真冬の夜(マローズ)を越えるとき
〜はたはたVer.〜
こうさくいん「いえーでしゅー。マローズ再びなのでしゅよ〜 o(≧▽≦)9゛」 |
Kaution:
このコンテンツは、当サイトのセッション・レポートに登場する『真冬の夜(マローズ)を越えるとき』のシナリオを、別のプレイヤー陣で遊んだ時の模様をテキストレポートとして、10万Hit記念にハマの星(笑)のはたはたさんから頂いたものです。ありがとうございます。 |
『真冬の夜(マローズ)を越える日』
アクトレポート
来るべき2001年3月7日水曜日
ちまたのN◎VAラーで噂のアクト、『真冬の夜(マローズ)を越える日』をプレイする日がとうとうやってきました。
曰く、『ノーザンクロス』を越える超大作アクト
曰く、映画版/DVD版アクト
曰く、‥‥
っと、これ以上は実際にレポートを読んで読者に判断していただきましょう(笑)
まずは、登場人物(及びPL)の簡単な紹介から
Ruler: 緋(あか)さん
▼今回の集まりの発起人にして、RLさま。ちまたで噂の超大作アクト『真冬の夜(マローズ)を越える日』を引っさげて登場なのです。今回は日程の調整など、いろいろご苦労様でした。
Handle: “IceAge”クロノス・ディア
Stylez: カゲ◎●,カブト,マヤカシ Aj:
18、9? Jender: ♂
十年前はロシア最強の傭兵団『シルバーファング』に所属していた若き傭兵。
ロシア軍による人体改造を受けており、両手に仕込まれたナノマシン型バイオトロンからデータをインストールすることにより瞬時に戦闘モードを移項、敵を圧倒する。
人体改造の影響か、はたまた『クラスヤノスクの惨劇』のショックか十年前から体の成長が止まってしまい、外見は十年前の若者‥‥そのままである。
十年前の冬のロシア、部隊を裏切り全滅に追い込んだ男、“邪眼の”アークを追い続け裏の世界に身を置いていたが、ついに居所を突き止める。十年前から時の止まってしまった青年は、止まったままの自らの時間を動かす為に決着の舞台に上がる。
外見イメージは、DC版も出ている格闘ゲーム『ギルティギア』のカイです。イラストを書いたらちょうどそんな感じになってました(笑)。
Player: (はた)×弐こと筆者
▼推奨キャストの中の元軍人キャストを演じることとなりました。前評判とかで、軍人キャストは大変だとか、十年前の話しからはじまるとかで妙に恐縮していたりなんだり(笑)。
今回のキャストは、軍人ということでどうしようかかなり悩みました。PL属性的に大人のキャストはできない、だからといってそんなに幼いキャラをするわけにも行かないという折衷案の結果、彼が生まれました。
エニグマ相当のナノマシン型バイオトロンから戦闘データをインストールして戦います。つまりは、エニグマから<■合技>で攻撃を繰り出すという事なんですけどね(笑)。
Handle: “ノーライフ”、“ジャガー”、“グッドアイズ”
Stylez: レッガー◎●,アヤカシ,カタナ Aj:? Jender:
♂
シックなスーツに身を包んだ長身細身、がっちりではなくしなやかさを思わせる筋肉に包まれた男。敵からは何十発の弾丸を受けようとも、立ち上がり向かってくるところから”ノーライフ”と恐れられている。普段はその外見から”ジャガー”と呼ばれることが多い。
父であり、兄弟であり、親友であった、レオニードにもらった”グットアイズ”の名で彼を呼べるのはレオニードと親しい友人だけである。
大恩あるロシアマフィア、レオニード・アルサノフ。その彼を殺した男、イェレミーア・ゲールマンに復讐の為、“グッドアイズ”は雪のロシアを訪れる。
Player: 夏瀬さん
▼RI財団レポートでもお馴染み、「俺カックE−!」の夏瀬さんです。
PLとして、ご一緒するのは二回目で。今回は感情を押さえた感じのレッガーで所々で渋く決めつつ、アヤカシとしての雰囲気を匂わせるロールプレイはさすがですね。今回は、特に≪霧散≫がポイントでした‥‥(謎)
間が悪いことに、手持ち経験点が少なく、ほとんど初期キャストで参加で、苦労していたみたいですが。それでも、<■異形化>を取っている当たりに並々ならぬ気合を感じました。舞台裏でのRLの緋さんとの掛け合いは絶妙の一言(笑)。
Handle: マット・マックス・モーガン
Stylez: フェイト◎,バサラ●,カブト Aj:
35 Jender: ♂
数年前からN◎VAに探偵事務所を構えている北米連合ニューオリンズ出身の黒人フェイト。2m近い巨漢でスキンヘッドとサングラスがトレードマーク。ぶっきらぼうな物言いと愛想のない態度は巨体とあわせて威圧的な印象を与えることが多い。
またモーガンには「ガキの頃に近所の婆に習った」まじないの心得があり。闇を自在に操り、物体の動きに干渉する力を持つ。北米連合の南部で生まれた黒人でバサラの力はまじないの類と自称している。
外見のモデルは『ヴァレリア・ファイル』のジョーズ。
Player: Blueさん
▼今回初めて御一緒することになった、Blueさんです。
ぶっきらぼうな物言いの中にある優しさ。特にフレデリカとの絡みは雰囲気があって、卑怯なくらい格好よかったですね(笑)。
所々で繰り出されるバサラ能力、<※元力:闇の王>&<※加速/減速>もバッチリ決まっていて、言うこと無しです。バサラ以外の神業の演出に出てくるあたりも、いい感じですね。
Handle: “一番ST☆Rで一番の”凪月 扇
Stylez: カブキ◎,カブト●,ニューロ Aj:
18 Jender: ♂
未来のアイドル夢に見て、決意を固めた18歳の少年。しかし、ふと気が付けば所属したプロダクションは河渡の末端組織で、そのまま裏の世界にずるずると‥‥。それでも、いつかアイドルになれる事を信じ、カブキの心を凪月は持ち続ける。RI財団のキャスト紹介ページに載ってる凪月はカゼですが、DVD版マローズではカブトバージョンで登場です。演技が本職(?)の凪月は、劇中劇ではどんな活躍を見せてくれるのか?
Player: みどりさん
▼こちらも、今回初めて御一緒する事になった緑さんです。
マローズのシナリオでは、どちらかと言えばカブキというスタイルは非推奨なイメージだったのですが、その中でも雰囲気を壊さずに所々でカブキっぽさをうまく表現なさっていました。
ぶっきらぼうな言い草のクロノスに絡んでもらったりとか、ソーファとの絡みでの距離の取り方とか大変助かりました。ラストのカット進行の<※ポルターガイスト>には大変有りがたかったです。
今回のレポートを書くにあたって、『真冬の夜を越える日』のシナリオ部分、及び、RI財団レポートを参考にさせて頂きました。シナリオ作成者の緋さんならびにRI財団のいわしまんさん、本当に有り難うございました。
In this
way, the thread of the destiny is spun.
>> Scene0 『十年前のクリスマス』 |
画面は変化することなく、字幕だけが流れていく。
例え、どれほどの時が経ったとしても、変わらない想いはある。
過去に縛られることがどれほど愚かに見えたとしても、
過去を捨てて生きていけるほど人間は強くないのだ。
幸せな家族の肖像が写る、色褪せたセピア色の写真。
静かに流れるオルゴールの音色の中、ハスキーな女性の声が語る。
「大好きな妹と一緒に、一番好きな曲を初めて演奏した日。
妹が歌って、お母さんがピアノを弾き、私はバイオリンを弾いた。
観客はお父さんだけ。家族だけのささやかなコンサート‥‥」
カレンダーを見つめ、女性は呟く。
2062年、12月24日。十年前のクリスマス、私たちの一番幸せな日‥‥‥‥‥‥
‥‥
‥‥
かくて、運命の扉は開かれた。
真冬の夜(マローズ)を越えるとき
〜はたはたVer.〜
>> Scene1 『雁たちの休日』 |
Opening: “IceAge”クロノス・ディア |
十年前、2062年9月。傭兵部隊『シルバーファング』はシベリア戦線近くの、ロシア連邦の小さな街クラセヤノスクに駐留していた。
任務は、この街の有力者であるパヴロヴァの一家の護衛。護衛対象は三人の女性、母親の『ヴァイオレット』、姉の『フレデリカ』、妹の『ソーファ』。夫は何かの事情で亡くなったらしい。普段、重火器を手に命のやり取りをしている俺らにとっては楽な仕事だ。‥‥そうだったはずだ。
バー『エスメラルダ』。今晩も俺は馴染みの連中、“邪眼使い”のアーク、スピードとラックがウリのサム達と共に酒を飲みに来ていた。バーの中に響くのはフレデリカの引くバイオリンの調べ。戦いに疲れた男達の心を癒す、女神の歌声。
「なあ、クロノス。俺達がこうして飲むのはこれが最後かもしれないな」
一緒に飲んでいた俺より一回り年上の男、アークがそう話し掛けて来た。
「‥‥どうしてそう思うんだ?」
俺は、訝しみながらアークを見た。
「俺のこの目が疼くんだ、近々大きな戦いがあるってな‥‥」
アークの家系は古代の魔女の血を引いているらしい、だからたまにこんな予言めいた事を言う。
「‥‥そうだとしても俺達のやることは変わらないはずだ。例え次が最後になったとしても、俺達はいつも通りやるだけだ。そうだろ‥‥?」
「ああ、そうだな‥‥」
「そうだ、クロノス。運命ってものは変えられると思うか?」
「‥‥運命?そんなもの誰にも分かりはしないさ‥‥」
「そうか。そういうものなのかもな‥‥」
そんな話をアークとしていると、演奏を終えたフレデリカがこちらにやって来た。
「また戦争なんですか‥‥?」
どこか寂しげで、不安そうな表情でフレデリカはそう聞いていた。
「‥‥またも何も、それが俺達の仕事だからな‥‥。たまたま今日が休みってだけだ‥‥」
護衛任務をはじめた頃から何度かされた質問。
「それなら、次の戦争にいく前に私に銃を教えてくださいませんか‥‥?」
フレデリカはさっきまでバイオリンを弾いていた自分の手と、俺の両手を静かに見つめ、決意を込めた目で聞いてきた。
「‥‥そんな華奢な手でか?」
「強い人間になりたいんです、皆の幸せを護れるように」
フレデリカの手は小さく綺麗で、まともに銃が扱えるようには思えなかった。ただ、その瞳は本当に護りたいものが有る、その決意を込めた瞳だった。
「‥‥分かった。護衛任務が終わるまでには教えるよ。それでいいか?」
そう答えた時、5、6歳の少女が一人、『エスメラルダ』のドアを開けて入って来た。フレデリカの妹ソーファだ。きっと一人で屋敷に居るのは退屈だったのだろう。
遅い時間に家を抜け出して来た妹を叱るフレデリカと、姉の言葉に頬を膨らませているソーファ。二人の姉妹の様子は幸せそのものに見えた‥‥。
>> Scene2 『二人のレッガー』 |
“ドリームパーク建設予定地”と書かれた古ぼけた看板が掛けられた遊園地。
うっすらと日の輝きを受けて不気味にそそり立つ無数の塔や、半分崩れかけた建物の間を背景に、二人のペルソナ・レッガーの男が影絵のように向かいあっている。一人は真剣な表情で、一人は不遜な表情で、男達は何かを喋っていた。
二人の間を流れる空気が一瞬凍り付く‥‥決別の合図‥‥、突然の銃火と銀光。
一瞬だけ先んじたのは鋭き銀光。そして、片方の男が崩れ落ち、地面を赤く染める。
倒れた男の胸元から、小さな箱が転がりだす。
落ちたショックで壊れ掛けたオルゴール、その悲しい音色が辺りに響く。オルゴールの背に縫い付けられていたのは、幸せそうに笑う二人の少女の写真。
>> Scene3 『Rainy Day and Days』 |
Opening: “グッドアイズ”ジャガー |
レオニード・アルサノフ。彼は偉大な男だった。時代の流れに聡く、抜け目のないレッガー。そして信義を忘れず、約束を違えぬ男。
ロシア連邦圏を中心に勢力を伸ばしていたこの男は、突然の死を向かえた。折れた刃が何本も突き立てられた状態で、“ドリームパーク建設予定地”で発見された。
敵対するマフィア“リューリク”の幹部イェレミーア・ゲールマンの手によるものだ。
かくて多くの男が、この男の死を慈しみ、黒服に身を包み葬儀に参加していた。偉大なロシアンマフィアの死は、裏世界の人間以外の多くの者も哀しんだ。
そしてここにも一人、偉大な男の死を聞き急遽サンクトペテルブルグに駆けつけた男が居た。
“グッドアイズ”ジャガー、雨の降る日にレオニードに拾われ“グッドアイズ”の名前を付けられた男。
「‥‥‥‥」
彼は静かに墓の前に立ち尽くしていた、己の湧き上がる気持を押さえるように。
「飲むか‥‥?親父の好きだったバーボンだ」
レオニード・アルサノフの腹心、ミハエル・フラトコフが隣に立ちバーボンの瓶を差し出した。
「ああ‥‥、今思い出した所だ。うまい、懐かしい味だ‥‥」
一気に瓶を開け飲み干す。
「天に召された英雄に、乾杯だな‥‥」
ミハエルは残りのバーボンを、レオニードの墓にかけた。
「本当に奴が‥‥、イェレミーアがやったのか?」
偉大な父の墓を見つめながら、“グッドアイズ”はミハエルに確認するかのように聞いた。
「そうだ、親父は奴に殺された‥‥。俺達は家族だ。父が殺された時、俺達はどうすればいい?」
「決まっている‥‥」
その呟きを待っていたかのように、降りだした雨が墓を濡らす。
「奴は‥‥、イェレミーアの奴は、一週間後に『アルタイル』にオペラを見に来る」
「任せておけ‥‥」
雨に撃たれながら、“グッドアイズ”はゆっくりと踵を返してその場を去った。
ロシアでも珍しい長雨の中、男は一週間『アルタイル』の前で待ち続けた。そして一週間後、雨は止んだ‥‥。
>> Scene4 『マローズの檻』 |
軍用の大型のトロンが設置された暗いオフィス。ペルソナ・カゲの軍服を着た女性、“白きフェンリス”フレデリカがトロンを操作している。
モニターにはフェイト。マット・マックス・モーガンの資料が添付されたメール。彼女は送信のボタンを押しどこかに資料を送ると、そのまま軍のデータベースにアクセスし『遺産関連/Legacy』と書かれたデータを全て削除していく。
彼女は立ち上がると決意を秘めた瞳で窓から見える空を見上げ「ソーファ‥‥」と、そう呟きつつ部屋を後にした。
彼女が退場した後、オフィスはしばらく静寂に包まれる。突如、舞台上の全てのトロンが同時に起動、静寂を破る。画面に赤い服を着た天使のアイコンが現れる。
天使は破壊されたデータを次々に再生させていき、最後に薄く微笑むとモニター上から消失する。残ったのは赤き檻、天使の残した赤き“マローズの檻”。
>> Scene5 『歌姫の少女』 |
Opening: “一番ST☆Rで一番の”凪月 扇 |
明日のスターを夢見る少年、凪月 扇は自分が場違いな場所に居ることを禁じ得なかった。
ここは、バー『ヤロール』。N◎VAの最も暗い場所の一つ。彼は、その一番深い所に案内された。“イシュタル海”。灯かり一つ無い深き海の底。
「お待たせしました、貴方が、凪月 扇さんですね?」
ようやっと暗闇に目が慣れて来た所で、後ろから声をかけられた。男は凪月の正面に座ると、暗闇を苦にもせず、握手を求めて来た。
「マイケル・グローリーです、どうも」
「あ、ああ‥‥、どうも」
凪月は焦りながらも握手を返した、何回か裏の仕事を引き受けたりもしているものの、まだここの空気には慣れていないようだ。凪月が『ヤロール』の雰囲気から浮いているのに気付き、一瞬だけ戸惑うも、小さく咳払いをして話を切り出す。
「凪月さん、貴方を指名してカブトの依頼が入っています」
「俺に、カブトの‥‥?」
「はい、依頼人のとの約束で名前は明かせませんが、依頼人は確かな人物です」
そう言いながら一枚の写真を差し出す。年の頃は16、7歳の少女。
「あれ‥‥?コイツは‥‥」
「お知り合いですか?」
「ああ、以前ちょっとな」
その少女の名は、ソーファ・ユーリィ・パヴロヴァ。ロシア連邦のサンクトペテルブルグのオペラ座『アルタイル』で歌を歌う少女。
ちょうど一年前、彼女の所属する劇団のST☆Rで遠征公演が有った時、彼女が事件に巻き込まれそうになった所を、たまたまエキストラとして公演に参加していた凪月が助けた以来の縁である。その時の自分の丁々発矢の活躍を思い出したのか、表情に余裕が戻る。
「彼女の護衛が今回の仕事です。報酬は前払いで1プラチナム、後払いで更に1プラチナム。お引き受け願えますか?」
「OK!」
護衛対象が自分の知る人物だったので安心したのか、破格の報酬に驚きもせず、二つ返事で仕事を受けた。
「チケットは後で送付しておきます。詳しい話は向こうの方でなさってください」
「りょう〜かい!誰だか知らないけど、依頼人に大船になった気持でいろって伝えておいてくれ」
すっかり余裕を取り戻した凪月は、意気揚々とその場を後にした。
3日後、舞台は雪降るロシア。場所はサンクトペテルブルグのオペラ座『アルタイル』の前。数百年前に建てられた建造物の荘厳な雰囲気に圧倒されつつも、凪月は『アルタイル』の中に入っていく。
守衛の方には既に話が通ってるらしい、特に呼び止められることなく中に入ると、舞台の方では本番に備えての舞台準備の真っ最中であった。
凪月が興味深そうに舞台の方を眺めていると、舞台上でしきりに指示を出しているペルソナ・エグゼグの老紳士、ウィリアム・ロズモンドと目が合った。
「お久しぶりです凪月さん」
「久しぶり!」
そういって、元気にウィリアムの握手に応じる。
「君は変わらないね、元気そうで何よりだ。それで早速なのだけれど‥‥」
先ほどまでのにこやかな表情から、一転真剣な表情で話を切り出す。
「最近、私達の周りで不思議なことが良く起こるんだ。特に‥‥」
「あ、す、済ません、通してください!」
突然ウィリアムの背後から現れた巨大な月‥‥ではなく、舞台背景に使う月の絵を重そうに運ぶ少女の声が話を中断する。凪月の護衛対象、ソーファである。
「しょうがねえな、運んでやるよ」
ソーファが重そうに運ぶ様子を見かねて、凪月が手を貸す。
「ありがとうございます。あ、凪月さんじゃないですか、お久しぶりです」
にこやかに微笑み、少女は再会を喜ぶ。
「ああ、久しぶりだな。そいでこいつはどこまで運べばいいんだ?」
「えっと、それは向こうの方に‥‥、あ、後は大丈夫ですから‥‥」
その場は、簡単な挨拶で済まし、ウィリアムとの話を続ける。ウィリアムの話によると、最近ソーファの周りで妙な事が良く起きるという。どうも誰かに見張られているようなのだが。
「とりあえず、貴方にして欲しいことは、劇を最後まで運営出来るようにすることと、あの子を、ソーファを護ることの二つだ。引き受けて貰えるね?」
「ああ、分かった。そういう仕事だって聞いてきたしな」
舞台の奥の方で準備をしている、ソーファの方を眺めながらそう答える。良く見るとソーファの胸には、真っ赤な宝石が輝きを放っていた。多くの人々の思いがこもった、そんなような宝石が。
>> Scene6 『フレデリカの頼み』 |
Opening: マット・マックス・モーガン |
赤い月の見下ろすもと、マッド・マックス・モーガンは、雪降る街・サンクトペテルブルグのある屋敷の前まで来ていた。目の前には大きな扉と簡素なノッカー。
「この街も、久しぶりだな」
ノッカーに手を掛けつつ、この街を訪れることになった経緯が思い出される。
「モーガン、お久しぶりです」
ペルソナ・カゲの軍服を着た女性、“白きフェンリス”フレデリカからモーガンのもとに電話が有ったのは、ちょうど3日前。
「貴方に頼みたいことが有ります、ロシアまで来て頂けませんか?」
ロシア軍所属の彼女と、N◎VAの探偵であるモーガンが知り合ったのは約一年前の事だ。ロシア軍の兵器を下ろしていた軍人を一緒に追い詰め、そのとき二人で戦場に入りかけた5、6歳の女の子を助けたことがあったのがきっかけだった。
「タダとは言わないだろうな?」
「勿論です、チケットを送付しました。あと、それと一緒に1プラチナムも」
「まあ、お前の頼みじゃしょうがねえ」
「貴方は、変わりませんね」
くすっと楽しそうにフレデリカは微笑んだ。
月夜の静寂の中、ノッカーを叩く音が響く。
「あ、お待ちしてました。入ってください」
テラスの方から透き通るような女性の声が返事をする。モーガンの到着をテラスから響くバイオリンの調べ、ロシアの有名な歌劇『真冬の夜を越えるとき』の一幕目“白きフェンリス”のメロディが出迎える。
テラスの向こうには、ロシアの夜を照らす赤い月と、白金色の髪に左右色の違う目をした女性、“白きフェンリス”フレデリカが静かに佇んでいた。
「よう、改めて久しぶり」
寒そうに白い息を吐くモーガンの方に微笑すると、フレデリカはバイオリンの手を止める。
「ここまでご苦労様でした」
「大した事は無い」
ギシギシと椅子をきしませながら、モーガンは席に付く。
「あ、椅子、小さかったですか?」
「気にするな、いつもこんな音がするもんだ」
その答えにくすくす笑いながら、フレデリカは一枚の写真を取り出す。
「貴方に頼みたいのは、“エリューナの蒼玉”の捜索なんです」
写真に写っているのは、蒼い色をした宝玉。帝政ロシアから伝わる宝玉で、彼女はそれを探して欲しいのだという。
「私個人としてとても大切な思い出のある品なんです‥‥、だから貴方に頼みたいんです。」
紫と蒼、二つの色をした相貌でモーガンを見つめる。
「よろしくお願いします。あと、期限はなるべく早いうちに‥‥」
「分かった、数日中に連絡する。さて、ここは寒い中に入るか」
モーガンは、立ち上がりながらそう言うと、フレデリカの肩の雪を払い中に入るように促した。
マローズの檻「というわけで、我々が解説を入れる事になったらしいな」 |
>> Scene7 『“邪眼使い”アーク』 |
雪降るクラスヤノスクの街、傭兵部隊『シルバーファング』弾薬庫前。手に燃えさしを持ち一人佇む男が一人。
“邪眼使い”アーク。その男は弾薬庫をじっと見つめ、数刻前ロシア軍から伝えられた指令の内容を思い返していた。
『“スリーパー”、お前の力が必要だ。本日23:00、本隊が到着する。
それまでに“力”を使い、連中を沈黙させろ。その為に必要な“力”は渡したはずだ。
迷うことはあるか?お前に道などない。それまでに“選ぶ”んだな』
「そのとき、ヤツラは取引を持ちかけてきた。
免責を保証する代わりに仲間を売れとね。
‥‥・私にはひとまわりも歳の離れた弟がいた。
弟は病気だった。いつ死ぬかも知れない病気だったんだ」
「―――生きながら腐るとは我のことか」
アークの手を離れた炎が、撒かれた油を伝い弾薬庫に向かって走っていく。
爆音が辺りを包み込む。その瞬間、傭兵団『シルバーファング』の大半の団員と共に弾薬庫は消滅した。
「アーク!てめぇ、何やってんだ!!」
アークの背後で響く怒号。銃声がそれを打ち消す。
>> Scene8 『軍部の影』 |
大規模なデータを扱うメインフレームの取り揃えられた軍用車両の車内。左目に眼帯をつけた軍服の男が、メインフレームに据え付けられたディスプレイに映る影と対話している。
「部隊の配置、終了いたしました。本日23:00に目標に到達すると思われます」
『了解した。彼らの戦力はどの程度だ?』
「対人任務用に必要最低限の装備以外は携行させていません。内部からの攪乱に呼応して状況に対処するならば、すぐに殲滅できるでしょう」
『双珠の捜索が任務だ。状況に応じて迅速な対応を行いなさい。以上』
画面が唐突に途切れ、ディスプレイは一面の銀色の砂に覆われる。画面に敬礼する軍人。 彼はそのまま備え付けのマイクに手を伸ばす。
「我々もクラスヤノスクに行軍する。町に存在する人間全て殲滅し、目標の確保に当たれ。動くものは土に還せ」
-Research
Faze-
>> Scene9 『23:00(十年前のシーン・1)』 |
始まりは大きな爆音。次に何かに操られるように同士討ちを繰り返す兵士達の戦闘、吹雪に紛れ隠密行動で接近した三個師団による殲滅戦。
三ヶ月にも渡る戦闘を終え帰還した『シルバーファング』を含め、一夜にしてクラスヤノスクの街全てが破壊され尽くした『クラスヤノスクの惨劇』はこうして始まった。
街中に響く絶え間無い銃声と爆音、そして人々の悲鳴。宿舎の方で仮眠を取っていた俺は、事態を把握する為に部屋を飛び出し、パヴロヴァ家へと向かう。
「くそっ、一体何が‥‥!」
辺りに広がっているのは、瓦礫と血と死骸と雪と色取られた、変わり果てたクラスヤノスクの街並み。
「ク、クロノス‥‥、お前か‥‥?」
燃え盛るパヴロヴァ家の玄関に差し掛かった所で、傭兵仲間のサムが腹を撃ち抜かれうずくまっていた。
「‥‥誰に。一体誰にやられた?」
サムの腹の傷は深く、致命傷だった。
「アークさ‥‥。だがな、どうして奴が‥‥、分からない‥‥」
「‥‥分かった、後は任せておけ」
「クロノス‥‥、お前はこっちに来るなよ‥‥」
「‥‥・」
俺は静かに銃を構え、ゆっくりと引き金を引いた‥‥。
燃え盛る室内。片目に眼帯をはめ、冷酷な表情で銃をもてあそぶロシア軍将校と、両手両足を撃ち抜かれながらも、頑とした表情で口を閉ざすヴァイオレット。その後ろでは怪我をした姉のフレデリカをソーファが支えている。
「‥‥話す気はないのか。ならば我々で調べ上げるまでだ、死ね」
銃声が響き、ヴァイオレットが倒れる。眼帯の男が母親の後ろに銃を向ける。その先には震える手で銃を持ち、もう治らないほどの傷を負ったフレデリカと、姉を庇って両手を広げるソーファ。母親を殺された恐怖で震えながらも、強い意志のこもった瞳で眼帯の男を見返している。
「ふん、貴様も話す気が無しか‥‥。良いだろう」
そう言い放ち、フレデリカの片目に狙いを付ける。
「まずは、右目からだ‥‥」
「‥‥お前のだ!!」
間一髪、俺の放った“Model.29”が、燃え盛る扉ごとそいつのもう一つの目を貫く。それと同時に偶然放たれたフレデリカの“MP10”がそいつの腹に命中する。
「ヴァイオレット!フレデリカ!ソーファ!大丈夫か!」
扉をぶち破り中に入ると、震える両手で銃を構えているフレデリカ。安心したのか気を失ってしまったソーファ。そして‥‥、既に帰らぬ人となったヴァイオレット。
「あ‥‥、来て、くれたんですね‥‥」
身体のあちらこちらを怪我しながら、フレデリカは静かに微笑んだ。
「‥‥済まない、助けられなくて‥‥」
間に合わなかった‥‥、大きな事を言っていたのに護れなかった。
「そんな、来てくれたじゃないですか。それよりも、私、まだ銃をうまく使えませんでした‥‥。母さんを護れなかった‥‥」
母が殺され、初めて人を撃ったショックで身体を震わせながら、銃を床に置く。
「‥‥そんな事は無い、俺がもっと早くしっかり教えておけば‥‥」
「でも、クロノスさんのお陰で妹を護る事は出来ました」
隣で気を失っているソーファを目をやった後、フレデリカは俺の方を見た。何か決意した瞳。自分を犠牲にしてでも何かを護りたい、そういう瞳で。
「クロノスさん‥‥、護衛の仕事を受けてもらえませんか‥‥?」
「‥‥当然だ、それが俺の任務だからな‥‥。だから、早く逃げるぞ!」
そう言ってフレデリカに近づき立ち上がらせようとしたが、フレデリカはゆっくりと首を横に振りそれを拒む。
「違うんです‥‥。妹を‥‥、ソーファを護ってもらえませんか‥‥?私は、もう無理そうですから‥‥」
「‥‥何を言ってるんだ‥‥!俺の任務はお前達の護衛だって言っただろう、それはまだ変わっていない」
それが俺のやるべき事。二人を、フレデリカとソーファをロシア軍の手から護る事が俺の役目。だが、フレデリカは立ち上がろうとしない、いや立ち上がれなかった。それほど、酷い怪我を負っていたのだ。俺の言葉に再度首を振り、静かに俺を見つめた。
このままでは、埒があかない。そう思いフレデリカを強引に連れて行こうとしたその時、燃え盛る支柱がソーファ目掛けて倒れ込んで来た。
「っ!ソーファ、危ない‥‥!」
間一髪、ソーファを抱え上げ支柱を避ける。が、しかし、燃え盛る支柱が俺達を分断し、支柱の火が床に燃え移り、室内を煉獄へと変える。
「くそっ‥‥!フレデリカ!」
今にも崩れそうな床と、燃え盛る火の勢いにはばまれ向こう側に行く事が出来ない。
「だって、クロノスさんがいたから‥‥。だから、ソーファは助かるんです‥‥」
支柱によって作られた炎の壁の反対側から、フレデリカが小さなブローチをこちらに投げ込んで来た。拾い上げるとそれは、いつもフレデリカが胸に付けて蒼い宝石だった。
「それで足りますか?どこかの町で売れば、それなりのお金にはなると思うのですが‥‥」
「っ‥‥馬鹿な事を言うな‥‥!いいか、お前は窓の方で待ってるんだ。すぐに外から回って来てやる!」
ソーファを抱えて、俺は即座に部屋の外に飛び出す。
「‥‥‥‥じゃあ、後で行きます。先に行っていてください」
そう答えたフレデリカの声は、いつものバイオリンの音色のようにとても透き通って聞こえた。そして、俺が外に出た瞬間、屋敷は無残にも崩れ落ちた。
そのほんの少し前、クロノスが部屋の外に出た直後。床にうずくまるフレデリカの傍に佇む男が一人。男は、彼女を抱え上げるとその場から静かに立ち去った。男の名は、“邪眼使い”アーク。この後に成長した“白きフェンリス”フレデリカと共にロシア対内防諜の一員となる男である。
>> Scene10 −『2 Guyz Research』 |
「ったく、これだから中古はよ‥‥」
買い叩いた中古車、整備中のドンキーミニを見ながら、マット・マックス・モーガンは悪態をつく。安く済ませようとボロの車を買った結果がこれである。
「にしても、とんだ宝捜しだぜ」
モーガンが“エリューナの蒼玉”について調べてみると様々な事が分かった。
“エリューナの蒼玉”には対になる“エリューナの紅玉”が存在し、それぞれがフレデリカ・ユーリィ・パヴロヴァ、ソーファ・ユーリィ・パヴロヴァという、ロシア連邦最後の皇女アナスタシアの末裔と言われている二人の少女が所持しており、二人の少女と共に10年前の事件“クラスヤノスクの惨劇”の折に行方しれずになってしまったのだという。
戦災孤児であったという過去の履歴からみても、このパヴロヴァ家のフレデリカが、モーガンの知る“白きフェンリス”フレデリカと同一人物であるのは間違い無いだろう。
そもそも“クラスヤノスクの惨劇”は、死のベルト地帯の放射能に汚染され発狂した傭兵部隊の同士討ちと、それに呼応したテロの暴動によって引き起こされ。鎮圧の為に投入されたロシア軍投入による殲滅戦によって幕を閉じたとされている。が、しかし、これらはすべてロシア軍が“エリューナの双珠”を手に入れる為の完全な狂言だったのだ。
“クラスヤノスクの惨劇”の首謀者で、“エリューナの蒼玉”を狙ってフレデリカの命を奪ったとされる傭兵“IceAge”クロノス・ディアは、モーガンの良く知る人物であったし、何よりフレデリカが生きている事がこれを証明している。
ロシア軍が“エリューナの双珠”を狙った目的は、“エリューナの双珠”それぞれに刻まれた6桁のナンバーを手に入れる為であった。それは、“ロマノフの遺産”と呼ばれるものを手にする為の鍵だと言う。そして現在もロシア対内防諜局が“マローズの檻”と呼ばれる人物の指揮の下、捜索に動いているらしい。
これらがもし本当だとしたら、フレデリカの思い出の品探しどころの話しではない。今後のロシアの運命さえも決めかねない代物である。
「ま、いいや。修理代ははずんでおく。早めに頼むぜ」
そういって、スタンドの老店主にメモ紙と共に、キャッシュを3シルバー払う。
「モーガン、1つ調べて欲しい事がある‥‥」
「よう、猫野郎、久しぶりだな」
“グッドアイズ”がいつもの明るい雰囲気とは違った様子で、モーガンに話し掛けてきた。そしてそれをいつもの調子で返すモーガン。
「今の俺にそういう口を利くのはお前ぐらいだな‥‥。それよりも、イェレミーア・ゲールマンに付いて何かしらないか‥‥?」
「ん?奇遇だな、俺もそれを調べてる所だ」
そう言って、老店主から渡されたメモとともに、今まで調べた事を“グッドアイズ”に伝える。
メモの内容は、既にエリューナの蒼玉がイェレミーヤの手に有るという事。そして、現在は“プリマヴィスタ(1番大切な思い出)”ソーファという、オペラ座の歌姫に強い関心を示しているという事。
「助かる‥‥。ああ、修理代だったら俺が出しておく‥‥。」
「調べた限りじゃイェレミーヤの方は本気だな‥‥。今は『アルタイル』の歌姫に御執心らしい。」
「ほう、おもしろい‥‥」
レオニード・アルサノフを殺した男が何を企んでいるのか、“グッドアイズ”はそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべた。
「にしても、気になるのは“ロマノフの遺産”だな。一体何なんだか‥‥?」
「“ロマノフの遺産”か‥‥、そういうものだったら、俺達の方に任せておけ。ミハエルなら何か知っているだろう」
“グッドアイズ”はすぐさまミハイルと連絡を取る。
“ロマノフの遺産”‥‥災厄前のロシアに存在したロマノフ王朝、その隠された遺産。スイスのシンジケートに預けられたこれは、時を経て利子がさらにつき、遺産の相当金額は莫大なものに膨れ上がっていた。Yen単位に直せば数千兆円以上、世界大戦を十回起こしてもお釣が来る金額。それだけの金額の遺産、世界大戦の火蓋になる事は間違いない。
これを引き出すのに必要なのが20桁のナンバー。その内の12桁が“エリューナの双珠”に刻まれているものと言う事らしい。
「ふうん‥‥、なんとも眉唾物の話しだが、動いている勢力を考えるとそうも言っていられねえな。“グッドアイズ”ありがとよ。ったく、面白い事になって来たぜ」
ニヤリと笑い掛け、モーガンは自らに幸運のまじないの言葉をかける。
「じゃあな‥‥。俺はイェレミーヤの所に行く」
「ああ、車が要る時は行ってくれ。ポンコツだが、すぐに回してやる」
>> Scene11 『オペラ座アルタイル』 |
サンクトペテルブルグの南端にある巨大なオペラ座、それが『アルタイル』。門は開け放たれ、中から舞台や観客の活気に満ち溢れた声が聞こえる。
その場で一週間待ち続けた男、“グッドアイズ”は、人ならぬ雰囲気を放っていた。普段は隠している獣の本性を隠そうともせず。『アルタイル』イェレミーアが入っていくのを確認すると、ゆっくりとまるで開演時間を待つのかのように、中に入っていく。
「気を付けろ‥‥。奴(イェレミーヤ)はなかなか腕が立つ」
『アルタイル』の警備員と入れ代わったミハイルの部下が、声を掛ける。
「ああ‥‥、血には血を‥‥だ」
そちらの方は向かず、観客席の方に向かい階段を昇っていく。
きらびやかなシャンデリアが辺りを照らし、揺るやなか曲線を描く階段が続く。観客席の有る中央ホールは、張り詰めた空気の中、フィアナ騎士団のフィン・マックールと哀しき戦乙女の歌声に包まれている。
観客席の上段、賓客席にペルソナがレッガーの男、イェレミーヤ・ゲールマンはいた。黒服に身を包んだ紅い髪のその男は、舞台の上で繰り広げられる悲劇を眺めている。劇の主役である“プリマヴィスタ”ソーファ・ユーリィ・パヴロヴァに鋭い視線を送りながら。
『‥‥戦乙女の涙は癒しの涙。
人を治す為に泣き続けて、私はもう泣けなくなった。
命を粗末にしすぎたから、大事な時に泣けなくなった』
しばらくの間、天使の歌声に耳を傾けていた“グッドアイズ”は、舞台上から流れてくる独特の雰囲気に気付いた。餓えたる獅子を目の前にしているような、煉獄の炎に身をさらしているような、首筋がちりちりと焼ける気配。舞台の上に何か‥‥居る。
「ほう‥‥」
まるで極上の美女を見るかのような、喜びの満ちた目で舞台を眺める。
>> Scene12 『戦乙女と死神と』 |
「ふ〜ん、なるほどな。こいつは少しヤバイ相手かも‥‥」
ポケットロンを眺め、ウェブから送られて来た情報を見ながら凪月は呟く。
調べた所によるとソーファを狙っている組織は2つ。1つはロシアンマフィア“リューリク”、もう1つはロシア対内防諜局。“リューリク”幹部イェレミーヤ・ゲールマンが対内防諜局の人間と接触を取っていた事から、両者は協力関係にあるのは間違いないだろう。
“プリマヴェスタ”ソーファ及び、ソーファが身に付けいた宝石“エリューナの紅玉”に強い関心を示しているイェレミーアは、本日『アルタイル』の方に“真冬の夜を越える日”の公演を見に来ているらしいのだが‥‥。
「そんなに上品な趣味なやつにも思えないしな。きっと、何かあるな‥‥」
少なからず危ない橋を渡って来た勘がそう告げる、気を付けろ‥‥と。
「凪月さん‥‥?どうかなさいましたか?」
第二幕が終わり、舞台裏へと降りて来たソーファが心配そうに聞たのは、いつになく凪月が真剣な表情をしていたせいだろうか。戦乙女の扮装に、胸には紅い宝玉。
「いや、なんでもないよ。それよりも、ご苦労さん。お前の歌初めて聞いたけど、天使の歌声って言うのはああいうのを言うんだろうな、良い歌だったよ」
「ありがとうございます」
「でも、なんだか悲しい歌だったな‥‥」
「あ、はい‥‥。フェンリスは最後にはたった一人で死んでしまいます。どんなに頑張っても、運命の間で最後まで一緒にいてくれる人はいなかった。そんな、とても悲しい話なんです」
癒しの力を持つという戦乙女の涙。だが、涙を流しすぎたせいだろうか、本当に治したいと思う人の為に泣く事が出来なかった悲しい話。そして最後、彼女は一人空に帰っていった。
「そっか‥‥。ま、いいや、とりあえずお疲れさん。少し休もうや」
次の第三幕までまだ少し時間が有るので、控え室で休憩する事にする。
「そういえば凪月さんは、普段はN◎VAで暮らしているんですよね‥‥?私はロシア以外ほとんど知りませんけれど、話にだけは聞いています。自由の国は一体、どんなところですか‥‥?」
「そうだな。ま、それなりに悲しい事や厳しい事もあるけどな、嬉しい事も沢山ある、楽しい所だよ。いずれ君が暇になったら、案内してやるよ」
「楽しい所ですか、いいなあ‥‥。是非行ってみたいです」
自由と混沌につつまれた、災厄の街トーキョーN◎VA。しばしの間、少女は目を閉じて思いをはせる。
第三幕開始十分前のベルが鳴り、ソーファは再び舞台に向かう。その後ろ姿を見送った凪月は、再び自分の仕事、見回りに戻っていった。
『アルタイル』舞台袖の待合室。
フィアナ騎士団の騎士フィン・マックール、片や戦乙女に忍び寄る黒き死神、二人の扮装をした若い劇団員たちが談笑している。
その背後に、突如として空間を切り裂き現れるペルソナ・カゲのローブの男。闇よりも深き黒色のローブまとい、その姿はまさにタロットの13番に描かれるDeathそのもの。
「ニブルヘイムの眠りの粉よ‥‥」
手を伸ばし、そう呟く。二人の役者は途端に意識を失い崩れおちた。
「もう少しだな‥‥」
千の死をもたらしてきた殺し屋、“デスサイズ”インフェルナス。彼はうっすらと笑みを浮かべると舞台の方を振り返った。
舞台は第三幕。ソーファ演じる白きフェンリスが悲しみを歌う場面。控え室の並ぶ通路にもその歌声は響いてくる。
「ここは特に異常な〜‥‥んん?」
通路の一角に置かれた大きなロッカー、それのドアが不自然に曲がっているのに気付く。
「(ガンガンガン!!)おい!誰か、入ってるのか?!」
嫌な予感がして、ロッカーのドアを強く叩く。ごとり‥‥、鈍い音と共に二人の男が転がり出る。フィアナ騎士団の騎士フィン・マックールと、戦乙女に忍び寄る黒き死神、それぞれの扮装をした若い劇団員たちが、まるで魔術でも掛けられたかのように全身が硬直し身動きが取れなくなっている。
「‥‥おいおい、なんだよこれ‥‥。って、次のシーンは‥‥?!」
次のシーンは、悲しみを歌う戦乙女に対し、死神が登場するシーン。
「くそっ!ちょっとまってろよ」
フィン・マックールから騎士の衣装を即座に剥ぎ取り、舞台へと急ぐ。
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