第三章 黒の塔、白の魔道師
今ここに、銀幕は三たび幕を開ける‥‥。
妖精代九五二二年、戦車の月。アラゾフの盗賊団の娘、クライネ=バルトは親友のラーンから、“黒の塔”に住む変わり者の魔道師から絵を買ってきてくれと頼まれる。頼まれると断れない性格の彼女は承諾し、旅の準備の為に市場へ。その魔道師の描いたという前衛的な絵画の幾つかは、市場でも売っていた。
そんな彼女の耳に聞こえてきたのは、街角で吟遊詩人の歌う月並みな歌。その竪琴弾き――トゥルーネア・ボルゲンは通称トアと名乗り、妙な丁寧口調で彼女をお茶に誘いに近寄ってきた。怪しむ彼女は彼から逃げ出そうとする‥‥。
街角で見かけた詩人と娘との奇妙な漫才に呆れていたのは、若き弓兵リッケルト。愛用の大弓を手に戦に参加していた彼は、指揮官が逃げたせいで敗北、多くの仲間を失っていた。
そのリッケルトの額の布で隠されているのは、世にも珍しい八弦琴の刻印――第三の瞳。風の中に黒の塔の幻視を見た彼は運命を感じ、この街へと流れてきたのだった‥‥。
一方、生命創造の秘呪で造り出した忠実なる軍馬ガリレスと共に、各地を旅する黒き法衣の女魔道師ミルディア=ヴェルドークは、魔道学院時代の友人フェーランと再会するであろうとの占いを受け、アラゾフに赴いていた。
聞けばかつての友人は街を離れ、黒の塔で一人暮らしているとのこと。領主に会見を申し込んでいた彼女は、同じ用向きで館に来ていたもう一人の旅人に出会う。
盾の紋章は白と赤に金の指輪。愛馬と従者を従えた放浪騎士が恭しく礼をする。
その人ならぬ美貌にミルディアは息を飲んだ。指輪の騎士、破魔の瞳のブランベイル=オーティス。金の右目は破魔の瞳。銀の左目は指輪の魔族の血のあかし。携えるは破魔の槌矛、“陽の烙印”。
二人は共に街の宿へと向かった。黒剣の星座に仕える彼女は、道連れとなった騎士に少なからず興味を持った‥‥。
トアが歌う『風の王国の物語』が流れる宿屋で、一行は運命の邂逅を果たす。盗賊娘クライネと会った途端、リッケルト、ミルディア、ブランベイルは自らの魔法の刻印がうずき出すのを感じる。
クライネは世にも希な、指輪の女王の血を遠くに受け継ぐ娘だったのだ‥‥。
道中は魔物の類いが出るかも知れぬとのことで、五人は共に“黒の塔”を目指す。途中立ち寄った村では、亡くなった老人を翼の王ティオールの元に届けるべく、葬式が執り行われていた。泊めてもらった家では、死んだはずの少女ダナを森の中で見たと主張する少年が。
眠りについた一行は、各々不思議な夢を見た。
ブランベイルに向かい「我が子よ」と語りかける、金髪の貴公子の幻影。 トアは度々、白の騎士鎧に蒼い刃の大剣を持った公女の姿を見る。
クライネを導く、澄んだ瞳に聡明さを湛えた優美なる女神。リッケルトの八弦琴の瞳は、女性の死体をはべらせた魔性の美青年の姿を見出す。
そして、ミルディアが夢の中で見たかつての旧友は、地下室でまがまがしい呪文を唱えていた‥‥。
やがて辿りついたからくり仕掛けの“黒の塔”。
フェーランの黒剣座の刻印、黒き角は白く変色していた。彼は快く一行を迎え、自分の絵画を見せる。
だが彼の言動は常人には理解できぬものだった。どんなに黒剣の司る創造を極めても、既にあるものを永遠に留めることは叶わない。彼はある呪文を用いて、妻のフローリスを永遠のものとすることができたという。彼がクライネに売った絵は夕焼けの風景画。だが、彼はそれを夜明けだと主張した‥‥。
各々なりに怪しみながら、一行は塔で一夜を明かす。またもや、様々な幻が一行を導いた。
そして次の日。フェーランはアトリエを案内する。並ぶ翼人の星座の魔道書や魔族の文献。描かれた絵にも不吉な匂いがする。
一行が問いただすと、フェーランは塔の仕掛けを使い、一行を鉄の檻に閉じ込めた。君たちが自ら命を絶ったら、僕が美しい死体として蘇らせ、永遠に生かしてあげるよと言い残し、彼は《位置の支配》の呪文で姿を消す。
建築の知識のあるリッケルトが仕掛けを見破り、辛うじて檻から逃れていたブランベイルが破魔の槌矛を振り下ろして歯車を壊す。一行は消えたフェーランを追って階下へと急いだ‥‥。
一方、地下室に興味を持ったクライネは暗い階段を降りる途中、魔法の素質を見込まれて塔に来たという美しい少女ダナに出会う。少女の髪に混じる一筋の白い髪は翼人の刻印。クライネは彼女が再生された死体であることを悟った。
だが振り返った彼女の首筋に、鈍く輝く鎌槍が突きつけらる。不気味な背筋曲がりの下僕とフェーランが姿を現した。
死体の再生により自らの再生を目指す秘密教団『新たなる暁』の未来の司祭として、フェーランは翼人座の魔族――白の男爵ロプシークにその魂を売っていたのだ!
クライネを探すブランベイルらは地下へと急ぐ。暗闇の中にまたもや、毒蛇と銀の剣を携えた金髪の美しき貴公子の幻影が現れ、ブランベイルを導く。指輪の魔族、美の王ノスプール――彼こそ、ブランベイルの本当の父だったのだ‥‥。
女王の血筋を引く者は魔族召喚の生け贄に最適とも言われる。抵抗できないクライネを連れて地下室へ入ると、フェーランは魔法陣を遠隔起動させる。彼女が死を覚悟した時‥‥一行がようやく姿を現した!
「どうして邪魔をするんだ? 僕はフローリスといつまでも一緒に暮らしたいだけなんだ‥‥」
嘆きながら、フェーランが黒と白の長剣を取り出し、ロプシークの下僕の下男らが鎌槍を構える。
「翼人の羽音を聞け!」とリッケルトが愛用の大弓から放った矢がせむしの下男を貫き、ブランベイルの振るう破魔の槌矛が、魔族に反応して金色に輝き出す。意味不明の文句を呟いて一行を応援するトア。
仕方なくミルディアも黒の長剣を振るう。そして、指輪の女王ギャルレイの声を聞いたクライネは、果敢にフェーランに挑んだ。
《物品の支配》で強化された長剣の斬撃を辛うじて避け、クライネの曲刀が弧を描く。女王の加護か、偶然か、渾身の一撃は魔道師の体を確かに捕らえ、フェーランは冷たい床に倒れた!
「お前ならば、我が教団のよい《宴の主》になれると期待していたものを‥‥」
何処からか響く魔性の声。
「男爵、僕はただ‥‥」フェーランの体は宙に浮き上がり、ばきばきと嫌な音を立てて消えていった。駆け寄る妻フローリスの体は見る間に朽ち果て、塵となって消えた。
近くにいたブランベイルの胸で泣き出すクライネ。そしてミルディアはかつての友人の死に衝撃を受け、しばし立ち尽くした‥‥。
不浄の塔に火をつけ、燃え尽きる様を見守る一行。
死者たちの声を聞いたリッケルトは生と死の意味をかみしめ、ミルディアは道を違えた旧友を想う。
自らの運命を知ってしまったクライネはうなだれ、トアは自分の過去がいずれ明らかになるであろうことを悟る。そしてブランベイルは風の中に、父なる魔族の賞賛の声を聞いた。
揺らめく炎の中に半裸の美青年の幻影が現れ、去り際に囁く。
「ここは退くとしよう。美の王と‥‥そして嘆きの声の手先までもが邪魔だてするとはな‥‥」
くすぶり続ける黒の塔の残骸。夜空に輝く十二と一つの星座。銀幕は閉じゆき、役者たちは運命の舞台からひとまず姿をひいた。
――星座は巡る。これぞ、運命の機械からくり。
名も知られぬ八弦琴の神が言ったか、あるいは歌の公女イェロマーグか。はたまた謎めいた『ア・ルア・イーの魔道書』の一節か。そんなことばが、街へと去りゆく一行に投げかけられた‥‥。
――『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》第三章より
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