らいぶらりぃ
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神戸市演奏協会第141回公演

神戸アーバンオペラハウス「カルメン」

●日 時2000年5月21日(日)14時開演
●会 場神戸文化ホール・大ホール
●演 目ビゼー/歌劇「カルメン」(オペラコミック版/日本語上演台詞付)
●出 演カルメン:福島紀子
ドン・ホセ:松本晃
エスカミーリョ:井上敏典
ミカエラ:林香世
スニガ:松下雅人
モラレス:小玉晃
フラスキータ:町田百々子
メルセデス:野間直子
ダンカイロ:油井宏隆
レメンダード:角地正範
阪哲朗指揮大阪センチュリー交響楽団
神戸市混声合唱団/神戸・アーバンオペラハウス合唱団
須磨ニュータウン少年少女合唱団
東仲一矩舞踏研究所
演出:中村敬一

 昨年は「椿姫」が好評だった神戸アーバンオペラハウス、私は昨年の公演は残念ながらも行けなかったので(結婚直後でいろいろとあったためです…)、今年こそは、と出かけてきました。しかも、指揮は昨年と同じく、阪哲郎さん。最近、あまり彼の演奏会にも行っていなかったので、久しぶりに彼の振る演奏に触れてみたい、とも思ったのでした。

 さて、「カルメン」は、私自身は、昨年に2回も見ており(ルーマニア国立歌劇場とチェコ国立ブルノ歌劇場)、すっかりお馴染みなのですが、今回の公演が他と違うのは、何と言うても日本語での上演であるということ。(^^; 字幕を見る必要もないので、じっくりと舞台に集中できるというものです。そして、オペラコミック版=原典版であるということ。こちらの方がむしろ重要で、昨年2回の公演がいわゆるグランドオペラのものだったために、そこでは省かれている台詞などが出てくるのが、とても新鮮に聞こえます。それも、ホセ自身やホセの母親、ミカエラの過去など、いろいろと詳しい内容が、台詞から明らかになっていくのは、グランドオペラしか見てない者にとっては、新たな発見でもあるのです。だから、それだけに、登場人物達がより人間臭く見えてくるというのが、いいですね。とっても身近な存在として見ることができるという感じです。

 さて、その登場人物達ですが、まずは、カルメン。福島紀子さんがこの役に果敢に挑戦されているのが、印象的です。私個人的には、福島さんって、カルメンをやるようなキャラクターだったかなぁ(初日の福原寿美枝さんの方がキャリア的にも向いているのでは…)、と最初思ったのですが、でも、なかなかどうして、実に堂々としたカルメンを演じていらっしゃるじゃありませんか。「ハバネラ」での登場から、ずっと、声も安定してよく出ているようでしたし、台詞での声色の使い分けみたいなこともよくされていて、演技の方もなかなか素敵です。カルメンの自由奔放で情熱的な性格というものを、よく表現していたと思います。印象的なのは、やはり2幕でしょう。ホセを恋いこがれて待ち続けて、やってきたホセに対して、やがて腹を立てて、そして密輸業者の一味に加えてしまう、というこの一連の心情の変化というものを、まさに流れるかのように、自然体で演技しきっていたと思うのです。カスタネットをたたきながらホセのために歌い、しかしホセが帰営ラッパの音に気をとられていると、急に立腹してホセを追い出そうとする、この辺りの緊迫感というものは、台詞からもはっきりと伺えて、なかなか迫真のものです。4幕でのホセとのやりとりも、緊迫感に満ちていて、最期を迎えるところも、あっけなくばたっと倒れてしまうというのでなく、ちょっともったいをつけたような形でのものだったので、より印象的なシーンになっていました。

 でも、カルメン以上に印象的だったのが、実はミカエラだったりします。林香世さんの声は、実に透明感のあるもので、これがすぅっとホール中いっぱいに響き渡っていくのが、とっても素敵なのです。1幕でも、おぉっと思っていたら、3幕でも、その期待のとおり、見事にたっぷりとホセへの想いを歌い上げてくれました。カルメンに対してのミカエラという役柄が、そのように見せるのでしょうけれども、それでも、実に女性らしい優しさに満ちた歌声をたっぷりと聴かせてくれました。出演者の中でも、一番素晴らしかったのではないかと思います。

 対して、男声陣はどうだったかというと、これがちょっと。ホセは松本晃さんがされていたのですが、ちょっとなよなよしさが出過ぎているような感じもします。確かにホセという役柄自体がなよなよしいものなのかもしれませんが、でも、声までなよなよしくなってしまうのは、どうかなという気がします。健闘していたのだろうとは思うのですが、どうも、声にいまいちハリがないように聴こえてしまって、福島さんのカルメンとのかけあいでも、すっかり負けてしまっているように聴こえてしまうのが、ちょっと残念に思います。(そういう意味では、初日でのベテランの山本裕之さんのホセも聴いてみたかったな、と思ったりもします…)

 また、エスカミーリョは、井上敏典さん。こちらもキャリアのある方だから、大丈夫だろう、と思っていたら、いまいち体調でもよくなかったのか、あんまり声が飛んできていなかったのが気になりました。いつもは、もっと声が前に飛ばしてくる方だと思うだけに、ちょっと残念です。(初日では、毎度のごとく、井原秀人さんがこの役をされたそうで、こっちにも興味はありましたね…)

 さて、一番気になったのは、バックにいる合唱陣、それも特に男声陣です。男声合唱があんまりよくない、そう思ってしまうのです。1幕でカルメンが登場してくるところでも、バックで男声合唱が入りますよね。あんなところでも、せっかく阪さん指揮のセンチュリー響が、言うてみれば艶やかな音楽を作り出しているというのに、その上に乗って彼らすることは、のっぺらな棒歌いをすること。カルメンが来るぞ!という興奮があの場面ではあるのだと思うのですが、そうした感情表現ができておらず、ただ声を張り上げているだけの非常にうすっぺらい合唱しかできていないのです。そして、同じようなことは、ずっと最後まで続きます。単に力で押しているだけのような合唱で、いいのかしらん…と思ってしまうのでした。

 でも、唯一の救いは、阪さん指揮のセンチュリー響が実に素晴らしい音楽を作っていること。センチュリー響も、ここ1年あまり聴いていないのですが、でも、いつもと何かが違う、非常に繊細かつ大胆な音楽作りをしているように感じるのです。言うまでもなく、阪さんの指揮がそういう音楽作りをしているということでしょう。何と言うか、音楽がとっても流れていくのですね。このことは、彼の音楽については、いつも思うことですが、今回、久しぶりに彼の音楽を聴いて、改めて実感しました。そして、その彼にオーケストラがしっかりと食らいついていて、素敵な音楽を作り上げているのが、印象的です。歌い手の感情移入がしやすいような、下地をオケでしっかりと築き上げているのです。特に印象的なのは、ホルンのロングトーンが何ケ所かにあったかと思うのですが、その音色が実に甘く、音程もしっかりと安定していたこと。そうした音楽だけを聴いていても、十分に楽しめます。

 にも関わらず、舞台の方がいまひとつ、精彩に欠けたという印象は否めません。特に男声系には、もうちょっと頑張ってほしかったと思ってしまいます。全体的には、決して悪いというようなことはなかっただけに、その点のみが、ちょっと残念ではありました。

 それにしても、阪さんもすっかり、神戸のこの舞台の顔になられましたね。もともとのご出身は京都だったと思うのですが、神戸でも、このアーバンオペラハウスと、アンサンブル神戸との指揮をされていて、すっかり、神戸にも馴染んでいらっしゃいますね。そういう親近感みたいなものもあるから、どうしても贔屓目に見てしまうのですが、それでも、阪さんの指揮は、いつ見ても流暢というか、美しいですねぇ。そこから繰り出される音楽も、これまた流れを綺麗に保ちながら、美しく響いてきていて、これだけの素晴らしい指揮者を身近に見ることのできる喜びというものを、改めて実感するのでした。今後のご活躍にも、ますます期待がかかりますね。

 早くも来年のアーバンオペラハウスの公演は、「フィガロの結婚」と決まっているようで、来年は、より素晴らしい公演になるよう、期待したいと思います。