SCENEZ05::
"RAVEDANSE"
シーン05::レイヴダンス 〜踊り手たち〜
滝山ヒロシは怒っていた。久し振りに湾岸フリーウェイを飛ばした後に、寄ってみた墨田川。六区(ロック)辺りをぶらつこうと夕暮れのハザード・メモリアル・パークを愛車の“風神(ふうじん)”で通った時だった。道の真ん中に若者が突っ立っていたのだ。
「やいテメェ! 轢き殺しちまうゾ?」
バイクを降り、銀色に輝くサイバーの左眼でギロリとねめつける。
走り書きで“Rave Danser”と書かれた黒のジャケットに、ツンツンに逆立てた髪の毛。髪も含めれば180cmを越える長身にこの目付きなら、大概の不良はビビるはずだった。
「街の灯が消え果てて‥‥帝都が脅えてる‥‥お前‥‥お前がやったんだな? のばの色を染め上げてやる! 対戦開始だ! ボクはげぇまぁだぞ? 心までげぇまぁに武装してるんだ‥‥」
相手はまったく話を聞いていなかった。ウェット気味の体、後ろで結んだ髪の毛。額にはワイア&ワイアの端子が光っている。
ウェンズデイ・マーケットで買ったのだろうか、トロン部品か何かの袋を持っていた。ニューロだろうか? だが、眼の輝きと異様な雰囲気は尋常ではない。文字通りの、神経(ニューロ)症のニューロキッズのようだ。
「あァん? 何言ってやがるんだ? あんま調子ブッこいてると、“踊っ”ちゃうヨ?」
ヒロシの言葉にも全く動じる様子がない。いきなり、相手は服の下から降魔刀を抜き放つと斬り掛かってきた。
「ボクは北辰一刀流免許皆伝だっ! N◎VA転覆を企む悪め! 帝都が震えてるんだ! はうぅの声高らかに、帝国のばお団、参上! フラッシュアウトだぁぁぁっっっっ!!」
「おうッ、やる気かテメェ! 上等だァ! オレは帝“凶”のゼフィールだッ!」
袖の下から魔剣化したヌンチャクを取り出す。同時に精神を集中。全く風の吹かないヒロシの体の回りに、PK(サイコキネシス)の障壁(バリア)のパワーが集中し始める。
あれくらいの相手なら、学校の不良のザコ共の方がよほど強そうに見えるが、憂さ晴らしには丁度いい。
だが、ヒロシの憂さ晴らしはそこで終わってしまった。横合いから突如飛び出した影が、例の若者の刀の上にちょんと着地したのだ。目を見張るヒロシの前で、見事な蹴りが決まる。さらに素手で一撃。
地面に宙返りして見事に着地した影の前で、ニューロな若者はあっけなく倒れてしまった。
「あーっ、何だテメェ! オレの獲物取りやがって! オレは帝京第四の‥‥」
一瞬の攻撃を終えた人影は霞の如き滑らかな動きを止め、こちらに振り向いた。前に習いかけたことのある中国拳法の独特の動き。よく見れば見知った顔。
「‥‥か、霞(かすみ)先パイ!? チィーっス! 失礼しました! 助かりまス!」
「なんだ、ヒロシじゃないか! 偶然だねぇ」
タタラ街にあるヒロシの家の近所に住む明月寺霞――“幻龍(ミラージュ・ドラゴン)”の通り名を持つタタラ(刀鍛冶)にしてチャクラ(拳法家)の先輩だ。
「またこの音楽チップを持ってるよ」問題のニューロキッズを調べた先輩は一枚の新品のチップを取り出した。「神経を焼き切ってる。頭の中が完全にイカレてるな」
「先パイ、で、何がどうなってるんスか‥‥? オレ、一人でバイク転がしててたまたま寄っただけなんスけど‥‥??」
見れば近所の先輩の後ろからも、二人の男女が歩いてくる。スカートジャケットの女に、クリスタル・シールドを持ったコートの男だった。
「最近、トロンのゲームウェアとかで有名な会社があるんだけど、そこの陰謀を追ってるんだ。あの二人も、知り合いだよ」
霞は後ろの二人に手を振った。「ああ、二人とも! 僕の後輩だよ!」
ミニスカートの女性はクグツ(企業社員)のようだ。ヒロシと同じく、純粋な日本人のようだが、両眼は菫色に光っている。手には小型のビデオカメラを持っていた。それほど若そうにも見えなかったが、まぁまぁマブい女だとヒロシは思った。少なくとも、いつもけばけばしい化粧で飾った自分の母親――高級クラブのマネキン(ホステス)だった――とは大分感じが違う。
「あ〜ら、カッちゃんにも後輩がいたなんてね。しかも現役高校生じゃないの」
その女性は近づいてくると、完璧な微笑みを浮かべて手を差し出した。
「わたくし、ニューセンチュリー・バイオテック広報部の静元涼子(しずもと・りょうこ)と申します。‥‥貴方、もしかして何とかダンサーとかいうカゼ(走り屋)の集団の人? どこかで聞いたことあるわね」
「そうだよ。こいつ、ろくに学校行かないでバイクばかりやってるんだ」
横から霞が口を挟む。学校そのものに行っていないこの人に言われたくはないと思いつつ、ヒロシは頭を下げた。霞先輩の知り合いとあっては、一応真面目に挨拶しなければなるまい。
「チィーっス! 帝京第四工業1年、滝山ヒロシっス。“麗舞断沙亜(レイヴダンサー)”の旗持ちやらしてもらってます。呼び名はゼフィールで夜露死苦ゥ!」
「うふふ、よろしくね。ゼフィールくん」
そう答える彼女は、ごく普通の会社のOLのように見えた。だが、N◎VAの企業群には様々な裏がある。ダメ親父だとばかり思っていた自分の父親が、実は三条技研の裏の仕事に携わっていたのも最近になって知った。この女性も見た目だけの人間ではないのかも知れない。
「‥‥霞一人で十分だったか」
カブト風の男も近づいてきた。男の持っている彗星剣から、漆黒の炎が立ち昇っている。ヒロシの前でその輝きは消え、男は剣を収めた。
「ゼフィール、ゼファー、ゼフィロス‥‥古代ギリシアの西風の神。その名の通りだな」
欧米系のその男は鋭い青い目でヒロシを一瞥すると、口許をゆるめた。ヒロシの秘めた力に気付いたようだ。
「そうっス。災厄(ハザード)前にも、ゼファーっていう伝説のバイクがあったんス」
ヒロシもまた、男が深い闇を纏っているのに気付いた。元力使い――“闇の王(ダーク・ロード)”だ。
「‥‥あんたも、バサラだね」
「魔法使いがまた一人か」男は笑った。
「俺はアレックス・タウンゼント。フリーのカブトだ。ところで‥‥お前の高校の生徒はみんなそんな髪型なのか?」
アレックスという名のその男も背は高かったが、髪の毛を入れるとヒロシの方が上だった。
「ただの寝癖っスよ!! ‥‥で、何とかいう企業がどうってのは‥‥」
「あ〜、そうね」静元涼子と名乗った女性が言った。「立ち話もなんだから、浅草寺(せんそうじ)の方で一息つかない?」
神社から鐘の音が響いてくる。すっかり日の暮れた浅草寺エリアでは屋台が賑わっていた。向こうの六区(ロック)のビルで、派手な広告が輝いている。
四人は小さな露店で休んでいた。
「‥‥う〜ん、やっぱりラムネは日本の味よねー」静元涼子が話し終えると一息ついた。
「大体、そういうことなんだけど。ヒロシくんはゲームウェアなんてやらないの?」
「いやー、そんな軟弱なゲームソフトなんて興味ないっスね。やっぱりオレにはバイクっスよ」
丁度腹が減っていた時に奢ってくれたのは有難かった。合成のホットドッグを食べながらヒロシは考えた。
どうせ家に帰っても母親は何処かに出かけているだろう。ゾクの仲間を探すのも面倒だ。何だか面白くなりそうなので、ヒロシは3人としばらく一緒にいることにしていた。
『キング・オブ・ときめきハザード大戦’ニューロエイジ』。多数のキャラクターの登場する対戦格闘、バーチャルな女の子との恋愛シミュレーション、戦慄のサバイバル・ホラー、災厄が起こる遥か以前の日本を舞台にした情緒たっぷりのドラマチックアドベンチャー、戦術シミュレーション‥‥多数の要素の結びついた画期的な新製品で、N◎VAのニューロキッズの間で爆発的な人気を呼んでいるという。
造ったのは新進気鋭の中堅トロン系企業、IN◎UEコーポレーション。社長自らもプログラミングをこなす、優秀なニューロを多数抱える謎のコーポ。だが、毎日バイクであちこちを駆け巡っているヒロシは詳しくは知らなかった。
「公式ファンクラブができて、テーマソングまで売り出されてるんだよ」
合成の饅頭を頬張っていた明月寺霞が、音楽チップの箱を見せた。『檄!帝国のばお団』のタイトルの下で、和服姿の女の子がIN◎UEコーポのトロンを持っている。
「この前、N◎VAのウェブに発信源不明のデータファイルが流れてきたんだってさ。あのファンクラブは、ブレインウォッシュ(洗脳)された子供たちや若者がコーポの手先として動く集団なんだっていう。どこから送られてきたのか、本職のニューロたちも全然分からないらしいんだ」
「たかがゲームウェア一本で、そんな事有りえるんスか?」
ヒロシは聞き返した。帝京第四の生徒にこういうゲームウェアが好きな奴はいるだろうか? もしいたとして、その生徒も洗脳されているとしたら‥‥自分のダチやダチの友人たちの中にもいたとしたら、これは許せない。
「待った。あれを見ろ」
一人静かにタロットカードを玩んでいたアレックスが、公衆DAKの大きなスクリーンを指差した。マリオネットのニュース速報が流れている。
「関係ありそうだな。行ってみるか?」アレックスが言う。
「これは絶対何かあるわ! 急ぎましょう‥‥って、アシはどうしましょう?」
ハンドバックとカメラを掴んで立ち上がった静元涼子はそこで立ち止まった。
「オレの“風神”があるっスよ!」ヒロシは言った。「普段は人乗せないけど、今日は特別ッス。奢ってもらったお返しに乗せますよ。で、誰が?」
「私をお願い!」静元涼子が手を上げた。
「トーキーの顔を使えばきっと少しは信用してくれるはずよ。何か分かるかも知れないわ。ヒロシくんの腕前、見せてもらうわね」
「そうしてもらえ。俺と霞は後から行く」答えるアレックスを後に、二人は駐車場へ駆けていく。
残った霞は、アレックスの前に置かれたままのアサクサ風合成たこ焼きを見つけた。
「‥‥あれ、食べないの?」
「全部やるよ。どうも俺はこういう日本の食べ物は苦手だ」“デス・ロード”は肩を竦めた。
「‥‥お前の後輩だっていうあの若者、目付きは悪いがバイクの腕は立つようだな」
ラッキーとばかりに霞は平らげる。
「うん。伊達に“ゼフィール”を名乗ってる訳じゃないからね。
ヒロシも前に華山龍星拳を習ったことがあったんだけど、ケンカ殺法やバイクの方が性に合ってるってすぐにやめちゃったよ。もう少し続けてれば、あいつにもドラゴンの星が見えたのになぁ」
アレックスはタロットの大アルカナを一枚、表にした。「‥‥その星が見えるのは、お前と師匠の二人だけなんじゃないのかい」
現れたのは“戦車(チャリオット)”のカード。デス・ロードは眉を上げた。
ヒロシはエンジンを吹かした。水素タービン独特の高い排気音が響く。調子も悪くない。
「今日はキュロットにしてて良かった‥‥ふーん、カワタナ製の“A-Killer(アキラ)”ね。ニューアメリカンなんて、高校生にしちゃ珍しいタイプを選ぶじゃないの」
後ろのシートから声が掛かる。
「オレの“風神”はW.I.N.Z.もフライ・バイ・ワイアもカンペキに装備、バリバリに改造してあるっスよ。プルガトリオ街なんかあっという間っス!」
心地好い振動が全身を包み出した。この瞬間が、ヒロシは何より好きだった。
「精霊のJinn(ジン)に引っ掛けてFu-Jinnか‥‥面白いじゃない。ゼフィールくん、とんがった頭の中身の方はあんまりかと思ったけど、そうでもないみたいね」
「な、な、な、なにィ? ちょっとォ‥‥帝“凶”の“麗舞断沙亜”をナメてるんスかァ‥‥!?」
今まさにスロットルを入れようとした右手を止め、後ろをギロリと振り返る。
「冗談よ、冗談! 早く出しましょう!」
ヒロシは愛車を走らせた。もう日は暮れ、太陽の代わりに人工の明かりがN◎VAアサクサを照らしている。輝ける超新星の街の、本当の時間の始まりだ。
風を切り裂き、風神は滑るように走った。だが夜風はヒロシの自慢の髪型を崩すこともなく、体の回りを避けていく。元力使いの“凪の騎士(ミュート・ナイト)”の回りには、微風すらも吹かないのだ。
「ねえ! 後部シートの人はどこに掴まってたらいいの?」背後から声がする。
「後ろのバーを掴んでバランス取るか、オレに掴まってて下さい!」
「あら、じゃあ‥‥ピチピチの現役高校生の逞しい体にすがっちゃおうカナ‥‥?」
耳元の声にヒロシは一瞬ドキリとした。
「な〜んてね! あはは、ヒロシくん、カッちゃんと何だか似てるわね! 目付き悪いけど、キミも結構根は素直なのかな?」
ヒロシは思い切りエンジンを吹かした。普段だったらとっくにブチ切れている所だ。霞先輩の話に時々出てくる年上の女の人というのは本当にこの人なのだろうか? 何だか調子が抜けてくる。
「‥‥ねえ! 追っかけてくる車があるわよ! SSSかブラックハウンドじゃないの?」
ヒロシはバックミラーを見遣った。次々と行き過ぎていく街灯。夜空に輝くネオン。確かに一台見える。ヒロシの口許に笑みが浮かんだ。今夜も、一勝負してやろう。
「このままアンモニア・アベニューを突っ切ります。しっかり掴まってて下さいよ!」
W.I.N.Z.と直結したコードをワイア&ワイアの端子にジャックイン。ワイヤードした脳内に、エンジンのタービン音、風を切り裂く空力ボディ、愛車の全ての感触が流れ込んできた。コンソール上に、古風な風神のホロが浮かび上がる。ヒロシの全神経が刃のように研ぎ澄まされた。
「静元さん‥‥うちら“ダンサー”っスよ? いつでも全開ブリバリで夜露死苦ゥ‥‥」
ブリテンから来たという女性ボーカリストが街頭スクリーンの中で歌っていた。その横の電光掲示板を、輝く文字が流れていく。
歓喜と災厄の街を、今夜も一台のチャリオットが駆け抜けていった。
The Wheel of Fortune keeps turnin' eternally,
TOKYO N◎VA
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