序章

 

 人間達は知らない‥‥夜に隠された真実を。
 彼らは存在したのだ。久遠の昔から。

 生命とは、それを構成する物質とは無関係だった。この世には、科学では解明できない未知のエネルギーが満ちている。その生命エネルギーが流れ込み、様々な新たな命が生まれる。生物としての本能、父母の願い、そんな意志が形のないエネルギーを引き寄せ、物質に生命を宿らせる。人や獣、鳥、花、全てのいのちはそうして生まれてきた。

 彼らも同じだった。

 人間の持つ豊かな想像力や恐怖心は、古来より様々な想いを抱かせてきた。闇に対する根源的な恐怖、超自然の存在に対する想像、命を持たぬものへの愛情‥‥それらの想いが彼らに形を与えた。本来なら生命が宿るはずのないものに、生命エネルギーが宿ったのだ。

 彼らは実在する。

 日本各地に伝わる伝承――全ては真実だった。河童や天狗、龍、化け猫や狸、雪女や鬼‥‥人間は彼らを恐れ、敬い、その存在を信じた。その想いが彼らを誕生させたのだ。長く使われた着物や算盤、鏡からも彼らは生まれてきた。
 無論、日本以外にも彼らは存在する。吸血鬼や狼男、人魚やフェアリー‥‥世界各地に伝わる伝説は、真実を語っていたのだ。

 現代は科学の時代だ。自然科学がこの世の真理を光で照らし、科学技術が人間の暮らしを支える。彼らの居場所はなくなってきたかに思えた。煌々と輝くネオンの明かりが、夜の大都会から闇を打ち払う時代になったのだ。

 だが人間の心からは、闇が消えることはなかった。

 寿命を持たぬ彼らは今も存在する。そして、新たな種の「彼ら」も誕生している。口裂け女や人面犬、謎の円盤‥‥全ては、彼らの眷属だった。人の想いがある限り、彼らが消えることはないのだ。
 人間との接触を嫌い、人里離れた場所にひっそりと生きている者もいる。だが人間と同じ格好に変身できる者の中には、人間社会に同化して生きる道を選ぶ者も多かった。

 彼らは潜んでいるのだ。この大都会の何処かに。

 彼らのうちある者は戸籍を偽造し、普通の生活を営んでいる。仕事をしている者も、学校に通っている者もいる。
 彼らの多くは秘密の連絡網を持っている。彼らが仲間同士で造った緩やかな組織だ。そうしたネットワークの拠点は様々な所にある‥‥食堂や旅館、喫茶店、お寺、バー‥‥事情を知った人間が協力していることさえあるともいう。
 彼らはそこに集い、話し合い、協力し、ネットワーク同士で情報を交換する。彼らのうちの邪悪な種が絡んだ揉め事を、密かに解決するのも組織に属する彼らの仕事だ。

 日本の首都、東京には、渋谷にBAR<うさぎの穴>という彼らの拠点がある。井の頭線渋谷駅の南側、道玄坂の四階建て雑居ビルの五階にある店だ。化け狸のマスターが経営するあの店にも、東京に住む彼らが集っている。

 JR線秋葉原駅の近くの裏通りにも、<海賊の名誉>亭というバーがある。大航海時代の帆船を模して造られた洒落た店内には、普通の人間の客も入ってくる‥‥だが、ここの主人は幽霊船の船長なのだ。
 これらは一例に過ぎない。彼らの拠点は日本全国に百ヵ所近くあるのだ。

 小田急線で新宿より約1時間。相模大野駅の駅前ロータリーの奥にあるビルの二階に、<月の雫>という喫茶店がある。コーヒーが美味しいので有名な店だ。この店の客は普通の人間と‥‥そして普通の人間を装う彼ら。
 かつて、「月下美人の化身」望月覚夜という女性が彼らのグループを作ったのがこの喫茶店の始まりだった。彼女は<うさぎの穴>の霧香に勧められてこのネットワークを始めたのだそうだ。
 いつも店番をしている御島龍之介という色白の少年は、本当は座敷童子だ。望月覚夜が仲間と共に、ある同族を倒しに出かけたまま帰ってこなかった時から、彼はこの組織のリーダーの代理を務めている。
 店の美味しい料理を作っている楊燐宝は包丁の化身だ。料理人の想いが結晶して生まれた彼女の腕は当然ながら相当のものだ。彼女の本体は武器としてもかなり強力だという。
 いつも飄々としたレオ=マクニールの正体はコーヒーミルだという。ヨーロッパの富豪の間を転々としてきた彼は今はこの店に落ち着いている。<月の雫>のコーヒーが美味しいのは彼のお陰だ。
 新顔ウェイトレスの榊千鶴も、本当は千羽鶴の化身だという。早く病気が治って欲しいという想いから、彼女は生まれたのだ。
 この店の常連にも、「彼ら」は多い。
 今は防衛庁に勤める黒崎剣‥‥ヘルマン=ルーデンドルフ。彼の正体は堕天使だ。神奈川新聞の記者をしている大神響子も、本名はフリーダ=マルバッハ、ワーウルフである。

 そして、この喫茶店に三人の「彼ら」がやってきたところから、この物語は始まる。

 

 君には見えないのかい? 彼らの姿が。
 晴れることなき闇に集う彼ら――“妖怪”の姿が‥‥

 

梟の仕切り線です‥‥
......ガープス・妖魔夜行リプレイ『玉静 〜たましず〜』...序章......
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