らいぶらりぃ
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ベートーヴェン/第九

●日 時2000年12月19日(火)19時開演
●会 場フェスティバルホール
●出 演小林研一郎指揮大阪フィルハーモニー交響楽団
ソプラノ:高橋薫子
アルト:橋爪万里子
テノール」松本薫平
バリトン:松下雅人
大阪フィルハーモニー合唱団
●曲 目グリーグ/2つの悲しい旋律Op.34
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱」

 コバケンさんの「第九」の公演というのも毎年のように行われていますが、私はまだ聴いたことがなかったのでした。それが、ありがたくも招待券をいただきましたので、今回、コバケンさんの「第九」の初体験をしてきました。

 「第九」に入る前には、グリーグの作品です。よくあるパターンでは、ここでベートーヴェンの何らかの序曲が入るかと思うのですが、今回は意表をついて、グリーグです。この「2つの悲しい旋律」というのは、題名のとおり、「胸のいたで」と「過ぎし春」という2つの曲から成っています。「胸のいたで」は、その名前のとおり、胸がきりきりと痛むような、とても切なくも哀しい雰囲気に満ちています。グリーグらしい、美しいメロディーとハーモニーが印象的ではありますが、でも、ただ単に奇麗というだけではすまされない何かが曲の中に潜んでいるような、そんな感じの曲です。「過ぎし春」は、題名とは違って、むしろ、これから春がやってくるぞ、という内容の曲なのだそうです。確かに、聴いていると、過ぎ去った春を懐かしむというよりは、空気の中にふわぁっと春の気配が漂い始める、何か密やかに期待感が満ちてくる、そんな感じがします。弦楽のハーモニーが、この北欧の微妙な空気を実に見事に描写しているようで、とても素敵な曲です。そして、「第九」へ行く前に聴く曲としても、こういう、優しい雰囲気の中に、期待感に満ちた曲こそがふさわしいのだと思い知らされたような気もするのでした。

 そして、いよいよ「第九」。一言で言ってしまえば、コバケンさんの「第九」は、こんなにも聴き応えのある「第九」があったのかと思い知らされるような素晴らしい演奏。いつものごとく、指揮をしながら唸ってはるし、まさに完全燃焼していらっしゃいます。その気迫は第1楽章から炸裂、ただならぬ不安さを表わしながらの第1テーマに、おだやかに流れる第2テーマ、それらの対比をくっきりと出しながら、非常にメリハリのある演奏を聴かせてくれます。第2楽章では、スケルツォの主部はやや速めのテンポでありながら、トリオに入ると、ちょっとゆったりめ。ホルンのテーマが、その発音がやや遅く聴こえたのがちょっとだけ気にはなりましたが、実に淡々としながら曲は流れていきます。そして、第3楽章。実にたっぷりと歌わせていますね。大フィルのメンバーも、1楽章や2楽章ではちょっとだけノリの悪さのようなものも感じないでもなかったのですが(例えば、管の音がちょっと、え?と思うような部分があったりしたのです…)、この3楽章の辺りから、完全にコバケンさんの音楽を忠実に再現しているようですね。まさに天上の音楽と言うにふさわしい美しい響きが会場中を覆っていました。

 そして、息をつく間もなく4楽章。最初は実に淡々とした音楽運びが展開していきます。低弦のレチタティーヴォも割とアップテンポ気味で、聴いていても心地よいです。歓喜のテーマが初めて低弦に現れる直前の和音も、ぱっと短く切っていて、それは、何か、バッハのカンタータや受難曲を聴くかのような雰囲気さえ漂っています。そう、コバケンさんの音楽は、このレチタティーヴォの部分とアリア(歌)の部分とをはっきりと明確に分けて表現している、ということが言えましょう。その明確さは、他の部分でも良く出ていて、例えば、テノール独唱のマーチの部分が終わった後、弦を中心に長い間奏が続き、そして歓喜のテーマの大合唱へ、という部分。間奏の部分では、割と速いテンポで進んでいくのですが、これが、ホルンの音を挟む間に、ぐっとテンポを落して、大合唱が始まると、実にたっぷりとゆったりと堂々と歌わせているのです。しかも、その堂々としたのに加えて、コバケンさんの指揮は、天井或いは客席の方を指さして、あっちへ響かせろ!と言わんばかりのものです。歌う方も、大いに燃えることでしょう。歌わせ上手、なのですね。少し後に出てくる二重フーガの部分でも、同様、歌え!というような指揮で、歌う人を奮い立たせているのが印象的です。それに、重要なのは、”間”の取り方の巧さです。総休止の取り方が実に上手なのですね。ぐっと溜めたいところで、しっかりと溜めるんです。ぐっと溜めるからこそ、それが爆発する時は凄まじいばかりの勢いとなって出てくる、それが凄いのですね。そして、圧巻は終結部。非常に、というか、むっちゃ速いテンポで始まり、一気にクライマックスへ。一息つくかのようにゆったりとした短い部分をたっぷりと歌い上げた後は、むちゃくちゃな程の速いテンポで、終結へなだれ込んでいくのです。コバケンさんの演奏が、パワフルでエネルギッシュな演奏とよく言われるわけが分かるような気もします。こんな見事なまでに、「第九」の世界を描き上げられるのは、コバケンさんならでは、なのでしょう。

 ところで、今回は、ソリスト陣もなかなかの顔がそろっていて、とても素晴らしかったのです。特に印象的なのは、テノールの松本さん。現在売り出し中の人気急上昇の若手ですが、あのマーチを実に朗々とたっぷりと歌い上げていました。一歩一歩確実に成長していらっしゃる、聴く度にそのように思うものですから、今後がますます楽しみです。アルトの橋爪さんも、あ、アルトってこんなふうに歌っているんだぁ、と、普段なかなか聴こえにくいアルトパートを、実にはっきりとくっきりと表現しているのが印象的です。市ぷラのの高橋さんも、高音を実に奇麗に響かせていますし、バリトンの松下さんもいつものとおり、朗々とした歌いを聴かせてくれます。この4人の奏でる終楽章第5部(終結部の直前の部分)の四重唱はほんとに素敵なものでした。

 そして、合唱です。大フィル合唱団って、聴く時々で、演奏の印象が違ったりするものですから、評価の仕方が難しいのです(と思う)。が、今回はなかなか健闘していたと思います。最初の方でこそ、やや響きが薄く聴こえたのですが、段々と、ノッてきたのか、かなり熱の入った合唱を聴かせてくれていたと思います。二重フーガの部分など、コバケンさんの指揮に食らいつくように懸命に歌い上げているのが印象的です。そう、やはりコバケンさんの威力なのでしょう。コバケンさんだからこそ、合唱団も燃えるというものなのでしょう。見事な演奏でした。

 今年最後の演奏会となる「第九」を、このように、オケとソリストと合唱と3つが見事に一体となった、素晴らしい演奏で聴くことができて、ほんとよかったと思います。これで安心して(?)新しい世紀を迎えることができるというものです。