らいぶらりぃ
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新しい合唱音楽研究会・関西第9回演奏会
新しいうたを創る会関西支部第6回演奏会

スイジャクオペラ 泥の海

●日 時2001年5月6日(日)14時開演
●会 場芦屋ルナホール
●出 演 田中信昭指揮新しい合唱音楽研究会・関西/新しい合唱団
      新しい合唱音楽研究会・九州
女ソロ:児玉祐子
男ソロ:山本佳人
打楽器:横田直子/池邊雅美
●曲 目高橋悠治/かがみくもりて(梁塵秘抄による)
     スイジャクオペラ「泥の海」

 知り合いが出ているということもあって、久しぶりに、「新しいうたを創る会」の演奏を聴いてきました。演目は、”スイジャクオペラ”なるもの。案内のチラシを見た時は、何、これ?という感じだったのですが、はてさて、実際はどうだったのかと言いますと…

 さすが、前衛的な音楽を書くことでも知られる高橋悠治さんの作品だけのことはありますね。正直なところ、聴いた瞬間は、何だ、これ?という感じだったのです。でも、プログラムの中で高橋さんが書かれていることを読むと、ちょっとだけ、分かったような気にはなります。「この壊れた世界の、壊れたことばと壊れた音楽の『泥の海』から、新しいうぶ声が生まれてくる。」ということなのですが、つまりは、全てが「スイジャク」した、渾沌とした状態の中から、言葉や音楽が生まれ、生命が生まれてくる、そして、それは再び、「スイジャク」した中へと戻っていく、ということを表わしているのかな、と思ったりするのです。オペラ、などと言うてはいますが、普通に連想するオペラなどとは全く違います。むしろ、ここではオペラと言うよりも、神がかり的な儀式といった雰囲気で、ある面では日本古代からの歌垣などの民族的な儀式の感じになっているのです。非常に神秘的で不思議な舞台、そういう印象がします。

 舞台では、全員が、古代の時代に日本人が着ていたような格好をしています。その格好からも何か神秘的な雰囲気はしているのですが、更にその雰囲気を盛り上げるようにヴォーカリーズが始まり、「スイジャク…」という台詞を、作詞者の藤井貞和さんが朗読された声が、テープで流されてきます。これだけでも、これが単なる舞台音楽ではなく、何かしら儀式的なものであるということを知らされます。やがて、コーラスが台詞をしゃべり始め、その中から音楽が作り出されようとしてきます。「蛭子」「泥の海」「道具衆」「鳥」「時の巫女」「歌姫」「ジープ」「五穀」といったタイトルの付けられた曲が順に演じられていきます。その言葉自体もまた、非常におどろおどろしいもので、「女の死体」などという言葉が何回となく出てきます。(この言葉が何かを象徴しているのかもしれませんが、そこまではよく分からなかった…)そうした不思議さ或いは不気味さのままに音が重なり合い、非常に不思議な音空間が作られていくのです。それは、何か1つのストーリーに基づくもの、というのではなく、全くの渾沌としたもので、その渾沌としているのが、即ち今の世界そのものであるということに、私達はふと気づきます。先の「死体」もそうですが、それ以外にも、いわば”退廃的”とでも言えるような言葉が次から次へと出てくるのですね。この退廃としたものって、今の世間そのものではないか、と思ったりするのです。それが「スイジャク」ということであり、この作品は、そこから新しい生命=言葉や音楽を生み出そうという、いわば、作曲者の大いなる実験の場=儀式なのかもしれない、そんなことを考えたりするのでした。コーラス以外にも男女1人ずつのソロと、左右に分かれて座っているパーカッション(と言うても神楽で使うようなものなのですが)がいて、彼等の作り出す音もまた、意味ありげで不思議なものです。特に女声ソロの児玉さんには、割と重要な(と勝手に思っている)台詞なんかもあったりして、聴き応え(見応え)があります。「時の巫女」でしおらしくしていたかと思うと、「ジープ」ではヤンキーな(?)感じになり、これはなかなかのものでした。そして、もう一つ、コーラスのメンバーもまた、打楽器を持っていて、特に女声の持っていた竹の落とし筒と石によるものの音が印象的です。から、ころ、とした音が何か非常に耳に心地よく聴こえたのは私だけでしょうか… そして、一番印象的なのは、「あやに、あやに」と何回も繰り返される言葉のメロディ。ここだけは何か、とっても美しいな、と思います。そして、そうした美しいものも聴かせながら、最後は「ふたたびスイジャク」ということで、作詞者の声が流れて、静かに舞台は終わります。…やっぱり、とても不思議で、分かったような分からないような舞台です。でも、こうした舞台を完全に自分達のものとして表現できるというのは、さすが、田中信昭さん率いる会なだけのことはあります。

 「泥の海」の前に、前半では、やはり高橋悠治さんの作品である「かがみくもりて」も演奏されたのですが、こちらもまた、不思議な感じの曲です。「梁塵秘抄」から選ばれた歌に基づいて作曲されているのですが、こちらもまたいろいろな音が重なり合って音楽を作り出そうとしている曲なのです。それは声明のようにも聴こえて、不思議だけど、何か懐かしいような、そんな感じもするのです。…高橋悠治ワールドは不思議だ、改めてそう思うのでした。(^^;

 あまり難しいことは考えずに、ただその場での音空間の広がりに身をゆだねているだけでしたが、非常に不思議で得難い体験をすることができた、そんな演奏会でした。