らいぶらりぃ
PrevNextto the Index

ミシェル・コルボ/バッハ:ロ短調ミサ

●日 時2000年10月28日(土)18時開演
●会 場シンフォニーホール
●出 演ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽アンサンブル
フライターク・アカデミー室内管弦楽団
ソプラノ:ヴァレリー・ガベイユ
メゾ・ソプラノ:マルグリート・ヴァン・ライセン
テノール:トピ・レヘティプー
バリトン:マルコス・フィンク
●曲 目バッハ/ロ短調ミサBWV.232

 今年1番の注目の演奏会です。ミシェル・コルボ、いわずと知れた宗教音楽の大家です。そのコルボさんが、手兵のローザンヌ声楽アンサンブルを引きつれてやってくる、しかもロ短調ミサを聴かせてくれる、となると、これはもう、最高の演奏会にならないわけがない。行く前からもう、期待でいっぱいでした。そして、実際にその演奏に直に触れてみると、…それはそれはもう、言葉では言い尽くせないほど素晴らしい演奏でした。

 何が素晴らしいのかと言うと、まずその音色や響き自体が、非常に独特のものなのです。ローザンヌ声楽アンサンブルの皆さんの演奏は、各パートのバランスもとれており、非常にハリのある、それでいて優しい感じの響きを作り出しているのです。それに当然のことなのでしょうが、バロック音楽の細かな音型などもいとも簡単そうにこなしているのが耳につきます。フーガの場面などで、各パート毎に出てくる部分がありますが、そういうところでも、どのパートも一糸乱れぬ響きを保ちながら、なおかつ、スタッカート或はマルカート気味にそのテーマを歌い上げていくのです。これが、ころころとした軽やかな感じで聴こえてきて、実に心地良いです。まさしくこれこそがバロック音楽、ということを実感します。そして、一方のフライターク・アカデミー室内管弦楽団の皆さんも、非常に緻密に練り上げられた演奏を聴かせてくれます。こちらも、古楽器を使用しているからか、その音色が実に温かいのです。弦楽器の音色も艶やかで、また木管も優しい音色をしています。トランペットも華やかでありながら上品さを保ち、オケ全体が、何かしら温かい空気に包まれているような、そんな雰囲気が漂っているのです。そして、この合唱団とオケとの両者が一体となった時、そこには、他では決して得ることのできない独特の温かみを持った音楽が誕生してくるのです。

 もちろん、そうした音楽を引き出してきているのは、コルボさんです。コルボさんの作る音楽は、とても人間味あふれたもので、時に歓喜に満ち、時に悲嘆にくれる、といった表情に富んだものなのです。その豊かな表情が音楽をドラマティックに盛り上げていき、単なるミサ曲以上に、この曲の魅力を引き出しているのです。そのドラマ性が一番良く出ていて印象的なのが、「Credo」の中、「Et incarnatus est」の部分。重々しい空気に包まれながらも神秘的にイエスのことを語り、次の「Crucifixus」で、更にイエスの苦痛を痛々しいまでに歌い上げた後に、すぐに間髪入れずに「Et resurrexit tertia die」に入り、イエスの復活の喜びを高らかに歌い上げる、この音楽の組み方には、おぉ、と感動しました。まるでオペラを聴くかのようなドラマティックさに満ちていて、ミサ曲の核心たる中心部分がよりいっそう、引き締まって聴こえていました。同様のことは、「Gloria」の「Quoniam tu solus sanctus」のバリトンのアリアに続いて、合唱で「Cum Sancto Spiritu」に間髪入れずになだれ込む部分にも言えます。こういうことができるのも、コルボさんならでは、でしょう。素敵です。

 しかし、コルボさんの音楽はちょっとテンポが速い、という気もします。「Kyrie」の冒頭からして速いという印象がするのですが、それは「Gloria」や「Credo」でも変わらず、そしてそのまま、「Sanctus」までもが非常な速さ。「Sanctus」って、結構、タメて演奏する人が多いような気がするのですが、そういう気持ちで聴いていたら、コルボさんの演奏にはついていけません。とにかく速い、え?と思うくらい速いんです。そのテンポの速さが、曲全体の流れを非常にアップテンポにして、滑らかに軽やかに流れていくようにしているのもまた、事実です。それは、淡々と流れていく川のようでもあります。が、その中に、上述のような起伏に富んだ表情がつけられているのです。だからこそ、ドラマティックな演出(?)が盛り上がるというわけです。そういうことを、恐らくはちゃんと綿密に計算しているのでしょう。さすが、です。

 演出と言えば、「Gloria」や「Credo」でソロが出てくるところがありますが、この部分でソロと競演している各楽器奏者もまた、自分が演奏をしていますよ、と言わんばかりに立って演奏をしているのです。「Laudamus te」でのフルート(トラヴェルソ?)、「Domine Deusu」でのオーボエ(ダ・モーレ?)、「Quoniam tu solus sanctus」でのファゴット+ホルンなど、その場に立って演奏しているのが妙に印象的だったりします。ファゴット2本までもが立って演奏するとは思わなかったので、ちょっとびっくりもしましたが、古楽器の音色を確認することもできて、結構、楽しかったです。「Quoniam tu…」の部分のホルンもトランペットと持ち替えで古い型の楽器を使っていましたが、やはり難しいのでしょうね。ちょっと音が外れ気味に聴こえましたが、これは仕方ないことなのでしょう。

 さて、そのソロの方達もまた、素晴らしい声でした。一番印象的なのは、メゾのライセンさん。特に「Agnus Dei」のアリアは素敵でした。その伸びやかでふくよかな声の響きに、テクストのとおりの平安への祈りの気持ちが込められているようで、聴いていて安らかな気持ちになります。また、バリトンのフィンクさんも貫禄たっぷりの声の持ち主ですね。聴きようによっては、その貫禄が逆に浮いてしまっているようにも聴けるのかもしれませんが、私は素敵だったと思います。

 最後の「Dona nobis pacem」の合唱が始まると、これだけの大曲をずっと演奏してきて、まだこんなにパワーが残っているのかと思うほど、力強くも美しい、透明感溢れる響きが、ふぅっと会場を包みます。それは、オケの優しい響きと一体となり、テクストのとおり、まさに平安への祈りの優しく穏やかな気持ちが会場中を包み込むようでもあり、そこへまたさぁっと明るい光がさしてくるような雰囲気さえ漂わせます。数々のドラマを経てきてのこのラストは、特に感動的でした。その素晴らしさには、つい、涙しないではいられないのでした。そして、改めてコルボさんの魅力に深く引き付けられるのでした。素晴らしい演奏会でした。

P.S.東京の公演では、「マタイ受難曲」もするのですね。これも聴いてみたいものです…(羨ましい…)