第一章

神殿の門‥‥


『おお 麗しき真実の庭園は
 蜃気楼の覆う地に
 偉大なる幻術師
 アルナス=ハインドールぞ造り給う
 そは銀の月の元に 眠れるは深き森 神秘の霧の中
 強き魔法 蜃気楼に護られ
 何人たりとも見ること叶わず
 ただ 緑陰濃き森あるのみ
 なれど なれど汝よ
 一夜の夢を見たいと欲すならば
 進め 夜の闇が銀の円盤の光で満ちる時
 竜は飛び立ち 道は開かれん
 そして知れ
 幻こそは真実 真実こそは幻なり
 願わくば光の行く手を照らさんことを』

 これが、問題の伝承の一節だった。

「‥‥ディリス・マナ・イリス‥‥星々の輝きよ集え。我が杖に光を灯し給え」
 炎の弱まった松明に変わってミルフィリエンが呪文を唱え、明かりを杖の先端に宿らせた。レイアードの呼び出す光の精霊の青白い光とは違った、魔法元素(マナ)の純白の輝きである。光に照らされて、彫像が竜の形をしているのが分かった。
 竜。ラルファーは幻獣の王を模した像に触れ、調べてみた。材質は不明で、長い年月が経っているのにも関わらず風化していない。動かそうとしてみたが、しっかりと固定されていた。
 その時、しばらく雲の間に隠れていた月が再び顔を出し、満月の光で辺りをほのかに照らし出した。静寂の森の中に、四人の姿がぼんやりと浮かび上がる。
 満月は人の心の奥底に眠る狂気や獣性を呼び覚まし、人狼たちに力を与えると言われている。だがしかし、今夜の月は静かに輝くのみであった。

「あっ‥‥ねえ、像が光ってるよ!」
 レイアードの声に三人は像を見つめた。月の輝きを浴びた小さな竜の彫像はほのかに光りだしていた。一行を誘いかけているように。像の翼が動くことに気付いたラルファーは、試しに翼を動かしてみた。大きく広げ、飛んでいるような格好にする。
 すると、小さな竜の両眼から二条の光が放たれた。鬱蒼と茂る森に、明るい空間が浮かび上がる。
 闇の中の光明。その光が照らす先の木々は忽然と消え去り、突如彫刻の施された大きな門が浮かび上がった。
 通路の入口のようでもある。ぼんやりと霧がかかっているような感じで、中はよく見えない。
「すごい‥‥でも、幻じゃないか。向こう側には木が茂ってるままなのに」
 光の後ろ側に回り込むとレイアードは言った。確かに、光の中に通路の入口が見えるものの、一目で幻と分かるものだった。光の届かない部分には何事もなかったように木々が広がっている。
「なあラルファー、確か、『幻こそは真実、真実こそは幻なり』だったな。お前、何か考えがあるとか言ってたじゃないか」
セスターが振り返る。「どう思う?別段、罠はなさそうだぜ」
 太い眉をひそめ、しばらく考え込んでいた金髪の青年騎士はやがて口を開いた。
「あの伝承を聞いてからずっと思っていたんだが‥‥俺は思うんだ。幻こそは真実、即ち現実のもの。逆に言えば、真実は幻の内にこそある。あの詩の一節はそう言っているんじゃないのか?見ての通り、この道は幻影だ。
 確信は持てないが、この道を本物と思って進めばいいんじゃないだろうか。ミルフィリエン、古代王国の魔法では、高度な幻を造り出すことも可能なんだろう?」
「ミルフィでいいのよ、ラルファー」
 エルフの女魔術師は優しく微笑んだ。
「そう、名推理ね。あり得ることだわ。造ったのは腕の立つ幻術師だったそうだし」
「なるほどな。そうと決まれば話は早い。よし、俺が試しに入ってやる」
 いつもの音を発てない軽やかな歩き方で、セスターが幻の通路の中に入っていった。
「おい、待て!」
 制止の声に盗賊は振り返ると笑った。
「スリルは退屈な人生に彩りを与えてくれる。そうだろう?──ほら、何も起こらねえぜ」
 中は真っ直ぐ、道が続いている。すぐに推測が正しいのが分かった。トンネル状の通路はぼんやりとした青白い光と霧で満たされ、光の外側には、ついさっきまで四人のいた森の木々が普段と変わらないように夜風にそよいでいるのが見える。
「こいつは凄いな‥‥さっきまでこの場所には木が並んでるだけに見えたんだが。森の一部が幻だったとは、大昔の魔法も恐れ入ったもんだ」
 鋭い視線を辺りに送りながらセスターが言う。一行が進むと、その歩みに従って青白い光が移動し、行く手を照らしてくれている。
「なるほど、『願わくば光の行く手を照らさんことを』というわけか。幸い、俺の予想が当たったようだな」
「ほんとだ。ラルファーの言う通りだったね。いつもながらすごいや」
 レイアードが振り返る。
「神のお導きだ。俺は修行中の身だ。まだまだ、だよ」
 ラルファーは苦笑した。戦士や聖騎士といえば、信仰する神は至高神や戦の神と相場が決まっている。知識の神を信じている騎士というのも珍しい。粗野で乱暴な者も戦士には多かったが、この青年はどちらかと言えば理知的で、思慮深い方だった。

 しばらく進むと、やがて青白い光が強くなり、回りの様子は全く見えなくなった。唐突に、通路は消え失せた。
 一行の目の前には、森の一角をきれいに切り取ったような広い敷地が広がっていた。地面は芝生や石畳で覆われている。ほのかな宝玉の光を放っている場所もあった。あちこちに様々な彫刻、何かの彫像、色とりどりの水を吹き上げる噴水がしつらえてある。
 中央を石畳が貫き、その向こうには白い石造りの大きな建物も見える。庭園の端は、蜃気楼のように揺らめいていた。外側の森が歪んでちらついているのが見える。
「これが‥‥?!」
 ラルファーは呟いた。
「伝承詩にあった通りだわ。素晴らしい‥‥」
 ミルフィリエンが辺りを見回す。
樹木の精霊(ドライアード)たちの護る森の奥に、こんな所が隠されていたんだね‥‥」
 レイアードが言った。辺りは所々、魔法の照明でほのかに照らされていた。あるものはそびえ立つ細い水晶の尖塔の中の宝石から、あるものは中空に浮かんだ石板の中の球体から。そして、広場を横切るように、きらめく黄金色の小川が流れていた。その上に、黒大理石の優美な橋がかかっていた。
 セスターが口笛を吹く。一行はしばらく立ち尽くし、古代王国の生み出した奇跡に見取れていた。これほどのものが、一見何もないように見える静かな森の奥深くに幻の力で隠されていたとは‥‥。
 古代魔法王国時代の魔術師たちが魔力を結集して造ったという、伝説に謡われる空中都市レックスや精霊都市フリーオンに比べれば確かに造作もないものかも知れないが、一行には十分素晴らしいものに感じられた。

「待て。何かいる」
 セスターのいつもと変わらぬ深い声が響き、三人は我に帰った。この盗賊の感覚の鋭さは確かだ。彼の言う通り、羽ばたきの音、そしてひずめの音がどこからか聞こえてきた。
「‥‥馬、かな?」
 レイアードが空色の瞳をこらす。精霊使いには、生物の発する体温も、知られざる生命の精霊の姿も見えるのだ。一行は身構えた。
 やがて、数ある彫像の影にその姿がちらちらと見え隠れした。純白の馬に似た姿。ゆったりとした足取りでそのものは近づいてくる。いくつもの魔法の照明に彫像の影が幾重にも折り重なり、その上に獣の影が落ちる。

 その獣は馬ではなかった。白馬の背には一組の翼があった。

 ‥‥幻獣ペガサスか?ラルファーの知識が告げる。驚く四人の前で、天馬は立ち止まった。
「ようこそ、新王国の旅人たちよ。偉大なる幻術師アルナス=ハインドールの造り上げた『真実の庭園』へ。
 旅人が訪れるのは久々のことです。今夜は客人の多い晩のようですね」

 銀の月光を浴びる、雪のような純白の毛並み。こちらを見つめる黒く深い瞳。白鳥のものに似た、優雅な翼。たてがみはそよ風に柔らかく揺れている。
 天馬は緑の草を踏みしめ、ゆっくりと歩んできた。驚くことに、幻獣の言葉が頭の中に直接響いてくる。
「ここが開かれるのは、満月が中空にかかる晩のみ。何を見るかはあなた方次第です。どうぞ、ごゆっくり御鑑賞なさっていって下さい」
 そう言うと、天馬はきびすを返して軽やかな足取りで歩み去っていった。こちらを誘いかけるように。すぐに、その姿は暗がりの中に消えてしまった。
「あ、ねえ、ちょっと待ってよ!」
 レイアードが手を伸ばしたが遅かった。
 一行は顔を見合わせた。幻獣──怪物たちのうち、生きた血肉を持ち、神話や伝説には数多く登場するものの、あまり人の目に触れることのない存在。人間に害をなす凶悪なものを別に魔獣と呼ぶ。高名な女性魔術師ラヴェルナ・ルーシェンの記した『アレクラストの博物学』という書物による分類である。
 冒険者として各地を放浪し、様々な怪物や凶悪な魔獣と対してきたとはいえ、ペガサスの姿はそうそう見られるものではなかった。
「彼‥‥彼女かな?が、ここを護っているのだろうか」
 ラルファーは呟いた。
「罠‥‥?だなんて、あまり考えたくはないわね」
 ミルフィリエンが言う。
「ああ。確かに怪しいが、別段危害を加えようとしてる訳でもなさそうだ。ここに突っ立っててもしょうがねえぜ。何かあったらその時考えるさ。それに、せっかく招待されたんなら、行かなきゃ失礼ってもんだろう?」
 セスターはおどけて肩をすくめると、先頭に立って歩き出した。三人も顔を見合わせてそれに続いた。


 噴水が静かな音を発てながら、清らかな水を吹き上げている。驚いたことに、水飛沫は虹の七色に輝いていた。
 水際には、踊る妖精(フェアリー)たちを模した小さな像が何体も配されている。一行が近付くと、妖精たちは飛び立ち、目の前で優雅に舞い始めた。時折、こちらにむかって微笑みかける。試しにレイアードが手を伸ばすと、その手は虚空を掴んでいた。
 庭園を走る小道は、石ではなく材質不明の金属のモザイク模様でできていた。一行が上を通ると、渦巻き状に輝いたり、突然鏡に変わったりする。
 様々な彫像も飾られていた。古代王国の生み出した様々な魔法生物、幻獣や魔獣‥‥剣闘士がそれらを相手に戦っているものもあった。何と、彫像が台座の上で戦い出すのだ。それ以外にも、姿を次々と変えるものもあった。全て、高度な幻術と組み合わせて造られていた。

「竜か‥‥。何と力強い姿だろう」
  ラルファーは庭園の中央にそびえ立つドラゴンの像を見上げた。森の中で見つけた小さな像と同じ形のものだ。
“最強にして華麗なる”幻獣。“神殺し”の魔物。コウモリめいた翼は力強く羽ばたかれ、後脚は今まさに大地を蹴らんとしている。鋭い鉤爪は虚空を掴み、燃える瞳は天空の神々に挑戦するかのように大きく見開かれている。だが、その広げられた翼の向こうに、微かに月が透けて見えた。
「例の『建国の武勲』ってやつか?」
 セスターが言う。彼も、なぜか吟遊詩人の技術を聞きかじっている。
「ああ。俺の故郷のオーファン王国の建国王リジャール陛下は、“竜殺し”の称号を持つ偉大な英雄だ。さぞかし、壮絶な戦いだったことだろう」
「また、『俺も、いつかあんな武勲をたててみたい』とか思ってるんじゃないのかい」
 盗賊はにやりと笑った。修行中の騎士は苦笑する。
「ああ。いつか‥‥そう、いつかな」
 月光を浴びる竜の像は、その場を離れた二人の背後で動き出した。大きく口を開き、彼らに向かって吠えかける。が、次の瞬間、黒曜石の台座を残して像はかき消え、代わりに小さな火 蜥 蜴(サラマンダー)の像が現れた。

 あちこちの茂みが、人の形や正確な立方体の形にきれいに剪定されている。庭園の一角では、幻像の吟遊詩人が美しい旋律を奏でていた。白金の髪をした物憂げな青年が、大理石の舞台で静かに竪琴(ライアー)をかき鳴らす。石に腰かけたその姿は、幻とは思えない程だった。
「満月の晩の度に、この幻像はこうして演奏を始めるのね。ずっと昔から‥‥」
 ミルフィリエンが懐かしそうに音色に耳を傾けていた。彼女自身楽器を少々たしなんでおり、バイオールの優しい旋律で時折三人を楽しませてくれた。
 やがて演奏が終わると、幻の楽士はこちらに一礼し、身を翻す。その姿は霞み、やがてかき消えた。代わってサテュロス──下半身が山羊の姿をした、森に住む音楽好きの陽気な種族だ──の楽団が現れ、賑やかな演奏を始める。

「森の奥にこんな場所があるなんて、信じられないな。これで、あの伝承が正しいのが分かったね。持って帰れそうな物はあんまりなさそうだけど、見ることができただけで十分じゃないかな。ねえ、ミルフィさん」
 レイアードは夜空を見上げた。夜空には満月がかかり、星々が煌々と輝いている。伝説によれば、星々は最終戦争のおりに失われた神々の肉体のかけらだとも、世界創造の際に分化されなかった精霊力が溢れているのだとも言われていた。
 静かな夜だ。この夜空を見上げる人々は皆、平安の中にあるのだろうかとレイアードは考えた。職人たちの街エレミアの船乗りたちの噂では、大陸の遥か南の『呪われた島』は戦乱のさなかにあるらしい。が、アレクラスト大陸は今の所、少なくとも表面上は平穏だった。
 しばらくして演奏が止むと、辺りは元の静寂に包まれた。
「‥‥どうかしたの?」
 神秘的な紫色の瞳を伏せ、何事か考えこんでいたエルフ女性は顔を上げた。レイアードが不思議そうに彼女の顔を覗き込んでいる。
「ああ、ごめんなさいね。‥‥何でもないの。あの幻像の吟遊詩人を見たら、ちょっと昔の事を思い出してね。さあ、行きましょう」
 微笑むと彼女は立ち上がった。ラルファーとセスターも向こうから近付いてくる。四人は共に歩き出した。

「これほどのものが、損なわれずに残っているとはな」
 ラルファーは剣を手に辺りを見回した。自分達が回ってきた所の他にも、様々なものが飾られている。
「例え幻とは言え、素晴らしいものだ。後はあの館を一応調べてみよう」
「でも、誰もいない所だね。さっきのペガサスは何処へ行ったんだろう。どの精霊力も普通に働いてるけど、命のある存在はないみたいだ」
 レイアードが言う。風、大地、水‥‥彼の視力は、踊る精霊たちの姿も感知することができる。
 確かに寂しい場所ではあった。美しいとはいえ、あるものは幻ばかり。楽人たちの演奏が微かに聞こえてくるが、それすらも幻の音なのだ。淡い魔法の照明と、弱い月の光に照らされる庭園は、積もる歳月の重みを感じさせるようでもあった。
「人間たちが築き、世界を支配したという古代カストゥール魔法王国は、自らの礎たる魔力の暴走によって滅亡を迎えた‥‥。ここはその破壊を免れ、五百年の間変わることなくその姿を保ち続けてきたのかしら」
「古代王国か。昔の人たちは何を考え、何を求めていたんだろう?大陸のあちこちに、遺跡や魔法の品々は残っているのに。自分たちが死んじゃったら、なんにもならないじゃないか」
 レイアードが呟くように言う。
「かくて探索者たちは過去の残滓を探してさ迷い、かつての栄華に思いを馳せる‥‥てなわけだ。もっとも、そのおかげで俺たちみたいな連中が儲かるわけだがな」
「いずれにせよ、魔法の時代は終焉を迎え、剣の時代が始まったんだ。今のこの新王国の世界をを切り開いていくのは俺たちと──そして、剣の力だ」
 ラルファーは愛用の剣の柄を軽く撫でた。

 四人は薔薇をかたどったアーチを抜けて歩いた。
「闇でも目が見える‥‥便利なもんだな。仕事もさぞやりやすくなるだろうぜ」
 セスターが横目でレイアードを見ると口を挟む。
「そうだよ。ミルフィさんのようなエルフはみんな精霊使いの素質を持ってるし、僕はエルフの集落で育ったからね。でも、人間でも訓練すれば誰でも精霊使いになれるよ」
 ハーフエルフの精霊使いは答えた。明るい声が、静かな庭園に吸いこまれるようである。
「あっ、でも、素質がないと駄目だな。古代語魔法は勉強や鍛練、研究が大事らしいけど、精霊魔法は向き不向きがあるからね。大自然の歌が聞こえるような人でないとうまくいかないんだ。う〜ん、やっぱり、僕みたいに心が純粋でないとな」
 にやりと笑うと盗賊は肘で少年を小突いた。
「何を言ってるんだ。分かった分かった、俺には何の助けもいらねえよ──頼りにするのは自分の腕、あとは、風の加護だけだ」
 庭園の中央を走る石造りの道を進む。やがて四人は、館の中に入った。


「古代王国の空中都市の模型だわ!これは貴重なものね‥‥。あの有名な、“堕ちた都市”レックスのかつての姿‥‥」
 魔術師であるミルフィリエンが感嘆の声をあげる。大きく見開かれた彼女の切れ長の目には、魔法と幻術を組み合わせて造られたミニチュアの模型の放つ光が映っていた。
 館の中には、これまた様々な模型や魔法の品、武器などが飾られていた。さながら魔術に関するちょっとした博物館並みであった。
 一番目を引くのは、大広間の中央を飾る大きな都市の精巧な模型だった。空中に浮かび、めくるめく光で彩られ、その回りを幻の小さな竜が飛び回っている。
 その他にも、廊下に様々な剣や鎧、杖、水晶球、指輪、書物等が陳列してあった。下に刻まれている上 位 古 代 語(ハイ・エインシェント)は極めて難解で、読めない文も多かった。が、四人には見るだけでも、十分に価値があるように思われた。
「ラルファー、こっちの剣は何?何だか、すごい魔力が込められているようなものばかりだけど‥‥」
 レイアードが指さす。その先には美しい鞘に収められた魔法の剣らしきものが多数陳列されている。ミスリル銀の輝きを放つもの、夜の闇が凝縮したような漆黒の大剣、刀身が白い光を帯びている長剣、精緻な彫刻の施されたもの‥‥。剣以外の武器や盾もある。いずれも素晴らしい業物ばかりだった。ラルファーは近寄り、台座の銘文を調べ始めた。
「シル‥‥『シルヴァーブリーズ』?だとしたら、これは有名な英雄譚に出てくる勇者が携えていたと言われる剣だぞ。こっちの黒い剣は、た‥‥魂‥‥?いや、続きはかすれていて読めないな。上位古代語は文法が極めて難しくてね、俺も一通り習得はしたんだが、全て読めるというわけではないんだ」
 太い眉をひそめて、彼は続けた。
「これはわかるぞ。『偉大なる魔法王ファーラム、御自らの力を注ぎてそを鍛えたり。混沌の産み落とした魔物、強大なる複合精霊アトンに立ち向かう事叶う唯一の剣‥‥』。伝説に名高い『ファーラムの剣』か!
 こっちは『‥‥純白に輝く刀身は王家の証。歴代の王の魂ぞ汝を助けたもう‥‥』俺も聞いたことがあるぞ。
故郷の隣の王国に伝わるという名剣だ。どちらも、極めて強力な力を秘めた魔剣だよ。ここに飾られているのは全て、そうした品ばかりなのか‥‥」
「じゃあ、少しぐらいは持って帰れるものもあるかなあ」
「いや、ヴァンブレードはラムリアース王家秘蔵の品だ。この場所にあるはずもないさ」
 青年騎士は剣に手を伸ばした。手は輝く刃を通り抜け、宙を掴む。彼は苦笑した。
「ふふ‥‥全て幻影だな」
「でも、ラルファーだって、こういう剣は欲しいんじゃないの?」
 レイアードが横を向く。
「ああ。いやしくも戦士の一員なら、優れた武器を手にするのは誰しも夢見ることだろうな」
 彼の手は、無意識のうちに自分の愛用の剣の鞘に触れていた。


「しかしよ、いくら美しいっていったって、所詮は幻だろ?金目のものはこれぽっちもありゃしない」
 四人はあちこちを回り、陳列されてあるものを見終わった。セスターが黒髪を揺らすと、シャンデリアが煌々ときらめく天井を見上げる。
「それに扉も階段も、ひとりでに動いたり開いたりするやつばかりだ。やり甲斐のない所だな。そういう仕掛けは、俺様のような芸術家の手によって解除されるためにあるってのによ」
 彼は針金か何かを手の中でくるくる回しながら呟いた。
「ああ。あまり収穫は期待できそうにないな。まあ伝承が正しかったのが分かっただけでも十分だろう」
 ラルファーが答える。
「まあな。俺は先に外に行ってるぜ。三人とも気をつけろよ。まだ、何かあるかわからないからな」
「ええ。私はもうちょっとここを調べたいしね。でも、あなたはどうするの?」
 エルフの問いに盗賊は肩をすくめた。
「さあな‥‥仕方がないから夜空の星でも一つ二つ盗んでくかな‥‥。とにかく気を抜くなよ」
 彼は部屋から外に出ていった。三人はその後もしばらく館の中を回り、魔法の驚異に感嘆していたが、やがて出口から外に出た。



神殿の門‥‥
...... Sword World Novel "The Seekers of Mirage" ...... Chapter One ......
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