本当の北の国からのもうひとつの物語。 -When Kross the Midwinter Nite

真冬の夜マローズを越えるとき〜
きたマロ Ver

一幕】【二幕】【三幕



>> Scene9 『真冬の夜の、二つの決意(十年前のシーン・2)』
Research: “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル

クラスヤノスクを脱出した二人の少女の逃避行は続く。夜陰に紛れ、幾重もの包囲網をくぐ潜り抜ける。可能な限り、遠くへ、遠くへと逃げてきた。真冬の夜の中、吹きすさぶ猛吹雪が二人を追跡者の魔手から護ってくれた。もっとも自分達――特にソーファが無事に生きて人里に辿り着けるかについては、相当に疑問を感じるところではあった。
寝間着代わりに身に着けていた、薄手のシャツをソーファに被せ、気絶したままの彼女を背負って、傭兵は闇の中を歩き続ける。
やがて闇に慣れた目が洞窟を見つけた。吹雪は彼女の苦にならないが、疲労は限界まで溜まっている。一夜の休息を求めて、そこへ転がり込んだ。

奇跡的にホルスターから落ちなかったサバイバルキットを用い、ソーファの為に苦労しながら火を起こす。その灯りのためだろうか、やがて、かすかに呻き声を上げたソーファが目を覚ました。
「ここは‥‥?」
「‥‥雪の中」
ぼんやりとした、誰に問うとも解らぬ問いに、簡潔に答える。
「‥‥ソーニャ‥‥さん」
焦点の定まらぬ眼を向けるソーファの表情が、突然変わる。その唇から、放たれる、叫び。
「お、お母さん!姉さん!?」
起き上がり駆け出そうとした身体を、ソーニャはとっさに抱きしめた。側に人がいるという事を教えるために。自分がいるのだと‥‥教えるかのように。
腕の中で、一瞬暴れかけた身体から力が抜けた。
「‥‥ソーニャさん‥‥此処は、ここは何処なんです?お母さんは‥‥?姉さんは‥‥?」
「落ち着いて‥‥落ち着いて、ソーファ。覚えていないのなら、安全な時に、話すから」
ソーファの身体を己から離し、その瞳をしっかりと見て、一言一言ゆっくりと言い聞かせる。少女の瞳に浮かんでいた疑問の光が、突然、何かを悟ったような色に変わった。それを確かめて、静かに言う。
「‥‥覚えているのね」
それは、疑問ではなく確認の言葉だった。ソーファの瞳に恐怖が浮かぶ。
「覚えてない‥‥覚えてない!知らない!わたし、私は何も知らない!!」
ソーニャの腕を振り払い、耳を覆い、全てを拒絶する様に叫びうずくまる。そんな少女を見やり、傭兵は静かに言葉をかけた。
「‥‥それで、本当にいいのね‥‥」
はっとした表情で顔を上げたソーファの耳に、傭兵の言葉が突き刺さる。
「知らないと言うのなら、それで構わないけど。覚えていたくないのなら、その方が貴女には良いのでしょうね。‥‥でも、それなら私はもう二度と、この話題には触れない。今後一切。後で貴女がどんなに聞きたがっても、ね」
ソーファを見る傭兵の眼は冷ややかで‥‥けれど、少女はその奥に在る想いを感じた気がした。
(逃げるな!)
彼女の瞳がそう言っていた。
(辛くても逃げるな、目を逸らせるな。現実を見据えて生きていけ!ヴァイオレットが何を娘に求めていたのか、フレデリカが妹に何を託したのか)
それを知らなければならない。生き残った者の責務として。
「‥‥良く、無いですよ、ね‥‥」
静かに呟いたソーファの瞳に、強い光が宿っていた。
「‥‥聞かせてください、ソーニャさん。二人の事‥‥」

自分が部屋に飛び込んだ時、既にヴァイオレットが還らぬ人となっていた事。確認はできなかったが、フレデリカがミサイルの爆発に巻き込まれたであろう事をソーニャは隠さずに話した。全てを聞き終えたソーファが問う。
「私は‥‥私はこれからどうしたらいいんですか‥‥?」
瞳に溜まった涙。こぼすまいとこら堪える少女にソーニャは幾分優しく答えた。
「それを決めるのは、私ではないから。‥‥ソーファは、ヴァイオレットさんが、そしてフレデリカが、何を自分に求めていたのかを考えればいいと思う」
その答えを受けて静かに考えていたソーファは、やがて、顔を上げて言った。
「フレデリカ姉さんは、ソーニャさんになんて‥‥?」
「‥‥貴女の事を、よろしく、と」
(‥‥もっとも、貴女の安全が確保できたら、私は姿を消したほうが良いんだろうけどね‥‥)
そんな傭兵の胸の内の言葉も知らず、ソーファはゆっくりとこう言った。
「‥‥姉さんは、私に生きていて欲しかった‥‥そして、たぶんお母さんも。それが二人の望みだったのなら‥‥私は何があっても生き続けなくちゃいけない‥‥」
涙をぬぐい、微笑みを浮かべる。
「二人との約束‥‥だから、私は生き続けます。生きて、ずっと歌い続けます。好きな歌を歌い続けて、そうして私は幸せになります」
それはまだ幼い少女が、精一杯の想いを込めた決意の言葉だった。ふと笑みを浮かべたソーニャが、暖かいミルクを差し出す。
「そう、それでこそ生き続ける事ができるというもの。さ、飲みなさい。明日から、また大変だからね」
「‥‥これからしばらくの間、よろしくお願いします」
コップを受け取り、手を温めているソーファに傭兵は笑いかけた。
「とは言っても、私もあまり、あてにできるほどの人間ではないけれどね。‥‥でも“大丈夫”と言わせてもらうわ。貴女は、私が絶対に守り抜いてみせるから」

ソーファの両手がコップから離れ、ぬくもりを宿したその手が、ソーニャの右手を包み込む。それは、幼い少女が傭兵に向けた、全ての信頼を込めた両手だった。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき



>> Scene10 『“白きフェンリス”はかく語りし』
Research: “光求める者”星丘 蓮


夜のサンクト・ペテルスブルグ、BAR『トラザルディー』。アンダーグラウンドな情報を求めた蓮は、“耳が早いと噂の”ラットという情報屋と接触していた。
彼の話によると、“エリューナの双珠”の捜索に動いている二つの組織、ロシアンマフィア“リューリク”と、ロシア軍対内防諜局・通称“クリムゾンブレイド”は共闘状態にあるとはいえ、現在は別々に動いているのだという。特に動きが活発なのは“クリムゾンブレイド”で、“マローズの檻”の名で裏社会に知られる人物の元、精力的に双珠獲得に動いているらしい。
“エリューナの蒼玉”の捜索に動いているのが“白きフェンリス”、“エリューナの紅玉”の捜索には“邪眼使い”が当たっている。
ただ、“白きフェンリス”の動きにはおかしな点が有った。必ずしも、軍の利益の為に動いているとは思えない‥‥それが、情報屋と蓮の共通した見解だった。

「ま、調べられるのはこれぐらいだ。これ以上は俺の首が飛びかねないんでな、勘弁してくれ」
噂通りに耳の早かった男、ラットは苦笑混じりに言いながら、蓮の奢りのウォッカを飲み干した。
「いや、僕はロシアに来てからまだ日が浅いんでね。疑問の一つも解消されたし、有益な情報だったよ」
感謝の微笑みと共に差し出された1ゴールドを受け取ったラットは、
「ありがとよ、せいぜい気を付けるこった」
そう言って先に出ていった。
しばらく間を空けた後、ごく弱いカクテルを半分近く残したままで、蓮も“かなり高級な休憩室”を後にした。

「‥‥あれ?」
部屋を出たところで、カウンターに座っている一人の女性の姿が視界に入った。頼んだまま手付かずのカクテルを前にして、一人物思いに耽っているらしい女性‥‥“白きフェンリス”フレデリカ。
「やあ、今日は用事は無しかい?」
気軽に声をかけた蓮に、ふと顔を上げた彼女が応える。
「どうも‥‥捜査の方、何かわかりましたか?」
「うん?ん〜〜、蒼玉の行方については‥‥まだ少し‥‥かな?まぁ、他にもいろいろ調べる事が有ったからね‥‥対になる紅玉の事とか、後は‥‥そう。君自身の事についても、ね」
「‥‥そう、ですか」
 わずかに沈黙が流れる。
「‥‥ずばり聞かせてもらおうかな?君が蒼玉を探している理由」
柔らかな微笑みを絶やさぬまま、蓮はフレデリカに単刀直入に問いをぶつける。
「フレデリカ。君は‥‥軍に双珠を渡したくないんじゃない?」
「‥‥」
沈黙の後、選ぶ言葉を探してさまよったフレデリカの視線が、蓮の視線と交錯した。その瞬間、素直に本音が口を衝いて出た。それが何故なのか、後からいくら考えてもフレデリカには解らなかったが‥‥
「ええ‥‥そうですね‥‥」
「ま、確かにアレが‥‥“ロマノフの遺産”がロシアの手に渡ってしまえば、ニューロエイジのパワーバランスは大きく崩れる事になるだろうけど‥‥」

“ロマノフの遺産”。
ある筋から蓮が入手した情報によれば、それは彼の“災厄”(ハザード)以前から存在しているロシア・ロマノフ王朝の遺産であった。当時から存在しているスイスのシンジケートに預けられたそれは、時を経てついた膨大な利子によって莫大な金額にまで膨れ上がっていた。その総額は、Yen単位に直して数千兆円以上。世界大戦を十回起こしてなお、お釣が来る金額。
これを引き出す為に必要なものが20桁のナンバーであり。そのうちの12桁が“エリューナの双珠”それぞれに、6桁ずつ刻まれている、という事だった。

しかし、蓮の言葉にフレデリカは苦笑を漏らし、言った。
「‥‥そんな事は、どうでもよかったんですよ‥‥」
わずかに眼をみはった蓮。その顔からフレデリカは眼を逸らし、続ける。
「‥‥世界の秩序とか、バランスとか、そんな事に興味はなかったから‥‥。だって私には、何も無かったんです。‥‥なにも‥‥。そして、現在(いま)も」
その瞳は、どこか遠いところを見詰めていた。何も言わず、急かすでもなく、探偵は、静かに耳を傾ける。
「あの子は‥‥ソーファは私の希望だった。あの子が幸せになる事が、私の幸せだった。いまも、あの子が幸せであるように‥‥祈っています。‥‥例え、遠く離れていても‥‥」
「その子には、会った事があるの?」
「‥‥ありません。生きている事を知ったのは、つい最近の事でしたから‥‥」
再び沈黙。今度の沈黙を破ったのは“白きフェンリス”の方だった。蒼い瞳と紫の義眼を蓮に向け、囁くように言葉を紡いだ。
「昔の話を‥‥しましょうか。十年も前から続く物語‥‥遠い遠い‥‥昔の話です」

真冬の夜を照らすとき



>> Scene5 【幕間】紅き天使と黒き悪魔


光り輝く金色のマトリクスから一転、脳内に焼けるような匂いが立ち込める。進入対象、『星丘 蓮』の情報(データ)を、二秒でブレイク&サーチ。
「‥‥なるほどな、面白い魚が網にかかった。調べよう‥‥それすらも予定の内だ」
紅い天使のアイコンが映るモニターの前で、そう呟いた女性が端子(ジャック)を引き抜く。
ロシア軍対内防諜局。“クリムゾンブレイド”の名でロシアの裏社会の住人達に畏怖される、非公式活動専門のセクション。モニターの前に座していたのは年齢不詳の、くすんだ金髪の美女。闇の中で、常に恐怖と共にその名を囁かれる伝説のフィクサー。対内防諜局/局長“マローズの檻”。ロシア裏社会の真の支配者。
その力の全貌はいまだ明らかにはされず、衛星軌道上から撃ち下ろされる雷の槍――“ミョッニルの雷槌(らいつい)”をもって、敵対勢力のことごとくを焼き払う事さえ可能とされる。
だが‥‥実のところ、地上の(・・・)彼女は代行者に過ぎない。“マローズの檻”の実態は、災厄前に建造された衛星軌道上の情報網、“ミールシステム”そのものであるのだ。

顔を上げた“マローズの檻”が、ゆっくりと視線を巡らせる。その先に居たのは、室内の無骨な業務用のチェアにはふさわしくない、愛らしい容姿の少年。
「お目覚めかい“マローズの檻”?何か、楽しいことでもあったみたいだね」
「予定通り、網にかかった。フール・フール。君に頼みたい」
ディスプレイ上に表示される男性の顔写真。『探偵/星丘 蓮』と見出しがつく。
しばし、女性的なその美貌を観察していた少年は、やがて無邪気な笑みを浮かべてこう言った。
「ふーん‥‥わかった。彼を殺してくればいいんだね?行ってくるよ」
“フール・フール”。それは、ソロモン王によって封印された、72柱の悪魔の一体に刻まれた名前。
地獄の道化師。好奇心と気まぐれのみで手を貸している彼の正体は、齢2000歳を超える本物の悪魔。
その名にふさわしい、邪悪さを体現しているかのようなうっそりとした笑みを浮かべ‥‥少年はその場から、霧に変じたがごとく消え失せた。

“マローズの檻”は、再びその眼を閉じた。浮かんでくるのはかつての光景。血に彩られた、数十年前の記憶。災厄直後の、赤い太陽の下の記憶。

『それは、天地が逆転した年。赤く染まった空の街。暗い部屋にうずくまる私。
見下ろせば‥‥半分に欠けた母の顔。暖炉で燃えている父の腕。
扉をこじ開ける音が、やけに大きく耳に響く。
思い出せるのは、軍人達の向ける下卑た表情と、拳銃を持って、血溜りに佇んでいる私だけ‥‥』

「もう少しだ‥‥。信じられない額のあの遺産を入手できたなら、真冬の夜マローズと雪に閉ざされたこの祖国(ロシア)を変える事ができる」

“マローズの檻”は、光り輝く無限の世界に再び意識を解き放った。
「私は、この世界がどれだけ愚かなものであるのかを知っている。
だから、――――負けるわけにはいかない」

深紅の翼をはためかせた天使のアイコンは、理論上無限の高さを誇る、グリッドの空に羽ばたいた。



>> Scene11 『チェイス、チェイス、チェイス!』
Research: “狩天使”崇也(たかや)


「アイツは――――、“デスサイズ”!?一千の死をもたらしてきた伝説の殺し屋(カゲ)じゃねぇか。‥‥なるほど‥‥連中、本気になりやがったな。おい、ケツに火が点く前に俺達も行くぞ。車を回しな!」
賓客席から第三幕を眺めていた“リューリク”の幹部、イェレミーヤ・ゲールマンは、舞台上に現れた死神の姿とその殺気に腰を上げ、階下に射抜くような眼を向けた。
「アルサノフの子倅、俺は此処にいる。早く上がって来な」
「‥‥たいした余裕だな。どれだけの雑魚を周りに隠しているんだ?」
視線の先には一人の男。イェレミーヤの鋭い視線を、真正面から受け止めた黒髪の剣士が、笑みさえ浮かべて問い返す。
「伏兵を恐れるのなら、俺が此処から立ち去る様を、指をくわえて見ているがいい」
鮫のような笑み。悠然と背を見せ歩き去る。その姿を、黙って見送る剣士のポケットロンに、Call。
『奴等、車を回しやがった。急げ、こちらも動くぞ』
「心配無い。奴の事より、周りの連中が手出しできない様にしておいてくれ」
連絡をよこしたミハイルに、余裕を崩さず答える崇也。彼には、ある勝算があった。

真冬の夜を狩りに出るとき



 
Research+1: “光求める者”星丘 蓮


歌劇場≪アルタイル≫。その出口の前で協力者を待っていた蓮の目前に、突然黒塗りのリムジンが、同じく黒塗りの三台のステイヤーを従えて急停車した。ほどなく、≪アルタイル≫の中からロシアンマフィア特有のトレンチコートを豪奢な上着の上に纏った、紅い髪の男が出てきた。そのままリムジンに乗り込み、周囲を固めていた男達がステイヤーに分乗する。
興味を持ってその光景を見ていた蓮の“アスト”。その助手席のドアが、突然前触れも無く開いた。
隣に乗り込む崇也(レッガー)を見やり、思わず苦笑が顔に浮かぶ。
「あれ、イェレミーヤでしょ?事情の説明くらいして欲しいンですけど‥‥」
「追え。事情は道々話す」
「‥‥はいはい」
ため息交じりにアクセルを吹かす。見かけによらない乱暴な急発進。軋むタイヤから雪煙を巻き上げつつ、二人を乗せた“ZSR-II”が爆走した。

イェレミーヤ一行はためら躊躇う事無く、屋台を蹴散らしながら市場を突っ切り、テーブルとスロットマシンを破壊しながらカジノを駆け抜け、料金所を無視してハイウェイへと突入する。そんな無茶な運転に、遅れず着いていく蓮のZSR。
隣で、隠し持っていたトンプソンを準備している崇也を横目で見つつ問い掛ける。
「あのー、まさか此処から撃つつもりです?それって、僕も危険って言いませんか?」
答えはない。ただ無言で突き付けられるトンプソンの銃口。
「‥‥覚悟しろって言う事ですね」
うつろに笑う急場の相棒を横目にしながら、準備を整えた崇也。サンルーフを開けながら言い放つ。
「距離を詰めてくれ」
「りょーかい!」
‥‥なんだかんだ言って、蓮も結構この状況を楽しんでいるらしい‥‥

アストのポテンシャルをできるだけ引き出すべく、技量を振り絞る蓮。三台のステイヤーの間隙を縫うように、一気にリムジンに肉薄する。直線はアストの独壇場だ。
「あのリムジンがターゲットでしょ!」
「わかってるじゃねぇか、上出来だ!」
周囲にトンプソンの弾丸をばら撒く崇也。リムジンのウィンドゥが砕け散り、ステイヤーの一台がWINDZを撃ち抜かれる。
二人を口汚なく罵りながらハンドルを切るドライバー。ステイヤーの窓から突き出した合計30丁のSMGが、アスト目掛けて火を噴いた。横薙ぎに振るわれるトンプソンの銃身。はじき散らされた弾丸が、更にリムジンに傷を増やす。
「‥‥やべぇ」
「‥‥壊しましたね」
ぼそ、と呟くレッガーに突っ込むフェイト。その隙を突かれたわけでもないだろうが、再び放たれた銃弾の雨がアストの装甲を打った。
とっさにハンドルを切り射界から逃れる蓮。そのま間に、リムジンが射程外に逃走する。
 
車の周囲に、蓮が光の力場を形成した。光学迷彩と同様に周りの景色に車体を隠し、一気に他車に肉薄すると、崇也の腕から放たれた“エクスプローダー”がエンジンを撃ち抜き、一台を火の玉に変えた。そこに放たれる鉛玉。使い物にならないトンプソンを崇也が片手で振り回し、そのことごとくを打ち返す。また一台がスピンアウト。
残る一台も難なく蹴散らし、二人のアストは先に進んだ。

「‥‥ほう」
崇也の口から呟きが漏れた。イェレミーヤの逃走先には、一枚の道路標示が掲げられていた。
標識の記述は‥‥『ドリームパーク建設予定地』。
そこは、レオニードが殺された場所。イェレミーヤはそこで決着を付けるつもりらしい。
やがて二人を乗せたアストは、人気も絶え、廃棄された遊園地跡『ドリームパーク』に差し掛かかる。 
そこに在るのは乗り捨てられたリムジン。先にそびえるは、夕暮れの光を浴びてきらめく、痛々しいほどの深紅に染め上げられた尖塔。
その塔の足元には打ち捨てられたピエロとマスコット達。塔からの反射光を浴びて、妖しい光を放っている。
「‥‥なぁんか、ヤバイ気配がするんですけど‥‥?」
この光景を見た蓮は直感した。ここは危険な場所だ。何者かの“領域”なのだ、と。
無造作に先を歩く崇也に、一応義理で(・・・・・)警告の言葉をかける。
「そうかい‥‥世話になったな」
抜き身のカタナをぶらさげて、崇也の歩みは止まらない。わかっていた。こういう男だ。己の信念の為であれば、決して後に引く事が無い。
「‥‥見捨てませんよ。ここまで来たんですから」

そして‥‥二人の男は決着の場所へ歩き出した。

真冬の夜を照らすとき


「さてさて、各自のリサーチシーンがこれで二回りした訳で」
ミハイル「ここで注目されるのは、やはりレッガーの見せ場に続く事になるチェイスシーンだろうな。元相棒の俺を差し置いて崇也に協力したのは探偵役の星丘 蓮、なかなか息の合った連携を見せてくれる」
「その前には、蓮が一生懸命情報収集した成果が彼のシーンに現れているんだけどね」
ミハイル「舞台裏でごりごり情報を集めていたからな。この時点で、ほとんどの重要な情報は彼の下に集まっていた訳だ」
「でね、実は蓮を自分のシーンに登場させる伏線を張る為に、崇也は非常に苦労していたんだよ(笑)」
ミハイル「ほう。我が相棒はどんな苦労をしていたんだ?」
「蓮とコネを繋げる為に、戦闘で重要なハートやスペードのスートをどんどん回していたんだ。おかげで、この後のチェイスシーンはともかく戦闘シーンで危うくイェレミーヤにやられそうになったんだよ(笑)」
ミハイル「‥‥相棒よ、コネと連絡を取るなら、そう宣言するだけで良いはずだぞ(汗)」
「どうもPLがその事をすっかり忘れていたみたいだね。いや、RLも忘れていたみたいなんだけどさ(汗)」
ミハイル「‥‥おい、筆者。この一件が終わったらさっさとモスクワに来い。根性叩き直してやる(怒)」
「根性叩き直すんなら、もう一つついでに聞いて欲しい事が有るんだけど」
ミハエル「何だ(目が据わっている)」
「チェイスシーンが長すぎたの。こうして纏まったものを見るとたったの2ページ強だけど、実際のプレイ時間はここだけで一時間以上消費しているんだよね」
ミハイル「何でそんなに時間が掛かる!?」
「(あっさりと)カット進行にしたから。緋さんが実際はどんな風にアクト運営しているのかなんて筆者は知らなかった訳だからさ。レポートの描写から勝手にカット進行じゃないかと思い込んで、そうしたわけ。そしたら、そのシーンだけでとんでもなく時間を食っちゃってね。登場している二人はともかく他の二人がとんでもなく退屈な時間を過ごす事になってしまったという‥‥」
ミハイル「このRL‥‥いつもいつも戦闘は異様に長くなるんだから、もう少し時間配分っていうものをしっかり考えやがれ。それで他のPLを退屈させていたら何にもならねぇだろうが(激怒)」
「いやまったく。さて、これから先はいよいよ戦闘シーンにむけて物語が加速していくよ」



>> Scene12 『黒き死神と、蒼き騎士』
Research: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ


舞台は漆黒の闇に覆われていた。唯一、光に包まれた戦乙女の歌が響く。

『‥‥戦乙女の涙は癒しの涙。
人を治す為に泣き続けて、私はもう泣けなくなった。
命を粗末にしすぎたから、大事な時に泣けなくなった』

嘆きの声に答えるは、闇を切り裂き現れた死神。

『‥‥死神は答えた。
   「夜の闇に包まれて、命の灯火(あかり)は消えてしまった。
    さあ、貴方の息吹を分けておくれ」』

巻き起こる、死を運ぶ風。闇の炎を刃に灯した神々の大鎌“クロゥ・クルーアッハ”が、戦乙女フェンリス、いや、“プリマヴィスタ”ソーファの命の灯火を狩り取らんと迫る。
だが、その一瞬に現れたのは、楯携えし蒼き騎士。激しく刃と交錯したのは、光り輝く緑鱗の盾。少女の眼前に迫り来た、逃れ得ぬ死を退ける、それはまさしく鉄壁の守護者。
突如目前で繰り広げられた、本物の剣劇の迫力に、客席にどよめきと歓声が満ちた。

『貴様ごときの刃によりて、此処に歌えり戦乙女の、命の灯火(あかり)を消させはしない』

月の光に照らされた舞台上の輝きの中、蒼い衣にスーツを隠した名も無き騎士の、朗々たる言葉が響き渡った。
「‥‥なるほどな、紅玉を守りし騎士の登場というわけか。面白い‥‥名を何と言う?」
「『名乗る必要など何処にも無い‥‥私はただ、この方を護る為に此処に来た‥‥!』」
互いに引かない大鎌と楯。視線と視線が交錯する。
息詰まる雰囲気を、自ら破ったのは死神だった。刃を退くと、その手に炎を浮かべ宣言する。
「‥‥ならば先にまず、貴様の命。この炎のように消してくれよう」
握り潰される炎。死神の貌には鮫のような笑み。
「だが、勇ましきは貴様のその心。今決着を付けるのはあまりにも惜しい‥‥“エリューナの紅玉”を護る騎士よ。決着の舞台はこれより先に在る。次を楽しみにしているよ」
そう言った死神は大鎌を振り払い、観客に一礼。闇と共に舞台上から姿を掻き消した。
一連の立ち回りと熱き言葉の攻防に観客は総立ちとなり、嵐のような拍手を舞台上の役者達に贈った。
舞台上のソラトには、次なる台詞を期待している観客の熱気が感じられた。普段の仕事柄、熱気の対象を取材する事はあっても、自分がその対象になるなど考えた事も無かったが‥‥支配人との約束だ。“劇の進行を滞りなく”。だからわざわざ衣裳のマントを纏ってきた。
『死神は立ち去った‥‥』
ソーファの方に向き直り、盾を置きながらゆっくりと片膝を着く。
『私は貴方を護る為に来た蒼の騎士‥‥。この剣も、この楯も‥‥全ては貴方を護る為に‥‥』
俯き、眼を閉じたソラトの肩にその手を置いたソーファ‥‥いや、“白きフェンリス”が、祝福の言葉を掛けた。

騎士フィン・マックールの役者が入れ替わると言う事態は有ったものの、舞台は滞りなく進み、無事終幕を迎えた。観客で賑わっていたホールには、今は人の気配は絶え、≪アルタイル≫を静寂が包み込んでいる。わずかな灯りに照らされた舞台には二人の人影‥‥ソラトとソーファ。
「済まなかったな。飛び入りであんな事を‥‥」
「いえ‥‥ありがとうございます、護ってくださって」
その後に訪れる沈黙。静かにソーファが唇から言葉を押し出した。
「よかったら‥‥私の話を聞いて貰えませんか‥‥?少し、長くなってしまいますが‥‥」
「‥‥こちらも、今度ばかりはソーファに確認したい事が多くあるから‥‥な」
頷き、先を促したソラトに、少女は言葉を続ける。
「聞いて欲しい事‥‥たくさん‥‥たくさん有ります。‥‥十年前のクリスマスの事、かつてクラスヤノスクで起こった全て、フレデリカ姉さんの事、ソーニャさんの事も‥‥そして」

真冬に少女を守るとき



>> Scene13 『別離(十年前のシーン・3)』
Research: “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


ロシア軍の追手を逃れ、少女と傭兵は国境近くの街を目指して逃亡を続けていた。クラスヤノスクから近い幾つかの街には、既に軍の手配が回っていたからだ。ソーニャの異能による助けが有ったとはいえ、年端もいかない少女の身には辛い道程であった事は想像に難くはなかったが‥‥それでもソーファは、泣き言ひとつ口にせず歩き続けた。
真冬の夜を歩き続ける事、およそ二週間。やっとの事で目的の街に辿り着いた二人は、国外に脱出すべく一人の男との面会に望んでいた。
ロシアンマフィア“リューリク”幹部、イェレミーヤ・ゲールマン。野心家で残忍な性格だが、一度交わした約束は絶対に違えぬ男。それが、この男に対するストリートの評判だった。

「パスポートの用意はいつでもできるぜ。ただし、それだけの対価を払えるんならなぁ」
言外に、(お前には絶対に払えない)と明言され、ソーニャの拳に力が入った。それでも、絞り出すように声を出す。
「‥‥いくら?」
「一人あたり、5プラチナムは堅いところだな」
法外な値。だが、悪魔は言う。軍の追手を撒くのは難しい。こちらも危ない橋を渡る事になるのだ、と。その顔に、面白そうに笑みを浮かべるイェレミーヤ。傭兵の貌を見て。
「まぁ、あんたの器量なら2プラチナムを下回る事はないだろうが‥‥それでもなぁ」
灰色のトレンチコートを身に纏う、紅い髪をしたレッガーがくつくつと笑う。
「ちぃっとはまけてやってもいいがな。俺だって、そんな小さな娘が殺されるのは見たくねえしな‥‥ま、それもそれなりの値の物を出してもらえなけりゃどうにもならねぇが」
ソーニャは唇を噛み締める。今の自分が持つ、唯一の物。妹を頼むと言い残して逝った、蒼い瞳の少女の顔が脳裏を過ぎる。
「‥‥なんとか、頼みます。‥‥これで」
傍らのソーファには見えない様に細心の注意を払って、数枚のシルバーに紛れるように蒼い宝玉を突き出した。
「‥‥ん?」
わずかに目を細めたイェレミーヤ。その視線が一瞬ソーファをかすめ、すぐに過ぎる。何気なく受け取り、席を立つとテーブルを回り込んでソーニャの横へ。
「こんなもんでか?」
言いながら、顔を傭兵に近づける。囁くような会話。
「値は足りるんだろうな‥‥?」
「‥‥より詳しいのはそちらでしょう?私は、貴方が宝石(おれ)の値を本来の価値より下に鑑定しない事を願うしかないのだから」
「‥‥ふん」
軽く鼻を鳴らすと、イェレミーヤは控えていた部下に命じた。
「そちらのお嬢さんを、向こうの部屋で休ませてやんな。いいか、くれぐれも粗相するんじゃねぇぞ」
隣の部屋に移されるソーファが、不安げな面持ちを傭兵に向ける。軽く頷き送り出すと、ソ−ニャは改めてロシアンマフィアと対峙した。
「あのお嬢さんには、知られたくなかったんだろう?」
「‥‥まあね」
からかうような問いに、硬い表情で答える。
「‥‥しかし‥‥どうだろうなぁ?コイツは確かになかなかの代物の様だが‥‥ん?だが、傷が‥‥?」
照明に宝石をかざし、丹念に状態を調べ始めたイェレミーヤ。その表情が突然変化した。
「こいつぁ‥‥もしかしたらエリューナの‥‥!」
「‥‥?」
いぶかしげな表情になるソーニャの様子を見て取ったか、それまでの真剣な表情を狡猾なマフィアの仮面で隠したイェレミーヤは宝石をポケットに仕舞い込んだ。
「ハッ!確かにこりゃあ値打ちもんだなぁ。‥‥なるほど、確かにこれなら代価としちゃあ十分だが‥‥それでも現状を見る限り、どう考えても二人一緒にってのは無理な話だ」
「根拠は?」
「既に国境線まで手配が回ってんだよ。お前さん達の年格好は知れ渡っている。手配書と同じ年頃の、少女の二人連れ‥‥連中が見逃すはずがあるまい?それだけで、まず網にかかると思った方がいいぜ‥‥だから」
指を鳴らし、部下に指示を出す。間もなくソーファが連れてこられた。
「ここであんた達はお別れだ。そのお嬢さんには絶対に身元のばれねぇ戸籍を用意してやる。偽の履歴も付けてやろう。だが」
傭兵の方に向き直り。
「あんたは、これから一人で国境を破るんだ。その為の算段はつけてやる。これから忙しくなる。今のうちに、別れの言葉を交わしておきな」

自分を見つめる少女に静かに歩みより、若き傭兵は言った。
「‥‥此処でお別れだね、ソーファ。‥‥できれば最後まで、安全が確認できるまで側にいたかったけれど。だけど‥‥もう、一緒にはいられない。大丈夫。大の大人でも音を上げるようなあの行程を、貴方は弱音ひとつ吐かずに乗り越えたんだから」
「私一人じゃできませんでした‥‥ソーニャさんがいてくれたから、頑張れたんです」
大きな瞳いっぱいに涙を溜め、潤んだ瞳を向ける少女。家族を一夜にして失い、その夜から生死を共にしてきた傭兵にも去られる。それがどれほど悲しく、辛く、心細い事か。けれど、ソーニャはここで別れを告げなくてはならないのだ。何よりもソーファの安全の為に。
‥‥傭兵がこれより進む道は、一片の光も射さぬ闇の中にこそ有るのだから。
「貴女は大丈夫。その身体もその心も、い現ま在は独りのものではないはずだから。‥‥貴女は、強くなったから」
静かに傭兵の言葉に耳を傾けていたソーファは精一杯の笑顔を浮かべて応える。
「お母さんの願い、姉さんの意志、ソーニャさんの想い‥‥忘れません。私は、ずっと‥‥ずっと歌い続けます。全ての想いを込めて歌い続けます。死にません、絶対に。何があっても‥‥。いつかソーニャさんに再び会える、その日、その時まで‥‥歌い続けますから」
ソーファの言葉に傭兵は沈黙せざるを得ない。彼女には、この時既にソーファに再会する意志はなかった。自分はこれから復讐の為にのみ生き続けるのだ。アークの真実を見つけ出し、血の制裁を加えるのだ。“家族”を裏切り、ソーニャから奪った。その報いを受けさせなくてはならない。
それでも、自分の言葉を待っている少女に‥‥背を向けながら、傭兵は彼女から習い覚えた最後の言葉を口にした。
「‥‥それじゃ(ダ・スビンダーニャ)
イェレミーヤの案内で、そのまま部屋を後にする。
自分を長く護り貫いてくれた、その小さな背中。マフィア達に比べてあまりに華奢なその後ろ姿を、少女はしっかりとその瞳に焼き付けた。

これが、後の“氷槍の戦乙女”と“プリマヴィスタ”の、長い長い別れの刻の始まりだった。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき



>> Scene14 『舞台袖の再会』
Research: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ


「‥‥そんな事があったんです。あの時の私は、姉さんとソーニャさんに助けられて、現在はソラトさんに助けられて、こうして‥‥生きているんです。‥‥姉さんもソーニャさんも、もう側にはいない人達で‥‥私は‥‥独りなのかもしれませんけど」
口調にわずかに悲しいものが混じる。
「‥‥独りって事はないだろう?この劇団には、君の事を見守り愛してくれている人たちがいる。俺も、そういう人達の願いに応えて‥‥此処に来た」
本業とは関係ない仕事だけどな。冗談めかしてそう言うソラトに、ソーファの顔に微笑みが戻る。
「それに、支配人の懸念が最悪の形で現実のものになった。君が命を狙われた以上、少なくとも君の安全が確保されるまで、俺が側を離れる事はないさ。‥‥だから、ソーファは独りじゃない」
「私と言うよりは‥‥」
そう言ったソーファが、その胸に輝く赤い宝石を手に取って示す。
「‥‥これを、狙っているんでしょうね」
「‥‥いわく有りげなものらしいけど、何故それが狙われるのかの心当たりは、君にはあるのか?」
「解りません」
歌姫は首を横に振る。
「これは十年前のクリスマスに、母さんが私とフレデリカ姉さんに贈ってくれたものなんです。私のものはご覧のとおり深紅の色ですが、姉さんが贈られたのは蒼い色をしていました」
「確か、“エリューナの双珠”って呼ばれているんだったよな?」
「‥‥詳しい事は何も‥‥」
確認のつもりで問うたソラトに返ってきたのは、なんとも頼りない言葉だった。そうしてみると、やはり彼女はこの宝石についての事は何も知らないものらしい。
しばし沈黙していたソーファが、意を決したように言った。
「もしかしたら、クラスヤノスクに行ったら何か解るかもしれません。お母さんが教えてくれた秘密の場所が、家の中には有ったんです。もしもそこが今も残っていれば‥‥」
 必死に言い募るソーファを見、ソラトの口から呟きが漏れた。
「‥‥そこに行く勇気が、君には有るんだな‥‥」
正直、信じられない想いもした。これが三年前、自分の腕の中で襲撃に脅え震えていたあの少女だろうか。舞台の上で白昼堂々と命を狙われていながら、此処よりもより危険な場所へ赴こうという。自分のあずかり知らぬ事があり、それに運命を翻弄されながらも、少女は前に歩む事を止めようとはしていないのだ。
頷き返したソーファは言葉を続ける。
「ソラトさんには申し訳ないのですが、クラスヤノスクまで私を護っていただけませんか?勿論、お礼はできるだけいたします」
「礼なんて要らないさ」
軽く肩を竦めてそう答えたソラトに感謝の言葉を述べたソーファは、支配人にも話を通す必要が有るからと言って舞台から降りていった。

真冬に少女を守るとき



 
Research+1: “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


「‥‥何時まで隠れているつもりだ?いいかげんに出てこい」
舞台袖に、少し怒りのこもった言葉をソラトが投げかけたのは、ソーファが出ていって間もなくの事だった。
「‥‥前に会った時は、唯のトーキーだと思っていたけど‥‥」
「数年経てば、人は変わるもんさ」
舞台袖から姿を見せたのは、あのクラスヤノスクの惨劇以後、世界中の戦場を飛び回ってきた傭兵、ソーニャ・ミハイルだった。傭兵と報道記者。なんの接点も無い様に見えるこの二人には、実は繋がりが有ったのである。もっとも、今ソラトが彼女に向けている表情にはお世辞にも好意的と言えるような色は浮かんではいない。
「‥‥今の貴方を見て、本職が報道記者(トーキー)だと言っても何人が信じるのかは微妙なところだと思うけれどね」
「‥‥好きでやってる事なんだ。人の事に口出ししないでくれ」
軽口を叩き合う。けれどソラトの眼は、ソーニャの眼から逸らされる事無く凝視する。根負けしたように視線を逸らしたのは傭兵の方だった。
「‥‥ま、貴方がいてくれて助かったと思う。ソラトがいればあの娘に‥‥ソーファに危害が加えられる事は無いだろうと思うから。これで、心おきなくアークを追う事ができる‥‥」
「‥‥それで‥‥?そんな事は、俺にとってはどうでもいい事だ。俺が聞きたいのはひとつだけ。何でアンタ、ソーファに会ってやらない?どうしてソーファに会おうとしないんだ!?」
逸らしていた眼を再び向け、裏社会で“氷槍の戦乙女(ヴァールキューレ)”とも、あるいは“魔狼の落し子(フェンリル・スパウン)”とも呼ばれる様になった『シルバーファング』最後の生き残りは静かに言う。
「‥‥私は‥‥今の姿を‥‥復讐の為にのみ生きている今の姿を、あの()には見せたくないの‥‥いいえ、見られたくないって言った方が‥‥より正しいのでしょうね」
静かに言いきり、傭兵は懐から出した手紙をトーキーに差し出す。
「無理にとは言わない。でも‥‥これをソーファに渡して欲しい。直接、顔を合わせるつもりは、ないけど。私が生きているって事は‥‥この世界の何処かで生きているって事だけは‥‥知っていて欲しいから」
無言のまま手紙を受け取るソラト。そのしかめられた顔には、なんとも言い難い表情が浮かんでいる。背を向け、立ち去ろうとしている傭兵に堪えきれずに声を掛けた。
「‥‥ソーファの側に付いててやれ」
 去りかけた、その足取りが止まる。
「わざわざ表だって出てくる必要はないさ。だけどな、十年もの間あの娘はあんたを待っていた。ソーファにとっては、どんな形であれあんたが生きているって事、側にいてくれているって確信できる事が何よりの糧になるんじゃないのか?」
沈黙。重い雰囲気の中で、振り返りもせず静かに傭兵が言葉を紡ぐ。
「‥‥生憎“家族”を裏切り“仲間”を売り渡した、アイツを見逃す事はできない。私は、他ならぬアイツからそれを教えられた。裏切りの報いは、軍人として、受けさせなくてはならない‥‥」
トーキーはやりきれない想いを言葉に乗せて吐き出した。
「‥‥裏切り‥‥軍人、か‥‥そんなモノに縛られたまんまじゃ、そんな事を言い訳にしている様じゃ、あんたはいつまで経っても前には一歩も進めや‥‥」
「‥‥例えそれが言い訳に過ぎないとしても、家族の仇を討つ事自体を止められる筋合いは無い!」
強い口調で相手の言葉を遮ると、今度こそ歩みを止めずソーニャは暗闇の中に消えていく。その後ろ姿を見送るソラトの眼には、わずかな哀しみと憐憫の色が浮かんでいた。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき



>>  【幕間】運命(さだめ)に挑む者達


塵一つ落ちていない、ロシア軍対内防諜局の廊下。二人の将校がすれ違おうとしていた。
一人は女性。蛍光燈の薄い光を受けて輝くプラチナブロンド。紫紺の右眼に蒼き左眼。色違いの不思議な双眸をその身に宿した、“白きフェンリス”フレデリカ・ユーリィ・パウロヴァ。
一人は男性。墨を佩いたような漆黒の髪。人にあらざる深紅のいろ()を力有る双眸に纏いし“邪眼使い”アーク。
すれ違いかけたそのままに、一時、二人の刻が止まる。
「‥‥行くわ。私は、あの子を助けに行く」
「‥‥彼らの行き先は、おそらくクラスヤノスクだ。だが、“白きフェンリス”。これでもう、お互い敵同士だ。次に会った時には‥‥容赦はしない」
それは二人の決別の時。十年の月日を共に過ごした、ただ独りの“仲間”に対する別離の言葉。
そして、二人は別々の道を歩き始める。

対内防諜局局長室。本部を出て行くフレデリカをモニター越しに見つめる“マローズの檻”は、かく語る。
「――――かくて、“白きフェンリス”は解き放たれた。劇中で彼女は死んだ。涙で人を癒す戦乙女も、自分の傷は癒せなかった。彼女を癒すものは人の涙でしかなかったのに、人は誰も、彼女の為には泣かなかったのだ」
 思案を続ける年齢不詳の司令官。
「‥‥だが、彼女の命と引き換えにして、世界は救われた。――ならば、滅びるのは私の方か‥‥?」
そう言いながらデスクより立ち上がり‥‥壁際に歩き出す。
「だが、伝説とは違う。たった一発の銃弾が、全てに決着をつける。最後に勝つのは――」
自らの手で決着をつけんと、“マローズの檻”は狙撃用ライフルをその手に取り、宣言した。
「我々、だ」



>> Scene15 『夢の跡地』
Climax-I-A: “狩天使”崇也
& “光求める者”星丘 蓮


揺らめく燐光を宿す、うち捨てられたドロイド。夕焼けの光を浴びて、不気味な表情を見せている道化の人形。ドリームパーク建設跡地は、張り詰めた妖気に満ちている。
園内の広場にあるのはゴミの小山。その頂上にはイェレミーヤ・ゲールマン。傍らに佇むのは、凍り付くような笑みを浮かべた無邪気な少年フール・フール。
「あ、どうやら来たみたいだねぇ」
『ドリームパーク』のゲートをくぐった二人のヒトの気配を感じたか、そちらに顔を向けながら悪魔が笑う。
「‥‥レオニードの時と同じさ。また殺してやる。それだけの事だ」
咥えていた煙草を投げ捨てながら応じるイェレミーヤ。二人のやり取りに親しみは感じられない。共闘するのは、今この時だけ。お互いは、それぞれの目的を達する為の戦力でしかないのだ。
「ふふっ。でもおかしいなぁイェレミーヤ。君の顔に死相が見えるよ?」
くすくすと、心底楽しげに笑いを漏らしながらフール・フール。
「死神ごと、返り討ちにしてやるだけの事だ‥‥来たな」

真冬の夜を狩りに出るとき

妖気漂う『ドリームパーク』。黒髪の剣士と、紫紺の瞳の探偵との歩みに合わせるように、何も無い空中に次々と火が灯る。それに照らされあらわになるのは、世界中から集められてきた無数のゴミと、ゴミによって築かれた広場と小山。あちらこちらで光を放つ、無数に突き立てられた日本刀。
そんな光景の只中で、二人の悪魔が静かに出迎えた。
「はじめまして。僕の名前はフール・フール。ドリームセメタリーへようこそ。ここは夢の終わるところ。君達の夢が終わるところさ」
どこか芝居じみた仕種で頭を下げた少年。その身体が、重力を無視して軽やかに(そら)に舞いあがる。
「よく来たな、レオニードの子倅。そして、永遠にさようならだ」
大地に突き立てられた無数の刀の中から、無造作に二本を選んで抜き放つイェレミーヤ。
「今度はどんな趣向を用意してくれているんだ?」
応じて臨戦体制を取りながら、笑みさえ浮かべて崇也が問う。
「何も用意などしてはいない‥‥俺は、な」
「正面から堂々と決着を付けるつもりか?‥‥俺達には最も似合わん方法(やりかた)だな」
「俺もそう思うが‥‥人任せにせず自分の手で直接殺すのが、俺ぁ最も安心できるもんでなぁ!」
二人の男が、最高に剣呑な笑みを浮かべて向かい合う。

「‥‥僕の相手はあっちかぁ‥‥」
空中の悪魔を見やって軽くため息を吐くと、かざした右手に光を纏いながら蓮が問う。
「リューリクのイェレミーヤさんですよね?貴方の持つ“エリューナの蒼玉”、返してもらいに来ました」
睨み据えるイェレミーヤ。
「ほう‥‥クリムゾン・ブレイドから連絡が有ったが‥‥そうか。五月蝿く嗅ぎ回っていた探偵(フェイト)というのは貴様の事か。フール・フール、そいつが貴様の獲物だろう?」
「うん、そうだね」
笑みを絶やさぬ子悪魔が、甲高く指笛を鳴らす。応えたかのように動き出す、ドロイドやピエロの群れ、群れ、群れ。
「君も異能(ちから)の使い手のようだしねぇ‥‥これは長く楽しめそうだ」
喜色満面に言い切るフール・フール。もう一度ため息を吐きながら、蓮は静かに“力”を収束させた。

物言わぬ無数の観客達に囲まれて‥‥死闘の火蓋が切って落とされた。

真冬の夜を照らすとき



>> Scene5 『To Arms in Dixie !』
Climax-I-B: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ
& “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


落ち着いた雰囲気の漂う内装、談笑する乗客達。走る国が変わっても、大陸鉄道の車両には変わらずゆったりとした時間が流れている。ゴシック調のランプをかたどった照明が車内を照らし、月に照らされた雪原が窓の外で銀色に輝く。サービスの良さは相変わらずだ。これも、良い席を手配してくれた支配人のおかげだろうか。
周囲に物珍しそうに視線を向けているソーファ。その様は、この旅をどこか楽しんでいるような雰囲気さえある。時折話し掛けられては相づちを打つソラト。しかしその心中は、既に臨戦体制を整えている。いつ何処で何が起こるか解らない。これはそんな旅なのだ。

真冬に少女を守るとき

出発して一時間ほど経った頃だった。何か違和感を感じたソラトの視線が、窓の外に移る。サンクトペテルブルグから降り続いていた雪の軌跡が見えない。更に車内に眼を転じれば、記者と歌姫の二人を残して誰もいなくなった車両内部。
凄まじい‥‥獅子のごとき殺気を感じ、ソラトの背筋がそそけだった。車内の灯りの一つ一つが、風に吹き消されるように消えていく。
「‥‥ソーファ。俺の側を離れるなよ‥‥」
「‥‥はい‥‥」
窓際に立てかけた包みの中から緑鱗の盾を引き寄せたソラト。歌姫が、寄り添うように側に立つ。
闇に閉ざされた空間に、突然現れる気配。舞台でまみえた威圧感が二人の意識を圧倒する。
ソラトの目前で炎が揺れていた。その手の中に浮かべた炎で、死神が咥えた煙草に火を点ける。
「そろそろ来ると思ってた‥‥・こ・れもあんたの力か?さすがだな、死神」
顎で周りを指し示し、ソーファを背後に庇いながら、間合いを慎重に計りつつ話し掛ける。
「先日は世話になったが‥‥此処で決着をつけるかい?」
答えず、咥え煙草で立ち上がった死神がその手を一閃する。現われ出たるは漆黒の大鎌。
無言で対峙する二人の男。と、死神の口から煙草が落ち、代わりに不思議な響きの言葉が漏れた。一瞬の耳鳴り。それがおさまると同時に、意識を失ったソーファが席に倒れこんだ。
「‥‥!ソーファ!?」
ソラトの言葉に歌姫は応えず、代わりに答えるのは呪いをもたらした、炎纏いし黒き死神。
「人が息を止めていられる時間は短い。騎士よ。果たして貴様に彼女を救う事はできるかな?」
「‥‥貴様の仕業か‥‥!救ってやるさ‥‥救ってみせる!」
再び盾を構え直したソラト。その手で光を放つ鋼の剣。
「できるものならな」
「やってみせる」
一触即発。その空気の中に割り込むひとつの気配。ソラトの後頭部に硬い感触が走る。
「いいや、やはり無理だ。貴様には出来はせんよ」
いつのまにか現れたのは、ロシア軍将校の制服に身を包んだ男。闇に溶け込む漆黒の髪。深紅の瞳に憂いを宿した対内防諜局きってのエージェント“邪眼使い”のアーク。
「噂には聞いているよ。‥‥ソラト・カミヤマ。いかなる厳しい戦場からも必ず生還し、真実をニューロエイジに報道し続けてきた男。“生還する報道記者(イモータル・トーキー)”の異名を、自身は知っているのかな?」
撃鉄を起こす音がソラトの耳に響く。
「だが‥‥伝説はここで終わる。護るべき者を抱えて、二対一‥‥貴様に、万に一つも勝ち目は無い」

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

「‥‥そうやって敵対者の不意を突くやりかた‥‥ずいぶん板に付いたものね“邪眼使い”」
暗闇に響く軍靴の音を伴奏にした、冷気を宿したかのような声に反応し、アークが静かに振り向いた。その視線の先、後部車両から現れたその女は、氷の牙を背負っていた。死神の纏う漆黒の炎が、ことごとく凍りつき砕け散る。
空間に、風が吹く。冷たき復讐の風が吹く。
ソーニャを見つめ、護衛ソラトから離れるアーク。無言のままゆっくりと距離を開け、己の体勢を整える。
「済まんな」
危機を脱したソラトが、短く礼の言葉を述べた。しかし傭兵はそれに応えず、黙って敵を睨み据える。
十年ぶりの再会だった。この男が、全てを奪っていった。護るべきもの、護りたかったもの、全てが奪われ、灰燼に帰した。
アークを睨むソーニャの視線が、更に冷たく厳しくなる。
だが、アークの方はそんなソーニャの視線を受け流していた。その表情の憂いの色は変わらず。しかしその口から零れた呟きは、むしろ十年ぶりの再会を懐かしがっているようにさえ聞こえた。

「‥‥ソーニャか‥‥そいつの言葉ではないが、そろそろ来る頃だと思っていたよ」


「と、言う訳で。冒頭のソラトのシーンでは“デスサイズ”インフェルナスの≪死の舞踏≫とソラトの≪難攻不落≫のぶつかり合い、火花の散るような台詞のやりとりがあったってわけね」
ミハイル「カブト役最大の見せ場。RLが事前に散々脅しをかけておいたおかげ(?)で満足のいく劇中劇の台詞が生まれた訳だな」
「でもさ。個人的な感想を言わせてもらえば、カブトの見せ場って、このアクト全体を通してまんべん無くあるような気がするんだ。ヒロインの一人であるソーファと最も絡んでくるのって、軍人役かカブト役じゃない?で、軍人役がソーファに対して距離を置いてしまうと、必然的にヒーローはカブト役に来るんだよ」
ミハイル「確かにそうだな。カブトも軍人も距離を置いた『財団版マローズ』に比べて、軍人役が的確にソーファと絡んだ『はたはたマローズ』『AXYZマローズ』では、カブト役が距離を取ったり女性だったりでやはり主役は軍人役だったしな。逆に軍人役が距離を取ってカブト役が親密になるという構図はこれまで筆者が知る限りではなかったが‥‥」
「それらの場合だって全体を通して活躍してたでしょ?」
ミハイル「カブトはそれくらいでいいとしてだ。今回の軍人役の立ち位置はどうだろうな?」
「登場する時には<隠密>して姿を隠したまんま。軍人と接点を持ちたかったソラトが<知覚>するのも『演出上問題がある』って拒否しかねない感じだったものね。最後は辛うじてこういう形になったけど」
ミハイル「一番困っていたのは例によってRLだったが、こればっかりはどうにもならないな。PLが関わろうとしない以上RLの立場からは何もできない。せいぜい、ソーファに距離を取りすぎるとそもそもアクトにならないって事を警告するくらいのものだからな」
「RLの能力不足を考慮したとしても‥‥ねぇ」
ミハイル「さて、これから先はいよいよ2つの異なる場所での戦いを同時に解決するカット進行だ。実際、こういう手法を見つけた緋さんって凄いよな」



>> Scene17 『復讐の刃』
Climax-I-A: “狩天使”崇也
& “光求める者”星丘 蓮

広場に響き渡る悪魔の魔笛の旋律にのせ、雪の上を炎が走り広大な魔法陣を描いた。夕日の最後の残照に照らされた、尖塔の壊れた時計が逆方向に回り始め、舞い落つ雪のことごとくが空に向かって舞い上がる。鉛のように重くなる空気。感覚が狂わされ、思うような動きが取れない二人の男に、悪魔達が襲い掛かる。
「そんな処で突っ立ってないで、さっさとかかって来なイェレミーヤ!」
「あまり俺を侮るなよ、レオニードの子倅!」
雪を蹴立てて疾走するイェレミーヤ。両手のカタナが一呼吸で閃き、崇也の命を狩りとらんと迫る。二度にわたる剣戟の音。狩天使の白刃が鮮やかに舞い、全ての攻撃を受け流す。

迫り来る壊れた夢の残滓(ざんし)達。雪に足を取られた探偵(フェイト)の胸に人形の一撃が当たる。衝撃によろめく蓮。更に背後から押え込もうとのしかかる道化(ピエロ)達。雪の中に押し込められようとしたその瞬間、蓮を中心に光が炸裂し、ドロイド達が吹き飛ばされる。光が収まったその時既に、雪の上には九人の人影。光を操り幻と成す。蓮がもっとも得意とする幻影術。
周囲を見渡した九人の探偵が、軽く雪を払った後で揃って拳銃を引き抜いた。

真冬の夜を照らすとき

「へぇ?面白い事するじゃない。でもね‥‥」
悪魔の両手に集束する“力”。言葉と共に放たれた・そ・れが蓮の身体を内から灼く。存在そのものに働きかける“力”の前に、幻は無力だった。探偵の胸元で護符が弾け、灼熱の死から彼を救う。
「滑稽だねぇキミは。人間ってものはほんとに滑稽だ。道具に頼らなければ何もできないのに」
嘲笑を浮かべる子悪魔には応えず、蓮は拳銃から光の弾丸をばら撒いた。宙に浮かぶ子悪魔を巻き込みながら、灯りのことごとくを撃ち砕く。哄笑と共に身を翻すフール・フール。場が黄昏に包まれる。更に横薙ぎに振るった左手。九人の探偵、その指先から放たれた圧倒的な光の奔流が、夢の残滓を消し去った。

「いい雰囲気になってきたじゃないか?」
交わされる剣戟。闇に包まれた戦場で、崇也がおもむろに台詞を吟じた。
「“夜の闇に包まれて、命の灯火が消えてしまった‥‥さあ、貴方の息吹を分けておくれ”」
「だからなんだ!?捧げられる命は貴様のものさ!それとも‥‥今更命乞いのつもりでもあったか?」
変幻自在に繰り出されるイェレミーヤの二本のカタナ。斬りたてられ、崇也の左腕から鮮血が散る。カタナが飛ばされ、両足の甲が大地に縫い付けられた。
「仇に対する恨みの念は、及ばなかったようだな!これで終わりさ、アルサノフの後を追うがいい!!」
イェレミーヤが宣言した。腰の後ろから抜き放たれた白刃が、崇也の命を絶たんと迫り。
だが、それより速くきらめ煌いたのは“狩天使”の鋼の右腕。銃弾のごとき鋭さで、イェレミーヤの心臓に真っ直ぐに撃ちこまれた“オメガR.E.D”。その切っ先が、リューリクの幹部の背に抜ける方が、わずかに速かったのだ。
「‥‥最初に言っただろうが。堂々と正面から挑むのは、俺達には似合わないってな‥‥」
軽く息を吐き、そう言った復讐者の目の前で。野望に身を焦がしたロシアンマフィアの身体が、朽木のように崩れ落ちた。

真冬の夜を狩りに出るとき



>> Scene17 『大陸鉄道の攻防』
Climax-I-B: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ
& “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


「アークッ!」
叫びと共に放たれた“サンダーボルト”ライフルの弾丸が、冷気を伴ってアークの胸を撃ち抜いた。衝撃で吹き飛ばされた“邪眼使い”が、しかし何事も無かったかのように起き上がる。
「その程度か‥‥」
呟いたその手のリボルバーの、銃口が傭兵に狙いを定めた。

気合の声と共に打ちこんだ斬撃は死神にかすりもせず。軽やかに車内を跳んだ死神の大鎌が、炎を纏って振るわれる。死を運ぶ嵐が吹き荒れた。それはまさしく“死”そのもの。ただ一撃で車両中の座席全てが刈り取られていく。
舌打ちと共にかざした盾が、大鎌との間に激しく火花を散らす。背後の歌姫には傷一つ無く。しかし死神の極められた体術の前に、ソラトは己の不利を痛感せざるを得なかった。

真冬に少女を守るとき

「‥‥ソーニャ、お前は何をしに此処に来た?何の為に此処にいる」
弾丸を叩き込みながら問うアーク。
「何を今更‥‥白々しくもっ!」
躱しざまに激昂するソーニャ。
「『シルバーファング』を裏切り、壊滅に追いやった!ヴァイオレットさんを、フレデリカを殺した!私から護るべきものも家族も奪った“邪眼使い”‥‥私は貴様を追って来た‥‥殺しに来たんだ!」
叫びと共に更に弾丸を叩き込む。躱したアークのその向こう。死神が炎を周囲に放つ。
「‥‥銃など‥‥無粋だな」
炎に捲かれ、無数の弾が溶け落ちる。
「あの頃教えたはずだ。安易な挑発には乗るな、とな」
放たれた弾丸がソーニャの喉をかすめた。とっさに身を引き睨み付ける。二人の視線が交錯する。
「私は『シルバーファング』以外の世界を知らなかった‥‥あの部隊こそが私のすべてだった!それを奪った貴様の事を、私は絶対に許さない!!」
言葉そのものに力を乗せて。放たれた氷槍がまともにアークの首を貫く。鮮血が舞い、“邪眼使い”そのものの身体が血煙と化した。
場から消えてゆく気配。言葉だけが傭兵の耳に届く。
「‥‥十年という月日は‥‥お前が『シルバーファング』の亡霊を振り切るには、短すぎたのかもしれないな‥‥」
アークがいたはずの空間を凝視していたソーニャは、静かに息を吐き呟いた。
「‥‥逃げられた‥‥か」

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

再び斬りかかった刃先を鎌で鮮やかに受け流し、死神の蹴りがソラトを捕らえた。みぞおちを蹴りがえぐり、しかしソラトは一歩も退かない。
「なぜだ?何故あの()の事をそこまで狙う!」
問いと共に打ちこまれた一撃を易々と受け止めた死神が、滑るように背後に退がった。
「‥‥時間が経ちすぎたな。あちらも退いたようでも有るし、今宵はこのあたりでいいだろう。歌姫を護る騎士よ。今のお前ではまだ力不足。次に会った時には何者も護れないやもしれぬぞ‥‥?最後の舞台はクラスヤノスクだ、心しておくがいい‥‥」
インフェルナスを中心にして、無明の闇が渦を巻いた。荒れ狂う力の奔流が、ソラトを押し流そうと襲い掛かる。とっさに眼を閉じ盾を構えたソラトの周囲で、不意に嵐が収まった。気が付けば、乗客がいない以外はなんの変哲も無い大陸鉄道の車内。
とりあえずの危機は脱した。けれど、ソラトの内心には暗澹たる黒雲が食指を伸ばし、極めて強い不安を誘ってやまなかった‥‥



>> Scene19 野望(ゆめ)の終わり・希望(ゆめ)の続き』
Research: “狩天使”崇也
& “光求める者”星丘 蓮


深々と胸を刺し貫かれたマフィオーソの身体が、ゆっくりと雪の大地に崩れ落ちる。その手から零れ落ちたカタナが転がり、イェレミーヤの胸、二つの傷から溢れる血が周囲を深紅に染めていく。
ふたつ?その眼を転じた崇也の視線の先には、硝煙立ち昇る拳銃を無造作に捨てる悪魔がいた。
「ほら、ね?僕の言ったとおりになった。彼はこれからの舞台にはふさわしくなかったんだよ」
無邪気な笑みを(おもて)に浮かべた子悪魔の身体が、少しずつ周囲の闇に同化していく。
「‥‥邪魔はしないで欲しかったな」
冷たく述べたレッガーへの返答は嘲笑。
「さて。ひとたび舞台の幕は閉じるけど、君達の絶望はこの先も続く。どんな終わり方になるのか今から楽しみだよ。絶望に震える君達が、どんな表情を僕に見せてくれるのかが」
その言葉を最後に残して、フール・フールの姿は虚空に消えた。動くのを止めた夢の残骸。セメタリーに満ちていた陰鬱な空気が、拭われたように消えていた。

「奇麗な月だな――」
高き夜空に浮かぶ満天の星と満月を見つめ、野望に生きた男は静かに呟いた。震える手で、血塗れた煙草を口に咥える。歩み寄った黒髪の剣士が黙ってライターを差し出し、煙草に火を付けた。
深々と煙を吸いこみ、吐き出す。そんなイェレミーヤを見下ろし。
「何か、言っておく事はないのか?」
「‥‥クックッ‥‥手前こそ聞きたい事ぁねえのかよ?」
「‥‥言わなくても解っているんだろう‥‥?」
己の咥えた煙草にも火を灯し、復讐を果たした狩人は問い掛けた。鼻で笑ったマフィオーソが静かに語る。
「‥‥金と権力、男なら誰だって求めてやまねえモノさ‥‥そいつを求めて何が悪いってんだ‥‥?」
鮫のような笑みを浮かべた“リューリク”の幹部。崇也は、紫煙と共に言葉を吐き出した。
「金だの権力だの‥‥くだらねぇ物を」
「フッ‥‥手前には‥‥わから‥‥ね‥‥ぇ‥‥」
「‥‥わかりたくも‥‥ねぇ、よ」
 最後の吐息と共に、立ち昇る紫煙。崇也の言葉も既にその耳には届いていない。口から落ちた煙草が、血に濡れた深紅の雪にほんのわずかな跡を残した。
偉大なる父を殺した男への復讐劇は、こうして幕を閉じた。

マフィオーソの遺体から少し離れたところで。雪の上に屈み込んでいた蓮が、雪の中から輝きを掘り出しその手に取った。満天の星空の下で、ロシアの運命を指し示す“エリューナの蒼玉”が輝いていた。
「‥‥そいつは?」
「‥‥これを取り戻すのが僕の仕事だったんで」
ポケットロンでフレデリカのアドレスをコール。落ち合う場所を決めた後、復讐を果たした旧友を乗せたアストを運転する。男達は一時の戦場であった夢の跡地を後にした。

真冬の夜を照らすとき

二人を迎えたのは、崇也の相棒(サイドキック)ミハイル・フラシコフだった。イェレミーヤの部下達、“リューリク”の兵とその動きを抑えていてくれた。報告を受け、崇也と、そして蓮と堅く握手を交わす。
偉大なるゴッド・ファザーの二人の息子は、全てが終わった事を報告する為に改めてその墓に向かっていた。その途上、ミハイルが一通の手紙を崇也に差し出す。差出人はレオニード・アルサノフ。消印は十日前。レオニードの命日であった。
「親父から、お前への手紙だ。封は切ってない」
いぶかしげな表情になりつつも、崇也は封を切った。入っていたのは、三枚の写真と一通の手紙。懐かしい筆跡のその手紙は、こんな出だしで始まっていた。

『突然の手紙を許して欲しい。お前は元気にしているだろうか?
こんな形になってしまって済まないが、お前に頼みたい事がある‥‥』

そこには、これまで語られる事の無かったレオニードの過去の話が書き記されていた。

かつて、若き日のレオニードは、ロシア上流階級の令嬢ヴァイオレットと恋に落ちていた。二人は互いを深く愛し合い、その間には二人の娘達が育まれた。しかし、生粋のマフィオーソであったレオニードが上流階級社会に入っていけるわけはなく、かえって裏社会の敵達に家族を狙われる危険が有った。レオニードは家族を失う恐怖から逃れる為、二人目の娘が産まれて間もなく妻と娘達に別れを告げた。そして、一人ロシアの裏社会に戻って行った。
その後、このような事情の為に彼は二人の娘の前に父親として姿を現す事も、父と名乗る事もできずじまいだった。寂しい想いをさせた事、父として何もできずにいた事をずっと悔やんで生きていたのだ。
クラスヤノスクの惨劇が起き、彼はヴァイオレットがこの世を去った事を知った。行方が分からなくなった二人の娘を徹底的に探し続けた。二人が、軍と孤児院とで生きている事を突き止めた時のレオニードの喜びはひとしおであったという。
しかしだからこそ、クリムゾン・ブレイドやリューリクがソーファの事を探し出した時に彼は決心したのだ。二人の娘に手出しはさせぬと。命に代えても護りたいと。それが、父親らしい事をほとんどしてやれなかった事に対する贖罪でもあるのだと‥‥

手紙は、最後にこう結ばれていた。

『‥‥俺はこれから、連中と話を付けてくるつもりでいる。
これが、あのこ娘達に対して俺ができる最良の行為であると思うからだ。少しでも罪滅ぼしになれば良いと切に願う。
‥‥この手紙がお前の所に届く頃、俺は既にこの世にはいないのかもしれない。
その時は、俺の代わりに娘達に伝えて欲しい。“扉を開く鍵は一番大切な思い出の中にある”のだと。
そしてできれば、どうか娘達の事を護ってやって欲しい。いつもいつも厄介ごとを押し付けてしまって済まないと思う。けれど‥‥どうか、俺の最後の願いを叶えてくれたら‥‥有り難い。


レオニード・アルサノフ』

手紙を読み終わり、崇也は軽く息を吐いた。偉大な父の秘密を託された事に対する重責を感じた。けれども投げ出そうとは微塵も思わなかった。レオニードの娘ならば崇也にとっては義姉妹(きょうだい)だ。“家族”の身を護るのは当たり前の事だった。
手紙に同封されていた三枚の写真。一枚には、何処かの舞台でリハーサルしているらしい15、6歳の少女が。もう一枚にはロシア軍の軍服に身を包んだオッドアイの女性が写っている。この二人が、レオニードの二人の娘達。ソーファとフレデリカなのだろう。
残る一枚には三人の女性が写っている。その日付は、2062.12.24。
ヴァイオリンを弾いているのは、幼い頃のフレデリカ。その傍らで歌っているのはおそらく妹のソーファだろう。そして、二人の姉妹を愛しげに見つめながらピアノを奏でている女性‥‥
ふと思う。この写真を撮ったのはレオニードではないだろうか、と。そうでなければ、この家族をこうまで鮮明に切り取ったように写せるものではない。いや、それ以上に‥‥崇也はこの写真自体から何か暖かいものが漂ってくるような気がしていたのだ。

「ミハイル。俺には新しい用事ができた」
かつての相棒を振り返りそう言った狩天使。ミハイルは確認するかのように問う。
「‥‥親父の遺言か?」
「そんなところだ」
崇也は、あえて手紙の内容を話すような事はしなかった。これは親父(レオニード)が俺に託した問題。ミハイルを、“家族”(ファミリー)を巻き込む事は出来ない。
ミハイルの唇に、ふと笑みが浮かんだ。
「それじゃあ、ここでお別れなんだな」
そう言って、彼は夜空を仰ぐ。
「俺は此処を動けない。親父が何をお前に託したのかは知らん。だが、俺には親父が残した“家族”を護る義務が有る。親父が遺したものはお前への遺言ばかりじゃないからな」
再び視線を戻した相棒(ミハイル)に、崇也はこう言った。
「‥‥アルサノフの名に恥じない男になろうぜ」
「‥‥お互いにな」

ニッと笑いあった二人の男は、同時に右手を差し出し堅く握手を交わし合う。
『 オー・ヴォワー(さらば、戦友よ) 』

そして、二人は別々の道を歩き始めた。偉大な父の遺志を継ぐ為に‥‥

真冬の夜を狩りに出るとき


ミハイル「このあたりが、レッガー役最大の見せ場だな」
「それじゃ、戦闘の推移を見てみようか?」
ミハイル「まずはドリームパーク側からだな。RLオリジナル、“レンのガラス玉”装備型のフール・フールが最初に<逆回り>、続けてイェレミーヤがアクションランクを消費して距離を詰めつつ崇也に攻撃。崇也は一発目を“受け”てダメージ無し。二発目は見切ってこれもダメージ無し」
「蓮君はトループの攻撃を全部くらってイモビライズ状態&五点ダメージ。<元力:光学(正)>でトループの片方を吹き飛ばしたところで悪魔の元力がクリティカル。身代わり符で難を逃れた後は再び元力で攻撃してトループ全滅」
ミハイル「2カット目の冒頭で、フラッシュドライブを起動させたイェレミーヤがAR4で<二刀流>攻撃。崇也のダメージが片腕損傷と片足損傷の後に、互いの神業≪死の舞踏≫が火を噴いたわけだ」
「イェレミーヤの≪死の舞踏≫に対して、崇也は≪黄泉還り≫を使用。演出としては“崇也の刃がわずかに速かった為にイェレミーヤの一撃は届かなかった”という形にしたわけだね」
ミハイル「で、悪魔は逃亡。戦闘終了という訳だな」
「次は大陸鉄道側。ソーニャの攻撃は<ファイアアーム><元力:炎(負)><増幅>。対するアークは<見切り><獣の一族>でダメージ無し。ソラトの攻撃は<メレー><鉄拳>。<回避><空蝉><隠密><影化>からインフェルナスの反撃は<メレー><元力:炎(正)>。それを“受け”たソラトの装甲値は48点もあったんだよね(笑)」
ミハイル「アークの反撃が外れて、再びソーニャの攻撃は<ファイアアーム><元力:炎(負)>に、<ファニング><花吹雪>を組み合わせて全員攻撃。アークは食らって<見切り><獣の一族>。インフェルナスにはそもそも効かず、そこに切り込んだソラトの<メレー><鉄拳>の一撃は、“受け”から<二天一流><元力:炎(正)>で反撃され、<見切り>でダメージ軽微。アークの反撃もソーニャに見切られてダメージは無し」
「2カット目にソーニャの<元力:炎(負)><増幅>が炸裂してアークは≪霧散≫で退場。それを見たインフェルナスも余裕たっぷりに≪不可知≫で退場。ちなみにインフェルナスは登場する時に神業≪天変地異≫を使っているので、これで神業の数はゼロになったね」
ミハエル「これらの使い方は他のレポートに準拠しているけれど、やっぱり的確な使い方だよな」
「シナリオ製作者の緋さんがどれだけ優れたストーリーテラーなのかがよく分かるよね」



>> Scene20 『望み、望まぬ再会』
Research: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ
& “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


まるで何事も無かったかのように大陸鉄道は進む。乗客の誰もが意識する事無く、一人、また一人と車両に戻り、変わらぬ態度で談笑している。死神の呪縛から解かれ、静かに息を整えるソーファだけが先ほどの闘いが現実のものであった事を証明していた。
「大丈夫か?ソーファ」
「‥‥はい。もう大丈夫です」
気遣うソラトに、まだ荒い息を整えながら微笑んで答える少女を見やり、傭兵はその場を静かに後にしようとする。
「‥‥おい、いい加減にしろ」
明らかに怒気を含んだ声がその背にかかった。ため息を吐き、向き直ったソーニャをソラトが睨み付けていた。
「この期に及んでなにをコソコソしているんだ‥‥何かかけてやる言葉は無いのか?」
「‥‥言ったでしょう、今の私は見せたくなかったって」
ことさらに冷たい態度を取る傭兵に、苛ついた態度が隠せないソラト。更に何か言おうとしたところで傍らの歌姫が話し掛ける。
「‥‥ソーニャさん‥‥来てくれたんですね。護って、くれたんですね。十年前のあの時のように‥‥」
静かに自分を見つめる、かつて己が護っていた少女。その眼差しの前では、傭兵の氷の仮面も力を失う。
「‥‥十年間、復讐の為だけに生きてきた。そんな自分を正当化するなんてできないし、そんな姿は誰に見せるものでもないと思っていたから‥‥」
「‥‥私は、嬉しいです」
きっぱりと言い切ったソーファを、傭兵はわずかな驚きと共に見つめる。
「ソーニャさんにもう一度会えて嬉しいです。ソーニャさんが今の自分をどう思っていたとしても、私は、“い現ま在”のソーニャさんを否定なんてしません。本当に嬉しいです‥‥会えて本当に嬉しいんです」
驚きの表情を顔に浮かべたままのソーニャに、トーキーが静かに言った。
「こう言ってるんだぜ?あんまり怖がらずに、もう少し人ってもんを信じてみたらどうだい」
場を沈黙が支配する。それを破ったのはソーファ。
「‥‥十年前の事は、どう思っているんですか?」
「‥‥別に。必要な時しか思い出さない、その程度の事件(こと)よ。最も、その“その程度の事件”に縛られたまま、私は一歩も先に進んでいないらしいけどね‥‥」
自嘲気味に言葉を紡いだソーニャの耳に、静かに響いた歌うような言葉。

『たとえ、どれほどの時が経ったとしても、変わらない想いはある。
過去に縛られる事が、どれほど愚かに見えたとしても
過去を捨てて生きていけるほど人間(ひと)は強くないのだ‥‥』

目線を上げたソーニャの瞳に、優しい微笑みを浮かべた少女が映る。
「今のは、私が舞台で演じている戦乙女“白きフェンリス”の言葉なんです。‥‥過去に囚われたままでも、いいじゃないですか。今はまだ、縛られたままでもいいじゃないですか?過去を背負って生きていく。それはきっと、この世界に生きている全ての人にとって当たり前の事で」
懸命に言い募る少女を、傭兵と護衛は驚きの表情で見つめていた。
「そして‥‥そうやってきっと。‥‥私達は生きていくんですよ‥‥」

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

ソーファから視線を逸らして、傭兵は窓の外を見る。どう答えを返していいのか解らなかった。思えば、頭から決めつけていたような気がする。今の自分を受け入れてくれる筈が無いと。
けれど、此処にいる少女はかつてソーニャが護っていたあの少女ではなかった。共に真冬の夜を越え、国境付近のあの街で別れた少女はもういない。彼女は強くなったのだ。多くの人の想いをココロに抱いて‥‥
もしかしたら一番弱いのは自分であったのかもしれない、と傭兵は思う。十年前の呪縛に囚われたままの自分。
ソーファも、アークも、今の己の生き方を見つけているように見えた。見つけていないのは自分だけ。そんな考えが脳裏を過ぎる。

黙り込んで、窓の外を見ながら物思いに耽る傭兵を、少女が静かに見つめている。やがて大陸鉄道はトンネルに入った。これを抜ければじきに着く。かつてクラスヤノスクと呼ばれていた街に。

悲劇に彩られた、あの街に。



一幕】【二幕】【三幕

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...... When Kross the Midwinter Nite / Kita-Maro Paj.2 ......

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