幕間

カラクザール、魔道書を借りにゆくこと

この場所こそ我が故郷。
これだけは決して忘れない。

「またお前か。《銀の門物語拾遺》の第二巻でも見たくなったか?」
 この前とまったく同じだった。魔道師学院の大書庫の中、延々と続く本棚。戦車の門をくぐると、そこには老いた封印の獅子。

「いえ――違います。白面のウィルヴィア様の使いで、《ア・ルア・イーの魔道書》の物語の書を借りに来ました」
 カラクザールはやや緊張気味に答えた。自分の目の前にいるのは封印の統領サブラムの下僕である守護獣。加えて赴いた場所も同じ‥‥禁書の類が厳重に封じられた、禁裏のある戦車の門の入口とあらば、慣れようとする方が無理なこと。

「ほう、あのような異端の書とは」獅子は立ち上がり、大書庫の奥へ歩き出した。
「お前の師匠も相当の好き者と見える。ついてこい」
「しかし、前に閲覧した時にも、興味深い記述が見受けられました」
 慌てて獅子を追いかけながら、カラクザールは続けた。
「例えば、有角の公女ディーヌに関する物語‥‥高名なる《ギャザリン・モールの魔道書》にも記載されていない魔族の諸侯の名を知ることができるとは」
「なるほどな」
 今日は機嫌がいいのだろうか、老いた獅子は前よりも口数が多かった。
「説話の形を取りながら、様々な事柄が記載されているのは確かだ。だが、所詮は異端の出自不明の書。力ある魔道師の一団が書き記したというが、魔道師学院にもそのような記録はない」

「しかし、分からぬことがあるのです」
 カラクザールは尋ねた。
「前に閲覧した時は、物語の書は第三章が終章でした。我が師匠は第四章を見よと言ったのですが‥‥」
「八弦琴の五段だ」獅子は本棚を鼻先で示した。
「その三章には何が記されていた?」
「白の男爵ロプシークと『新たなる暁』について。物語で言うと、ええと、黒剣の女魔道師殿が、死体再生に取り憑かれていた旧友を仕方なく葬った後‥‥仲間の詩人の出生の謎を探るため、メジナの街へ帰った所でした」

 分厚い魔道書を開き、頁をめくる。前に閲覧した第三章の終わりの次の頁を開いた時、カラクザールの手が止まった。
 彼の前で白い頁に様々な上代語の文字が浮かび上がり、踊りだし、文章をなしていくではないか。早くも、『第四章』との見出しが先頭に並び終わった。
「その書が現在、過去、未来のいずれひとつを記したものと、誰に保証できよう?」
 封印の獅子は驚くカラクザールを見つめると言った。
「その書が強い魔力を持つ証よ」

「すごい‥‥」一旦魔道書を閉じたカラクザールの目に、裏表紙に刻まれた三角形の紋章が止まった。
「“人の心に翼を 彼方の世界に夢を”‥‥ところで、このことばの意味は?」
「この書の作者が残したもの」獅子は答えた。
「夢を見る力を持つ人の子がこの書を読むとき、その心は深淵を抜け、龍と夢魔の戦場をも越え、別世界までも至ることができるという。だが気をつけることだ。夢と現実を区別できなければ、深淵の中で永遠にさまようことになるぞ」

「メジナ‥‥蒼き死の公女の記載があるかも知れない」
 カラクザールの心は早くも、次なる物語の中に飛んでいた。
「早速、自室で読ませてもらいます」

 大書庫の中を足早に帰っていく見習い魔道師。その背に向かい、獅子はこう呟いた。

夢さえも死をもたらす。
狂気こそ究極の平和のあかし。

 

銀の仕切り線なり。
.........『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》幕間 カラクザール、魔道書を借りにゆくこと.........

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