集いの章 六の位

霧の森で

 

配するは我なり。秩序こそが世界でもっとも美しい。

時は妖精代末期。ところは荒ぶるハジの荒野。若き龍たちの襲撃を避け、荷物を運ぶ隊商の一行。護衛として彼らに従う、幾人かの男女が運命の舞台に上がった‥‥。
 夢で見た女性との出逢いを予感しつつ、目の前の森に目をやる記憶喪失中の元吟遊詩人の傭兵ミロス。
 ユラス男爵と故国ユラスへの堅い忠誠を胸に、身分を隠しつつ馬車に従う黒騎士ライゼン=ハーン。
 不和の侯爵サードナに操られ、漆黒の魔剣『大烏』と共に世をさ迷う天才剣士ルシウス=クランドール。
 そして、三六匹の友たちと共に旅する、アイズナ使いジャービル‥‥

淵よりさらに外。そこは、夢の戦場なり。

危険な龍たちを避け、隊商は大きな森に入る。だがそこはうっそうと霧が立ちこめ、太古の植物が生えるあまりにも深い森だった。
 黒騎士の魔法の瞳にはこの森に込められた結界の魔力が映り、一行に警告を発する。だが龍に喰われるよりはましと、隊商は乳白色の霧に分け入っていった‥‥

、鼠や小動物たちが森の奥より、何かから逃げてくる。ジャービルがアイズナに頼んで話してもらうと、恐ろしいものがこの先にいるという‥‥
 やがて狼や馬、果ては瘴気を吐き出す小鬼ヴァルトまでが逃げ出してくる。動物に詳しいジャービルには、世界から滅んで久しい“えみゅう”なる種までもが見受けられた。
 次に現れたるは身の丈一クラエ半の巨人。黒騎士ライゼンと剣士ルシウスが身構える前で、杖の土鬼の兵士たちは土鬼語で丁寧に道を開けてくれと頼む。何が待っているのかは、最後に逃げてくるであろう彼らの長が教えてくれるという。
 一番最後に現れたのは、戦輪を腰に付けた土鬼たちが担ぐ籠。籠の中には紫衣の土鬼の老人。旗の土鬼は、剣の王ソダールの王子の生き残りが、今この森に帰ってきたと語る。剣の王の息子のほとんどは既に滅んだが、森の王と取り引きし、魔族たちからも逃れたものがごく僅か。妖精代末期の今の時に、時間を超えるこの森の結界に、一行を鍵として、道標として蘇ったというのだ‥‥

鬼たちも彼方へと逃げ出し、隊商だけが待つ小道に、果たして人影が現れる。纏うのは太古の貴族の衣装。圧倒的な魔力の気。彼は言った。
「見つけたよ、子羊たち」
 手を振れば、そこには霧が別れて平和な村が。隊商の面々も何時の間にか村の住人と化している。

 ジャービルは、従えるアイズナたちの父母や祖父母、今までに死んだはずのアイズナまでもが全員揃っていたのに驚く。
 黒騎士ライゼンは、一瞬だけ村の中に敬愛するユラス男爵の姿を見るが、強大な魔力を持つ北の魔人は手を振るとまやかしを破り消えてしまった。
 そして、剣士ルシウスは、決別したはずの家族‥‥父トーラスや弟アルス、変わり者の叔父ジェラードまでもが村にいることに愕然とした‥‥
「村外れには祠がある。その中の像に口付けし、僕を神と崇め、この“名を捨てしもの”カナアンに忠誠を誓うなら、君たちもここで永遠に平和に暮らせるのさ」
 それぞれの心の隙をついたソダールが子の言葉に、一行も心を動かされた‥‥

の夜の歓迎の宴となる。が、黒騎士ライゼンは、納屋で、一列に並んだ鶏たちが自分から首を出し、整然と食事用に首を切られていく様を目撃する。今日こうなるのが彼らの役目だったからさと肉屋は言う。やはり、この村の平和はまやかしなのだ‥‥。
 村の異常さを知る傭兵ミロスはたびたび自分を導いた女性の声に答え、宴の席で吟遊詩人の声を活かし古代の名曲『天空城落城の歌』を歌う。アイズナ使いジャービルは、祖父母たちとの再会に喜ぶアイズナたちに囲まれる。だが、愛するアイズナの祖父母たちは、確かに死んだのだ‥‥
 そして、剣士ルシウスは父と語る。お前のことは全てを許そうと語る父トーラス。あの方に従えばすべては永遠に平和なのだと。
 だが、ルシウスの父はその程度の人物ではなかったはず。『大烏』が獲物を見つけた喜びに震え、ルシウスは自らの呪われた運命は果てなきことを悟る。魔剣はただ一撃で、父を葬った。烏の頭の不和の侯爵が、お前はまことによき駒よとほくそえむ‥‥

の夜。黒騎士ライゼンは故郷の情景を垣間見、変わらぬユラスへの忠誠を誓う。  夢の中で深淵をさ迷うルシウスは不和の侯爵と出会った。『大烏』でソダールの子を倒すという約定との引き換えに、サードナは僕である金狼を呼ぶ呪文を授けた。剣士の髪に、一房の獣毛が混じる‥‥
 また、傭兵ミロスは夢の中で、運命の女性とついに出会った。その名は麗しき魔族の五公女の一騎、風の公女ピスケール。彼はこの時の為に、公女に創られた存在だったのだ。
「内なる力と外なる力、どちらを望む」との声に、外なる力を望むミロス。ソダールが子を倒す為にと、風の公女が授けたのは名高き龍刀『銀河』。放たれるは七つの星、人の子には強力過ぎる武器を手に、ミロスは明日の戦いを誓う‥‥

の日。黒騎士ライゼンは、今度はかつて倒したはずのラルハースの水の騎士に出会う。死の淵より蘇った彼もまた、ソダールの子への服従と永遠の平和を薦めた。
 だが、ライゼンの故国への忠誠は少しも変わらず。災いの元凶を断つべく、黒騎士は愛用の片手半剣を手に村外れの祠へ。龍刀『銀河』を召喚したミロスも祠へ。魔剣『大烏』を手に、ルシウスも祠へ。
 いったんはアイズナたちを全員かき集め、この魔の領域から逃げ出そうとしたジャービルも、祖父母を慕うアイズナたちの頼みから、祠へと向かう‥‥

いが始まった。ソダールが子カナアンが放つは、服従を命ずる圧倒的な魔力の気。その力は自らの傷を癒し、死んだはずのルシウスの父までもを召喚する。
 だが、既に人の領域を超えかけている一行は魔力の気に耐え切った。不和の魔剣『大烏』が軽やかに舞い、風の公女の龍刀『銀河』がカナアンの体を切り裂く。乱舞する七つの星はさらに一撃、そして召喚されたルシウスの父をも消し去り、あたりを煌々と照らす。
 そして、揺らぐことのないユラスへの忠誠に支えられた黒騎士ライゼンの剣が、さらにカナアンを攻める。一度は逃げかけたアイズナ使いジャービルとその連れたちも、三人に声援を送る‥‥。

戦は続いた。風の公女との固い絆に支えられたミロスといえど人の子、強力過ぎる魔族の武器はその命をも削る。遂にミロスが力尽きた時、同時に風の公女の龍刀も二つに折れた‥‥
 身軽な剣士ルシウス、丈夫な鎧に護られた黒騎士ライゼンもさすがに命運の尽きたるを覚悟した頃、ようやく“名を捨てしもの”カナアンは倒された!

 同時に村は忽然と消え、残ったのは霧の晴れた森の小道、流星の焦げ跡の残る荷馬車、唖然としている隊商の者たち。アイズナの祖父母たちも、既に死体に変わっていた。
 森の結界は時として、迷い込んだ者を過去や未来へ送るという。今がいつの時代に属するのかを疑いつつも、一行は森を抜け、近くの町へと向かった‥‥

座は巡る。これぞ、運命の機械からくり。
 三六匹のしもべたちと共に、アイズナ使いジャービルは町へ。

は灯り尾を掲げ、後続を導く。闇の中にも、常に道は存在するのだ。
 変わらぬ男爵への忠誠と故国への想いを胸に、ユラスの黒騎士ライゼン=ハーンは町へ。

きざまは一枚の絵画なり。美しく滅ぶもまたよし。
 呪われた定めがなおも続くことを予感しつつ、魔剣『大烏』を携えた剣士ルシウス=クランドールは町へ。

する者よ。汝が死すとも、我が愛は永遠に変わらず。
 そして、息絶えたミロスの魂は風の公女に拾われ、風の中に舞い、今誕生せんとする赤子の体へと吹き込まれた。ところは西方の騎馬民族の村、時は今より七年前。そう、隊商が向かうのは、七年前の世界なのだ‥‥

配するは我なり。秩序こそが世界でもっとも美しい。

 

銀の仕切り線なり。
.........『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》集いの章 六の位 霧の森で.........

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