らいぶらりぃ | |||||
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●日 時 | 2000年10月20日(金)19時開演 |
●会 場 | 神戸文化ホール・中ホール |
●出 演 | ヴァイオリン:久保田巧 |
ピアノ:ヴァディム・サハロフ | |
●曲 目 | ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調Op.12-2 |
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調Op.47「クロイチェル」 | |
シルヴェストロフ/ヴァイオリン・ソナタ”ポスト・スクリプトゥム” | |
ピアソラ/ル・グラン・タンゴ | |
(アンコール) | |
ピアソラ/ジャンヌとポール | |
シルヴェストロフ/ポスト・ルディウム |
ウィーン・ピアノ四重奏団やサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管等で活躍されている久保田さんと、クレーメルやヨー・ヨー・マ等との室内楽で活躍されているサハロフさんとのデュオによる、ベートーヴェンの全曲シリーズが始まりました。神戸でこのような企画は、はっきり言うて、珍しいです。神戸学院大学が、グリーンフェスティバルで、長谷川陽子さんのドイツ3大Bの全曲や、仲道郁代さんのベートーヴェン全曲などをやっている(いた)のは知っていますが、文化ホールで、この手のものは初めての試みではないでしょうか。しかも、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタを演奏しながら、かつ、20世紀のソ連〜ロシアの作曲家の曲も同時に紹介してくれるという、おまけつきです。これは、素晴らしい公演になるに違いない、と、招待券をいただいたので(^^;、そそくさと出かけてきました。さて、初回の今回は、イ長調の曲が2つ並んでいます。が、その性格は全く違うものですね。2番はどっちかというと、モーツァルト風な古典的な雰囲気の曲。9番は言わずと知れた、ヴァイオリンソナタの名曲中の名曲。この2曲を続けて演奏してしまうというのが、すごいですね。久保田さんのヴァイオリンは、その落ち着いた表情からは想像もできないほどに情熱的です。2番でこそ、落ち着いた、しっとりとした端正な表情の音色ですが、9番になった途端に、がらりと様相が変わります。もちろん、2番は先にも書いたように古典的な雰囲気の濃い曲、これをきちんと自分のモノとして演奏していらっしゃることに変わりはありません。が、…やはり9番はすごいです。1楽章冒頭の序奏からして、気合たっぷりといった感じで、恐ろしいくらいの緊張感が満ちています。そして始まるあの激情的なヴァイオリン。その演奏に対する集中力というものはすさまじいほどで、聴く者の心をしっかりと捉えて離しません。次から次へと展開していく中、ふと、昔、初めてこの曲を聴いた時の感動を思い出して(確か、トルストイの「クロイツェル」を読んでそれから聴いたのだったか…)、何かほろりとくるものがあります。それに、そこまで感動的に盛り立てているのは、サハロフさんのピアノのせいでもあるのですね。クレーメルさんとのデュオでも有名なこの名手のピアノは、ベースをはっきりと出す力強さを持ちながらも、甘美的なロマンティックさも表現することもできて、まさにベートーヴェンを弾くにはもってこいといった感じがします。彼のピアノで、「悲愴」や「熱情」も聴いてみたいと思うくらいなのですが、その彼のピアノがしっかりとベートーヴェンの世界を作り出しているから、久保田さんもその上で、さらにその世界をより一層、盛り立てていくことができるというものです。自由自在に、と言うよりは、緻密に計算されたアンサンブルが展開していきます。お互いが主張しあいながらも、ひゅっと引っ込むところは引っ込む、この掛け合いが本当に息がぴたりと合っていて、聴いていてとても心地よいです。いやぁ、このコンビはまさに絶妙なデュオということができましょう。2楽章の美しい変奏曲も素敵でしたし、3楽章のタランテラもまたすさまじかった。これほど素晴らしい「クロイツェル」は、そうそう聴けたものではないでしょう。多少、荒削りなような印象も受けるような面もあるかとは思うのですが、逆に、それが、ベートーヴェンらしさを表しているようで、まさに疾風怒濤、ベートーヴェンらしいロマンに満ちた演奏でした。
後半は、ちょっと変わった曲が登場です。シルヴェストロフ、この作曲家の名前は知らなかったのですが、彼はウクライナの作曲家なのですね。サハロフさんは彼のことを今世紀最大の作曲家だと仰っているようですが、さて、その曲の方は… これがまた不思議な曲なんです。「ポスト・スクリプトゥム」、日本語で言えば「追伸」なんだそうですが、何か非常に意味ありげな題ですね。曲は3つの楽章から成っているようですが、全体は通して演奏されます。1楽章は何か、まるで「みんなの歌」に出てきそうなくらい、親しみやすいメロディーが奏でられていきます。その一方で、感情が流れるかのような展開があったりして、その対比が面白いです。第2楽章はこれがまたとても美しいメロディーをヴァイオリンが切々と歌い上げていきます。何かむせび泣くかのようなその音色はとても素敵です。そして第3楽章、1楽章からずっと、まるで水滴がぽたっと落ちて波紋が広がる情景を描写するかのような音型パターンが所々で出てきていたのですが、ここではそればかりが繰り返されます。ぽたっと落ちて、すぅっと広がっていく… それはあたかも私達の心の波紋を表しているかのようでもあり、何か不思議でありながら落ち着いた心地にさせられます。そして、消え入るように曲は終わります。え、もう終わり?と思うくらい短い曲で、これでもう終わりなの…、って上目遣いで客席の方を見遣る久保田さんが、とってもお茶目で可愛らしくも見えてしまうのでした。(失礼でしたら、ごめんなさい)
最後は、ピアソラ。う〜む、やっぱりいつ聴いてもピアソラはいいですねぇ。サハロフさんのピアノはもう慣れたものなのでしょうが、あのずんっと響くベースの音は、まさにタンゴのリズムをしっかりと刻んでいくようで、いいですね。久保田さんのヴァイオリンがそれに乗って感情の流れるままにピアソラ節を歌い上げていきます。もうお2人とも完全にノリノリって感じで、感動的なクライマックスへと一気に流れ込んでいくのでした。いやぁ、素晴らしい演奏でした。
このシリーズの次回は、来年の5月。(アーバンオペラの次の週くらいですかね…)今回が期待した以上に素晴らしい公演でしたので、次回もまた聴きに来たいものです。次回は「スプリング」と4番、それに加えてプロコの1番も聴けるという内容。これは、今から予定に入れておこうかな…