らいぶらりぃ
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エストニア少女合唱団”エッレルヘイン”

●日 時2000年7月27日(木)19時開演
●会 場神戸国際会館こくさいホール
●出 演ティーア エステル・ロイトメ指揮 エストニア少女合唱団”エッレルヘイン”
ピアノ:カトリン・クルデゥヤルブ
●曲 目ホルスト/アヴェ・マリア
メルネシュ/アグレプタ
エーベン/「カトニス・モラリア」より エアー/ジーグ
ヨハンソン/詩篇139
黒人霊歌/ピーター、鐘を鳴らせ
     バビロンズ・フォーリング
     アメイジング・グレイス
松下耕/「紀の国のこども歌I」より
      よっつのおじゃみうた/ちーちーちったんこの
      ねんね根来の/チョンキナ/紀州の殿さん
ロウ/「マイ・フェア・レディ」より そうなったら素敵
ハーマン/ハロー・ドーリー!
シサスク/「グラティアス・アガムス・ドミノ・デオ・ノストロ」より
       グロリア/クレド
ヴィンテル/教会の鐘
トルミス/家のうらの湖
     「ラトビアの情景」より 大地
     「秋の風景」より 晩夏/そらを走る雲/かん木
     幼い頃の思い出
     「おじいさんから伝えきいた歌」より 紡ぎの車/カラス/冬送りの祭り歌
     「暗い冬」より 冬の朝/吹雪/オーロラ
ワルトトイフェル/スケーター・ワルツ
(アンコール)ふるさと 他

 合唱王国であるエストニアから、素敵な合唱団が来日しました。5年前にも来日して、宝塚の国際コンクールで優勝されたそうなのです。が、当時はあの震災からまだ半年という時期、私もまだ彼女らの演奏に触れることなく過ごしてきてしまいました。ですから、今回は逃さずに行ってきました。

 開演の時間になると、客席のみならず舞台の上の照明も落ちて、暗闇が広がります。と、ピアニストが出てきて、バッハのプレリュードを弾き始めます。そして、蝋燭、いやペンライトを持った団員達が並んで入ってきます。それは、まるでこれから厳かなミサが行われるかのようです。厳粛な雰囲気の中、ホルストのアヴェ・マリアが始まります。(バッハの上に乗って、グノーでないのがいいですね。^^;)このホルストの曲、数年前に初めてCDで聴いて、思わず楽譜まで買ってしまったという、個人的にはとっても思い入れのある曲なんです。今までに来日した他の少年少女合唱団の演奏会等でもよくプログラムの中に入っているのは見たのですが、実際には演奏されなかったりすることが多く、なかなか生で聴く機会がありませんでした。それが、今回、こうして初めて聴くことができて、感激もひとしおです。女声4部のダブルコーラスによるこの曲、エッレルヘインの皆さんはとても見事に歌い上げていきます。ppからffまで非常にダイナミクスの幅も広く、また、アルトの一番低い音とソプラノの一番高い音との音域もとても広く、難しそうな曲なのですが、彼女らは、その澄んだ声で、とても美しいハーモニーを作り上げていきます。しかも、響きがとてもやわらかなんです。こちらの方へむけて直線的に前へ飛んでくるというのではなく、ふわっと上に響きが上がるのですね。それは、まさに頭声の響きというもので、メンバーの1人1人がその技術を確立していることが分かります。この若さで、いやはや、何ともすごいものです。このことだけでも、この合唱団の演奏レベルの高さというものが推し量られます。なるほど、世界のトップの合唱団なわけです。

 2曲目のメルネシュの曲は、非常に前衛的な曲です。はぁっという息の音や、いわゆる黄色い声なども出させて、とても不思議な感じのする曲ですね。個人的にはこういう曲は、何か好きで、気に入ってしまいました。(^^;

 3曲目、4曲目のエーベン、ヨハンソンの曲は、それに比べるとまだ普通の(?)曲で、どこかおおらかな感じのする曲想がいいなと思います。そして黒人霊歌。ここで彼女らはまた、そのノリのよさを見せつけてくれます。「ピーター…」では、全員で小さな鐘を鳴らしながらの演奏。「バビロンズ…」では、全員で指ぱっちん(?)をして、リズムを刻みながら歌い、最後のグリッサンドで、全員、一斉に身体を小さく縮めてしまい、会場のウケを取っていました。「アメイジング・グレイス」では、ソロの子が、PAを通して歌っていましたが、これがまたちょっとハスキーな感じに発声していて、ジャズ・ヴォーカル風なのがとても印象的でした。

 …とここまででも分かるように、前半は世界各国の音楽を取り上げているのです。イギリスのホルスト、スウェーデンのメルネシュ、チェコのエーベン、フィンランドのヨハンソン、アメリカの黒人霊歌… そして、日本の歌もしっかりと取り上げているのです。それも若手作曲家として注目を集める松下耕さんの曲です。和歌山県のわらべ歌をベースに作曲された「紀の国のこどもうたI」、なかなか大胆な(?)選曲だと思うのですが、これを見事に演奏してのけてしまいました。何がいいって、日本語の発音が綺麗なんですね。エストニアとかフィンランドとか、あの辺の言葉って、母音の響きが結構、日本語に似ているからなのかもしれませんが、聴いていて違和感を覚えさせないのがすごいと思います。他の国の合唱団だったら、どうしても子音を立てたりして、絶対に違うだろうというような日本語の発音になってしまうのが、彼女らの発音は実に聴きやすいものでした。そして、言葉だけでなく、視覚的に見せることも忘れてはいません。指揮者のロイトメさんがやおら、羽織りを着たかと思うと、全員、ぱっと扇子を出してきた、ぱたぱたとあおぎながら「よっつのおじゃみうた」を歌ってみたり、「チョンキナ」では実際にじゃんけんをしながら歌ってみたり、と、何か、日本人でも忘れていそうな日本のわらべ歌文化というものをそこに再現していたように思います。

 前半最後はミュージカル・ナンバーからです。「マイ・フェア・レディ」は、ソロの子がイライザの象徴とも言える帽子と傘を持って登場し、これもまたPAを通してしっとりとした歌声を聴かせてくれます。「ハロー・ドーリー!」は、全員が帽子をかぶり、リズムを刻みながらのノリノリの演奏で、見る者を楽しませてくれます。最後には、帽子をやぁっ!と投げ放して会場をわかせます。前半だけでもとても楽しい演奏でした。

 しかし、彼女らの演奏の本質は、むしろ後半にあります。後半は、エストニアの作曲家の曲ばかりが並んでいるのです。衣装も、前半の修道院風の服から、民族的な服に着替えての登場です。そして、最初はシサスクの宗教曲。女声二重合唱の作品ですが、なかなかスケールの大きな曲ですね。全体的に力強い感じの曲で、彼女らの声も一段と張りが出てきたような感じもします。シサスクがこういう曲も書いていたとは知らなかったので、新たな発見をしたような気がします。続いてはヴィンテルの曲。ハーモニーの綺麗な曲ですね。鐘の音色を模倣しながら、音が重なり合っていくような曲なのですが、その鐘の音が左右に動いていくのがはっきりと分かって、面白いです。

 そして、ここからが今日のメインになります。エストニアと言えば、やはりトルミス。彼の作品を生で聴くのは、私達の後輩の合唱団の演奏会で聴いて以来になります。トルミス作品を一度にこれだけまとめて聴くことができるというのは、また嬉しいものです。一番、インパクトがあるのは、「大地」です。この曲の時だけ、彼女らは頭につけている帽子(みたいなもの)を外したのです。そして、何と、前屈みになって、手を髪の毛とを下にだらんと垂らしているのです。何?と思っていると、いきなり、太鼓がどんどんと鳴り響き、何やらお経のような(?)言葉を歌い始め、急に起き上がり、万歳の格好で叫んだかと思うと、すぐにまた前屈みになり、なにやらぶつぶつと唱えて、そしてまた万歳をして…ということを繰り返していくのです。非常に民族色の強い曲です。それは見ていると、常に大国に支配され続けてきて、ようやくに独立を勝ち得たという、エストニアの民族の歴史を表現しているかのようでもあり、感動的なものも覚えます。そして、これだけ力強く、舞台いっぱいにその思いを凝縮して表現する彼女らの技量の素晴らしさを、改めて思い知らされるのでした。

 他では、「家のうらの湖」や「幼い頃の思い出」などは、おおらかな感じの聴きやすい曲です。どこか懐かしいような感じするのは、何故でしょう…? また、1年の四季を歌った「自然の情景」から「秋の風景」と「暗い冬」が演奏されましたが、これらは、流れるような曲で、あっという間に終わってしまったという感じがします。でも、「秋の風景」は「晩夏」の異常なまでの暗さから始まり、終始、暗いトーンに覆われていましたし、また「暗い冬」は、ぴぃんと張り詰めた冷たい空気を感じさせるような緊張感に満ちた曲ばかりで、エストニアという国柄を適格に表現しているかのようにも思います。その一方で、「おじいさんから伝えきいた歌」は、楽し気な曲ばかりです。「紡ぎの車」は、その場に座って、紡ぎ車を回している仕種をしながらの演奏。「カラス」は、何と、途中に4人のソロ(?)が、カラスの物真似をして、「カァ!」と鳴くというおまけがつきます。これが妙に馬鹿馬鹿しいような感じで、つい、笑ってしまいました。彼女らは、こういうコミカルな表現も難なくこなしてしまうのですから、やはり、大したものです。「冬送りの祭り歌」は、冬が終わり春がやってくるという喜びを表した曲で、全体に明るい感じに包まれて、盛り上がる曲です。暗い歌ばかりのエストニアではないということを知らされる演奏でした。

 最後はスケーター・ワルツで賑々しく終わり、アンコールでは、会場の皆さんと一緒に「ふるさと」などを歌って盛り上がって、幕を閉じるのでした。いや、とても楽しめた演奏会でした。そして、エストニアの合唱団の実力の素晴らしさを、思い知らされたのでした。

 それにしましても、今回の演奏会では、客席の側のマナーの悪さが目についてしまいました。演奏が始まってもそれに気がつかないで、ざわざわとしていたり、前半2曲目の前衛的な曲なんかでは、演奏途中でも、ざわざわとしたり(曲の理解ができない、ということなのかもしれませんが…)、指揮者が曲の合間をあまり取らずにすぐに次の曲に入りたいとしていたのを、いきなり拍手をしてその流れをとめてしまったり、とかく、演奏の妨げとなる音が客席側から発せられていたのは、恥ずべきことと思います。そして、神戸の文化水準とはこんなものか、と思われることは、更に情けないことだとも思ってしまうのです。演奏する側だけでなく、聴く側も育てていかないといけないな、と思うのでありました…