Epilogue: White Silent Night

エピローグ ホワイト・サイレント・ナイト


 正体不明のガラス片を手に桐原はしばらく迷っていたが、十六夜に言われて二つに折ると近くのダストボックスに放り込んだ。ゴミ焼却用の小型高温炉が内蔵されたボックスの中で、ジュッと音がした。それだけだった。
 神薙は仲間の顔を見渡した。ギグ直後のヴィッキーは陽気に、ファン達のサインに応えている。
 中は普段通り――よく分からない“ウェイジ”のままだった。
 十六夜も――昨夜のランの中で何かがあったようだが――外面上は平静を装っていた。ミラーシェードに街のネオンが反射している。いつも通りの、チルな“エルフお嬢”の顔だ。
 相棒の桐原は疲れたような顔をしていた。きっと自分も同じような暗い顔をしているのだろう。二人のエッジの理由は失われてしまった。生きる目的は、これから探さなくてはなるまい。

「ヴィッキーお姉ちゃんと十六夜お姉ちゃん! メリー・クリスマス!」
 後ろでエルフの少女が手を振っている。ヴィッキーと、そして珍しく十六夜までもが微笑むと、二人の子供たちに手を振り返していた。
 つややかな黒い髪が、あの遥というエルフの少女の顔を縁取っている。染めた髪が当たり前になったストリートでは珍しい子だ。身なりは貧しかったが、彼女は輝いて見えた。なぜだか、あの子のような存在がとても貴重に思える。
 自分がストリートでガーディアン・ギャングを率いていた頃のことを、ふと神薙は思い出した。エルフの恋人、アズテクに殺された瑠夏(るか)のことを。彼女もあんな風な髪をしていたことを。もう、ずっと昔のことだった。

 昨日の天気予報は当たったようだ――ネオンに霞む夜空を見上げると、ちらほらと雪が降ってきた。東京スプロールに雪が降るなど久し振りだ。
 目を転ずると、フチとミツハマの広告の横で、どこかの企業の宣伝文句が巨大スクリーンを横切っていく。

【待望の『キング・オブ・ときめきハザード大戦’56』、遂に特典付きの限定版が本日発売! 公式ファンクラブ『帝国のばお団』も結成! “ゲーマー・ザン・ザ・ゲーメストTM”のIN◎UEコーポレーション ‥‥】
【RI財団は、粋な貴方を応援しますTM‥‥新作シムセンス・ノベル、いよいよ発売間近‥‥】
【アレス・アオヤマ学院、願書受け付け中! 貴方のお子様を、世界に羽ばたくアレス・マクロテクノロジー社に相応しい企業人に‥‥】

 トリデオの合成画面の中で、アイドル歌手が空しく踊っている。国籍不明のシャーマン・ミュージックをバックに、サスカッチのコメディアンとゲイシャが微笑んでいる。遠くではグレート・ドラゴンの横顔が大写しになっていた。
 街は光の洪水で溢れていた。超高層ビルの輝き、夜空を貫くレーザー・ライト。シアワセの高層モノレールが摩天楼をゆっくりと通過していく。ドク・ワゴンTMの“スタリオン”とECPの“イエロージャケット”がローター音を響かせ、ビルの谷間を過ぎ去っていった。夜空の星は、霞んでよく見えなかった。
 この雪を――彼らも見上げているのだろうか? 摩天楼の高みの企業人も。家へ帰る途中の俸給奴隷も。街に溢れる登録市民も。原野からこの街を眺める、様々な覚醒種たちも。そして――何処かの夜を疾走しているはずの、自分たちの同業者も。
 世界は変わり過ぎてしまった。何もかもが変わってしまった。だが、雪は覚醒前と何も変わっていなかった。
 ダストボックスの上に積もった雪が湯気を上げていた。空気は少し汚くなったが‥‥今夜の粉雪は純白だった。
 渋谷に渦巻く様々な色の光を吸い込み、反射しながら、雪は降り積もっていく。
 汚れた街を、混沌の第六世界を清めるように、雪は静かに、冬の東京スプロールを白く染め上げていた。


While The Earth Sleeps - Tokyo Sprawl 2056
 

>>>>>[これでハードなランも終わりだ! どうだい? 第六世界はいつでもリアルスペースの君たちを待ってる。 一緒に、摩天楼の谷間を、輝くマトリックスのグリッドを疾走しようじゃないか。光の速さでな。自分が自分である限り、第六世界の夜はランナーのものだぜ!]<<<<<

――エルフ・デッカー メタリック・マウザー

>>>>>[自分自身の輝きを失わない限り、勝利は貴方のもの‥‥そういう所は、私たちの住んでる街と同じね。プラチナムでニューロな冒険と素敵な物語、楽しませてもらったわ]<<<<<

――NCB広報部 “広報部の華” 静元涼子

>>>>>[シャドウランには全てがあるぜ! 息もつかせぬアクション、超ハードなガンファイト。俺たちは裏世界のプロの誇りを賭けて、冒険の光と影の中、生と死のぎりぎりのエッジの上で戦うんだ。日本なんぞ手ぬるいぜ。舞台はシアトルがベストだ!]<<<<<

――ストリート・サムライ レイザーエッジ

>>>>>[そうなの〜? 私は、リプレイみたいな冒険が、してみたいな〜。別にどっちだっていいじゃない。私たちは私たちだけの“シャドウランナー”と心を共に、一緒に冒険して、一緒にすてきな物語を造れるんでしょう? 大事なのはそういうことじゃないの?]<<<<<

――ハーフエルフの冒険者 エリーシャ・フィオレット

>>>>>[当財団は、どちらの貴方も応援します。粛正、『帝国のばお団』。人の心に夢を、彼方の世界に翼を。粋な貴方を応援する当財団を今後ともどうぞご愛顧下さい‥‥‥‥]<<<<<

――RI財団広報部

>>>>>[第一、第六世界のお前さん達も、心の奥には熱い魂を持っとるんじゃろう? それで十分ではないのかね?]<<<<<

――“ゲイルチェイサー”老竜ファビウス

>>>>>[WIZ! 難しい話はよしとして、そういうことにしとこうじゃないか。何を想い、何をするにせよ、オレ達はシャドウランナーだ。それが大事だよな!]<<<<<

――エルフ・デッカー メタリック・マウザー

>>>>>[ところで、今夜のシャドウランドBBS特別支局は、何だか知らないハンドルが多いね。みんな、一体どこのLTGからアクセスしてるのかな?]<<<<<

――デッカー ネットボーイ

>>>>>[えっ? 勿論、龍月堂のDAKからウェブを介して‥‥あ、なんでもないよ]<<<<<

――チャクラ “幻龍”明月寺霞

>>>>>[わしはNCPDのデータタームからじゃ‥‥おっと、どうでもいいことだな]<<<<<

――ナイトシティ市警察 マック巡査

>>>>>[?????? 新手のジョークかい? まあ、いいや。それじゃ、リアルスペースのみんな、サヨウナラ。元気でな。IN◎UEコーポのゲームソフトの洗脳はシアワセ並みだそうだ。気をつけろ! ビッグAも要注意だぜ。
 気が向いたら、またシャドウランドにアクセスしてくれ。いつだって会えるさ。じゃ、またな!]<<<<<

――エルフ・デッカー メタリック・マウザー

>>>>>[そうだよ、チャマー。ただのジョークだよ。いずれにせよ、ここまで読んでくれてどうもありがとう]<<<<<

――かみさま〈??:??:??/01-01-98〉



シャドウラン・リプレイ
『While The Earth Sleeps 〜大地の眠る間に〜』

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