第一章 三つの八弦琴
時に妖精代九五二二年、八弦琴の月、光の牧人の日。〈世界〉の中原、メジナの南、ルケ山近くの銀の森。今宵もまた、運命に導かれ、静かな夜の森に集った男女がいた‥‥。
夢の中で幾度も会った女性――アステリエという娘に出逢う予感を胸に、愛剣カスパーを手に愛馬メルキオールと共に旅してきた放浪の傭兵、バルダザール。
同じ魔道の道を志しながら、道を違えた親友エリサを自らの手で殺めた過去を拭いきれず、死霊憑きとの噂をたてられグラムの魔道師学院を後にした翼人の魔道師――白き翼の王ティオールの死と終末の力を振るう女魔道師ルクレツィア。
草原の大公マキラスカに仕え、魔族の諸侯の復活を狙う秘密結社『緑の猟犬』の一員として、自らが解き放つべき封印の夢と銀髪の女性の夢に導かれ、何処からかやってきた奇妙な旅人、ヨゴローザ。
そして、湖畔の古城跡と一角獣の夢に導かれてヌルパからやってきたという、金髪の若き女騎兵アステリエ=フェザール。
今宵出逢ったのも何かの導きと、一行はしばし行動を共にする。夢で逢った娘との出会いに、日々戦いの毎日を送っていたバルダザールも運命的なものを感じる。彼女は何か重大な決心を胸にこの地に来たようであったが、バルダザールには分からなかった。そして度々、湖に囲まれた古城や一角獣、銀髪の女性の夢が一行を導く‥‥。
小鬼ヴァルトの群れを退け、森を進む一行の前には、果たして霧に包まれた湖と、朽ち果てた古城跡が現れた。
その地下には、夢で見たのと全く同じ十三の星座の魔法陣と大理石の一角獣の像――恐らくは魔族の封印と思われる小部屋が。
だが、アステリエは持っていた一角獣の短剣が光り出すのを見ると、つかつかと封印に歩み寄った。
騎士の家系に生まれるも、自分の仕えていた姫君を失い、領地を奪われた彼女は、騎兵に身をやつし、魔族に魂を売ってでも復讐を果たすつもりだったのだ。
彼女を引き止めるバルダザールは、彼女の目に浮かんだ大粒の涙に、思わず手を放す‥‥。
また、ヨゴローザもまたその正体を現し、封印へと歩み寄っていた。立ち塞がるルクレツィア。だが、彼の背後に一瞬浮かんだ銀髪の魔女の放つ強烈な魔力に、流石のルクレツィアもたじろぐ。
魔族の中でも鬼将と怖れられた銀の騎士、鏡の大公ルドラウが娘――鏡の公女エリシェがヨゴローザを操っていたのだ!
銀の光に飲み込まれ、深淵の魔力溢れる鏡の迷宮をさ迷う一行。中心の湖には角を持つ銀髪の女性と、一角獣が佇んでいた。
有角の公女ディーヌと一角獣フラール。遥かな神話の時代、神帝リアンドラに復讐を誓い、魔族へとその身を変じた湖畔の王国の民の最後の一人。
だが彼女は蒼き死の公女ルハーブら魔族の五公女のように復讐に狂うことなく、封印された後も追憶の中に永遠に眠っていたのだ‥‥。
復活など望まぬことを語るディーヌ。だがそこへ、企みの潰えたエリシェが憤怒に燃えて姿を現す。剣を取るバルダザールら。そして、ルクレツィアが白濁した両眼を隠す遮光器を外し、全身全霊を込めて放った凶眼の呪文が、鏡の公女の体を砕いた‥‥。
微かに聞こえる深淵の波音。自分たちの帰るべき世界の事を思い出し、夢の迷宮から脱する一行。背後に、有角の公女ディーヌの最後の言葉が響く。
『‥‥我ら魔族は呪われし不死の身。私は過去の記憶の中に永遠に生きましょう。だが、あなた達人の子には、思い出の先に未来があるはず‥‥』
真夜中の古城跡に、一行は帰還を果たす。バルダザールに慰められ、アステリエは自分の過ちに気付く。重なり合う二つの影を、古鏡の舞姫テルティスの司る月が静かに照らしていた‥‥。
八弦琴の月、八弦琴の日の夜明け――闇の八弦琴の時刻。
正体を知られたヨゴローザは、残り少ない人生を結社に捧げるべく、一行に悟られぬ内に早朝の森の霧の中へと消えた。
バルダザールとアステリエは、バルダザールが一夜のうちに13年の時を過ごした森の結界の主を捜すべく、共に馬上の人に。
そして、一人残ったルクレツィアは、殺めた親友の記憶を拭えぬまま、流浪の旅を続けるのであった。
かくて、旅人たちは舞台から消えた‥‥。
――『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》第一章より
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