らいぶらりぃ | |||||
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●日 時 | 2001年6月27日(水)19時開演 |
●会 場 | いたみホール |
●出 演 | クロノス・カルテット |
●曲 目 | アレクサンドラ・ヴレバロフ/パノニア・バウンドレス |
ラハル・デウ・ブルマン/トゥナイト・イズ・ザ・ナイト | |
アニバル・カルロス・トロイロ/レスポンソ | |
テリー・ライリー/「アダムのためのレクイエム」より 第2楽章「ディアプロ山の葬列」 | |
フランギス・アリ=ザデ/オアシス | |
クリント・マンセル/レクイエム・フォー・ドリーム組曲 | |
ペテリス・ヴァスクス/弦楽四重奏曲第4番 |
世界中で大人気のクロノス・カルテット、彼らが関西では希少のライブをいたみホールでするというので、これは、と思い立ち、行ってきました。室内楽、或は現代音楽というものの概念を覆すとまで言われるだけのことはあって、彼らの演奏、なかなかすさまじいものですね。何がいいと言うて、まずはその演奏技術。多分、とっても難しいのであろうなというような曲でも、実にそつなく、見事に弾いてしまうのです。ヴァイオリンのどんなに高い音であっても、決して淀むことなく、クリアな響きを保ったままですし、また、どんなに激しいパッセージであっても、決して、一糸乱れることなく、精巧に組み立てられたアンサンブルを保ち続けているのですね。そう、極めて冷静に音楽を作り上げていると言うてもいいのでしょう。そして、その冷静さが、音楽の中に込められた情熱というものをくっきりと浮かび上がらせているのです。これが、彼らの魅力なのでしょうね。聴きながら、ぐいぐいと彼らの作り出す音楽の世界の中へと引き込まれていくのでした。
さて、聴く曲はどれも初めてなものばかりです。最初はヴレバノフの曲。このヴレバノフさんって、まだお若い作曲家なのですね。ごく最近の曲らしいですが、いわゆる”前衛的”というのとは違います。割とすんなりと入っていくことのできるような、素直な感じの曲です。ま、それでもどこか不思議な感じはするのですけれどもね。その次のブルマンの曲、これが個人的には好みです。インド音楽、なんですね、これが。PAで、パーカッションなんかの音が入り、それに合せてのセッションとなります。それは、いかにもインドらしい旋律に満ちたもので、そのバックのガムランみたいな音ともあいまって、オリエンタルな雰囲気が何とも言えず、いいんです。そう、この、スピーカーから出てくる他の音に合せて演奏してしまうというのが、彼らの持ち味でもあるのですね。実は、彼らのCDとかって、聴いたこともなくって、何の予習もせずに出向いていったので、最初、舞台の上のアンプとかを見て、おぉっ?と思ってしまったのですが、こういうことだったのですね。そして、いわゆる普通のクラシカルなスタイルのカルテットではしないような、こういうアンプ付きのアンサンブルであっても、彼らにしてみれば、何も特別なことではなく、むしろ、それまでの”室内楽”の持っていたイメージというものを払拭し、”室内楽”の成しうる領域を更に拡大・発展させているのだ、ということに気付きます。なるほど、これが彼らの魅力だったんですねぇ。
次のトロイロの曲は、カルテットだけの演奏です。トロイロって、ピアソラ以前のバンドネオンの名手と言われた人で、アルゼンチン・タンゴを語るうえでは欠かせない人なのだとか。ピアソラしか知らない人間にとっては、これもまた新たな発見です。曲は、いかにもタンゴ、という感じではありませんが、途中、ピアソラにも似た(と言うか、ピアソラが似せたのか?)ような節があったりして、なかなか楽しめます。その次、ライリーの曲は、PAが入ります。タイトルからすると、これ、何か宗教的な感じもするのですが、実際、荘厳な感じがします。それは、ベートーヴェンとかブルックナーとかいった荘厳さとは違って、何と言うか、ゴスペルのような厳かさなのです。(プログラムには、「ニューオリンズのディキシーランドの伝統的な葬儀」による音楽、というふうに書かれてます。)バックにはディキシーっぽいラッパの音なんかも鳴り響いていて、陰鬱な壮重な音楽と言うよりは、明るい光に満ちた葬送の音楽という感じです。…こんな曲もあるもんなんですね。その意外性にちょっとびっくり、なのでした。そして、ザデの曲です。「オアシス」というタイトルのとおり、実に聴きやすい曲で、まさに最近の”癒し”ブームにもふさわしいような雰囲気を持っています。水の滴が落ちる音がバックに流れているのを受けて、ヴァイオリンとかでもそれを模倣するところから曲が始まっていくのですが、これが、実に心地いいんです。聴いている自分が水に浮いているかのような気分で、非常にゆったりとした気持ちになります。そのふんわりとした、優しい音の空間の広がりが、私達を包み込むかのようで、まさに心の”オアシス”のような曲でした。
そして、前半のトリは、マンセルの曲。これ、この夏に日本でも公開される映画、「レクイエム・フォー・ドリーム」の曲なのですね。そう、この映画の音楽を担当したマンセルが、クロノス・カルテットを起用することを考えて、作曲したものなのです。そしてその内容は… 映画を知らないから、あまり詳しくは分からないのですが、映画の筋に合うような、非常にサスペンス性に満ちたものです。聴いているだけで、何か、ぞっとしてしまうような不気味さが漂っているのです。それは、単調な旋律を繰り返しているだけ、という音楽の構造にも由来するのかもしれません。短めの旋律が何回も繰り返されて、それが執拗なまでに続く、それだけで、緊張感というものが、否応なく、ぐっと高まってきます。その緊張が、人をやがて恐怖へと追い立てていく、まさにそういう音楽なのですね。バックに流れるシンセサイザーの音との相乗効果で、ほんと、胸が張り割けてしまうくらいにまで、気持ちは追い込まれてしまいます。ぐっと胸に何かが詰まるような感じで、息も苦しく、発狂しそうな気分になる、ちょっとおおげさかもしれませんが、それくらい、すごい曲なのです。もちろん、クロノスの演奏技術が、その緊張感を更に高める効果を発しているのも事実です。作曲家と演奏者とがまさに一体となって、この狂おしいまでの恐怖を与えてくれる音楽を作り出している、と言っていいのでしょう。すごいものです。…って、音楽だけでこんなにも怖い思いをしてしまうような映画って、一体、どんなにすごいものなんでしょうね。そちらの映像の方にもちょっと興味は湧きます。怖いもの見たさで、ちょっとだけ、映画も見てみたいな、と思ったりもします。
後半は、ヴァスクスの曲です。ヴァスクスはラトヴィアの作曲家です。この作品にも、どこか北欧っぽい空気は流れています。それもまた、極めて美しいものです。1楽章はどこか神秘的な雰囲気を漂わせながら、非常に静かで美しい音楽です。何でも、ラトヴィアの民謡の旋律が隠されているのだそうですが、ちょっと分からないです… でも、何か親しげなメロディは聴こえましたから、それがそうなのでしょうか。とてもゆったりとした心地になっていると、そこへ突然として始まるのが2楽章。1楽章とは全く違い、とても激しい曲です。それはまるでショスタコーヴィッチの曲を聴いているかのような、敢然として何かに立ち向かっていくかのような激しさです。一体、何に闘いを挑んでいるのか、といぶかしくも思ってしまいますが、その強烈なまでの狂おしさに、ぐいぐいと音楽の中へと引きずりこまれてしまいます。休む間もなく、一気に攻め立てていって、そして、ぱぁっと世界が広がるかのように、3楽章が切れ目なく続きます。この楽章が、いわば、この曲全体の中心。コラール風に、非常に堂々とした旋律が歌われます。それは闘いの勝利を喜び、賛えるかのようでもあります。2楽章での苦しみがここで花開くといった感じで、力に満ちた堂々たる音楽が展開していきます。フーガ風にちょっと絡み合ったりしながら、なかなか構成的にも面白いものを聴かせてくれます。この華やかさがずっと続くのかと思っていると、突如として、その雰囲気は打ち消されます。 4楽章は、再び2楽章と同じく、激烈な音楽です。勝利を収めたかに見えたのに、それがもろくも崩れてしまい、再び混迷状態になってしまう、曲はどんどん不気味さを増していき、そして、半ば唐突に終ります。終楽章は、1楽章と同様、これもまた非常に静かな音楽です。そして、美しい、と言うよりは非常にもの哀しくなるような雰囲気を持っています。静寂の中に、「もののあはれ」が粛々として歌われていくようでもあります。そして、それは次第に哀しみの度合を増していき、もう胸がはち切れてしまいそうなくらいにまで、私達を追い込んでいきます。そして、そこから曲は終止符へ向けて静かに動いていきます。それは、静寂の中へと消えていく、と言うよりは”無”の中へと溶けていってしまう、という感じです。そう、全ては”無”へと帰すのだということを、まざまざと見せつけられるかのように、音楽は、完全な”無”へ向かっていくのです。よくあるような、ppで音が小さくなって、静寂の中に終る、というのとは違います。音も何も存在しえない”無”という状態を、音を使って再現しているとでも言えるでしょうか。矛盾するようですが、この、音を使って完全な”無”を描写するということこそが、或はヴァスクスの、さらにはクロノスの試みであり、挑戦であるのかもしれません。ある意味で”怖い”曲だとも言えるでしょう。”無”が会場を支配した時、そこには沈黙しかなく、すぐには立ち上がることもできません。音楽の余韻を楽しむ、と言うのではなく、音楽の重圧にしばし耐えた後に、静かな、そして内には非常に熱い、感動が生まれてくるのでした。こんな体験はほんと、初めてです。いやはや、圧倒されました。
最初から最後まで、そのパワーに圧倒されっぱなしの演奏会でした。いやぁ、すごいもんです。希少なライブと言うだけのことはあって、行った甲斐がありました。そして、…何かクセになりそうな感じもするのでした…