SCENEZ04::
"L◎VE'Z VIJION U"
シーン04::ラヴズ・ヴィジョン U 〜去りにし人の幻 U〜
静元涼子は辺りを見回した。追っ手はゼロ、怪しい人影も見当たらない。自分もこうした事には慣れているし、何よりそばにいるプロの一人も危険を感じていないのだ。もう安全と考えていいだろう。
「さてと‥‥じゃ、改めて初めまして。それから礼を言わせていただくわ、ミスター・タウンゼント」
静元涼子は右手を差し出した。相手の右手は普通の手――だが何か感触が違った。スキン・コートで偽装はしているがサイバーアームかもしれない。けれども、わざわざ革手袋を脱いでから握手してくれた。
「貴方のことはちょっと調べさせてもらったわ。
――アレックス・タウンゼント。ブリテン連合王国出身。このN◎VAに数多く存在するフリーの一流カブトの一人。またの名を“デス・ロード”。暗殺者達に死の裁きを下し、依頼人に銃を向けるのもためらわない死の王」
言いながら、明かりの元で改めて相手の顔を観察してみる。まあまあね。静元涼子は思った。取り立ててハンサムでもないが、そこらの若者にはない大人の風格がある。
「そうさ。俺は死神の使いだからな」答えながら、相手も彼女の顔を眺めた。
「‥‥偶然か‥‥」その顔にちらりと浮かんだ、不思議そうな表情。
好意は持ってくれたみたいね。それとも私の魅力にかしら? 静元涼子は微笑んだ。いつも、物事は努めて良い方向に考えることにしている。
「しかしその一方で、客を死神の手からほぼ確実に守るプロフェッショナル。
カッちゃんからいろいろ聞いたわ。ほんとは死神の使いなんかじゃないって言ってたわよ? 何でも最近、危うくパパさんになりかけたんですってね」
「俺の主は気紛れでね」アレックスはそこで顔をしかめた。「あの功夫坊やめ、そんな事まで喋ったのか」
静元涼子はサキ・ニチヤブランドの“虹”にスイッチを入れた。ジャケットが輝きだし、様々なパターンに模様を変えていく。
「君の事も色々聞いたぞ」歩きながらアレックスは続けた。
「ニューセンチュリー・バイオテック・コーポ広報部の美人オフィス・レディ。2課を束ねる広報部の“華”の一人。確かに‥‥噂に違わぬ女性だ」
「まあ! ほめられたと思っていいのかしら?」
彼女は気をよくした。
「――と言うと喜ぶそうだ。なるほど、霞に聞いた通りだな」アレックスはニヤリとした。
「‥‥もう! 貴方、いつも女性にはそんな調子なの?」
「フフフ‥‥冗談だ」
アレックスは中華街の街並みを見渡した。彼女も目をやった。
行き交う人々は華僑が多い。街全体がネオ・チャイニーズ――夏(シア)風に造られており、N◎VAとは別の場所に来たような錯覚さえ覚える。
「さて‥‥これからどうする? 仕事とは別の独自の調査とやらは終わりかい?」
「そうねぇ‥‥」静元涼子は考え込んだ。
「あの一団は何を狙ってたのかしら? 私が最初に声を掛けた少年がいきなりあんなになってたのも虫が良すぎるし‥‥う〜ん、トーキー魂がうずくけど、真相はまだ遠いみたいねえ」
言いながらビデオカメラのデータチップを取り出そうとする。カメラにはセットされていなかった。
ハンドバッグの中、ミニスカートのポケット‥‥やはり見つからない。彼女の動きが数瞬だけ止まった。
「やだ‥‥肝心の映像データをなくしちゃった‥‥」
「君は‥‥意外と抜けてるんだな」
「あちゃ〜! もういいわ、今夜はもうおしまい!」
頭に手をやって二、三歩進み、彼女は後悔を振り払うように手を振った。気を取り直して、連れの方にくるりと振り返る。
「仕事はもうXYZ! ごめんなさい、今夜はここまででいいわ!」
彼女はそこでいい計画を思いついた。
「ねえ、せっかく来たんだから、食事でも一緒にどう? 私がおごるけど?」
「君との契約期間は始まったばかりだったな」しばし逡巡してから、アレックスは答えた。
「これで終わりじゃつまらんし、最後までつき合おうか。それに――N◎VAの夜は始まったばかりだ」
「ニューロ! じゃ、行きましょう!」
さり気なく相手の手を取ると、彼女は中華街の人込みの中を進んだ。ここで親しくなっておくのもいいだろう。たまには、こういう渋めの男性の相手も悪くない。
「美味しい中華料理のお店を知ってるのよ。あ、でも、高いスキヤキ(自然食料品)はちょっと勘弁してね」
雑踏には様々な人種が入り交じっていた。露店ではニューロタングに中国語、様々な言葉がとびかっている。ネオンの龍が客を招き、爆竹が鳴っている。街灯スクリーンの有名なトロン企業のゲームウェアの宣伝を、子供たちが食い入るように見つめていた。
《蛟(みずち)》の店内は静かだった。壁には龍のまがい物のようなよく分からない怪物が描かれ、読めない中国語で何か書いてある。
眺めのいい窓際の席に座る。雑然とした中華街から目を転ずると、遠くにN◎VA中央区の夜景が見えた。
「さてと‥‥。私が相手じゃ、ご不満だった?」
メニューを眺めながら、さり気なく尋ねてみる。
「いや。とんでもない」表情をあまり変えずに、連れは答えた。
「そう‥‥良かった」乾杯しながら、片目をつぶる。同時に脳内に命令。彼女のサイバーの両目の色が変わっていった。いつものお気に入りの菫色から、赤へ、青へ、様々な色へ。
「レインボーアイリスか」煙草に火をつけたアレックスは言った。
「貴方のお好みは何色? 日本人らしい黒? 湖のような深い青? それとも、ストリートで流行りのクローム?」
「その目で、君は何を見るんだ?」
やはり同じ義眼の――青い目が問いかける。
「そう‥‥目の内にしっかりと捕らえておくのよ。特に‥‥貴方みたいな男性(ひと)を」
呟きながら目の色を緑に変えた時だった。
“デス・ロード”の動きが止まった。口に煙草を持っていこうとした手が凍りつき、冷静だった表情に劇的な変化が生じる。
「‥‥‥‥ジュ、ジュディ‥‥‥‥?」
「‥‥えっ?」
ホログラフの龍が二人の回りで飛んでいた。歓喜の街の夜が、今夜も更けていこうとしていた。
Lite & Darkness are dansin' eternally,
TOKYO N◎VA
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