幕間

星々の瞳



 十二とひとつの星座の光差し込む一室。《通火の塔》の最上階にあるこの広間にありしは種々のもの。転送に使われる磨かれた鏡や魔法陣、枠だけが残る門、魔力の残滓を残すがらくたの類であった。

「手間を取らせましたね、シャミアナ」
「いえ、堂主さま直々のお出ましというに、大したもてなしもできず申し訳ございません」
 今宵の客は学院より。胸に輝く青と銀の炎は、予知と幻視を司る通火座の魔道師のあかし。豪奢な長衣と一際輝く紋章は、塔を束ねる堂主のもの。その瞳に宿るのは、夜明け前の空の光。
 通火の座を束ねる堂主、“薄明の公女”メアル直々の来訪に、見習い魔道師シャミアナは緊張を覚えずにはいられなかった。この世に十二と一人しかいない学院最高の魔道師、最高の幻視者が自分の前に立っているのだ。
「我が師アイゼルは親しくしている知り合いの魔道師たちと開門の儀を執り行うと言付けを残して外出したままです。堂主さまの御到着に間に合うかとも思ったのですが‥‥」
「気にすることはありません。ここに、老師の報告は確かに受け取りました」
 メアルは抱えた魔道書と巻き物を撫でた。しばらく前からアイゼルが研究していたという、ある予言書の調査結果。
「一体何を記した本だったのでしょうか?」
 師匠からも見るなと命ぜられ、破るつもりもなかったが、シャミアナは多少の興味を覚えていた。学院本部直々の依頼とあらば、重要でないはずがない。
 時折囁かれる《策謀》――魔族諸侯たちが世界の裏側で編み続けているという、復活の為の密やかな戦いに関するものであろうか。
「そなたが知る必要はありません。時来たればいずれ視えること」
 薄明の公女は振り返り、年若い娘を見つめた。髪がふわりと揺れ、光を宿した双眸がすっと細まる。
「準備ができる前に、魔道書を開いては駄目。魔族の夢――」
「――あるいは魔道書に、喰べられてしまうから――ですか? その諺は師匠からも聞きました」
 メアルの顔から鋭さが消え、ほころびが広がる。堂主は立ち止まるとしばし、口元を押さえて笑い続けた。
「ふふ‥‥さすがはあの老師アイゼルの愛弟子。魔道の技の修練は順調なようね」
 微笑む公女を見て、シャミアナは緊張をゆるめた。
「いえ、まだわたくしなど‥‥。我が師も相変わらずです。最近は‥‥その、茶菓子の種類に煩くて」
「ほう、先ほどのオメラス産のものが老師のお気に入り」
 堂主は思い出すように宙を見上げた。
「ああは見えてもあの老師、若かりしころは幾多の勇名を馳せたとも聞いているわ。そう、私がまだあなたのようだった頃に」
「我が師アイゼルがですか?」
 学院最高の予知者は答えず、ただ窓の外に広がる星空にしばし目をやった。

「さて、そろそろ行きましょう。十五人委員会にも報告せねば」
 堂主は袋の中の魔法水晶に触れ、口許で古代の言葉を呟いた。部屋の隅にある魔法陣の門に光が宿り、力が満ちる。門から溢れ出した魔力の光が、通火の如く塔の中に散ってゆく。
「お気を付けください、堂主さま。魔法の小道の旅は短くとも、何に出会うか分かりませぬ」
「心配はいりませぬ。私は薄明の公女と呼ばれる身」
 光の中に身を投じようとしたメアルは、ふと振り返った。
「そうそう、星がまた動きました。この塔に秘せられし魔道書のひとつに‥‥また新たな頁が加わっていることでしょう。調べてみなさい」
「魔道書に‥‥ですか?」
 メアルはじっと、見習い魔道師の瞳を見つめた。
「いかにも。そなたの幻視の力なら視えるはず」
 シャミアナのものと同じ、虹色の瞳。見るものを夢の中に誘う、通火座の幻視の力のあかし。両者の瞳の中に弾ける万色の光。シャミアナの瞳に宿るのが通火座の輝きならば――堂主メアルのそれは、満天の星空そのもの。
 シャミアナは、堂主の瞳の中に一冊の魔道書を見た。この塔に保管された異端の書の一つ。薄青の表紙、上代語で記された謎めいたことば。
「そう、『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》に新章が加わっています」
 シャミアナの表情から視えたのを読み取ったのか、メアルは微笑んだ。
「ありがとうございます。早速調べてみます」
「そうしなさい。それではさらば、通火の塔の見習い魔道師よ」
 長衣を翻し、薄明の公女は魔法の小道へと足を踏み出した。光の中にその姿が消え、門の輝きも消えていく。魔力の残滓が野を舞う通火のように霧散し、広間の外へ、夜空へと消えていった。



星座は巡る。

これぞ、運命の機械からくり。

 

 

銀の仕切り線なり。
.........『ア・ルア・イーの魔道書』《物語の書》幕間 星々の瞳 .........

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