らいぶらりぃ
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アンサンブル神戸第12回定期演奏会

●日 時2001年5月25日(金)19時開演
●会 場神戸新聞松方ホール
●出 演阪哲朗指揮アンサンブル神戸
ピアノ:土居知子
●曲 目モーツァルト/セレナーデ第6番二長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
       ピアノと管弦楽のための協奏曲第23番イ長調K.488
       交響曲第39番変ホ長調K.543

 久しぶりにアンサンブル神戸を聴いてきました。阪さんの指揮に土居さんのピアノという、すっかりお馴染みの顔ぶれですね。馴染みのメンバーで、さぞや素敵な演奏になるだろうと思ってホールへ向かいました。

 が、久しぶりに聴くせいか、オケ自体が、何か違うように聴こえてならないのです。例えば、1曲目の「ノットゥルナ」。ヴァイオリン2人にヴィオラ、コントラバスのカルテットが、指揮台の真正面に並び、ソロのパートを弾いていくのですが、このカルテットがどうも…。楽器間での音のやり取りなども、どうもちゃんとできているようには聴こえず、また、表情も乏しく、…?と思う部分が多いんです。阪さんの指揮は、ソロになる部分では、ソロのカルテットにお任せ状態で、腕を振っていません。でも、いくらお任せだからと言うて、こんなのでいいの…? オケ全体が加わると、確かに音そのものは厚みを増して、それなりには聴こえてきます。でも、何か違うんです。入りの部分の音が滑っているようにも聴こえますし、ただ音が並んでいるだけ、というふうに聴こえてならないのです。これが阪さんの音楽? いや、そんなことはないでしょう。

 後半の39番シンフォニーになると、幾分、たっぷりと歌うような部分もちらっと出てきます。そこは、さすが阪さんです。彼流の歌いまわしができていて、いいなと思います。でも、それもごくわずかな部分だけです。1楽章は、勢いだけに任せている感じで、荒削りな感じの演奏ですし、2楽章も表情に乏しい。4楽章に至っては、音が滑りすぎていて、メロディをきちんと歌っていない。管の音も、いまひとつ澄んでいなくて、ホルンなど濁って聴こえてくるんです。これでいいの?と思ってしまいます。先週に、阪さん指揮のセンチュリー響で、「フィガロの結婚」を聴いてきたばかりですが、あの時は、ほんまにこれこそがモーツァルトだ!という演奏だったと思うのです。でも、今日のは違う、これでほんまに同じモーツァルト?と思ってしまうのです。一体、どうして?と思うのですが、プログラムの中のメンバー表を見ると、私が前に聴いた時から、またかなりメンバーが変わっているみたいなんですね。管の核になるような人は変わってませんが、メンバー表を見て、一瞬、誰、これ?というのがいくつかありました。オーケストラだって生き物みたいなものですから、年月が経てば、メンバーも変わるのは当然のことではあります。でも、その過程の中で、演奏技術とかはちゃんと継承していかないと。メンバーが変わったからまた一からやり直し、というのでは、オケの成長も何もないと思うのです。荒削りな演奏、と先に書きましたが、良く言い直せば、若さあふれる演奏だとも言えると思うのです。若いメンバーが加わったからか、そのせいで、演奏がそのようになったのでしょうね。前に聴いた時は、もっと上品な感じもしたと思うのですが、今回は、品の良さよりも若さ、パワーというものを前面に出してきた、ということなのでしょうか… 今後も私達の期待に応えるように、成長していってほしいものです。

 と、何か、文句ばかり書いてしまいました。が、そんな中、ソロの土居さんのピアノは素敵でした。私も彼女のピアノは何回か聴いていますが、前にもまして、よくなったと言えるでしょう。私がしばらく2年ほど聴いていなかった間に、松方ホールの音楽賞など、数々の賞も受賞されているようで、着実に進歩していらっしゃるのが分かります。今日のモーツァルトも、1音1音をとても丁寧に扱いながら、非常に上品、エレガントに歌いまわしていたと思います。特に2楽章の美しさはもう、最高のものでした。オケとのかけあいで、オケ側がいまひとつ、応えきれていない点もありましたが、素敵なモーツァルトだったと思います。

 ところで、アンサンブル神戸の今のコンサートマスターって、金関環さんなのですね。期待の若手ヴァイオリニストなだけに、このアンサンブル神戸ともども、まっすぐに成長していってほしい、と思うのでした。