第四章 風の王国の哀歌
ア・ルア・イーの魔道書は開かれ、銀幕は四たび幕を開ける‥‥。
妖精代九五二二年、青龍の月。
一行の運命に深く関わる二騎の魔族――“美の王”と“なげきの声”の知識を得るため、一行は門の都アラゾフを後に、石造りの都メジナへと向かった。
吟遊詩人トアは市場でまたも竪琴を弾くが、またしても月並みな恋歌にはあまり反応はなかった。
そばで他人の振りをする弓兵リッケルト。ふと見ると、難度の高い八弦琴で見事な弾き語りを見せ、拍手喝采を浴びている詩人がいた。八弦琴の刻印がうずき、リッケルトはそちらに歩み寄る。
ハラーラという名のその若い詩人は丁寧に挨拶をし、皆さんの宿にもいずれ伺いましょうと約束した。うちの見習い詩人に教えてやってくれとの冗談に笑うハラーラに、リッケルトは好感を持った‥‥。
一方、指輪の騎士ブランベイルと黒剣の女魔道師ミルディアは、年老いた戦車の魔道師ダラフを訪ね、魔族の知識を得る。
美の王ノスプールは不老長寿を求める貴族の秘密結社、《美神教団》を率いる美しき貴公子。噂では、北原の何処かに彼の出生の地、美と栄光の都イアスがあるともいう。
そしてなげきの声ルハーブ。死を告げる乙女ルハーブとも言われ、嘆きの声をあげながらさ迷い、人々に死の予言を課す女の亡霊。かつて、土鬼の最後の魔道師に召喚され、死者の軍勢と共にメジナの街を襲い、妖精騎士団によってその肉体を十三に分断され封印されたとも。それが正しければ、単なる死を告げる亡霊というのはおかしいはず。
そしてダラフは、翼人座の魔族の持つ『死』そのものの魔力について、二人に強く警告した‥‥。
盗賊娘のクライネは市場の乞食が盗賊団の繋ぎであることを見破り、銀貨を与えてメジナの盗賊団について教わる。
この街を仕切るのは夜の魔人、烏のハルディン率いる『リュカノン党』と、鳩のクルゼイ率いる『隼団』。
烏のハルディンは魔族の下僕に通じる男。普段は商人を装うクルゼイには一人娘ギータがいたが、彼女は隼団の幻術師くずれと駆け落ちしたとか。かつては街の外からやってきた一団と三つ巴の抗争もあったが今は落ち着いているという。クライネは、この街で仕事をするのは控えておこうと思った。
やがて夜になり、一行は宿でくつろぐ。トアは『風の王国の物語』を弾こうとして、弦を切ってしまう。
そこへハラーラが現れ、二人が共に弾き語る物語に、一行は古代の王国の幻視を見る。ハラーラもミルディアと同じくメジナの出身であり、叙事詩の真実を探すべく各地を巡り、また戻ってきたところだという。
そして夜半、ブランベイルの従者フィッツェンは、歴戦の勇者リッケルトと共に、街の南西にあるアルカットの遊郭街へと散歩に繰り出した。「へへ、旦那、《青き波間》はどうですかい? 看板娘のシュマがそりゃもう‥‥」と、高い遊郭にふらふらと歩み寄る若者を、リッケルトは誘惑の手から救い出す。
ふと空を見上げると今夜は満月の第二夜。明日は満月の第三夜、闇の翼人の日であることに二人は気付いた‥‥。
次の日――闇の翼人の朝、クライネはハラーラが竪琴小路から出てくるのに気付く。建物をそっと覗いて見ると、旅に出る若い詩人を、他の詩人たちが見送る所だった。吟遊詩人の流派なのだろうか。そして奥に描かれた、八弦琴を携えた黒衣に銀の帯の女性の絵が、動いたような気がした‥‥。
そして、闇の翼人の日の夜。昨晩は自分が生まれた日の夜空の夢を見たリッケルトは、今夜も不思議な夢を見た。
満天の星空に輝く八弦琴の星座。さらさらと流れる砂時計。長い藍色の髪をした馬上の女性。
彼女は全ての星を従える歌の公女イェロマーグと名乗り、八弦琴の星座に従う者がもう一人いたかと微笑む。リッケルトは、自分の第三の瞳の原因を知った。
自分の運命も知っているのかとの問いに、全ての叙事詩と秘曲を知る公女は頷き、だが、それは明らかにされていない故、ことばにはできぬと答える。なおも問いかけるリッケルトの前で、歌の公女の姿は消えていった。
イェロマーグの最後の言葉がリッケルトの耳に響く。
「だが忘れぬことだ。見つめること、伝えることこそが、全ての吟遊詩人の使命じゃ‥‥」
メジナの地下を探索する計画を練っていたブランベイル達は、夜にトアが立ち上がり、何かに導かれるように地下墓地へ向かうのに気付く。
一行は後を追った。雫通りを抜け、横道から地下へ入り、メジナの下水道を一行は進む。
度々現れる、白い鎧の公女の幻影。死の予言を課す乙女の亡霊に出会い、なおも進む一行は、翼人座の魔族特有の破滅の気が高まるのを感じる。
ミルディアは行く先が、無縁の死者を投げ込む人喰い穴の底であるのを確信する‥‥。
やがてたどり着いた穴の底。翼人座の魔法陣の上に、白い鎧の公女の幻影が浮かび上がっていた。
「我が想いこそがお前を生み出した。歌うのだ。我が恨みを。風の王国の哀歌を!」
トアを指さす蒼き死の公女ルハーブ。そう、吟遊詩人トアは、魔族の想いによって、深淵の子宮から産み出された存在だったのだ!
そこへ、死を告げる乙女に導かれて来た異端ルハーブ派の夢占い師と傭兵がやってくる。額の血の十字は、死の風を防ぐ教団の呪文。
一行との戦いが始まる中、トアは魔法陣の中に歩み寄り、竪琴で弾き語りを始めた。
ルハーブの夢が深淵から溢れ出してきたのか、辺りには蒼い光が立ち込め、風の王国の物語の情景が浮かび上がる。
弟ユーリと共に馬を駆るルハーブ。地下水路で神帝リアンドラと戦うルハーブ。転がる弟ユーリの首に激高するルハーブ。
剣の帝国に捕らえられ、水牢を星の民のピスケールと共にさ迷うルハーブ。蛇姫オラヴィーに、復讐の力が欲しいと叫ぶルハーブ。
そして、風の王国の青の戦姫ルハーブは、蒼き死の大剣レイランムーアを携えた蒼き死の公女ルハーブとして生まれ変わり、魔族たちの狂気の物語が始まるのだった‥‥。
命を吸い取られながら、懸命に敵を撃退するブランベイルら。トアはルハーブの声に抵抗し、竪琴の弦を切る。だがそこで、既に白髪の混じり始めたハラーラが、自分の八弦琴を差し出した。そう、ハラーラは、魔族に出会い物語を聞き、叙事詩の真実を探し求める、異端イェロマーグ派の吟遊詩人だったのだ‥‥。
ミルディアの黒い長剣が折れるもリッケルトの弓が唸り、夢占い師たちは倒れる。クライネが魔法陣に侵入してトアを押さえ、トア自身の意志もあって歌が止んだ。
「何故だ! そなたに我が歌を歌いきる力を与えたというのに!」
問いかけるルハーブの幻。
「私は人として生きる。それがさだめなのだから」
自らの運命が解き明かされてもなお、偽りの思い込みに浸ろうというのか、トアは答える。
「‥‥ならば、我が呪われし一生を歌う代償を払うがいい」
無念の思いでそう言い残すと、蒼き死の公女の幻影は薄れていった。と、止まっていた時間が一挙に過ぎ去ったのか、トアは老人となってその場で倒れた。
「見つめること、伝えることが、吟遊詩人たる我が使命」
自らが全ての災いの元凶であるにも拘らず、不可解な言葉を残して吟遊詩人トゥルーネアは息絶えた。
リッケルトの腕の中で、叙事詩の真実を知ることができたハラーラは満足そうな表情で息絶える。二人の死体を抱え、一行は地下墓地を後にし、日光の降り注ぐ地上へと出た。
クライネは葦原の国へと旅立つ二人の魂を目にし、ミルディアはまたも救えなかった友のことを想う。
ブランベイルの耳には父なる魔族の声が聞こえ、リッケルトは歌の公女イェロマーグの残したことばを思い出すのであった。
かくて、銀幕はひとまず幕を閉じた‥‥。
――『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》第四章を
閲覧せし見習い魔道師シャミアナ記す
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