本当の北の国からのもうひとつの物語。 -When Kross the Midwinter Nite

真冬の夜マローズを越えるとき〜
きたマロ Ver

一幕】【二幕】【三幕】



>> Scene21 『ただひとときの白夜』
Research: “光求める者”星丘 蓮


昼から降り続いていた雪も止み、透き通るように高い夜空には真っ白な月が輝いている。自宅のテラスからもの憂げに景色を見やっていたフレデリカは、鳴り響くノッカーの音に我を取り戻した。階下から聞こえる蓮の声に答えて部屋に戻る。

「‥‥貴方に、大きな怪我が無くて良かった‥‥」
『ドリームパーク』での戦いの際についた、蓮の額の傷をていねいに消毒するフレデリカ。
「‥‥やっぱり、僕は荒事には向いてないね」
苦笑しつつも、探偵はコートのポケットから青く輝く宝石を取り出した。
「依頼のものだよ。確かに、取り戻したからね」
フレデリカの手を取り、その手にそっと渡す。輝く“エリューナの蒼玉”を見たフレデリカの表情が、華が開いたかのように柔らかくほころんだ。
「あ‥‥、ありがとう、ございます」
蒼玉を両手に包み込むように持ち、彼女は愛しげにそれを見つめる。その表情はロシア中の裏社会において恐れられる彼の対内防諜局の一員のものではなく。‥‥ただ、昔の想いを大切にしている‥‥一人の女性の優しい微笑みでしかなかった。
「それで‥‥これからどうするつもりなの?軍にはなんて説明を付けるつもりなのかな」
「‥‥軍には、戻りません」
一転、厳しい光がフレデリカの双眸に宿った。
「軍は、妹を狙っています。ソーファが今何処にいるのか、何処に向かっているのか。既に動きを掴んでいます。‥‥私はクラスヤノスクに向かいます。妹も‥‥軍も、そこに向かっていますから」

「‥‥昔の話をしましたね」
頷く蓮には視線を向けずに“白きフェンリス”は言葉を繋げる。
「軍に入った時、私は一人になったと思っていました。“ロマノフの遺産”を得る事が、この国が‥‥ロシアが『真冬の夜マローズ』から抜け出す為に必要な事であるのなら、例えそれで何が起こっても構わないとさえ思っていました。‥‥私には何も無かったのだから。けれど、ソーファは生きていた。軍に追われて、自分として生きられなくなっても、好きな歌を歌い、仲間達と笑いあって‥‥。今さらあの子に会って、何ができるのかは解りません。それでも、私はあの子を助けたい。ソーファの笑顔を消さない為に。あの子が‥‥笑って、生きていけるように」
クラスヤノスクに向かい、妹を、ソーファを助ける事。それだけが今のフレデリカの望みだった。
「‥‥何ができるか解らない、なんて言ってるけど。ちゃんと解ってるじゃないか?妹さんを護りたいんでしょう。それならきっと護る事ができるさ。想いがあれば、それはきっと叶うんだ」
探偵の言葉に頷き、少しだけ躊躇ってからフレデリカは言った。
「私は、クラスヤノスクに行きます。危険は、承知の上です。‥‥だから‥‥」
また少し言いよどみ、そしてようやく“白きフェンリス”は唇から言葉を押し出した。
「‥‥だから、ここでお別れです。‥‥蓮。今まで‥‥本当に‥‥」
 深く頭を下げるフレデリカ。そんな彼女を見て。
「‥‥あのね‥‥」
苦笑と共に青年は言葉を返した。
「ここまで関わった以上、今更軍が僕を見逃すはずがないだろ?それに、お終いまで見てみたいしね‥‥この事件の顛末を。だから、クラスヤノスクまで送っていくよ」
笑顔と共に言い切った蓮の事を信じられない、といった表情で見つめたフレデリカは、慌てて説得にかかった。
「ま、待ってください。あそこは今、ロシア軍の網の中心です。生きて返ってこられる可能性は、無いに等しいんですよ!?」
「大丈夫、大丈夫☆」
気楽な態度を変えようとせずに妙に自身たっぷりに言い切った探偵を、やや呆れた表情で見やったフレデリカの顔に、ふと微笑みが(こぼ)れた。
一年前。初めて出会ったあの事件の時もそうだった。どこか気楽で、せっぱ詰まった態度など決して見せなくて。けれど、その態度が自分に与えてくれた安心感。この青年の『大丈夫』は、不思議と聴く人を優しくさせる。
「‥‥蓮‥‥ありがとうございます。あの時のように‥‥期待して、います」
そう言って、右手を差し出したフレデリカ。微笑みと共に、蓮がその手を握り返した。

真冬の夜を照らすとき


軍の輸送機の中。降下ハッチの傍らで、最新型のパワーアシスト・アーマーに身を包んだ冷たい雰囲気を瞳に宿した男達の一団があった。指揮官とおぼしき一人の男がインカムで会話している。
『ZERO=α了解。‥‥もう生かしておく理由が無くなった。後続の歩兵大隊より先に作戦を開始する。総力を挙げて蒼玉を回収せよ。“オペレーション・ノクトウィング”起動(スタート)。ハッチ開放!高度区分G、後は通常のHALO手順に従って行動しろ。降下ッ!!』
他国に比べ、兵装に劣るロシア連邦軍において、この“SV2015-Type13”最新型機甲服(パワーアシストアーマー)を備えた部隊は殆ど皆無だ。高い機動性と特殊ラバーによる強固な装甲。更には、改良された完全な夜間戦闘対応の視覚センサー類。
開いていくハッチの下には月に照らされるフレデリカの屋敷が確認できる。降下を開始した特殊部隊『ノクトフライヤー』は滑空用皮膜翼を展開し、闇に紛れて音も無く飛翔。ほんの数瞬で標的に肉薄した。暗闇にほの光る深紅の両目。その手に保持された機関砲が不吉な機械音を奏でる。
『交戦用意!索敵即殲滅、索敵即殲滅! 突入(アタック)!!俺達が最強の夜戦部隊であるという事を全ての奴等に証明してやれッ!』
『YA-HA-HAッ!』


出発の準備を整え終わる頃、ふと気配を感じて二人は顔を見合わせた。ほんのかすかに聞こえてくるヘリのローター音。
フレデリカの表情が硬くなる。
「‥‥どうやら、思った以上に盛大な歓迎パーティにしてくれそうだね‥‥向こうは」
「彼らのやり方は十年前から変わりません。‥‥索敵即殲滅。目的を果たす為であれば、どんな膨大な兵力であろうとも躊躇い無く叩き込む‥‥それが“マローズの檻”の戦い方です」
ホルスターから拳銃を抜くフレデリカ。
「それじゃ、一度その“マローズの檻”とやらをこじ開けて‥‥その顔を拝みに行くとしようか?」
軽く髪を掻き揚げながら、探偵がそうのたまった瞬間。炸裂音と共にMG20機関砲が雨のように降り注ぎいだ。床に壁に窓に、弾丸が大穴を開けていく。階下の扉が破壊され、壁材が木っ端微塵に砕け散る。四方八方から押し寄せてくる死の尖兵達。二人がいる部屋の扉が砕け、無数の銃身が顔を覗かせた。銃口の向こう、闇の中に潜むのは紅く光る幾つもの眼、眼、眼。
「‥‥少し派手にいくから。傷めない様に眼を(つむ)ってて」
軽く身体を引き寄せ囁く蓮に逆らわず、“白きフェンリス”が瞳を閉じる。それを確認したとたんに、星の彼方から降りてきたフェイト探偵の眼に冷たい光が宿った。
「そんなモノに身を包んでいちゃあ、本当に見つけなきゃならない物は見つからないよ‥‥だから‥‥僕が明るくしてあげよう‥‥」
異様な気配を察した部隊の幾人かが機関砲の引き金(トリガー)を引こうとする。その瞬間、場が光に包まれた。

衛星回線を介してその光景を見ていた“マローズの檻”の口から呻き声が漏れる。その時、ロシアの夜空が白い光に染め上げられた。

天から、星辰の彼方から、圧倒的な光の奔流が降り注ぐ。それは全てロシアの白銀の大地に、一人の青年を中心として注がれていた。光が闇を打ち払い、氷の大地にまやかしの朝が来る。荘厳な雰囲気に包まれ、正視し難い程の光を纏った探偵が右腕を無造作に振るったその瞬間。
“エリューナの蒼玉”奪回作戦に従事していたロシア連邦の誇る特殊夜戦部隊『ノクトフライヤー』。その構成人員全てがこの地上から一瞬で消滅した。破壊された屋敷以外、一切の痕跡も残さずに‥‥

一瞬とも永劫ともつかない間をおいて‥‥フレデリカがその閉ざしていた眼を開いた時。その瞳に映った光景に変化は無かった。幾つもの大穴の開いた床や天井。破壊されたドア。破られた窓。
けれど、それを成したロシア軍最強の夜戦部隊の姿は何処にも無かった。
室内をさまよったフレデリカの視線が傍らの青年に向けられる。視線を受け、照れくさそうな苦笑を浮かべた“災厄の街”から来た客人(まろうど)は、わずかに周囲に漂う光の粒子をコートのひと振りで払い消し、そして言った。
「さぁ、行こうか」

ぼろぼろになった屋敷を出た二人の行く先には、黒髪の剣士が一台の車と共に待っていた。物言いたげな視線を避けるように言い訳がましく探偵が呟く。
「‥‥真夜中に騒ぐのは周囲に迷惑でしょう?」
「‥‥アレだけ派手に事を起こしておいて、貴様が言うか」
半ば呆れた言葉を言い放ち、黙ってフレデリカの乗車を促す。やがて探偵(フェイト)戦士(カタナ)元軍人(フレデリカ)を乗せたアストが、雪を蹴立ててその場を後に闇の中を疾走して行った。


「ここで、青年探偵“星丘 蓮”の見せ場が来るわけで」
ミハイル「こういう見せ場の一つ一つも他の方々のレポートに準拠しているんだが‥‥少なくとも筆者が知る中では、最も派手なビジュアルの≪天変地異≫だったらしいな」
「みんなして大笑いしてたんだよねー。“なんて派手な事をするんだよ”って。笑う前には一瞬絶句していたんだけど(笑)」
ミハイル「使うタイミングに問題を提起したPLもいたな。“屋敷が壊される前に使えばよかったのに”ってな」
「それじゃ演出にならない‥‥なんてことはないんだけど。でも、やっぱりこのくらい派手な方が良い面はあるんだよね。あーあ、ボクが其処にいたらこの瞬間に≪暴露≫してあげたのになぁ」
ミハエル「いや、それは止めとけ(汗)」
「まぁそれは冗談として。蓮の見せ場っていうか、彼の神業は、シーン23でもう一つ使う事になるんだよね」
ミハイル「“マローズの檻”がフレデリカに向けて放った≪とどめの一撃≫に対する≪天罰≫だな」
「これって実質的には、より汎用性の高くなった≪突然変異≫みたいな気が最近しているんだけど」
ミハイル「いや、もっと強いって」
「そこの演出は実際のアクトそのままの演出なんだけれど、RLは、ルールブックの記述にこだわるあまり、もっとかっこいい演出ができたのにしなかった事を悔やんでいるんだって」
ミハイル「今更だと思うがな。ルールにこだわりすぎてゲームそのものの楽しさを失っているようじゃ、いっそRLなんかやらない方がいいぞ?」
「なんて事をボク達が言えるのは、ゲーマーズフィールド6th-vol,2の“ゴールデンルール”の回を読んだ後だからなわけで」
ミハイル「だからといって、それは言い訳にはならないだろ?ユーザーフレンドリーを考えれば、多少時間がかかったってPLの主張に合わせた演出をしてやるのがRLの責務だろうよ」



>> Scene22 『クラスヤノスク、再び』
Research: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ


クラスヤノスク。十年前の“惨劇”の爪痕を放置されるままに残すその街に人の気配は絶えて久しく、ほの暗い灯りに照らされる大陸鉄道の駅だけが辛うじて整備され、その機能を保っている。
最早訪れる人もいないだろうに、十年前と変わらず働き続ける時代遅れのその駅に、ソーニャは一瞬己の“現在(まろうど)”を重ね見ていた。
雪がちらつく半ば廃虚と化した街並みを歩く傭兵の脳裏に、あの日此処で体験した一つ一つの出来事が浮かんでは消えていく。やがて一行は、十年前にヴァイオレットが命を落としたパウロヴァ家の屋敷跡に到着した。どうにか形を保っているといった風情の、焼け焦げた館の中に入り込んだソーファが、廊下の突き当たりに架けられた、燃え残っているアナスタシアの肖像画の裏に隠されたディスプレイに暗号(パスコード)を打ち込む。――2036.09.12――それは彼女の知らぬ父親、レオニード・アルサノフの誕生日。間もなく壁の一部がスライドして隠し部屋が現れる。
内部は軍の捜索の手が入った事が明らかだった。めぼしい資料や資材は一切が持ち去られた後らしい。落胆するソーファに声を掛けようとした瞬間、ソラトの眼が壁際の棚に置いてある小さなオルゴールを捕らえた。赤と青のガラス玉を嵌め込まれた、小さなオルゴール。
ソラトが手に取りソーファに渡す。と、オルゴールがソーファの手に渡ったとたんに紅いガラス玉が転がり落ち、穏やかな音色が一同の聴覚を満たし始めた。それは、どこか懐かしさを感じさせ、そして何故か哀しみをも憶えるような素朴なメロディーだった。開いた蓋の裏には一枚の写真。
「‥‥ヴァイオレット‥‥さん」
 傭兵が呟く。写真には若き日のヴァイオレットと、もう一人、峻厳な雰囲気と同時に包み込むような温かさをを感じさせる男性が写っていた。
ガラス玉の中には一枚のデータチップが隠されていた。ソラトがポケットロンでデータの再生を試みる。中身は、ヴァイオレットからの伝言だった。メッセージが画面に表示される。


  『 私には、道を残しておく事しかできないけれど。
 いつだって、貴方たちの事を見守っています。
 私の‥‥愛しい子供たち。貴方たちの事を‥‥愛しています

ヴァイオレット』

伝言の最後には、簡単なソフトウェアが収められていた。“エリューナの紅玉”の6桁、“蒼玉”の6桁。そして、いまだに不明な残り8桁を合わせ合計20桁。そのパスワードによって、今はスイス銀行に保管されている莫大な“ロマノフの遺産”を手にする事ができる。だが、一定法則に従って周期的にパスワードを変更するこのソフトを走らせてしまえば、20桁もの数字が偶然揃う事は永遠に無くなる。世界に必要の無い力を、永遠に眠らせる事ができる。
「‥‥ソーファ、どうする?これをどうするのかは、全て君の判断にかかっている事になる」
 静かに問うソラト。答えは、すぐには返らない。
 傭兵も、黙って歌姫を見た。二人の視線を受けた少女が口を開く。
「‥‥個人として思う事は有りますけど‥‥結論を出すのは‥‥まだ、早いと思います」
 ソーファの瞳が大陸鉄道駅の方を向いた。まるで、何かを待つかのように。

真冬に少女を守るとき



>> Scene23 『死を運ぶ風、星辰の加護』
Research: “光、求める者”星丘 蓮
& “狩天使”崇也


午後になり小雪のちらつきつつあるサンクトペテルブルグ駅前広場。当座の食糧などを買い込む為に露天商をうろつく一同。何処からとも無く響く柔らかいオルゴールの音色が一同の耳に届く。アクセサリを扱っている露天商、その売り物の中から流れてくる“真冬の夜マローズを越える時”のメロディ‥‥

駅前広場を見下ろす高層ビル屋上。狙撃用ライフル“ドラグノフ”を携えたロシア軍将校“マローズの檻”は、吹き荒れる風に乱れる灰色がかった金髪を掻き揚げた。黒手袋に包まれた手でドラグノフを構え、遥か眼下の目標に照準を合わせる。
『私だ。泳がせていた鯛を始末してから帰到する』
 口元のインカムに囁き、引き金に指を掛けた。吹き荒れる風の向きが変わる。一瞬の風速ゼロ状態。
その瞬間(とき)を逃さず、スコープの中にフレデリカの姿を捉えた“マローズの檻”が引き金を引いた。一筋の“死”が解き放たれ“白きフェンリス”の命の灯を消し去らんと迫る!

真冬の夜を照らすとき

助手席に乗り込もうとしているフレデリカの背後、ふと視線を上げた蓮の瞳を光が射た。空高くそびえ建つビルの屋上から覗く光。蓮は光の加護を受けし者。その光の源に死を運ぶ銃身が覗いている事が彼には解った。
「‥‥っ、危ない!」
フレデリカの肩を掴んで引き寄せる。かすかな銃声が響き‥‥しかし、着弾音は一行の耳には届かなかった。蓮の腕の中、驚いたような表情のフレデリカが怪訝そうに青年の顔を見上げる。狙撃されたらしい事は解る。しかし、弾丸は一体何処に消えたのだろうか?
「‥‥お前等、往来でナにやってんだ?」
フレデリカを抱いたまま道路に尻餅をついている探偵()を見て、“狩天使”が呆れたように声を掛けた。

彼らは気がつかなかった。ドラグノフ以上に静かに放たれた一発の弾丸が、神業とも言える精密さで“マローズの檻”の一撃を逸らしていた事を。その事実に気が付いた‥‥気が付かされたのは、皮肉な事に意図を妨害された“マローズの檻”当人だった。
『‥‥予定変更だ。クラスヤノスクで叩く標的が一人増える。部隊をクラスヤノスク跡に展開。全ての決着はそこで付ける‥‥以上だ』
指示を出し終わり、彼女は静かに立ちあがった。“マローズの檻”とて万能ではない。どうやら今回は彼女の思惑を狂わせる数々の要因が存在しているようだった。だが、最後に勝てば良い。どれだけ予想外の事が起ころうとも、未だに事態は彼女の手の内から抜け出してはいない。
その場を立ち去る彼女の口から静かに呟きが漏れる。
「‥‥今に知るがいい、圧倒的な戦力差を。君達は吹雪に脅える籠の中の小鳥のようにちっぽけな存在なのだ。真冬の夜マローズに脅えるロシアと一緒だよ。自らの力では抜け出す事もできないのだ‥‥」

真冬に少女を守るとき



>> Scene24 『十年後の再会』


“嵐の前の静けさ”。まさにそう形容する他無いような静寂が辺りを包んでいた。ただ静かに時間だけが進む。周囲には小ぶりの雪がちらつき、今はただ、街の沈黙が耳に痛かった。
ソーファは変わらず何かを待つ様に駅のベンチに座り、静かに時を過ごしている。その肩には、再会した傭兵のコートが掛けられていた。‥‥十年前の、あの時のように‥‥
「‥‥何を、待っているの?」
静かに問うソーニャに、歌姫は微笑みを返す。
「何を待っているっていう訳じゃ、ないんです。ただ‥‥今のままじゃ打つ手が何も無いっていう事は確かですし‥‥」
ソーファの言う通りだった。“ロマノフの遺産”など今の世界には過ぎた力。一刻も早く封印してしまいたいのは山々だったが、その手段が無い。今の処確実に解っているパスワードはソーファの紅玉に刻まれた6桁のみ。残り14桁の数字には皆目見当がつかない状態だ。
広い駅の構内にはオルゴールが静かに音色を奏でていた。ヴァイオレットの隠し部屋に唯一残されていたオルゴール。それが、静かに想い出を奏でている。
少し離れて立っていたソラトが、ふと視線を外に向けた。闇の中を徐々に近づいてくるヘッドライト。
やがて駅の前に停まったその車から三つの人影が現れた。雪を踏みしだく音と共に近づいて来た影が、駅から漏れる光に照らし出されてその姿を露にした。現れた男の一人を見たトーキーの目に驚きの色が浮かぶ。
「よう、盟友」
かつて戦場を共に疾駆した黒衣の剣士が、飄々とした表情を浮かべて其処にいた。

真冬の夜を狩りに出るとき

現れた知己の探偵。彼が共に連れている女性を一目見るなりソーニャは硬直した。面影が有った。あの日‥‥十年前のあの悲劇の日‥‥永遠に失ったと思っていたあの少女の面影が。その女性が、わずかに目を見開いて歩みを止める。傭兵の後ろで、息を呑む声がした。
柔らかな笑みを浮かべた蓮が、そっとフレデリカの背中を後押しする。二、三歩前に進み出た彼女に向かってソーファが走り出した。
ロシアの大地を踏んだ四人の運命の紡ぎ手達が一堂に会する時が来た。そしてそれは‥‥十年前から続く一組の姉妹の物語が一つの佳境を迎える時でもあった。

「姉さん、フレデリカ姉さん!」
フレデリカに駆け寄り抱き着くソーファ。感極まったように瞳を閉じ、ソーファをしっかりと抱きしめるフレデリカ。十年の時を経て再会を果たした二人を、凍れる大地に降り注ぐ極光が照らしていた。

「‥‥何かの悪い冗談?」
しばし呆然と、抱き合う姉妹を見ていたソーニャは、歩み寄ってきた探偵に思わずそう尋ねていた。正直、まだ信じられなかった。あの日、ソーニャの目の前で爆炎に飲み込まれていったはずの少女が、今此処にいるという事実。
「運命の導きってやつじゃないですか?“世界”は、それほど厳しいものじゃないのかも知れませんよ」
蓮がかすかに笑って言った。二人の向こうでは、こちらも旧知の間柄だったのか崇也とソラトが、お互いにこれまでの経緯を話している。

真冬の夜を照らすとき

惨劇の夜から十年の月日が流れていた。ソーファを伴ったフレデリカが、ゆっくりと傭兵の側に近づく。その胸元には蒼い輝き。星の彼方からやってきた青年が取り戻し、刻を越えて再び主の胸を飾る事になった“エリューナの蒼玉”‥‥
「ソーニャさん‥‥約束通り妹を護っていただいて‥‥ありがとうございます」
傭兵は軽く首を横に振った。今のソーファが在るのは、ソーファ自身が強かったからだ。自分は何もしていない。
「‥‥フレデリカ、一つ教えて。あの後一体何があったの?」
「‥‥私も前後の事は詳しく憶えていません。ただ、意識を取り戻したのが病院であった事は確かです。‥‥私を助けてくれたのは、アーク‥‥さんでした」
「‥‥そう」
「私もある程度の事情は掴んでいるつもりです。ソーニャさん。貴方はこの十年、ずっと“アーク”を追い続けていたんですね。対内防諜局(あたしたち)の情報網にも何度か、貴方の事が引っかかっていました」
「‥‥入国したら防諜局に察知される事は目に見えていたから。確実に奴の居場所を掴むまではそちらに捕まる訳にはいかなかったし。入国したのはここ最近の事よ」
傭兵は苦く笑った。その表情を痛ましげに見つめ、“白きフェンリス”は問いを続けた。
「やはり、彼の事は許せませんか?‥‥アークは、病気の弟さんの為に部隊を裏切ったそうです‥‥もちろん、それで裏切りが許される訳ではないのは分かっていますけど‥‥」
ソーニャは気が付いた。フレデリカが“アークさん”ではなく“アーク”と呼んでいる事に。
二人は、あの十年前の惨劇を体験した者として。“惨劇を起こした者とその被害者”としてではなく、あの悲劇を共有した者として互いを唯一の“仲間”として認識しているのかもしれなかった。けれど‥‥
「‥‥正直に言うとね、私にも良く分からないんだ。‥‥確かに、人それぞれに事情は在るかもしれないよ。‥‥だけど‥‥それでも‥‥」
仲間‥‥家族‥‥温かかったもの‥‥私を包んでくれたもの‥‥全て‥‥灰になった‥‥
フレデリカを見ているようでいて、ソーニャのその瞳は現在(いま)を見ている訳ではなかった。その瞳は、もっと遠くを‥‥十年以上前の“いつか”を見ているように思えた。
言葉にできない想いを抱いて絶句する傭兵に、フレデリカもまた、それ以上言葉を続ける事はできず。しかし、二人の遣り取りを見ていたソーファがゆっくりと言葉を続けた。
「‥‥二人の言っているアークって‥‥あのアークさん、なんですよね‥‥」
フレデリカも‥‥そしてソーファも、あの男の事は慕っていた。傭兵とは思えぬ雰囲気を纏ったあの男。二人の目の前にいる‥‥当時わずか16歳になったばかりだった若き傭兵を、温かい瞳で見ていたあの男‥‥
「やっぱり‥‥あの事件は事件に関わった人達を否応無しに過去に縛りつけてしまうんですね‥‥」
悲しみに曇るソーファの瞳。応える術も無く傭兵は夜空を見上げた。厚い雲に覆われて、地上のわずかな光を反射して。空は暗い灰色に染まっていた。そしてその白い闇の中から降り続く‥‥雪。
「でも‥‥良いんですよ」
耳に届いたその言葉に、再び傭兵は少女を見つめた。
「鉄道の中でも言いましたよね。いいんですよ、過去に縛られていても。きっと過去(それ)は縛るだけのものじゃない。私は‥‥あの過去を忘れず生きてきた事で‥‥笑顔を忘れず生きてこれたんですから。だから‥‥姉さんにとっても、ソーニャさんにとっても‥‥きっと、そうであると思っています」
フレデリカの顔に浮かんだ驚きの表情が、優しい姉のものになる。
「‥‥本当に‥‥貴女は‥‥」
――強くなったのね――
もう一度、妹を抱きしめたフレデリカから眼を逸らしてソーニャは呟いた。
(‥‥私は‥‥強くなれなかった‥‥)

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

「そろそろ決めな。始めるぜ」
黒衣に身を包んだ男が三人に呼びかけた。ソラトが、蓮が。姉妹の決断を待っている。彼らを見つめたフレデリカとソーファが、互いに頷きあって決断を下した。

“エリューナの双珠”。フレデリカの蒼玉とソ−ファの紅玉。十年の時を経て揃った“ロマノフの遺産”への鍵のうちの二つ、12桁のパスコード。そして‥‥残り8桁のパスコードの行方を知らせるべく。

 世界を翔けた狩天使が、偉大な(レオニード)の遺言を義姉妹(いもうとたち)に伝える時が来た。

真冬に少女を守るとき



>> Scene25 『“一番大切な想い出”』
Climax-Faze: “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


“ロマノフの遺産”は封印する。それが、姉妹二人の下した決意だった。もしかしたらそれは、多くの人々を助ける事のできる偉大な力なのかもしれない。けれど‥‥悪用された時にはどれほどの惨禍を招くかもしれないのだ。少なくともロシア軍に‥‥“マローズの檻”には決して渡してはならない。
 しかし未だ、姉妹も、そしてこの場にいるほとんどの者は遺産封印の為に必要な20桁のナンバーを知らない。偉大な父親の遺言を託された、ただ一人の男を除いては‥‥
姉妹に歩み寄った崇也が二人に写真を差し出しながら言った。
「‥‥『最後の8桁は“一番大切な想い出”の中にある』‥‥親父の‥‥レオニードからの遺言だ」
その言葉にはっとして崇也を見る姉妹。その視線が、差し出された写真に移る。
それは家族の肖像だった。ピアノを奏でるヴァイオレットが其処にいた。ヴァイオリンを弾いているフレデリカが其処にいた。二人のメロディに合わせ、唄うソーファが‥‥其処にいた。その写真を撮った(ひと)の顔を思い出した二人の瞳に涙が滲む。
写真の片隅に刻まれた2062.12.24の日付。これこそが二人の一番大切な想い出。忘れ得ぬ、家族が一堂に会した最後の日。
パウロヴァ家の家族が己の心に抱いた最も大切なその日こそ、運命に翻弄された一組の姉妹が決着を付ける鍵となる。
フレデリカが持参したタップを開き、スイス銀行、遺産の(ページ)接続(アクセス)した。現れた暗証番号の画像が、パスコードを要求する。二人が慎重に、交互に番号を打ち込んでいき、暗号が埋まるたびに封印のプログラムが開放され、“遺産”を無限の電能世界の奥深くに押し込んでいく。
二人を見守っている一同の中で最初に反応したのはソーニャだった。一瞬遅れて崇也が周囲に視線を走らせる。かすかに感じる違和感。風が騒ぎ、傭兵と剣士の髪を掻き乱した。戦いの予感は、すぐに的中した。

『‥‥其処までだ』

真冬の戦乙女が立ち上がるとき



 

姉妹が最後のナンバーを入力し終わろうとした瞬間、画面に異変が起きた。赤い法衣と深紅の翼で身を飾った天使のアイコンが現れた途端にシステムが停止(フリーズ)したのだ。画面に無数の赤い格子(グリッド)が網の目の様に走り、深紅の檻を構成する。
直後、雪を巻き上げて響いたエンジンの咆哮と共に雪の中から現れるウォーカー一個小隊。同時に展開した完全武装の機甲大隊が二つ、一行の周囲を包囲する。
人壁を割るようにして現れた一人の女性。グレイがかった金髪をなびかせ、ロシア軍の軍服を身に纏った硬質な美貌の持主。ロシア軍対内防諜局局長、通称“マローズの檻”。
「なんだ?最初から待ち伏せていたのか」
顔をしかめ、落ち着きを装った言葉をソラトが漏らす。一方で、探偵が何気なく“マローズの檻”に問い掛ける。
「‥‥直接顔を合わせるのは、サンクトペテルブルグの駅前広場以来ですか?」
「‥‥ほう。私が狙っていた事に気が付いていたのか」
「あの時ばかりは、さすがにひやりとしましたけどね」
こんな時でも、蓮の口調は変わらずどこか丁寧だ。それが、今はむしろ恐い。
“マローズの檻”は一同を昂然と見渡す。その傍らにはこの物語を彩ってきた役者達が控えていた。
緑と黒を基調としたロシア軍の軍服に身を包んだ“邪眼使い”アーク。
死をもたらす大鎌を携え、闇色のローブと炎を纏った死神“デスサイズ”インフェルナス。
わずかにその体を宙に浮かせ、無邪気な微笑を浮かべている“ソロモンの悪魔”フール・フール。
“マローズの檻”が口を開く。
「さて、ここまでご苦労だったな。姉妹が感動の再会を果たせて君達も満足しただろう?そろそろナンバーを渡してもらいたい。ロシアの再建の為にはあれが必要なのだ」

真冬に少女を守るとき

「‥‥嫌だと言ったら?」
トーキーの問いかけに“マローズの檻”は軽く肩を竦めて見せると、周囲に展開している部隊を目で指して言った。
「見たまえ、この圧倒的な戦力差を。君達などこの力の前では吹雪に脅える籠の中の小鳥の様なものだ。どれだけの力を君達が持っていたとしても‥‥真冬の夜マローズに手も足も出ないロシアと同じだよ、自らの力で事態から抜け出す事もできない」
応えるように、ウォーカーのエンジンが一際高く咆哮した。展開した部隊が銃口を一斉に向ける。
そんな絶望的とも言える状況下に在リながら、背後に姉妹を庇ったソラトは不敵ににやりと笑った。
「‥‥アンタの読みは甘いと思うぜ‥‥俺の名を知らないのか?」
「君の事は知っているよ。だが、それがなんだというのだ?この国の冬の厳しさを知らない君こそ、考えが甘いのだよ。さて、いい加減にナンバーを渡してもらおうか。あれは、君達には過ぎたものだろう」
「‥‥確かに俺達には過ぎたものだよ。だがお前達にはもっと過ぎたものだ」
 その言葉に、“マローズの檻”の眼が冷たい光を帯びる。
「ならば、我々に凍りついた大地と共に凍え死ねというのか。我々には他に道は残されていない。これは生存の為の闘争なのだ」
二人のやりとりを冷ややかな声が遮る。
「それがどうしたの?」
雪に覆われた大地に一人の傭兵が立っていた。金の髪をなびかせて。蒼い瞳に怒りを宿し。
「私には、ロシアの人間がどうなろうと知った事じゃない。私が生きている理由はただ一つ、死んでいった仲間達の仇をうつ為だけだ。圧倒的な戦力差がどうした。障害は薙ぎ払うだけ‥‥。復讐者の前で、そんなものはなんの意味も成さないのだと云う事を知るがいい」
真正面から“マローズの檻”を睨み付け、ソーニャは言い放つ。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

「“マローズの檻”よ、一つご返答頂きたい。“ロマノフの遺産”を用いて、一体貴女は何がしたい?」
 ソラトと並び、背後にフレデリカとソーファを庇うように立った蓮が静かに問うた。
「‥‥私はロシアの再建がしたいのだよ、若き探偵(フェイト)
探偵の紫紺の瞳に吸い込まれるように‥‥“マローズの檻”の口唇(くちびる)から応じて言葉が零れた。
「今、この国がどういう状態に置かれているのか分かるかね?人々はゴエルロ単位で生活圏を孤立させ、互いに連絡を取る事すらも困難なのだ。今ここに展開しているほどの戦力を有しているのは中央のみなのだよ。だが、あの遺産が手に入れば、人々が吹雪に脅え、ゴエルロの中に閉じこもり、それでもなお飢えに苦しんでいる、この現実を変える事ができるのだ」
“マローズの檻”は一同を睨み付けた。それは彼女が初めて示した感情の表われだった。
「君達は“災厄”を‥‥天地の逆転したあの日の事を“憶えて”いるか?私ははっきりと“憶えて”いる。あれがどれほど酷いものであったのか、どれだけ凄惨な光景であったのか‥‥それを知らない者に私を止める事はできない。私はロシアを護る盾と剣だ、絶対に退く事はできない。‥‥これが三度目で‥‥そして最後だ。パスコードを渡したまえ」
手を延べ、静かに通告する“マローズの檻”。それに応えたのは撃鉄を引き起こす音だった。
“白きフェンリス”は静かに銃を取った。その背に妹を庇いながら。“プリマヴィスタ”は道を選んだ。“ロマノフの遺産”を封印する。その考えに変化はない。
 二人を見やった狩天使が不敵な笑みを浮かべ、蒼い外套を纏った騎士が緑鱗の盾を構える。若き探偵の周囲に光が渦を巻き始め、魔狼の落し子の瞳に冷気が宿った。
身構えた一行を再び見渡すと、“マローズの檻”が延べていた手を頭上に掲げる。
インフェルナスが鎌を抜き。悪魔が静かに嘲笑(えみ)を浮かべる。“邪眼使い”の手には真紅の刃。
“マローズの檻”がその手を振り下ろす。それが、クラスヤノスクを舞台とした激闘の始まりを告げた。

真冬の夜を照らすとき


「さてさて、ここでこの物語の最大のクライマックスだね」
ミハイル「RL独自の解釈と戦力調整によって、他の方々のレポートとは若干違うものになっているな」
「ゲスト陣は“マローズの檻”とその≪腹心≫“ミールシステム”を筆頭に、ソラトと因縁の続いたインフェルナス、蓮にはフール・フール、そしてソーニャには“邪眼使い”アークという布陣だね」
ミハイル「ただ、このままだとレッガーが戦闘でどう動いたらいいのかが分からなくなる危険が有ったので、“ペルセウス”相当のウォーカーに乗ったアラシトループ(隊長機)が単体で増えているんだよな。しかし、いくらトループとはいっても生身の人間に業物をぶつけるのはどうかと思うんだが(苦笑)」
「他のトループは、8レベルのアラシ&カブトワリトループ。詳しいスペックは某財団のレポートに任せるとして、やっぱりソーニャと蓮の≪天変地異≫二発で壊滅しているんだけど(笑)」
ミハイル「ちなみにシーン21の最初にフレデリカが、蒼玉を取り戻してくれた事に対する感謝の念を込めて、蓮の≪天変地異≫を≪ファイト!≫しているんだな」
「あと、蓮が“マローズの檻”に真意を問うているの場面では、≪真実≫を使っているんだよね」
ミハイル「これで“マローズの檻”が固い己の信念の基に戦っている、いわゆる“悪ではない”敵対者であることが分かったんだよな。どちらにも決して退く事のできない理由がある、後は実力で語るしかないわけだ、どちらが正しいのかは置いといてな」



>> Scene5 『“真冬の夜”の終わり』
Climax-II: クラスヤノスク

雪煙を上げて疾駆するウォーカー部隊。鋼に鎧われた巨人達が、支配者に逆らう愚か者達を弑せんと迫り、後方からはパワードスーツに身を包んだ戦士達がチェーンガンから鉛の雨を吐き出した。
次の瞬間、鋼の巨人の動きが止まる。全身に絡み付くのは光の帯。それは、雪の上に描かれた魔法陣から伸びている。
「‥‥足元には気を付けましょう」
光纏った青年が、呟きと共に指を鳴らす。解き放たれた陣の魔力が激しい光を迸らせた。光の渦に飲み込まれたウォーカー隊が発て続けに爆散した。
銃弾のことごとくは雪と氷に遮られて一行に届かなかった。光が巻き上げた大量の雪が、一瞬の後には吹雪と化して襲い掛かった。それを操るのはシルバーファングの生き残り。
誇り高き銀狼の魂を継ぐ傭兵は、かつてのそれとは比べ物にならない程に異能の力を強めていた。荒れ狂う吹雪が部隊を包み、加速度的に周囲の温度を下げていく。やがて装甲に細かい亀裂が無数に走り、悲鳴と共に粉々に砕け散った。
絶対零度。それはまさしく魔狼の牙。全てを砕く戦乙女の槍。
彫像の様に倒れ逝く者達を一顧だにせず、あの日携えていた拳銃を構え、ソーニャは、(アーク)と相対した。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

戦場に流れるメロディーはマルンバの魔笛。かき鳴らされた音色に呼応して虚空に現れた時計の針が、ゆるやかに左に回り始める。六芒星を象った炎が雪のように舞い散り、空気が鉛に変じたような感覚が一行を襲う。

爆発を躱した隊長機が殺戮の咆哮をあげる。未だ収まらぬ黒煙を抜けて接近、レーザーブレードが横薙ぎに振るわれた。応じて走るのは蒼の騎士。
蒼い外套を翻し、緑鱗の盾をかざしたソラトが走り、ブレードの側面を殴り付ける。
相手の力を利用した芸術的な防御。逸らされた力に振り回され、機動戦車(ウォーカー)のバランスが崩れた。

全身義体特有の反射速度で“マローズの檻”が斬りかかった。目標はフレデリカとソーファ。しかし、その眼前に立ち塞がる男がいた。突き出されたアバディーンを跳ね上げながら“マローズの檻”の身体に容赦無く刃を突き立てる。
世界を翔けた狩天使は今、偉大な(レオニード)の娘達を護る為にその刃を振るっていた。
崇也の刃に貫かれた動力炉を強制停止、予備動力炉を作動させつつ“マローズの檻”は距離を取った。
「俺だけ、ダンスの相手がいないんだがね。一緒に踊ってくれないか?」
「なかなか魅惑的な誘いだが、そういうわけにもいかんのだよ」
剣呑な笑みを浮かべた黒衣の剣士。彼のエスコートを丁重に辞退し、ロシアの闇の支配者は艶然たる微笑を浮かべてみせる。

機械人形(ウォーカー)を相手に遊んでいる場合ではなかろう、蒼き衣の騎士よ」
死神が飛んだ。人間ばなれした跳躍力で一息に距離を詰めたのだ。風を孕んだ闇色のローブが激しくはためき、その身体の輪郭を歪ませる。振り下ろされた大鎌には昏い炎が宿っていた。
「く!?」
ほとんど不意打ちに近かったが、ソラトはよく反応した。闇に溶け込む漆黒の刃を盾で完全に受け止める。それでもしつこく手を伸ばす炎は外套を翻してはねのけた。
一瞬散った火花が互いの表情を闇に照らす。反動を利してゆるやかに着地したインフェルナスに向け、彗星剣を抜き放ったソラトが宣言した。
「ここが終幕の地だ。決着を付けようぜ」
 死神の答えは鮫のような笑み。

ソラトの傍らでは、黒衣の剣士が死神言うところの機械人形と死闘を繰り広げていた。重量に任せて振り回される巨大なブレード光刃をかいくぐり、幾度か剣戟を叩き込む。しかしカタナは機動戦車(ウォーカー)の装甲に無力。いたずらに疲労が蓄積していく。
渾身の力を込めて叩き込んだ一撃がシールドに弾かれる。反動で吹き飛ばされながらも、崇也の眼に諦めの色はない。誇り高い“息子”には、退却の二文字はありえ無い。

その瞬間、雲を切り裂き天上から幾筋もの光が降り注いだ。

衛星軌道上に存在する“マローズの檻”の本体が、ロシア連邦の一角に『ミョッニルの雷槌』を向けたのだ。天から降り注ぐレーザー掃射に、なすすべなく翻弄される一行。雪の大地に大穴が穿たれ、蒸発した水蒸気が瞬時に結晶化してダイヤモンドダストを発生させる。

きらめきの舞う中、剣を抜き、ゆっくりと歩み寄るアーク。憎むべき“邪眼使い”を避けるように(・・・・・・)、ソーニャの拳銃が火を噴き‥‥しかし悪魔の哄笑と共に打ち消された。
「ソーニャ‥‥お前の戦い方は変わっていない‥‥」
言うなり間合いを詰めたアークの刃が心臓目掛けて突き出された。とっさに銃身で刃を滑らせ身を躱す。静かに“邪眼使い”が呟いた。
「どうした‥‥俺を殺すのではなかったのか?甘えを捨て切れぬ様ではお前が屍をさらす事になるぞ」

“マローズの檻”の拳銃が火を噴く度に探偵(フェイト)の身体が傷ついていく。光を操り、幻覚を駆使し、それでも鋼鉄の女は揺るがない。再び放たれた弾丸が脇腹を抜け、更にフール・フールの力が右脚を灼く。
 蓮の顔が苦痛に歪んだ。

真冬の夜を照らすとき

次なる一撃は機動戦車(ウォーカー)との連携攻撃だった。滑る様に接近した死神の身体がソラトの直前で跳躍し、すくいあげるような一撃がトーキーを襲う。その一撃を辛うじて躱したその時、大きく振り回されたウォーカーの光刃が崇也とソラトを巻き込み雪を薙いだ。レーザーに灼かれ、もうもうと上がる水蒸気。
きわどく一撃を避けた崇也は、ブレードに両断されたソラトを見たと思った。けれど、その認識が間違っていた事はすぐに証明される。ソラトが疾る。白刃を携えた男が、輝きを纏いながら死神に肉薄する!
「ぅおおおおおっ!!」
気合の声と共に突き出された剣先がインフェルナスの防御を潜り抜けて右眼をえぐる。死神は怯まず大鎌を叩き込んだ。まともに腹部に一撃をくらい、ソラトの身体が吹き飛ばされた。
「そうでなくてはな!」
体勢を立て直した死神が、転倒したソラト目掛けて三度(みたび)跳躍した。

真冬に少女を守るとき

立て続けに斬り込まれ防戦一方のソーニャに向けて、アークの冷たい言葉が響く。
「何の為に此処に来た?鉄道内での威勢は何処にいった」
言葉と共に向けられた銃口から解き放たれたのは荒れ狂う(いかづち)の奔流だった。迫撃砲の一撃にも勝る、アーク必殺の零距離射撃。まともに食らい吹き飛ばされるソーニャ。稲妻に撃たれた左眼が鮮血に覆われる。それでもソーニャはアークに銃を向ける事ができなかった。その事実に一番驚いているのもまた、ソーニャ自身だった。
なぜ。
なぜ‥‥私は撃てないの?
自問しながら銃弾を放つ。冷気を纏った弾丸が、宙の悪魔をかすめゆく。

転倒したソラトの視界に、蒸気を切り裂き飛来する死神の姿が見えた。体勢を整える暇は無い。屈んだままの姿勢から、全身の力を溜めて一気に跳ね上がる。限界まで体をひねると、その勢いも加えて渾身の一撃を見舞った。
その剣閃の鋭さは、死神の予測も反射神経をも凌駕していた。
とっさにかざそうとした大鎌は間に合わず、振り抜かれた斬撃は真一文字にインフェルナスの胸を切り裂いた。吹き出す鮮血。急速に暗くなる視界。ニューロエイジに死を撒き散らしてきた死神に引導を渡したのは、劇中で語られた通り、紅玉を護る騎士の剣だった。

大きく振るわれた斬撃を躱した瞬間、ついに崇也の眼が勝機を掴んだ。度重なる攻撃によってわずかに欠けた装甲の隙間!
かすかに顔を覗かせたエンジンに向かって狩天使の手から放たれるエクスプローダー。刃先が目標に届くと同時に距離を詰める。折れた刀で柄を叩き、更に深くへ突き刺した。
爆音がクラスヤノスクの街並みに響き、エンジンを吹き飛ばされた機動戦車が異音と共に轟沈した。もうもうと上がる雪煙の中を、折れた刀を弄びながら黒衣の剣士が歩いてくる。
“マローズの檻”に刃先を向けて宣言した。
「まだ、やるか?」

真冬の夜を狩りに出るとき

更なる一撃を食らったソーニャの体が雪の上を転がる。体中が悲鳴を上げていた。片脚は既に動かず、稲妻に打たれ続けた全身には無数の裂傷が刻まれていた。血と雪にまみれて喘ぐ傭兵の耳に冷たい声が届く。
「復讐復讐と喚いていたわりに、ずいぶん情けない姿を見せてくれる。その程度の半端な覚悟で戦場(ここ)に来たのか?これ以上、無様な姿を俺に見せるな。せめて俺の手であの世に送ってやる」
顔を上げた瞬間、額に銃口が押し当てられた。とっさに大きく上体を振る。こめかみをえぐり、弾丸が過ぎていったのが分かった。脳が揺さぶられ、視界が暗転する。
ようやく視界が回復した時、ソーニャは“邪眼使い”の瞳に奇妙なものを見たと思った。
それは涙だった。

悪魔が高らかに宣言する。
「君達と付き合うのも飽きてきちゃった。もういいよ、みんな消えてしまえ」
次の瞬間大地が脈動し、永久凍土の奥から凄まじい量のマグマが呼び覚まされようとする。何もかもを灼き尽くし滅びを与えようというのだ。気まぐれのみで惨禍を引き起こす。少年の仮面に隠された、これぞソロモンの悪魔の本性なり。
けれど魔力は封じられた。己の楽しみを邪魔された悪魔が不機嫌な視線を地上に向ける。彼の視線の先には、光を振るう青年の姿が在った。
悪魔の跳梁を許さぬ意志の光が、周囲に渦巻く光より、その瞳に強く輝いていた。

「怨むと言い、許さぬと言い‥‥それでお前は何をしている?何時までも過去を引きずり、想い出に逃げ‥‥俺をこれ以上落胆させるな。もういい。これで終わらせてやる」
言いながら向けられた銃口。最早避ける手段はない。弾丸が放たれる、その瞬間が全てを失う時。
明確な殺意がソーニャに叩き付けられた。“死”を目前にした時初めて全身に震えが走った。引き金(トリガー)を引こうとしたアークを見た。脳裏に、ソーファの泣き顔がよぎった。

彼女(ソーニャ)の中で何かが弾けた。

アークが引き金を引くよりも早くソーニャの力が集束した。突き出された掌から放たれた氷槍(ひょうそう)が“邪眼使い”の胸板を刺し貫いた。そして、遅れて引かれた引き金(トリガー)が、乾いた金属音をたてた。

アークの銃は、すでに弾が尽きていた。

半ば呆然となりながら、ソーニャは理解したと思った。
アークは、ずっと私を待っていたのだ。私に殺される時が来るのを待っていたのだ。クラスヤノスクで『シルバーファング』を裏切ったあの刻から‥‥私に裁かれるのを待っていたのだ。なのに私は彼を殺す事ができなかった。アークの事を‥‥好きだったから。
許せなかったのは好きだったからだ。信頼を裏切ったからではなかった。何故打ち明けてくれなかったのか、その悩みを、胸に抱え込んだものを。好きだったから許せなかった。何も言わず、勝手に道を選んで勝手に行ってしまった。それだけの事がたまらなく悔しくて‥‥
私もまた、アークに殺される事を望んでいた。アークを殺したくなど無かった。憎み、怒り、追い続けていたのは、それが自分とアークを繋げてくれる唯一の感情だったから。
崩れるように膝を着いて倒れ伏す寸前、アークの声が耳に届いた。
「‥‥ソーニャ‥‥お前は復讐を果たした‥‥これで‥‥満足だろう?」
震える声で私は応えた。彼の耳にはもう届かないと知っていながら。
「‥‥満足な‥‥満足なはず、無いじゃない」
涙がとめどなく溢れた。最後の瞬間まで私はアークの気持ちを理解できなかった。最期を迎えても、アークは私の気持ちに気づかなかった。私達は、最後の最期まですれ違ったままだった‥‥

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

「‥‥ここまでだな」
周囲を見渡した“マローズの檻”が、心なしか疲労を滲ませた声で呟いた。


ミハイル「と、いうわけで。3カットに及ぶ激戦はこうして幕を閉じた」
「それじゃあ戦闘の流れを改めて解説するね。第1カット
の冒頭にフール・フールが<逆回り>。攻撃を仕掛けようとしたトループ2つがソーニャと蓮の天変地異2発で壊滅。パウロヴァ姉妹に襲い掛かった“マローズの檻”には崇也が<メレー><二刀流>からのリアクション反撃で致命傷、“マローズの檻”は体が義体である事を理由に電脳神で機能回復。これは2カット目にもやってるね」
ミハイル「ウォーカーの攻撃は、一撃目はソラトが<鉄壁>で受けきり、二撃目は崇也が普通に“受け”。再びソラトに飛んだ三発目は黄泉還りで打ち消したな。しかし、純粋に達成値で上回った崇也はともかく斬:40ダメージを丸々受けきったソラトは何なのか(苦笑)。あとは、1カット目の二回り目からミールシステムの“ミョッニルの雷槌”が炸裂。<光の運び手>である蓮以外の3人が大打撃を受けていたな」
「あとは各自の因縁かな。インフェルナスとソラトの戦いはぎりぎりの攻防の末にソラトの一撃が致命傷を与えた。書かれていないけど、その前のソラトの打撃でインフェルナスのスペードの制御値がバックファイアで10下がっていた。それで、ソラトの<鉄拳>が効果を発揮したんだ」
ミハイル「蓮の戦いは辛かったな。もともと戦闘向きのスタイルを取得していないから、フールフールにマローズの檻にと二人を相手取るのはきつかった。第一カットで身代わり符を使い果たしたときにはRLは内心焦っていたようだしな(笑)」
「刀一本でペルセウスと渡り合っていた崇也は、これまたバックファイアでペルセウスのハートの制御値が大幅に下がったところに<修羅><鉄拳>の差分値二倍エクスプローダーで爆:40超のダメージを叩き出した。自前の装甲と<ブロック>した盾の受け値を合わせても完全破壊されてしまったんだよね。‥‥ただ、この戦闘の最大の問題点は‥‥」
ミハイル「なぜだかソーニャがアークに対して最後の最後までとどめの一撃を使わなかったことだな」
「神業どころか攻撃自体していないんだ。ソーニャにとっては部隊の仇であるアーク。彼にソーニャが実は惚れていたっていうドラマチックな背景は事前にRLも了解済みだったんだけど、結末と、そこに至る道筋にRLとPLの深刻な思惑の相違があったんだ。RLサイドとしてはこの戦いを正面から乗り越えていくっていう他のリプレイのような展開でいこうと思っていたのに、PLサイドはこの戦いでアークと相打ちにしてしまおうという考えを持っていたんだよね」
ミハイル「結局他のPLも交えた話し合いの結果としてレポートのような内容にはなったんだが、後になってからRLが反省することしきりだったな。自分の思惑を無理やり押し付けてしまったような気がしてならなかったそうだ。この失敗が後々の教訓になっていくことを願うばかりだな」
「しっかし、敵ゲストを倒したのって全部通常判定の結果だからね。一発も致死系神業を使わずに決着を見たアクトってどのくらいあるのやら‥‥ねぇ(苦笑)」
ミハイル「さあな。なにはともあれエンディングに向かうぞ」



>> Scene27 『照らされる大地』
Ending-Faze:


空からの雷槌が止んでいた。何時の間にか、雪が降るのを止めていた。“マローズの檻”の視線は空に向いていた。視線の先を、ロシアの極北の夜空を一筋の光が駆け上っていった。
フレデリカとソーファが“マローズの檻”の停止プログラムの解除に成功し、“ロマノフの遺産”の封印を終えたのだ。もはや遺産への道を閉ざすのは“エリューナの双珠”に刻まれたナンバーではない。無作為に変化していく20桁の数字の羅列だ。対内防諜局といえど、“マローズの檻”といえど、閉ざされた扉を開ける術は既に無い。

“マローズの檻”がインカムで全軍に撤退命令を下した。彼女の傍らに降りてきた悪魔が無邪気な笑みを向けて言う。
「楽しませてもらったよ“マローズの檻”。でもこれで契約は終わり、さよならだ」
そう言い残してソロモンの悪魔は虚空に消えた。“マローズの檻”が一行を見渡す。
「我々は撤退する。‥‥今回ばかりは我々の負けを認めよう。確かに私は君達の力を侮っていたようだ」
マローズの檻の背後に、一機の“ワイズマン”戦闘ヘリが現れる。
「これで、ロシアの再建がまた十年は遅れるだろう。だがしかし、まだ十年だ。いずれこの国は、再び日の当たる国へと再生を果たすのだ‥‥必ずな」
帽子を直し、局長は身を返した。深緑のコートが翻る。ロシアの全てを知る機動システムの影武者は去っていった。
独特のローター音を響かせながらヘリは夜明け前の空へと消えていった。

白みかけた空を飛ぶヘリの中、朝日に徐々に照らされていく国土を眺めた“マローズの檻”は呟いた。

「‥‥圧倒的な戦力差をもってしても、どれだけ絶望的な状況下でも、彼らは私に勝ったのだ。我々が“真冬の夜”と思っていたものも‥‥実は暖かな日差しであったのかもしれないな‥‥」

影の中。彼女の表情を読む事はできない。そこに浮かぶものは喜びなのか‥‥それとも‥‥



昇りかけた朝日が目に眩しかった。吐き出される息は白く、ロシアの大地は、未だ凍土に覆われた峻厳な貌を見せていた。それでも日差しは人々に夜の終わりを告げ、昨日とは違う一日が幕を開ける。激戦のあおりを受けた家屋からは溶け崩れた雪が雫となり、日の光を浴びた大地が輝きを増す。
姉妹二人が一行に駆け寄った。彼女らの手には拳銃が握られている。あの激戦の中、お互いを護る為に手に取る事を決意した、それは姉妹の絆の象徴のようでもあった。
「皆さん、無事ですか?お怪我はなさってませんか」
「おかげさんでな」
走り寄って来た二人に、ソラトが軽く手を振って応えた。呆れた事に、あれだけの激闘をくぐり抜けながらソラトの体にはほとんど怪我らしい怪我が無かった。細かい傷ならいくつか見られるのだが‥‥
「あれの封印はできたんだな」
確認ではなく、ただ聞いただけ‥‥そんな口調で尋ねたトーキーに、にこりと微笑みで返すソーファ。
「はい。どんな人でも、どんな組織でも、もう“遺産”に手を付ける事はできないと思います」
「あれは、永遠に無くなってしまった方がいいと思います。私達が決めたんです、後悔はしません」
「そうかい‥‥そうだな。その方がいいんだろう、きっと」
フレデリカの補足に満足そうに頷いたソラトが、朝日を眺めながら呟く。その頭の中には既に、この事件をどんなニュースに仕立て上げようかという考えが渦を巻いていた。が――――
(止めた)
軽く首を振ると、トーキーはその考えを振り払う。さすがに今回ばかりはこの胸の内に隠しておいた方がいいだろう。これはきっと、ニューロエイジが求めるような“真実”の物語では無いのだろうから。
 そんな事を思い姉妹の方に視線を戻すと、フレデリカが探偵の青年の元で何やら話し込んでいた。

真冬に少女を守るとき

「蓮、大丈夫ですか?」
冷たい雪の上に座り込んでしまっている青年を見て顔色を曇らせたフレデリカが、簡易救急セットをポケットから取り出した。蓮の身体はかなり酷く傷ついていた。幸い、命に関わるような傷は無かったものの、悪魔に灼かれた右脚は動かず、あちこちの銃創からはまだ出血している。
探偵は、応急処置を施してくれているフレデリカに、苦笑混じりの言葉を掛ける。
「最後はいまいちカッコつかなかったけど、とりあえずは一段落着いたみたいで良かったよ。決着が本当に着いたかどうかは‥‥分からないけどね」
黙って手当てをしていたフレデリカが、処置を終えてゆっくりと立ち上がる。蓮を見やり、ソラトと話し込んでいる(ソーファ)の方をちらりと見て、言った。
「‥‥一応の決着は着きましたよ‥‥あの子の方は。だから‥‥」
ほんの少しだけ寂しげな色をその貌に漂わせたフレデリカが、静かに妹に背を向けた。所属組織を‥‥“クリムゾン・ブレイド”を裏切った以上、このロシアにフレデリカの居場所はもはや無い。再会を果たした妹の側にいる事はできない。それはソーファと、彼女の大切な人達を危険に晒す。
誰に何を言うでもなく、“白きフェンリス”は表舞台から静かに立ち去ろうとしていた。誰よりも愛する妹の為に。そして、そんな彼女の想いを知るからこそ、蓮は敢えてその背中に声を掛けた。ここで引き止めなければフレデリカとソーファに幸せは決して来ない。二人が共に生きてこその、二人の幸せなのだ。

真冬の夜を照らすとき

「何処に行くのかな?‥‥君の気持ちは解るような気がするよ。でも、それじゃいけない。君が行ってはいけないんだ」
立ち上がり、脚を引き摺りながらフレデリカの前に回り込む。彼女は泣きそうな顔をしていた。
「‥‥私がいては、ソーファに迷惑が掛かります。それは私の本意じゃ無い。私の分まで、あの子には幸せになって欲しいんです」
「‥‥何故、迷惑になるんだ?」
二人の元に歩み寄って来たのは、姉妹にとっての異国の義兄だった。彼が黙って差し出したポケットロンの画像には、≪アルタイル≫の歌姫“プリマヴィスタ”ソーファが生き別れの姉を探し出し、共にサンクトペテルブルグに帰還する、とのニュースが流れていた。
驚く二人の前で、黒衣の剣士が不敵な笑みを浮かべてみせた。“家族”(ファミリー)の不幸を崇也は望まない。なにより、娘達の幸せを心から望み、おそらくその為だけに命を賭けた“我らの偉大な父”(レオニード・アルサノフ)の遺志を叶えなくてはならないのだ。
全てにケリが着いた時、ミハイルには事情を伝えておいた。きっとレオニードの遺した“家族”達が、姉妹をロシアの闇から護ってくれるはずだ。アルサノフの名を継ぐ者として。
フレデリカの視線を受けた“狩天使”は、彼女に封筒を差し出した。それは彼等の“偉大な父”が、彼に全てを託したあの手紙。そして同封されていた三枚の写真。
受け取り、内容に目を通したフレデリカの瞳から、堪えきれずに大粒の涙が後から後から零れ落ちた。
妹を見守る兄の眼で、一瞬だけフレデリカを見つめた剣士は、事後の全てを蓮に任せてその場を後にした。彼には為さねばならない事がある。果たさねばならない誓いがある。これからまた世界を巡る、狩天使の旅路が始まるのだ。

真冬の夜を狩りに出るとき


一行から離れた場所で、ソーニャはアークの頭を抱え座り込んだまま、微動だにしていなかった。彼女の腕に抱かれたアークの死に顔は不思議と安らかで、まるで眠っているかのようだった。成すべき事を終えた者の、あるいは牢獄から解き放たれた者の顔だとソーニャは思った。
アークは先に逝ってしまった。シルバーファングの生き残りは、本当に私一人になってしまった。アークだけを見て生きて来たこの十年は終わり、今からは、己の人生を生きて行かなくてはならない。
けれど‥‥私が生きて行く理由は、もう無いのではないだろうか。
仇は討った。あの日、十年前の惨劇で失われた仲間達の仇は討った。けれど‥‥当然の事だけれど、喪われたものは戻ってこない。隊長も、サムも、“家族達”の誰一人としてこの大地には、もういない。
そして、アークも‥‥
ふと動いた視線が、右手に握られたままの拳銃に止まった。ぼんやりと見つめていた拳銃を、ゆるやかに持ち上げる。朝日を浴びて、銃身が剣呑な光を帯びている。特になんの感慨を感じる事も無く、無造作に銃口がソーニャの頭に‥‥

真冬の戦乙女が立ち上がるとき

「ソーニャさん‥‥!」
震えを帯びた声が耳に届いた。中途半端に銃を構えたまま、傭兵は惚けたような表情を声の主に向けた。泣きそうな顔をしたソーファが、銃を握ったままの傭兵の手をとって、胸に抱いた。その暖かさは、十年前の真冬の夜、幼かったソーファが信頼を込めて傭兵の手を取った時の事を想起させた。ソーニャの手から銃が零れ落ちた。またも溢れ出した涙を隠す事もできず、声も無く彼女は泣いた。その側で、眼を赤くしたフレデリカがアークを見つめ、静かに黙祷を捧げていた。
「約束、してくれませんか」
ずいぶん時間が経った頃、ソーファが言った。
「十年前のように約束してください。また、会える時がきっと来ると。何時になっても構いません。この十年間ずっと信じていたように、私、信じ続けますから。ソーニャさんが、この空の下の何処かで、きっと生きているって信じてますから‥‥信じられますから。だから‥‥」
それは、ただの我侭だったのかもしれない。十年前の惨劇と同様に、ソーニャを縛り付けてしまうものであったかもしれない。けれど姉妹は、傭兵に生きていて欲しかった。彼女の“家族達”の処になど、逝って欲しくはなかったのだ。
フレデリカにとっても、ソーファにとっても。彼女は‥‥ソーニャは、紛れも無く“家族”だった。
だから、それを知らせたくて。貴女が生きていてくれる事を望む者がいるのだという事を、忘れてほしくなくて。
どうか‥‥辛くても、
哀しくても、
寂しくても、
望まなくても、
それでも‥‥私達は貴女と一緒の世界で生きてゆきたいのだと‥‥
伝わる事を願って、彼女たちは言葉を紡いだ。
言葉が‥‥返る事は無くて。
傭兵はその場を後にした。
その背中に“家族”の身体を背負って。
振り返らず。‥‥ただ、前だけを見つめて。



>> Scene28 『4人と2人、それぞれの‥‥』
Ending-Faze: “光求める者”星丘 蓮


亜軌道ジェットが空へと消えて行く国際空港。常春を謳歌する災厄の街から来た若き探偵(フェイト)は、ロシアの雪の大地に別れを告げようとしていた。見送りに来たのはフレデリカ。≪アルタイル≫で練習に励むソーファの伝言を携えて来た。
「それじゃあ、そろそろ便が出るから。僕はN◎VAに帰るよ。また、しばらくお別れだ」
「はい。此処(ロシア)は貴方にはあまり似合わない土地かもしれませんね。妹からも、“ありがとう”と伝言です」
柔らかい微笑みを浮かべた青年は、軽く頷いてみせた。
「妹さんと幸せにね」
「‥‥蓮」
踵を返した彼の背中に言葉が掛けられ、探偵は怪訝そうな表情を浮かべて振り返った。視線の先、フレデリカの表情は真剣な色を浮かべていた。
「あれから考えましたが‥‥私は“マローズの檻”が言っていた事も理解できるような気がするんです。彼女が言った通り、ロシアの冬は希望を持ち続けて生きてゆくには厳しく、希望を持たずに諦めて受け入れるにも、あまりに厳し過ぎるから‥‥」
「うん」
「でも、それでもやっぱり彼女のやり方は間違っていたと思います。誰かの‥‥何かの犠牲の上に成り立つ救いではいけない。それが理想論だと言われても構いません。きっとどこかに在るはずです。いつか必ず見つかるはずです。“マローズの檻”が求めたように、このロシアを真冬の夜から解き放つ方法が」
それを探し出したい。そう言ったフレデリカの表情は明るかった。彼女もまた、解き放たれたのだ。過去の呪縛、あまりに多くの悔恨の念、未来を閉ざし続けていた“真冬の夜”から。だから蓮は静かに頷き、こう言った。
「人が何かを為そうとする時に、それができなくなってしまうのは、きっとその人が諦めてしまった時だけなんだと思う。だからね、フレデリカ。必ず何かが見つかるよ。君の願いを叶える方法が。誰もが納得できる方法がね。“マローズの檻”は諦めてしまったんだ。武力に依らない救いの方法を探し出す事をね‥‥諦めなければ、きっと願いは叶うんだよ」
そう言って再び踵を返した探偵が、エスカレーターに乗ろうとしたところでもう一度フレデリカを振り返った。
そして言った。
「この土地は僕に似合わないって言っていたけど、そんな事言われると君のバイオリンを聴きに来れなくなっちゃいそうだから、取り消してくれないかな?」
フレデリカは一瞬呆気に取られた顔になった。次の瞬間、心から楽しそうに笑い出した。朗らかで、屈託の無い笑みだった。自分を見つめている青年の笑顔に向かって、彼女はこう返事を返した。
「ごめんなさい、取り消します!だから‥‥いつでも来てくださいね!」
微笑みで応えた探偵が、外套を翻して歩き出した。雪に反射した日の光が、彼をふわりと包み込んだ。

真冬の夜を照らすとき



 
Ending-Faze: “生還する報道記者”ソラト・カミヤマ


N◎VAに向かっている亜軌道ジェットの中、ソラトは今回の仕事の事を思い返していた。
クラスヤノスクでの戦いの後は大変だった。サンクトペテルブルグでは、帰還したソーファに一言貰おうと待ち受けていた大量の報道陣から姉妹を護るのに必死になって対応した。今回ばかりはトーキーであるソラトであったからこそ、すばやく対応できたようなものだ。幸い、フレデリカの事はほとんど表に出る事も無く、歌劇オペラは速やかに再開し、残りの日程も遺漏無く消化した。次の公演に向けての練習に余念が無いソーファが、昨日別れを告げた時に言っていた事を思い出す。

「今回は、本当にありがとうございました」
「なぁに。それが俺の仕事だったからな。もう少し日程に余裕があれば、個人的に取材もしたいところだったんだが‥‥さすがにそろそろ戻らないと上司が五月蝿いからな」
深々と頭を下げた歌姫に、少し軽いノリで言葉を返す。“真冬の夜”は既に過ぎ行き、紅玉の騎士はもういらない。歌姫の前にいるのは一介の記者に過ぎないのだ。
「いつかまた、ソラトさんも来てくれますよね。ロシアにいらしてくれた時には、ぜひ連絡を下さい。一番いい席を空けて、お待ちしていますから」
「そうだな。またいつか来れるといいな。そん時はよろしく頼む。それともいっその事、舞台裏フリーパスの権利でも貰って間近でじっくり見させてもらうかな?」
頭に手を置き軽くなでてやると、深紅の涙を胸に抱いた歌姫はくすぐったそうにわ微ら笑った。それを見て、彼女の微笑みを守り抜いた事こそ何よりの報酬であったとソラトは思った。

「で、今回はこんなところで良かったのか?」
“デスク”こと三田 茂が確認を取ってくる。ソラトは軽く頷いた。
今回の出張は表向き、≪アルタイル≫とソーファの取材であると言う事になっている。そうである以上、適当に取材内容を作り上げて提出する必要があったのだが‥‥
「お前にしてはずいぶんまっとうに纏めたもんだな。俺としては、もっとヤバいネタがてんこもりっていうのを覚悟していたんだが‥‥」
 ソラトの提出した資料には、“ロマノフの遺産”の事も、“クラスヤノスクの惨劇”の真相も、そして“エリューナの双珠”の伝説についても一言も触れられていなかった。彼は今回の事件の一切を、己の胸の内に秘める事にしたのだ。
常識外れの部下達のおかげでいつもいつも気の休まる事が無い名物デスクは、心なしか安堵のため息を漏らした。その様子に苦笑をかみ殺しつつ彼は答える。
「いや、まあ‥‥今回ばかりは俺も色々と知りすぎましたからね。ちっとは大人しくしておくのが‥‥」
良いと思いまして、という言葉は続かなかった。なぜなら‥‥

『「今回ばかりは」だぁ!?』

その場に居合わせた記者・職員のほとんど全員が、このように合唱したからである。そして‥‥

『ハモるなよ手前ぇら!!』

思わず、といった風なソラトの叫びが部屋に響き渡る事になったのである。次の瞬間、場は大爆笑の渦に巻き込まれる事になった。

いつもと変わらぬ職場の雰囲気を感じながら、ソラトは自分の居場所に戻ってきたのだという感覚を感じていた。窓の外、常春の街の空を、白い小鳥が舞っていた。
「それでソラト、ロシアの大地はどうだった?」
「あぁ‥‥厳しいところだったけどな‥‥色々と素敵なところも有る国だったぜ」
 答えたトーキーの眼は、その一瞬(とき)、白銀の大地を捉えていた。

真冬に少女を守るとき



 
Ending-Faze: “狩天使”崇也

サンクト・ペテルブルグの郊外墓地。偉大な男の死を悼む黒服達で埋め尽くされた葬式も終わって久しく、今はもうほとんど人はいない。
崇也はレオニードの墓の前に佇んでいた。イェレミーヤを殺した事、娘達の無事を報告する。復讐は果たされた。偉大なる父親の名誉は護られ、娘達の無事を祈った最後の願いは果たされた。だから崇也は此処を去る。復讐を誓った狩天使は、“家族”達には相応しくない。
黒いコートを翻し、剣士は墓を後にした。墓地の入り口で、サングラスを掛けたミハイル・フラトコフが待っていた。
「親父への報告は終わったのか?」
「ああ」
横を通りすぎた崇也に続き、二人並んで歩き出す。
「‥‥これから、どうするんだ?」
「しばらくロシアを離れる。俺の旅は終わっていない‥‥場合によっては、二度と来られないかも知れないな」
剣士が世界を旅する理由を、ミハイルは知っている。しばし沈黙した後、ため息交じりに呟いた。
「全く。お前は渡り鳥のように、一所(ひとところ)に留まってはくれないんだな‥‥俺個人の希望を言えば、ずっと此処(ロシア)にいて欲しいんだぜ?」
「悪いな。‥‥俺は生まれつき、旅が好きで‥‥向いているのさ。それに、遣り残した事がこの世界(ニューロエイジ)には多すぎるんだ。‥‥ただ、それだけだよ」
共に父の復讐を果たし、義妹達を守り抜いた相棒はしばし無言だった。向こうの木々が大きくざわめき、数多くの渡り鳥達が一斉に飛び立っていった。
ミハイルは鳥達を映すサングラスを外し、剣士の肩を軽く叩いた。
「俺にはお前を止める事はできんよ。前もそうだった。お前を引き止めようとした親父に、お前は同じ事を言っていた。親父は、そんなお前の事を気に入っていたから‥‥だから、引き止める事を諦めた。親父にできなかった事が、俺にできるとは到底思えん」
「お前等は俺を買い被りすぎだ。俺でなくても人はいるだろ?」
「‥‥いる事はいるさ。しかし‥‥」
ミハイルは少しだけ苦笑した。
「お前は、自分の価値を知らなさすぎるのさ」
二人は抱擁を交わし、肩を叩き合った。餞別にとミハイルが渡したのは、ロシアには珍しい、小瓶に収められた日本酒だった。崇也が渡したのはバーボンだった。レオニードが好きだったもう一つの酒だ。
互いに差し出した右手をしっかりと握り、二人の男は再会を願って別れを告げた。
また会おう(ダ・スビンダーニャ)義兄弟(きょうだい)
二人は背を向けて歩き去った。風が吹き、雲を吹き飛ばす。男達の前には何処までも道が続いていた。

真冬の夜を狩りに出るとき



 
Ending-Faze: “氷槍の戦乙女”ソーニャ・ミハイル


ソーニャは墓地に来ていた。傭兵団『シルバーファング』の面々は、クラスヤノスク跡の近く、共同墓地で眠っている。彼女は、そこで彼らと共に眠っているアークの霊前に、花を手向けに来たのだった。
あの戦いから、既に半年以上が経っていた。戦いの後、彼女は一人夜を徹して歩き、此処にアークの遺体を埋めた。部隊にとっては裏切り者だが、同じ処に埋めたとしても“家族”の誰も怒りはしないだろうと‥‥不思議とそんな気がしていた。
今日の天気は上々だった。晴れ渡った空は何処までも高く、肌を刺す寒さは彼女にとってはかえって安らぎを与えるものだ。雪が舞う事も無く、彼らが墓の下で寒さに震える事も無い。
そう‥‥彼女は生きていた。
このロシアの大地に‥‥たった一人。
アークの眠る場所。石畳に刻まれただけの簡素な墓碑の上に置かれた一通の手紙に彼女は気がついた。手に取り、黙って封を切る。中に入っていたのは歌劇場(オペラハウス)≪アルタイル≫のチケット。
誰が置いていったのか、なんとなく分かった気がした。そして、その予感は確信に変わった。
同封のメッセージカードに書かれた署名。“フレデリカ・ユ−リィ・パウロヴァ”と、“ソーファ・ユーリィ・パウロヴァ”。どうやって知ったものか、あの姉妹は『シルバーファング』とアークに、お礼の言葉を述べに来ていたのだ。
チケットからは、いつか何処かでかいだような、かすかな香りが漂っている。ロシアの雪原に咲く孤高の草花、峻烈で爽やかな香りが・元傭兵の鼻をくすぐった。
不意に思い出す、子供の頃に聞いた童話。雪の妖精たちの物語。
雪の妖精が春を見る事は永遠に無い。雪の妖精に春はこない。
人にとっての春とは、誰かを愛する事だと思っていた。“家族”に包まれていたあの頃、まぎれも無くそこは“春”だった。隊長がいた。サムがいた。アークがいた。仲間達がいた。
今の自分が無くしてしまった人達、もう二度と来る事の無い季節。
十年前、彼らを失った自分は、雪の妖精のようだと思った。心を凍り付かせて、ひたすら復讐に生きていたあの頃。
半年前あの戦いの中で、自分が求めていたものがなんであったのかを知った。けれど、その答は永遠に喪われてしまった。
“春を殺してしまった雪の妖精”
ついこの間まで、そう思っていた。
でも、自分は今もこうして生きている。
こうして手紙を読む事で、少しずつ生きている事を実感している。
そう。春は来るだろう。
雪の妖精たちは、きっとそれを見るだろう。
凍れる大地にその身を横たえ、春の訪れを待ち続けるだろう。春が来た時、彼らはきっと草花と共に有るだろう。
自分達こそ春であるとは、気づかないままに‥‥
そうは思っていなかったけれど、フレデリカにとって自分は春であったらしい。傭兵が生きていた事を知って、彼女は妹の生存を信じる事ができた。
ソーファにとって、自分は春であったらしい。冬が終わって、必ず来るもの。約束された‥‥春。
チケットは半年後の物だった。私は、彼女たちの元に現れるのだろうか。その頃には、笑う事はできるのだろうか?
人は強く、そして弱い。アークがそうであったように。私がそうであったように。
けれど、強いままではなく。そして、弱いままでもなく。そうでありたい。
そうなって‥‥生きていきたい。

真冬の戦乙女が立ち上がるとき



>> Scene29 『十一年後のクリスマス』
Last-Scene:

 場所はロシア連邦、サンクト・ペテルスブルグの郊外。訪れる者もほとんどいない閑静な墓地。そこに、偉大なる男レオニード・アルサノフの墓は在る。
墓標に捧げられた一枚の写真。そこには、歌劇場≪アルタイル≫貸し切りの、上演会の様子が写っている。装飾に飾られた荘厳なる大ホールには、たった4人の観客。
舞台の上には、姉妹二人と劇団員達。ヴァイオリンを演奏するのは“白きフェンリス”フレデリカ。姉の演奏に合わせるは、春を唄いし妹ソーファ。流れる曲目はもちろんの事、“真冬の夜を越える時”。
演奏に耳を傾けるのは、個性豊かな4人の観客達だった。
最前列の席で舞台を見ているのは若き探偵。紫紺の双眸が、優しい輝きを宿している。その傍らには黒衣の男。闇に溶け込む黒を纏い、静かに其処に佇んでいる。
舞台をカメラに収めようと、忙しく動いている男もいる。そして、最後尾の席から舞台を見つめる一人の女性‥‥
そんな面々を前にして、ロシアの星が歌っていた。響き渡るは天使の声、歌に語るは春の兆し。アルタイルの歌姫の胸元には、深紅の涙が変わる事無く、その主の内なる光を宿して輝いていた。


A story was finished with this.
Until the thread of the destiny is spun again.

本当の北の国からのもうひとつの物語。 -When Kross the Midwinter Nite

Special thanks to: "Players" & "Mr.Aka"

And here, the kurtain dropped,
Under sign of spring that aurola shows...
-XYZ-

このレポートは“緋”様のオリジナルシナリオ『真冬の夜を越えるとき』でアクトを行ったものを、RI財団に掲載された各レポートを参考にして書き起こしたものです。各部文章の一部にはそれらからの引用部分も多々存在しております。稚拙な文章を、少しでもましなものにしたいとの想いでその様にしましたが、不快に感じられましたらご容赦ください。
なお、『真冬の夜を越えるとき』の著作権は“緋”様に。各レポートの著作権は各執筆者様達に存在します。



一幕】【二幕】【三幕】

Bar from V:tM
...... When Kross the Midwinter Nite / Kita-Maro Paj.3 ......

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