らいぶらりぃ
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ミュージカル/アイーダ

●日 時2000年12月30日(土)20時開演
●会 場The Palace Theater
●演 目Elton John & Tim Rice/Aida
●出 演Amneris:Sherie Rene Scott
Radames:Matt Bogart
Aida:Heather Headlley
Mereb:Damian Perkins
Zoser:John Hickok
Pharaoh:Daniel Oreskes
Nehebka:Schele Williams
Amonasro:Tyrees Allen
Direeected by:Robert Falls
etc.

 この年末年始、世紀末と新世紀を迎えるべく、ニューヨークへと行ってきました。で、せっかくだからということで、ニューヨークでの公演をいくつか見てきました。題して、”年末年始をNYのエンタテイメントで楽しもう!ツアー”であります。(^^; その第1弾は、ミュージカルの「アイーダ」。「アイーダ」というと、どうしても、ヴェルディのグランド・オペラを思い出してしまいますが、このミュージカル版は、あのエルトン・ジョンが曲を書いているのです。日本ではあまりその評判はなかなか聞こえてはきませんが、でも、あのダイアナ妃追悼の曲を書いたエルトン・ジョンです。きっと素敵な曲に満ちたものなのだろうと期待してしまいます。

 そして、この「アイーダ」、決して、オペラと同じような感覚で聴いてはいけません。話の筋はもちろん、大まかな部分では同じなのですが、役まわりがちょっとだけ違うようなのです。と言うのも、アムネリスの役、オペラでは、アイーダとラダメスとの仲を疑い、彼女を罠にかけて、そして、2人を別れさせて、ラダメスを自分のものにしようとする、どちらかというと敵役として描かれていると思うのですが、それが、このミュージカルでは、とってもお人好しな優しいお姫さま、という感じなのです。ラダメスのことが好きで好きでたまらなくて、彼と結ばれることを夢見ている愛すべきお姫さまなのですね。また、アイーダのことも心から信頼していて、その悩みを彼女に打ち明けたりもするという、とても強い絆で結ばれているのです。だから、ここでの三角関係は、お互いがお互いをとってもよく理解しあっていて、誰が善で誰が悪、という単純なものではないのです。誰もが善であり、それぞれの立場で、3人ともが悩んでいるのです。結果的には、オペラと同じ結末を迎えるのですが、そこに至るまでの過程が違い、むしろ、このミュージカルの方が、人間の心の葛藤をより深く、的確に表現していると言うこともできましょう。

 そして、この主役となる3人が、歌手としてもとっても素晴らしいんです。特にアイーダのHeadlleyさん、台詞をしゃべる時は低い声で、ぼそぼそっとした感じなのですが、いざ歌い出すと、実にハスキーでクリアな声なんです。高音も実に美しく出していて、話し声とは全く印象が違うのが不思議なくらいです。そして、声の表情も実に豊かなんです。切ない気持ちを歌う時は、細い声でひそひそとした感じで歌いますし、感情の高揚してくるところでは、ヴォリュームたっぷりの声で、実に朗々と歌いあげていくのです。特に1幕最後の「The Gods Love Nubia」は、ヌビアの奴隷達に囲まれて、最初はラダメスへの想いからためらいがちだったのが、次第に気持ちが高揚してきて、共にヌビアを救おう、と高らかに歌い上げるシーンは、まさに圧巻です。何て迫力のある歌い方をする人なんだろうと感心してしまいます。ラダメスのことを愛しながらも、祖国或は父親への愛をも捨てられずに悩むアイーダを、実に見事に演じきっているのが、とても印象的でした。

 一方のアムネリスのScottさんもまた対照的に素晴らしいです。コロラトゥーラのような感じで、ころころとした感じで歌うのですね。それもとっても明るく軽く。ラダメスが好きでたまらないというようなことを歌うところでは、本当に明るく可愛らしいです。また、このアムネリスが、言うてみればボケ役みたいなもので、結構、ウケを狙う台詞などがあったりもするのですが、そういう演技もまた、実に自然なんです。彼女がラダメスのことを誘惑するシーンなんかでも、ちょっとHなことを言う台詞があったりするのですが、それもごく自然で、茶目ッ気たっぷりです。会場もウケてましたし、やはり、可愛らしいのでしょう。しかし、可愛らしいだけでは済まされない、アムネリスは大事な役でもあるのです。冒頭、幕が上がると、そこに展開するのは、メトロポリタン美術館のエジプト館の光景。様々な展示品が並ぶ中を、見物客が見てまわる、そんな中に始まるのが「Every Story is a Love Story」。誰が歌っているの?と思っていると、1つの展示品がくるっと回転してこちらを向きます。それが、実はアムネリスなのです。何故、彼女が美術館の中に展示されているのかは後にして、見物客の中にアイーダとラダメスに似たカップルを見つけて(実際、この2人の役者が登場していた)、昔のことを思い出したのでしょう、このナンバーを歌うのです。そこから、話は、古代エジプト王国に飛び、アムネリスの回想話が始まるのです。つまり、この物語の語り手はアムネリスであるのです。そして、最後、結論から言うと、先にも言いましたように、3者3様にそれぞれが互いのことを理解しながらも悩みぬいた結末として、アムネリスが、ファラオに変わって、アイーダとラダメスとを共に牢獄に入れるように、と裁断を下すのです。その後、彼女がファラオになり、善政を行った名君となった、という後日談があるようなのですが、だから、そういう名君であるから、美術館にそのミイラ(?)が安置されているのですね。最後も冒頭と同じく美術館のシーンに戻って、長い回想話が終わる、という流れなのです。こういう、コミカルな部分と、シリアスな部分とをしっかりと演じ分けていたScottさんも印象的でした。

 そして、ラダメスです。今回の公演では本来のキャストであるAdam Pascalさんに代わって、Bogartさんが出演していたのですが、このBogartさんもかなりの実力派です。登場のシーンの「Fortune Favors the Brave」から、そのハリのある、力強く響く美声を披露してくれるのです。それは、まさに、かぁん!と鳴り響くようで、実に感動的でもあります。だから、そんなラダメスとアイーダとの二重唱の何とも美しいこと! BogartさんとHeadlleyさんとのデュオは、実に力強くも美しく、愛を高らかに歌い上げるのは感激もんです。第1幕での「Elaborate Lives」に、第2幕での「Written in the Stars」、ハリのある2人の声が会場中に響き渡るのは、圧巻でした。また、話の流れについてですが、オペラのように、アイーダとラダメスとが最初から愛しあっているというのではなく、ラダメスの元に、アイーダが捕えられて来る、というところから始まるのです。つまり、ラダメスは、アムネリスという許嫁がいながら、アイーダに恋をしてしまう、という役なのです。けれども、決して、「カルメン」のドン・ホセのような女々しい男(?)、というのではないのです。筋がぴんと通っていて、自分自身の力で生きていきたいという、真に強い男なのですね。そういう役を、Bogartさんは見事に演じきっていました。

 この3人の他に印象的なのは、ラダメスの父親でもあるZoserです。Hickokさんの声はハイ・バリトンという感じで、とっても奇麗なんです。リリカルなリートを歌わせてみたいというくらいなもんなんです。でも、…悪役なんですね、これが。ラダメスとアムネリスとを結婚させて、自分の息子をファラオにして、実質的な権力を手中に収めようと画策するのです。その想いを歌う「Another Pyramid」は、憎い役ながらも格好いいです。また、ラダメスと衝突しあう「Like Father Like Son」では、Bogartさんにヒケを取らず、声でもハリ合っていました。

 演出的なことを言うと、さすが、ブロードウェイです。舞台の流れが決して不自然にならないような、流れるような舞台の展開が印象的です。実にスムーズに、自然に舞台が流れていくのです。そして、実に芸達者な面も見せてくれます。例えば、アムネリスが最初に登場してくる場面(冒頭の美術館でなくて)では、舞台のバックにプールを上から見たような絵が垂直に架けられるのです。その中を泳いでいたアムネリスがプールからあがってきて、この場のシーンが始まるのですが、そう、垂直なプールの中を泳いでいるのです。宙吊りになったアクロバットが、空中を泳いでいるわけです。これを見た時、松本のあのサイトウキネンでの「ファウストの劫罰」を思い出して、おぉ、と声をあげてしまったのは、私だけでしょうか。また、その後、アムネリスが「My Strongest Suit」を歌うシーンで展開されるのが、アムネリスのファッション・ショー。舞台の真ん中にお立ち台(?)が出てきて、何が始まるのかと思えば、古代エジプトに似合わないファッション・ショーなんですね。かと思えば、いかにも古代エジプトらしい舞踏のシーンも別にあったりして、その辺の場面転換の仕掛けはさすがです。オペラでは有名な凱旋行進曲のシーンがないのは、ちょっと残念な気もしましたけど… そして、最後、アイーダとラダメスとが地下牢に入れられて最期を迎えるシーン、地下牢が段々と小さくなっていくのです。それと同時に舞台が暗転していって、最期は、アイーダとラダメスの入っていた地下牢の光が、舞台中に広がる星空の中の、小さくも明るく輝く星となるのです。実に美しい演出です。悲劇ではあるのだけれども、2人は星となり結ばれた、というハッピーエンドでもあるかのような印象も与えます。

 素晴らしい出演者に音楽、演出で存分に楽しむことのできたミュージカルでした。日本でもそのうち、どこかが取り上げてくれるのを期待しながら、ブロードウェイを後にするのでした。