らいぶらりぃ
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フレディ・ケンプ ピアノリサイタル

●日 時2000年9月21日(木)19時開演
●会 場神戸新聞松方ホール
●出 演ピアノ:フレディ・ケンプ
●曲 目リスト/超絶技巧練習曲集
プロコフィエフ/ピアノソナタ第1番へ短調Op.1
        ピアノソナタ第7番Op.83「戦争ソナタ」

  また新しい、若い才能を眼の当りにしてきました。フレディ・ケンプ、一昨年のチャイコフスキー・コンクールで3位に入賞し、世界中から注目を集めたピアニストです。”ケンプ”というと、我々は、つい、まっ先にかの往年の巨匠、ヴラディミール・ケンプを思い浮かべてしまうのですが、フレディさんは、その”ケンプ”の遠縁に当たるのだそうで、少なからずとも同じ血が流れているのでしょうか。往年の巨匠を凌ぐと言うてもいいほどの素晴らしい演奏でした。

 何が素晴らしいって、まずは、選曲を見ただけでも、桁違いに凄いピアニストだなという印象は受けます。リストの「超絶」に、プロコのソナタ。23歳という若いピアニストが普通、こんな選曲ってするのかしらん。特に、プロコなんて、とっても奥の深い音楽ですから、そうそう簡単には弾けるものではないでしょう。そういう曲を持ってくるだけでも、何か、すごそう、という感じがします。そして、実際に聴いてみると… そのパワーに圧倒されます。まだお若いということもあるからなのでしょうが、とにかく力強いんです。そして、鍵盤の上を自由自在に動き回り、「超絶」を難なく弾きこなしているんですね。そのテクニックの素晴らしさは言うまでもないことながら、さらに凄いのは、そのリストの音楽を完全に自分のものとして表現していること。テクニックだけならば、若々しさ、或いは力強さだけで押していくような演奏にもなってしまうと思うのですが、それだけで終わる演奏ではないのです。歌わせるべきところでは、ちゃんとピアノを歌わせていて、その叙情的な表現力には、また、感じ入ってしまいます。特に9番や11番などの美しい曲では、その表現力が見事に冴え渡っていて、他の曲で圧倒的なパワーを見せつけているだけに、より印象的でした。この辺の曲って、リスト自身、若い頃に書いた曲なのでしょうけれど、何か、晩年の宗教曲へと通じるようなものがあるように、個人的には思うのですが、そうした、奥の深さというものを、しっかりと自分のものとして完全に弾きこなしている、それがフレディさんの演奏であったと思います。これだけの大曲を、見事な演奏でした。

 が、それだけでは終わりません。もっと凄いのは、後半のプロコです。1番は、どちらかというと、スクリャービンを思わせるような、流れるようで美しくもドラマティックな曲です。これをいとも簡単に、それも抒情たっぷりと歌い上げたかと思うと、次の7番です。こちらこそがプロコらしさの表れた曲であり、強烈なダイナミズムや野性的なエネルギーに満ちた曲ですが、この演奏の何とも凄まじいこと。強烈な印象を持って始まったかと思うと、その力強さとスピード感、聴く者を圧倒するかのようなパワーをもって、一気に音楽が流れていきます。1楽章、或いは3楽章は、そういう斬新なまでのメカニックなダイナミズムに支配されていますが、そのリズムを実に見事に刻んでいき、聴く者をぐっと捉えて離さないのです。2楽章は、暗い感じの中の美しさというか、独特の重みを持ったロマンティシズムに溢れています。この暗澹たるロマン性も、フレディさんのピアノは、実にたっぷりと歌い上げていきます。ピアノの音そのものがとっても重厚なものに聴こえて、こんなにも深い音楽があるものかと思うほどです。しかし、やはり、3楽章で、再びリズム感とスピード感に支配されると、その演奏は力強さをより一層、増して、一気にクライマックスへと向かっていきます。その緊張感溢れた演奏には、会場中の空気もぴぃんと張り詰めて、聴く者の心を、何か、ぐぅっと捉えてくるようです。そして、その迫力たっぷりに登り詰めていって迎えるクライマックス、こちらの緊張感も頂点に達したところで、曲は終結します。終わると同時に会場中が興奮に涌き、嵐のような拍手が起こったのは言うまでもありません。こんなにも興奮させられたピアノ演奏というのは、初めて聴いたような気もします。いや、素晴らしい、素晴らしすぎる演奏でした。

 アンコールでは、(曲名を失念しましたが)がらりと変わってとっても美しい音色を聴かせてくれます。これが先程のプロコの時と同じピアノの音なのか、というほど、その音色が違っており、官能的なまでの美しさに、うっとりとしてしまうのでした。そして、これだけの表現のできるフレディさんの技量の高さを、改めて素晴らしいと思うのでした。確かに、彼は来世紀へ向けて、偉大なピアニストになることでしょう。その大器の演奏に触れることができて、とても幸せなひとときなのでした。