第三章

神殿の門‥‥


 ラルファーは辺りを見回した。怪物達は一瞬で姿を消し、地面には二人の闇エルフの死体のみが転がっている。彼らの浅黒い手は、見えない宝を掴むように空中に伸ばされたままだった。
 がらんとした森の中の広場だった。庭園、噴水、彫刻、館‥‥全てはかき消すように消滅していた。あちこちに、倒れた柱や崩れた建物が見える。長い歳月のうちに風化していて、ほとんど原形を留めていなかった。広場の真ん中に、何か光るものがあったが、それ以外はほとんど何もない廃墟だった。
 彼のまわりには、呆気にとられた仲間達が立ち尽くしていた。
「そんな‥‥あの像とかが幻だったのは分かるけど、この庭園全部が幻だったの? 一体‥‥?」
 息の荒いレイアードがへたりこむ。羽飾りのついた長弓が、からんと音を発てて地面に落ちた。
「確かに本物だった。手触りもあった。‥‥魔法ってやつではこんな事もできるのか?」
 血を拭きとって、愛用のダガーをブーツに収めるとセスターは尋ねた。
「いえ、私の造り出せる程度の幻術は見た目だけ。触れば分かってしまうわ。もっと高度な呪文でも、音と一緒に操れる程度よ」
 長い歳月を生きてきたエルフも、今夜の出来事には驚いたようである。ほっそりした手で額の汗を拭うと、彼女は続けた。
「現実と何等変わりない幻影‥‥古代王国の極めて強力な呪文かしら? だとしたら、ここを造った幻術師は素晴らしい腕前の持ち主ね‥‥」
「この庭園は強力な魔法による幻で隠されているのだと思っていた。まさか、ここそのものが全て幻だったとはな‥‥」
 ラルファーは崩れかけた柱に腰を下ろした。銀の月の微かな光が辺りを照らす。虫の音がどこからか聞こえる。遺跡──本当の意味での──は、奇妙な静寂に満ちていた。
「ラルファーが気付かなかったら、大変なことになってたよ。ありがとう。いつものことだけど、本当に助かったよ」
 レイアードがぽつりと言った。
「ラーダ神が俺を導いて下さった」
 ラルファーはかたわらの剣に目をやった。
「そして、父さんの魂が」
 名匠の手による優れた剣。月の光を浴びて輝く刀身。特徴のある護拳の飾り。父の形見のクレイモアー。
「いえ、あなた自身の力よ、ラルファー」
 ミルフィリエンは優しく言った。



「ここの当主さんが来たぜ」
 セスターの深い声が響く。彼が火を付けた松明が、静かな遺跡に光をもたらした。
 広場の片隅に、純白の翼を持つ白馬──天馬ペガサスがいつの間にか姿を現していた。
「よくぞ真実を探し出しました、旅人たちよ」
 幻獣の声は直接心に響いてくるようだった。
「これがこの庭園の正体です。気付けないままの方がいるのが残念ですが」
 ペガサスは悲しそうに死体を眺めた。
「いくら古代王国の魔法の力が絶頂を極めたとはいえ‥‥一体どうやってこんなことを?」
 ミルフィリエンが尋ねる。
「ええ。この庭園は私の主人だった、高位の幻術師アルナス=ハインドールによって造り出されたものです。魔法元素を結集し、強力な蜃気楼を纏わせ‥‥解除の語句以外では、この魔法は解けません。現実そのものとなんら変わりありません。私は長い間、ここを守ってきました」
「さっきの、財宝を狙って来たって言っていたダークエルフたちは?」
 レイアードが何もない広場を見渡しながら言う。
「彼らは思い込みが強すぎたのです。そのため、幻の中に入りこみすぎたのです。ここではある程度、自分の思いが現実になります。彼らには、この庭園は罠や怪物で満たされ、素晴らしい財宝が眠っているように思えたのでしょう。それが彼らにとっては現実となったのです。そして、彼らの現実があなた方の現実に入り込み、ここの番人たちが血肉を得たというわけです。
 あなた方のしたことは正しかったのです‥‥所詮全ては幻に過ぎず、そして私にはどうすることもできないのですから」


「守護者さんよ」
 セスターは蒼氷色の射抜くような視線を、ペガサスに送っていた。
「あんたはそれを何もしないで見てるのか?魔力を持たない今の劣った人間たちなんざ、どうなろうが構わないってわけか?」
 幻獣は憂いを秘めた黒い瞳を伏せた。
「そう思うのも、もっともなことです。ですが、私は主人の命令を守ること以外には何もできません。現実に干渉することができないのです。私は、主人に造り出され、魔法でかりそめの命を与えられただけの存在なのですから」
「君は──その、今日我々の言う、魔法生物なのか?」
 ラルファーは訝った。ミルフィリエンとレイアードは、この天馬にも生命の精霊の存在を感じたと言っている。
「ええ。魔法で造られた疑似生命を今の世の魔術師たちがそう呼ぶなら、その通りです。本質的には幻影である私は、見る人によって様々な姿を取ります。純金製のゴーレムや、凶悪な魔物、美しい妖精にも‥‥。あなた方には、ペガサスに見えているようですね──無限の大空に向かって、何処までも自由に飛翔していくことのできる、翼を備えた天馬の姿に」
 幻獣は夜空を見上げると、瞳を曇らせた。
「お別れの時が来ました、満月の夜の客人達よ。『真実の庭園』はもう閉園の時間です。大したもてなしもできませんでしたね。客人が来たのは久しぶりのことでした。あの闇エルフ達は、少し礼儀に欠けていましたからね」
 白馬の姿が一瞬、揺らめいたように見えた。
「待ってよ!あの庭園は何のために?それに──」
 レイアードが手を差し出す。生命の精霊の存在が急速に消えていくのが感じられたのだ。
「現在の新王国の賢者たちは、ペガサスのような獣を幻獣と呼ぶようですね。幻の獣‥‥そう、私は、あなた方の言う、文字通りの幻獣なのです」
 ありえないことだが、ペガサスが一瞬、寂しげに微笑んだように見えた。
「時は流れ、世は移ろいます。かつて栄華を極めた王国も、今となっては幻にしかその姿の一片を留めていません。
 夜の夢は去り、常に夜明けは訪れます。
 私もその幻の一部。全ては虚構であり、朝日と共に消えてしまうのです。さようなら、剣の時代の旅人たちよ。二度とお会いすることはないでしょう。今夜のことは、どうか一夜の夢とでも‥‥」

 ペガサスの姿が陽炎のように揺らめき、薄れていく。何もできずにいる四人の前で、幻獣は白い霧となって消滅してしまった。その霧も一陣の風と共に暗がりに溶け去る。
 レイアードの目の前に、白い羽毛が一房、ひらひらと落ちてきた。が、彼の手の中でそれは溶けるように消えてしまった。
 ラルファーは空を見上げた。東の空が、ほんのりと赤みを帯びている。夜明けが近付いていた。



 広場の中央の瓦礫の中に、無傷の大理石の台座が置かれていた。ミスリル銀が流し込まれた盤。様々な形の魔法文字。周りを円形に取り囲む幾何学模様。上位古代語ではあったが、魔術師であるミルフィリエンにも解読は不可能だった。
 多々ある魔法の品々の中でも『魔法装置』と呼ばれる、大掛かりな品だ。盤上には材質不明の球が中空に浮かんでおり、内側から様々な色の輝きを放っている。
「なんにもない所だな‥‥フッ、こいつは持って帰るわけにもいかないか」
 セスターが指さす。装置の横に、小さな像が置かれていた。
 透き通るような水晶で造られた、翼を広げた美しいペガサスの彫像。
 黒真珠でできたその小さな瞳は、何かを語りかけているようでもあった。



神殿の門‥‥
...... Sword World Novel "The Seekers of Mirage" ...... Chapter Three ......
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