとも無くつぶやいて、沖は微笑んだ。
Name: “朱雀”香取 瞬
「ヤマシタ公園の花火大会ですか‥‥。花火って綺麗ですよね」
瞬は沖の背中から話しかけた。別れてからそこら辺を散歩していたが、戻ってみてもまだそこにいた彼女に声をかけたのだ。両手に露天で売られている食べ物を抱えている。どうやらおなかが減っていたようだ。
「‥‥どうです?一緒に摘みませんか?結構いけますよ、これ」
瞬は微笑みながらポップコーンの袋を差し出した。そして何気なく呟く。
「花火って‥‥いい被写体なんですよね。でもいろいろ難しい作業が必要で‥‥」
Name: 沖 直海
【ムーンヴェイル・ホロスクリーン付近】
しばらく一行を離れていた青年(確か香取といったろうか)が、ポップコーンの袋を差し出した。
「ありがとう」
礼を言って、手を伸ばす。
彼の言う通り、出来立てのポップコーンはバターと塩が絶妙のバランスで、カリカリしておいしかった。しかしながら、ポップコーンをかじると喉が渇く。
>「花火って‥‥いい被写体なんですよね。でもいろいろ難しい作業が必要で‥‥」
その言葉に、沖はかすかに違和感を感じた。‥‥都会の風俗を被写体とする、そんな雰囲気が、彼にはあまり感じられなかったから。彼には、そう、たとえば人の命を散らす花火がふさわしい、そんな気がして。
ちょっとそこの辺りを突ついてみたくなって、つい、と沖は唇に悪戯っぽい微笑みを浮かべて、言った。
「こういう花火なんかも撮られる方なんですか?」
相手の表情が変化する。触れられたくない事だったのだろうか?怒らせる気はなかったのだが。
「ああ、何か飲みものを買ってきますね。アルコール?それともソフトドリンク?」
直接詫びるのもわざとらしい。彼女なりの詫びの意味を控えめに込めて、沖は言った。
Name: “朱雀”香取 瞬
「そうですね、俺は缶コーヒーお願いします。冷たい奴で」
瞬は一瞬、沖の質問に顔色を変えた。昔のことを思い出したから。
戦場で死と向かい合わせで必死に何かを追い求めていたあの頃、花火は死への前兆にすぎなかった。火‥‥それは爆撃の炎に他ならず、近くで誰かが死んでいくことの証にすぎなかった。あの頃は。
花火が落ち着いて見られる様になったのはごく最近の事だ。それと同時に言葉をはぐらかすことも覚えた。
しかし変わらない物がある。変われない物がある。
そう、溜息だけが積もっていく‥‥。そう、心の片隅の吹き溜まりに。
「さっきの質問ですけど‥‥」
帰ってきた沖に向かって瞬はこう呟いた。
「仕事で入ってくるようでしたらもちろん撮りますよ。カメラマンでもありますからね‥‥。気にしないでいいんですよ」
彼女の心を気遣って微笑みを返した。
なぜか心使いを大事にしたかったのだ。
理由は自分でも判らないが。
Name: 和知 真弓
――暫し、幻想の元で
洗面所から戻った和知は、ムーンヴェイルの煌く幻想に目を奪われる。浮かび上がる幻想に暫し、子供の頃に戻ったようで、なんだか楽しかった。サーカスに迷い込んだ子供の様に。
─ただ、子供の頃の思い出が‥‥非常に希薄なのが悲しかったが。
希薄な思い出の品である懐中時計はどこにいったのだろうか?
琴音は無事に用事を果たす事が出来たのだろうか?
(一芝居打った結果が出ていればよいのだけどね)
言い訳まで、しっかりと考えて和知は人の悪い笑みを浮かべる。
ひよこ型の風船を分けているピエロから気がむいたのか風船を受け取って軽く、スキップするような歩調で巨大スクリーンの前までくると、香取と沖が楽しそうにお喋りをしていた。
それをみて和知は再び人の悪そうな笑み。
(ここでお邪魔したら悪いよね、頃合いを見計らって声かけよう)
斎の姿がない事を確認すると、和知は二人から姿が見えない所に座って斎の姿を探していた。
Name: D・Code Player: AZ3EL
その男は、静かに降り立った。
漆黒の白衣を纏い、眩しそうに黒い丸眼鏡をかけ直す。
その足は、躊躇いがちに、ゆっくり、ゆっくりと歩いてゆく。
たどり着いた先は、ある建物。
中に入って何かを告げようと口を開き、やはり躊躇う。
暫くの間、黙っていた男は意を決して話し始めた。
「あの、ひよこの着ぐるみのバイトに来た者ですが‥‥」
Name: 沖 直海
【ムーンヴェイル・ホロスクリーン付近】
手近な売店で、リクエストの缶コーヒーと自分用のビールを買う。
かすかに後悔の色が心をかすめた。
思った事をすぐ行動に移す事、それを行動規準としている彼女ではあったが、それが他人を時折傷付ける、そんな事が多々ある事を知っていた筈だった。
(まだまだだなあ)
どういう顔をして渡したものか。戻りながら考える。結局、なるべく自然に、何でもないようにしようと決めて。
「お待たせしました」
あいまいに微笑んで飲み物を手渡す。
その時返された言葉。
気にしていた?私が?
外には表情を出していなかった筈だが。
それでも、その言葉に心のどこかが軽くなったような気がした。
「今はどんな仕事をなさっているんですか?」
この雰囲気が壊れるのが惜しくて、ありきたりな世間話で会話を繋いだ。
Name: “雲”斎 孝祐
占い小屋に向かう途中で和知が腹が痛くなったといって、琴音を連れてトイレへと行ってしまった。
何だか芝居じみていた気がするが、女性がトイレに行くと言っているのだから、野暮なことは聞けない。
仕方がない、ふたりが戻るまでここで待つしかあるまい。
待っている間、することもなく、目の前の3Dスクリーンを何も考えずにぼーっと眺める。
ときどき、視界の端に黄色いひよこの着ぐるみが行き来しているようだが、気にしない。
ニュースやCMを見るのもいいかげん飽いてきたので、近くにいる沖か香取に話し掛けようとする。
が、二人はいつの間にか、自分達の世界に入ってしまっている。
しばらくはそこにいたが、落ち着かない。どうも俺の居場所はないようだ。苦笑しつつ和知が戻ってくるまで、その辺りをぶらぶらすることにする。
そうして、園内を観察しながら、3Dスクリーンの周囲を歩くと、あることに気付く。ひよこの着ぐるみが気にならない程度ではあるが、常にひとつは辺りに居る。
なるほど、あのひよこは監視員の役目も担っているのか。
そんなことを思いながら、辺りを1周してくると、和知が戻って来たようだ。だが、彼女も沖と香取の様子を見て、近づき難く感じたのか、ちょっと離れたベンチに座る。
それを見つけて、俺は、和知の座っているところへ向かっていった。
Name: “朱雀”香取 瞬
「今ですか? 俺はフリーのルポライター兼カメラマン、といったところですよ。仕事が入れば写真を取りに行くし、レポをまとめるし‥‥」
彼はそこで話を止めた。スクリーンを眺める。
そこには昨年の花火大会の様子が映像として表示されていた。
「マリオネットに主にネタを卸しています。最も有名な方じゃありません
から給料は二束三文といったところでしょうか‥‥。いつもぺこぺこなんです、おなか」
くだらない私生活での馬鹿話が続く。瞬はトーキーのくせに気の利いた会話があまり得意でなかった。自分は所詮カメラマンだったから。
「そうだ。沖さんとかいいましたよね? 一緒に見に行きませんか、花火」
ふと思いついて瞬はそう声をかけてみた。
Name: 沖 直海
沖の質問に答えて、瞬が自分の事を話してくれる。
他愛もない日常の話だったが、ゆったりと流れる時間が心地よい。
表情を繕う事を忘れて、どれだけ話したろうか。
思い付いたように瞬が花火大会に誘ってきた。
「直海でけっこうですよ。‥‥私はかまいませんが‥‥いいんですか?他に待っている人がいるんじゃないですか?」
悪戯っぽく微笑んで、一瞬だけ耳元にささやくように顔を近づけた。
Name: “朱雀”香取 瞬
「え、あ、あの‥‥その‥‥直海さんで‥‥いいんですか?」
沖の浮かべた悪戯っぽい微笑に、年甲斐もなく思わず赤面してしまった瞬であった。他人のスキャンダルや修羅場には何度も出会わせており、そういうことに全く動じない彼だが、いざ自分がこういう状況に出会った場合、慣れていないのがばればれであった。
「お、俺には他に待ってくれるような人なんて‥‥」
少し頭の中で巡らせてみる。今のところは思い当たらない。
「‥‥特にいないですよ。仕事が忙しくて、お付き合いしている暇がないんです‥‥。危険な仕事ですからね、その方が都合がいいんですよ」
その仕事は彼が望んだ物。
真実の一瞬を、4000分の1秒のフレームに捕らえる仕事。
そのときの彼の顔は、先ほど赤く染まっていた子供の様な純粋さは消え失せ、冷静なカメラマンの表情に戻っていた。
Name: 沖直海
【ムーンヴェイル・ホロスクリーン付近】
滑らかな頬を少年のように上気させていた青年が、一瞬違う顔を覗かせた。
真実を追うものの真摯な眼差しを。
その対比の鮮やかさに、ゆっくりと、沖は目を細めた。
横顔の向こうに巨大スクリーン。
花火の映像はとっくに消え失せ、その代わりはいつものニューロエイジのストリート。
初対面の時、沖は何かに駆り立てられるような雰囲気を自信と野心に分類したが、少し話をした今、彼から感じるのは又別のもの。
追われているのか。追っているのか。
何かを?誰かを?
「よかった。じゃ、お仕事の都合がついたら、声をかけてくださいね」
プライベート用のポケットロンのデータを渡して、空になった容器を持って立ち上がる。
視線の端で、ふわり。何か黄色いものが動いた。
そちらに目を向けると、黄色いひよこのぬいぐるみ‥‥いや、空を飛んでいる所を見ると黄色いひよこの風船‥‥が、誰かの手を離れて飛んでいく。
見れば、ピエロが風船を分けていて、受け取り損ねた子供が風船を追おうと駆けていく。
微笑ましい雰囲気にほころびかけた沖の口元が、一瞬で凍り付いた。
子供は風船に夢中で周囲を見ていない。
風船がふわふわと漂う先にあるのは‥‥園内移動用のバディ制御ホバーカー(ひよこ型)!
丁度誰かに呼ばれた所だったのか、徐々に加速・上昇していっている。反射的に体が動いたのは、何だかんだといいつつ積んでいたカブトの経験が約30%。
残る70%は‥‥本能的に子供の顔を見て、なかなかの美少年と見て取ったから‥‥だったかもしれない。
よそゆきの丁寧な言葉と態度をかなぐり捨てて、走り、怒鳴った。
「伏せろ、馬鹿!」
‥‥間に合うのだろうか?それは本人にも分からない。
Name: ジャック Player: 若竹屋
恋愛もの、却下。ノワール、気分じゃないねぇ‥‥。
なにがかかっているかな?
端末を使えばシネマのラインナップなどすぐ判明するだろうが、ジャックはいまのところそこまで「計画的」な行動をとる気分ではなかった。
暇つぶしに映画?それだけでもう十分すぎるくらいだ。
ただ歩くだけでもこんなにも忙しくなれるのに。
花火の映像が散らす色とりどりの光に照らし出された全てから、ジャックの目や耳や肌はつかみ取るように情報を拾い上げてゆく。もっとも、すぐ忘れてしまうのだが。
いっそ退屈で死にそうなくらいに暇になってもいい。人っ子一人いない決まりきったものしか見えない世界で‥‥。
やくたいもないことを「忙しい」頭の隅で考えながら、ジャックはあいもかわらずふらふらと歩いてゆく。一張羅のスーツの上着はすでに脱いでしまい、煙草をつっこんでいたズボンのポケットにはしわが寄り、セットしてあったらしい髪は何度もかき回された後というありさまである。
Name: 和知 真弓
――溜息ひとつ
ムーンヴェイルの幻想につつまれて、男装の麗人は溜息ひとつ。
にこにこと楽しそうに当たりをながめている。
片手には気でも向いたのか風船を持っている。
幻想の先に見え隠れするのは親子連れ。楽しそうに微笑んでいる‥‥。
(僕にはそんな思い出はない‥‥なあ)
確かに自分の幼い日々は記憶にある。しかしなぜか希薄なのは気の
せいだろうか?自分のものでないような‥‥。気のせいではなく、そして理由も知っている。知っているからこそ親子連れをみて、和知は少しだけ哀しくなった。
気がつくと風船を空に飛ばしてしまっていた。
「あ〜あ」空を見上げて溜息ひとつ。
誰かが近寄ってくる気配を感じて和知はそちらを見る。
斎が和知に気がついたらしく、すぐ近くまで来ていた。
「やあ、斎さんまたせたみたいだね。もう少ししたら
占い小屋へ懐中時計探してもらいにいこうね」
いつも通り微笑む和知だが、斎にはどこか寂しそうに見えた。
Name: “朱雀”香取 瞬
「ええ、わかりました。こちらこそよろしくお願いしますね」
微笑みながら言葉を交わす。沖のプライベート用のポケットロンのアドレスを渡されたものの、瞬は特に彼女に期待していなかった。
期待? いったい何を期待していたというのだ? 初めてあったばかりの見知らぬ他人に何を期待するというのだ? しかし、彼女は自分の求めていた何かを持っている気がしたのだ。それがなんなのかは自分でも判らないが。
そう、自分はいったい何を探しているのだろう?
何事かを考えていた瞬は、沖が少年に向かって反射的に動いていたことに気づくまでわずかな時間のロスを食った。見れば風船を追いかけている少年の行く先には、園内移動用のバディ制御ホバーカーが見えた。このままでは間違えなく少年は激突するだろう‥‥。
「伏せろ、馬鹿!」
沖がよそゆきの丁寧な言葉と態度をかなぐり捨てて、少年に向かって走り、怒鳴った。それでかろうじて気がついたのだ。いつもの瞬らしからぬ不注意であった。
深く息を吸い込んだ。そして少しの躊躇の後に、それを耳には聞こえぬ単語とともに吐き出す。
‥‥微風が吹いた。かすかにそよぐ微風は、空を飛んでいるひよこの風船を包むとその動きの軌道を変え、走る行く少年の手の届く位置まで移動してきたのだ。その動きになんの不自然なところは寸分たりともない。
少年は立ち止まり、風船をつかみとるとそのまま嬉しそうに両親の方へと駆け寄って行く。その脇をホバーカーが走って行く。
何事もおこらぬ平凡な風景がそこにはあった。
何が起きたのか判っているのは、それを起こした瞬だけだった。
Name: “朱雀”香取 瞬
「あ、和知さんに斎さんじゃないですか。いつから見ていたんですか? 声かけてくれればいいのに‥‥見ていたんなら。人が悪いなぁ」
和知と斎が離れてこちらをぼんやり見ていることに、瞬はようやく気がついた。子供のことは沖に任せて彼は素早く手を振って二人に自分の位置を知らせると聞こえるぐらいの大きな声で二人に呼びかけた。その表情には何の変化もなく、ただ穏やかな微笑みを浮かべているだけである。
力は滅多に使う物ではない。それは幼い頃から叩き込まれてきた掟である。
しかし、このように自然な形で人を助けるのはいいのではないか?人の困っている所を手助けするために、自分は力を授かったのではないか?幼いとき、瞬は母親代わりに自分を育ててくれた”姉”にそう訪ねたことがあった。
答えは沈黙によって返されただけであった。恐らく分からなかったのだろう。力を持つ意味が。
今の自分にも分からない。応えようがないのだ。
己の力の意味が。
「そろそろ捜し物を聞きに行きましょうよ。占い小屋はあとわずかですよ?」
三人にそう声をかけると瞬は占い小屋に向かう歩みの速度を早めた。
(早くこれを終えて、どこかそこらで一人だけの食事をとろう‥‥。沖と名乗る彼女だって信じれる人物ではないだろうから‥‥。いや、自分自身が信じられる人間とはとうてい言えないだろう‥‥)
瞬はそう考えつつ、歩きながら辺りを見渡す。
外では子供達が両親の手を引いて楽しそうに笑い合っており、恋人同士が肩を組んで公園のベンチに腰を下ろしながら、愛の囁きを交わし合っている。
いつもの光景。いつもの光景。何も変わらぬいつもの光景‥‥。
しかしその中に瞬の求めている物は何処にもない。
分かっているはずなのだ。求めてもそれは手に入らない物なのだと。
彼は自分の内心を急に襲ってきた孤独感に思わず顔を歪めるところだった。
慌ててそれを覆い隠す。分かってもらえるはずもない悩みに心を囚われるのはもうやめよう。忘れてしまえばいいだけだ‥‥。そう、忘れれば‥‥。
そうしているうちに占い小屋が見えてきた。
南西エリアのメモリー・オヴ・エンプレスの一角、“黄昏の公女”が待つ小屋へと。
Name: 沖 直海
風船が、ふわりと浮きあがった。
風の悪戯か、まるで自分の意志があるかのように子供の手の中に入り込んでいく。
目の前の風景は、再び穏やかな微笑ましいものに戻っていた。
「はあ‥‥」
疲れた。手を膝について、がっくりと頭を下げる。
「ったく、何だってんだ‥‥」
頭をかき混ぜながら背筋を伸ばして。‥‥はたと地に戻っていた事に気がついた。
香取はいつの間にやら向こう側、少し離れたベンチに座っていた和知と斎の方に向かっている。二人もそっちの方を見ている。
‥‥誰もこっちを見てはいないから、つい地を出してしまった事に気づくものはいなかっただろう。
気を取り直して、とりあえずピエロの列に並んでみた。
「あ、そっちの一番大きいの、四つ下さい。ええ、全部色を変えて」
沖が風船を受け取って振り向くと、三人が立ち上がり移動を始めている。小走りに近寄って、香取に話し掛けようとしたが、彼は何やら考え込んでいるように遠い目をしている。
(邪魔、しない方がいい‥‥のかな?)
さっきの失敗もある事だし。とりあえず和知の方に話し掛けてみた。
「お腹、大丈夫ですか?」
多分、元気そうだから大丈夫なのだろうが。
「あっちで風船もらって来ました。一人一個づつですね。何色にします?」
Name: “朱雀”香取 瞬
沖が風船の事について皆に尋ねた言葉、その言葉で瞬の思考はぴたりと止まった。ちょうど良かったのかもしれぬ。これ以上考えていてもどうにもならなず、ただ堂々巡りを繰り返すだけの作業。そんなことは全く無駄だ。そう何かが囁いた気がした。
(‥‥考えるのはしばらくやめましょう‥‥。とりあえず風船を何にしようかな?)
そう思い、沖の方を向き直る。
どうやら言葉使いは元に戻ったらしい。丁寧な口調で語っている。
しかし瞬にはその口調がどこか装っている感じがした。
『伏せろ、馬鹿!』
あれこそが彼女の本性だとしたら‥‥。
(やっぱそっちの筋の方かな?綺麗だし、あまりそのようには見えないんだけど‥‥。でもそっちの筋でもいいかもね。本当はいい人かもしれないし)
「あ、俺は赤い奴いただけるとうれしいんですけど‥‥。ありますよね? 赤い風船‥‥」
瞬は沖の背中からそう語りかけた。さっきよりかはどことなく親密さを加えて。微笑みを浮かべながら‥‥。
Name: 石目 夷吟 Player: 高橋英俊
”ジェネシス”から降りた身なりの良い中年男は,北西ゲートを抜けた。
バーやトマト料理専門店のある通りを抜けながら,喧騒に目を細める。
彼は,こういう雰囲気が嫌いではない。
目的の【ファウンテン・オヴ・スターズ】につくと。男はゆっくりと立ち止まり,深く呼吸をした。
「実に,いい夜だ。」
Name: 和知 真弓
――ふうせん
寂しげな表情に気がついたのか、斎が何も言わずに近くにただ
立っていてくれた事を和知は物凄くうれしかった。
「有り難う、斎さん、あ、僕お腹の調子大丈夫だからね」
にっこりと素直な子供の様な笑顔をみせる和知に斎は苦笑したようだった。大きな声で香取が呼ぶ声を聞きつけて、和知はにっこりと微笑んで立ち上がる。
「え〜だって、いい雰囲気だったじゃないか、沖さんと香取さん。お邪魔しちゃ悪いよね〜」
歩きながら、くすくすと笑って斎に同意を求めながら和知は香取にいった。
歩きながら周囲の幻想に楽しくスキップ。
本当に心から笑えるのは久しぶりな気がする。
幻想が包み、風船が舞う庭園だからこそ得られる、一時の安らぎ。
いくつか風船をもらってきた、沖が皆に尋ねる。
和知はスキップするのを止めると、
「お腹の方はもう大丈夫だよ、風船?あ〜僕、ひよこ色がほしいな。ここのひよこ好きなんだ」
無邪気に沖にそういって微笑んだ。
もし斎以外の二人が自分の本性を知ったら、嫌われるだろうか?
今の和知にはそれが怖かった。
舞台を演出するためには自らの命さえ顧みない冷徹なるエグゼク。
それが、和知真弓。
その自らを否定する気持ちは毛頭ない。それが自らなのだから。
でもこの庭園のなかで幻想につつまれている、今だけは‥‥。
風船を受け取りながら、ちょっと静かになってしまった和知に皆がどうしたのかと、歩みを止める。
「‥‥あ、いい忘れてたけど、琴音さん、静元さんに呼ばれてお仕事にいっちゃった。僕が大丈夫だったからね」
うまく取り繕って、和知は微笑む。
「ね、占い小屋にいって占ってもらったらそのあと皆でエレクトリカルパレードみようよ‥‥占い小屋で見つからなければ多分、もうないからね」
想い出の懐中時計よりいま一度の想い出がほしい。
たとえもらったふうせんの様にひとときのものだとしても。
そういって、和知は皆に笑いかけた。
そういえば、ここでイワサキのウォーカーの展示会があったような気もするが、今は休暇中だし、なによりも今が楽しい。あとでちょっとだけ見に行こう。
しっかりと連絡がこないように、手持ちのハンドブックの電源を切って、和知は本当に楽しそうに笑いながら、占い小屋へと向かっていった。
Name: “クリスタル・シンガー”琴音=フェンデル
【南西エリア、とある占い小屋で】
藍色のドレスに身を包んだカレンシアという女性は占いの結果に満足したようだった。
あとに残るのは揺れるろうそくの炎と、仮面の下に素顔を隠した“黄昏の公女”だけ。
(‥‥ふう‥‥)
琴音は仮面の下でため息をついた。急だったがなんとかうまくいった。今日の占いはここまでにしようか? いや、もう少し待っていよう。客が来るかもしれない。それに、琴音を助けてくれた和知の一行も、占い小屋に来るかもしれない。
黄昏の公女の時間は夜。朝日と戦い、敗れて闇の奥に引きこもるまで、まだずいぶんと時間がある。
小屋の隅に鎮座する、四頭立ての小さな黒い馬車。
香炉には炎が点っていないのだが、琴音はそれをすっかり失念していた。
Name: 沖 真海
【南西エリア:占い小屋付近】
差し出された手に風船を手渡す。
赤を香取に。黄色(和知曰くひよこ色)を和知に。
残りは2つ。
無言で歩みを進める斎にも1つ渡した。
沖の手元に残った風船は白。
自分の通り名にはふさわしくない色に、ちょっと苦笑した。
“薄汚れた鑑札”と、彼女はいつ頃からかそう呼ばれていたから。
他人を信じず、自分のために利用して。
時として自分の利よりも依頼人の利を優先するフェイト達の中では異質な存在。
その生き方に後悔はしていないし、変える気もない。
(だから、彼に近づくのも、知り合いにしておけば便利そうだから‥‥)
幾らか打ち解けたように親しみを増した微笑みを向けてくる香取に、柔らかく微笑みながら、沖はそう自分の気持ちを整理して、自分に納得させた。
「あ、見えてきましたよ‥‥あら?」
‥‥占い小屋と言うからには一つなのだろうと単純に起きっていた沖だったが、露天、小屋、合わせて幾つも占いの卓がある。
視線を巡らせて悩んでいると、ふと。
足元に、ペットロイドだろうか、金の目をした黒猫がいつのまにかやって来ていた。
黒猫は一行をしばらく見やると、ついてこいとでもいいたげに身を翻して歩いていく。
猫の導く先、占い小屋の立ち並ぶ一角のもっとも奥、木立ちの作り出すほの暗い付近に、木の葉を通した柔らかな月光が輪郭を描く、小さな小屋があった。
「あそこ‥‥でしょうか?」
猫はいつの間にやらもういない。
沖は扉に手をかけた。‥‥全員中に入れるのだろうかと、内心怪しみながら。
Name: “朱雀”香取 瞬
「う〜ん、狭そうですよね、この小屋。それじゃ僕は噴水の前のベンチに座って待っていますよ。皆さん占ってきてくださいな」
猫の跡をつけていった所にぽつりと存在している小さな小屋。
さすがに4人は入れないだろうと判断した瞬は、そう他の3人に言うと小屋の前で彼らが扉をくぐるのを見送った。
扉が閉まると同時に風が舞った。
風は仄かな香りを瞬の感覚の奥に伝えた。何処かで感じた香り。あれはどこで感じた代物だろうか‥‥。
瞬はしばらくその場で心の奥で囁きかけた何かについて考えていたが、結局その正体を突き止めることを断念した。
(‥‥僕も一緒に入っていけばよかったかな?)
そう思いはしたが、小屋の大きさは4人が入るには小さすぎる。
瞬はその足を中央噴水庭園に向ける事にした。人物大の黄色いひよこが子供たちに風船を配っている微笑ましい光景を片方の視線に収めながら、噴水を望む空いているベンチを見つけると瞬はそこに腰を下ろした。
周囲は緑の木々に多く囲まれ、閑静な雰囲気を漂わせていた。その雰囲気は生まれ育った故郷を思い起こさせ、瞬は一瞬複雑な感情にとらわれた。
『良い子のみんな。もうじき楽しいパレードがはじまるよ』
その様に書かれた看板を持ったひよこが目の前を通り過ぎる‥‥。
パレードに行ってみたい。瞬はなぜかそう思うのだった。
Name: カレンシア
占い小屋を出た彼女は“黄昏の公女”の言葉を信じて園内を探索し始めたが、まだ目的の人物に会う事が出来てなかった‥‥
「君の持ち主は何処にいるのやら‥‥」
右手に収まってる懐中時計に呟きかけながら、休憩の為にと座るベンチを探す。
しばらくして空いてるベンチを見付け、彼女はそこに向かう。
しかし、そのベンチには青年が一人腰を掛けていた。
‥‥彼女の見た位置からだと青年は木の影になっていたのだった。
青年は長いベンチの隅に座っていたので、彼女も反対の隅に腰を掛けようとする。
チラッと見た青年の顔は正面を見据えていて、それが気になった彼女は青年の視線をたどる。
そんな二人の側を看板を持ったひよこが通り過ぎる。
「パレードか‥‥」(‥‥行けば和知さんに会えるかも‥‥?)
右手に懐中時計を握り締めながら、彼女はつぶやく。
Name: 和知 真弓
――星降る夜、求めるものはいずこにありや?
【南西エリア、メモリー・オヴ・エンプレス】
優しい緑に包まれた閑静な公園の中に占い小屋─占い小路というべきだろうか?
露店やいくつもある小さな小屋がどこか中世の占い小路を思い起こさせる雰囲気を醸し出していた。そう、違う時代に迷い込んだようにな感覚をもたらして。
木立のもっとも深い占い小屋の立ち並ぶ奥に木の葉を通した柔らかな月光が輪郭を描く、小さな小屋があった。“黄昏の公女”の住まう、迷えるものを導く居城が。
小屋の広さを心配して、香取が噴水の前のベンチにいるという言葉を聞いて、和知は軽く微笑んで頷く。
「‥‥あ、先に入っててもらえるかな?」
中に入ろうとする沖と斎にハンドバックのなかから銀のシガレットケースを取り出して和知はシガレットケースを軽く振って一服したいという意思表示。
そのまま二人を見送って和知は小屋の壁によりかかって細い煙草─合成ではない本物の煙草にマッチで火をつけた。木立の織り成す薄明かりの中に揺らめく紫煙。
「‥‥少し、感傷的になっていたようだね」
ぽつりと独り言。普段は煙草を吸う事はない、気分のいい時か疲れている時、そして、今の様に、考えをまとめ自分に立ち戻りたい時。そのときだけ、吸う。
いささかはしゃぎすぎた感がある、揺らめく紫煙の向こうを見ながら和知はそう思う。最近“回り”が騒がしいせいで激務が続いていたせいで疲れているのだろう、それも精神的に。
だからこそ、運命の輪が巡り、自らが“舞台”に引き出される前に“twiLite”を訪れた。あちこちを見て回り、父親からもらった懐中時計を落として、沖にぶつかって‥‥。
小さなティル・ナ・ノーグで運命がめぐる合間に一時の安らぎと癒しを求めて。
せっかくの僅かなひとときに仕事が入ってはたまらないとハンドブックの電源を切ったのはその為だ。
そこまで考えて和知は苦笑して、軽く空を見上げた。空から降るのは一筋の流れ星。
懐に入っているプライベート用のポケットロンは振動にしてあるので迷惑にはならないだろう。
ハンドバックから取り出した携帯用灰皿でマッチと煙草をもみ消し、携帯用灰皿をしまうと、汚れていたスーツをパンパンと払って占い小屋の中に入っていった。
薄暗い小屋、揺れるろうそくの炎と古風なタロットカード、四頭立ての馬車をもした香炉。
そして、素顔を隠した北原の夜の女神、“黄昏の公女”。
小屋の中は仄かにいい香りがした、女性がつける香水の香り。どこかでかいだ覚えがある。
沖は香水をつけていたかどうか覚えがない、そして自分は調香師に調合してもらったどこか男性を思わせるシトラス系のオードトワレをつけているので香りが違う。
細やかな切片がゆっくりと組み合わさって行く感覚を和知は覚える。
この香りをかいだのは琴音が和知から別れる時、髪を揺らした瞬間。
そして、琴音が急いでいた訳は‥‥?
仕事柄身についた習性というのは恐ろしいものだ。和知は“黄昏の公女”をみやると後ろを向いてくすくすと笑う。恐らく、“黄昏の公女”の正体は‥‥。
「あ、御免御免、ちょおおっと思い出し笑いしちゃった」
ここまで来て無粋な真似は好みではないので、和知は言及するのを笑いながら避ける。
おそらく、フェイトである斎と沖も感づく事だろうから二人の反応を見るためそしらぬふり。
気を取り直して、和知は“黄昏の公女”に求めるものを問う。
「僕が知りたいのは“過去”と“未来”。“過去”は僕が落としてしまった銀の懐中時計のある場所‥‥父親からもらった、僅かな思い出の品だからね。そして‥‥“未来”は僕がこれからどんな風になっていくのか、微かな手がかりというか‥‥まあ、好奇心だよ」
星降る夜に求めるものはいずこにありや?
和知はちょっとした悪戯心を刺激されながら、和知は“黄昏の公女”の答えを待った。
Name: “クリスタル・シンガー”琴音=フェンデル
【南西エリア、木陰から月光の照らす占い小屋のひとつで】
月光の陰の小屋の入り口で、黒い子猫が中を覗いていた。黄金の瞳が光り、黄昏の公女を見て首をかしげた後で、猫は出ていった。
園内によくいるペットロイドだろうか。それとも本物だろうか。それとも、黄昏の公女の出てきたゲームに登場する、猫の王の導きなのだろうか。
猫に案内されて来たかのように入ってきたのは、三人の客だった。さっきまで一緒にいた面々だ。琴音は驚いて声を出しそうだったがなんとかこらえた。
薄暗い室内、黒い衣に仮面にくぐもった声。黄昏の公女の正体はわかりっこないだろう。
なぜか、和知がくすくすと笑っていた。窓から吹き込む夜風が、ほのかに残るMAXIMODEの香水の匂いを室内に散らしていたが、琴音は気付かなかった。
「今宵は祭りの夜、過去も未来もはっきりと、カードに出るかもしれません。貴方の過去の手掛かりは、藍の衣の女性が持っています。近く‥‥すぐ近くに」
そして、黄昏の公女は皇帝のカードを見せた。
「貴方の未来には男性が影響します。それは時計を贈った貴方の父親、貴方の新たな城――欲望の地の城に集う男たち、男の衣を纏った貴方の心‥‥これが成功の助けとなるのか、敗北の原因となるのかはわかりません」
【‥‥貴方の舞台に月の恵みを。新式情報サーヴィスLuna+shinE、いよいよ近日登場!‥‥】
窓の外ではパレードの準備が続いていた。ホロスクリーンの中で、宣伝文句が流れていった。
Name: 沖 直海
【占い小屋、内部】
小屋に入ってすぐに感じたのは、何処かで覚えのある香りだった。
薄暗い小屋の中、目が慣れるのにはわずかの時間がかかる。
視力が封じられた分、その他の四感が冴える、その一瞬。
そうでなければ気にもしなかったであろう、僅かな香りがしていた。
(‥‥なるほど)
嗅いだ事のない香りで、気にかかっていたので覚えていたのだ。
目の前の黄昏の公女は仮面をつけていて、素顔を隠している。
が、しかし。変装する時、素顔を隠す事だけに気を使うのは素人だ。
ほの暗い室内で、そこだけ明るい公女の手元。微妙なカードさばきが必要なためか、彼女は素手をさらしていた。
手の大きさや爪の形はそうそう変えられるものではない。
「春の夜の闇はあやなし梅の花‥‥か‥‥」
遅れて入ってきた和知がくすくすと笑っているのを見ると、どうやら彼女も一枚噛んでいたようだ。
「‥‥どうやら迷子のシンデレラは、魔法が解ける前に魔女にお家に帰してもらったようね‥‥」
低くつぶやいて微笑むと、沖は小屋の中を見回した。
占いの卓以外、特に目立つ調度はない‥‥いや、一つ。今は火の入っていない、四頭立ての馬車の香炉がある。
タロットがめくられ、和知と琴音の意識がそちらにそれたタイミングを見計らって、沖はさりげなく合成煙草に火をつけ、ライターの火を香炉に移した。
Name: “朱雀”香取 瞬
「‥‥おっそいなぁ‥‥。もしかして見捨てられたのかな?」
時計の行方を占ってもらおうとする和知達と占い小屋の前で別れてからだいぶ時間が経った。しかし彼女たちは戻ってこない。時間は刻々と過ぎてゆき、もうじきパレードだというのに。一人でベンチに腰を下ろしているのはさすがに疲れる。そろそろ迎えに行ってもいい頃かもしれない。
占いが終わっているなら。
しかし、瞬は席を立つか否かを未だ決められずにいた。代わりに口からでてきたのは暇つぶしの独り言だけだった。
「‥‥時計の行く末ぐらいすぐ占えると思うんだけどなぁ‥‥」
誰とも無く呟く彼の端正な顔には、何故か暗い陰りが差し込んでいた。彼の側に常にある、“孤独”と言う名の暗い陰りが。
Name: 和知 真弓
―─“運命”の燐片との邂逅─―
<南西エリア【メモリー・オヴ・エンプレス】“黄昏の公女”の居城>
沖の煙草によって火のつけられた香炉からほのかに香が立ち上り、室内を不思議な雰囲気が包んでいく。さっきまで室内に漂っていた香水の香りが、ゆっくりと香に変わっていく。ゆっくりと。
男装の麗人―─和知は、公女が示した“運命”の燐片を見、苦笑―─彼女らしからぬ行為を―─した。
「皇帝‥‥“カブト”か‥‥有難う、参考になったよ」
懐中時計は父から贈られたもの、そして現在の自分をこう育てたのは父以外のなにものでもない。
現在の状況にたいした不満はなく、そして与えられたものを自ら吸収して今の自分がいるのだから、それはそれでいいのだが‥‥よりによって懐中時計がなくなったときにそういう暗示が出てしまうと苦笑せざるをえないのだ。肩をすくめると、和知は斎と沖に微笑んで移動を促す。
そして、再び微笑む―─彼女本来の笑み―─と真っ直ぐに“黄昏の公女”を見据えた。
「‥‥お礼は、何がいいかな? キャッシュじゃありふれてるしね‥‥そうだ」
すうっと自然な動作で、和知は自らの耳に手をもっていき、目立たないように付けていた、銀のイヤリングを外した。
「これ、あげる。“運命”の燐片を示してくれた御礼に。‥‥そして、また僕と‥‥いや、僕達と君が運命の舞台の合間に再び出会い、迷えるときに導いてもらうためにね」
装飾の細かい銀のイヤリングは決して安いものではないだろう、だが、返答を許さない調子で和知は“黄昏の公女”にイヤリングを押し付けると、軽い見のこなしで扉にむかった。
そして、思い出したようにぽんとあいずちを打つと扉から半分中に身を乗り出して悪戯っぽく笑う。
「そうだ、もし琴音さんって人にあったら、一緒にパレードみようよ〜っていっといてね」
くすくすと可笑しそうに沖と目を合わせると扉から優しい木々の合間に出ていった。
香取の待つ、中央噴水公園へと向かって。
‥‥黄昏の公女には見えたかもしれない。
和知がイヤリングを押し付けた時に、瞳の奥に潜む彼女すら気がつかない深い絶望と孤独の燐片が‥‥。
中央噴水公園【ファウンテン・オヴ・スターズ】には七色の光が弾け、美しくかたどられた噴水がここへやってきたものたちを出迎えるように、存在していた。
噴水の水面には星々の優しい輝きを受けて、再会を誓った恋人達の想い─コインが光を反射して煌いている。
パレードのしたくが進む、中央噴水公園で和知達は香取の姿を探してさまよい歩く。
銀の懐中時計の行方は、すでに和知にとってどうでもよかった。
これだけ探しても見つからないのだし、‥‥所詮は好きにはなれない父―─時として憎悪すら抱く―─から貰ったものなのだから‥‥微かな思い出の燐片だとしても。
本当にそうなのか不毛な自問自答を打ちきると和知は約束を守るために香取の姿を探し歩く。
すると、今いる場所から少し距離の離れたベンチに端正な顔をした青年の姿を見つけた。青年は誰かと話をしているようだ。
和知はにっこりと笑うと顔をしっかりと確認するために青年のいるベンチへと近づく。青年は、そしてその横に座る、仕立てのいいスーツを着た落ち着いた雰囲気をもつ男性は‥‥?
「あれま、石目人事部長さんだ、来てたんだ」
おもわず口をついて出る台詞。青年は見覚えのない人物で、そして、その隣にいる人物は‥‥。
大きな身振りでさっと後ろを向いて、沖と斎の影に隠れる。尤も身長が大きい和知は隠れきれない。
いきなりの和知の行動に、不信に思われるかもしれないが気にしない事に決めた。
どうも、和知は石目人事部長に対しての苦手意識が消えない。はじめてお会いしたときからずっとそうなのだが。
「人違いだったから他探そうね」
張り付いたままの苦笑を取り繕うともせずに、和知は二人にそういうとそっちがさっき探した方だというのに、そちらに向かって足早に歩いていく。
精神的に疲れていることを再確認すると、自らに立ち戻るために仕事用の“ハンドブック”の電源をいれる。仕事が入ってしまったら、いくらでもいいわけをすればいいのだから。
二人には和知の頭に大きな冷や汗が見えたかもしれなかった‥‥。
『貴方の過去の手掛かりは、藍の衣の女性が持っています。近く‥‥すぐ近くに。
貴方の未来には男性が影響します。それは時計を贈った貴方の父親、貴方の新たな城――欲望の地の城に集う男たち、男の衣を纏った貴方の心‥‥これが成功の助けとなるのか、敗北の原因となるのかはわかりません』
パレードの準備が進む中央噴水公園でいったいどんな運命の燐片と出会うのだろうか?
“黄昏の公女”がいった言葉をかみ締めながら、和知は香取と女性の姿を探していた。
二つの扉、二つの道が交わる所。過去と未来が邂逅しようとする中央噴水公園で‥‥。
Name: “クリスタル・シンガー”琴音=フェンデル
【南西エリア、黄昏の公女の占い小屋で】
仮面の下の琴音は驚いていた。会った時からずっと、にこやかで明るく振る舞ってきた和知。大事なものらしいイヤリングを渡してきた時、窓の外から差し込む月光に照らされた彼女の瞳、それはなんと哀しそうな色をしていたのだろうか‥‥?
「そうだ、もし琴音さんって人にあったら、一緒にパレードみようよ〜っていっといてね」
普段の軽い調子に戻って告げると、男装の麗人は連れ達と一緒に、木々の中へ消えていった。
「‥‥さらば、運命の欠片と出会いしものたちよ。過去と未来が交わる時、答えもまた見つかるでしょう」
足音が消えたのを確認すると、琴音は仮面とフードを脱いで大きくため息をついた。
分かっているとはいえ、和知はなぜわざわざあんなことを言い残すのだろう? 一緒にいた沖たちにも黄昏の公女の正体が分かってしまうではないか。いや、なんだか彼女たちも知っていたような気がする。
夜の女神マルーヴァに心の中で謝りながら、彼女は手早く元の服装に着替え、携帯端末を取り出した。
「‥‥あら、もうこんな時間だわ。間に合うかな‥‥?」
職員たちが持っているポケットロンは本部と繋がっており、今夜のパレード"infini-Lite"のデータがすべて入力されている。
開始地点は北西の【エンペラーズ・ゲート】、大通りを通って中央噴水公園を抜け、南東の【フールズ・ゲート】で終わる。
今夜だけはホログラフも特別なモジュールを使い、ドロイドたちの行進とシンクロさせて盛大に行う事になっている。音楽隊や各ヴィークルも準備も整っているようだ。
今から行けば、ちょうど噴水公園あたりで客たちは開会の様子を眺められるはずだ。そのどさくさに紛れて何食わぬ顔をして戻ればきっと大丈夫だろう。
黄昏の遊園地に魔法が掛かっているのは本当だが、今夜、その魔法は一際輝く。
客たちの喜ぶ顔を思い浮かべながら、琴音は小走りに駆けていった。
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