らいぶらりぃ
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第178回神戸学院大学GreenFestival

長谷川陽子&ミカ・ヴァエユリュネン デュオの午後

●日 時2001年12月1日(土)15時開演
●会 場神戸学院大学メモリアルホール
●出 演チェロ:長谷川陽子
アコーディオン:ミカ・ヴァエユリュネン
●曲 目エルガー/愛の挨拶
ハルヴォルセン/ヘンデルの主題によるパッサカリア
プロコフィエフ/スケルツォ
スクリャービン/ロマンス
プロコフィエフ/歌劇「3つのオレンジへの恋」より 行進曲
チャイコフスキー/アンダンテ・カンタービレ
バルトーク/ルーマニア民族舞曲
ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」
(アンコール)
キュイ/オリエンタルop.50-9
チャイコ/レジェンドOp.54-5

 久しぶりに陽子さんのチェロを聴いてきました。今回は、何と、フィンランドのアコーディオンの名手、ヴァエユリュネンさんとの競演です。つい先日にも、彼との競演によるアルバム、「展覧会の絵」が発売されたばかりですが、かなり好評のようですね。私はまだ聴いていないので、何とも言えなかったのですが、その陽子さんとヴァエユリュネンさんとの競演を、こうして生で聴けるとは何とも嬉しいことです。

 さて、チェロとアコーディオンの競演、実に見事なものです。この取り合せって、最初に聴いた時には、誰しも、え?と思うことでしょう。私もそうでした。しかし、最初のハルヴォルセンの曲をちょっと聴いただけで、その疑問は図り知れないほどの感動になってしまうのです。このパッサカリアのテーマはチェロ、伴奏はアコーディオン、と役割がはっきりと分かれているというのではなく、それぞれが場面に応じて、主旋律を歌ったり伴奏にまわったりしていくのです。そして、そういうアレンジの効果もあるのでしょう、互いの音が非常に密接に絡み合い、まさに音が溶け合っているのです。そうして渾然一体となった音が、ある種の不思議な音空間を現出し、それが私達に深い感動を与えてくれるのです。これですっかりこの音の世界に引込まれてしまうのですが、さらに、プロコフィエフやスクリャービンの曲がその魅力をいっぱいに見せてくれます。特にスクリャービンのロマンスといったら! 陽子さんのチェロが、いつものごとく、朗々とたっぷりと歌い出すのです。しかも、どこか哀し気な情感たっぷりに。これだけでもぐっと心に迫るものがあるのに(この辺の陽子さんの技はほんと、見事なものです。どうして、チェロをこんなにも歌わせることができるのか、といつも思ってしまいます)、そこに、アコーディオンの音がまとわりつくのです。そう、あたかも倍音が鳴っているかのように、ごく小さな音量のアコーディオンが、陽子さんのチェロの音の周りに取り付いて、それがふわっとチェロの音を優しくコートしているのです。そのアコーディオンのコートのおかげで、チェロの表現力もぐっと高まり、もうこれ以上ないというくらいに、叙情感が溢れているのです。これはもう、涙なしでは聴けないですね。私も聴きながらほろっとしてしまったのでした。

 が、その美しい世界は、次のマーチになるとがらりと変わってしまいます。ヴァエユリュネンさんのアコーディオンの左手のベースボタンが、軽快に気持ちよくマーチのリズムを刻んでいくのです。このベースボタンによるリズム奏法こそが、アコーディオンの1つの魅力ですよね。思わず、おぉ、と声をあげそうになってしまいました。次のアンダンテ・カンタービレもまた見事に美しい世界を現出させ、そして、バルトークへ。普段はどっちかというとオーケストラで聴くことの多いこの曲ですが、まさにオーケストラに匹敵するくらいの迫力というものがありますね。チェロとアコーディオンだから小振りな感じになってしまうというのではなく、2つの楽器により、自在に音があやつられ、それが非常に密度の高い音楽を組み立てていき、まさにオーケストラが演奏するのと同じくらいに大きな音楽になっているのですね。アコーディオンのリズムとチェロの歌いによって、これでもかというくらいに盛り上がる踊りの音楽は、ほんと、たまらないですね。オーケストラの演奏では味わえない、この曲の魅力というものも味わえたように思います。

 そして、後半はいよいよ、「展覧会の絵」。今年になって、この曲は、ピアノの原曲を児玉桃さんの演奏で、ラヴェル編曲のオーケストラ版をシンフォニカーの演奏で聴いていて、これで3度目になるのですが、このチェロとアコーディオンのデュオ、してやられたり、という感じです。ヴァエユリュネンさんご自身は、お1人でもこの曲をアコーディオンで弾きこなしてしまうほどの方ですから、技術的には何の問題もありません。でも、アコーディオン単体だとおそらくは、どちからというとピアノの原曲版に近いような、モノクロっぽい雰囲気になるのでは、と思うのです。もちろん、そのモノクロの中から、秘められた華やかさがくっきりと描き出されていくのも、ピアノの演奏の場合と同様なのですが、しかし、そこにチェロが1本、加わるだけで、さらに表現力が高まり、実に華麗な展覧会が展開していくのです。例えば、「小人」など、ラヴェルのオーケストレーションだと、低弦の響きが、まるで大地を揺るがすかのような力を持って迫ってくるのですが、そういう雰囲気を、陽子さんのチェロがくっきりと表現していくのですね。そう、ラヴェルが低弦に割り振ったようなところを、陽子さんのチェロがそのとおりになぞっていくから、それだけで音の色彩が豊かになるのです。もちろん、それ以外の弦楽器の部分なども弾いているから、さらに音の色合いが広がっていくのですね。そうやって、2人の音が非常に密に絡み合い、実に内容の濃い演奏が展開していくのでした。「古城」などはまさにそうで、その絡み合いがすごくて、もうどっちがどっちの音を出しているのか分からなくなるくらいに密なものでした。そして、叙情感もたっぷりでした。と思いきや、「ヒナの踊り」とか「バーバ・ヤガー」とか、どちらかというとやかましい感じの曲も、実に賑々しく盛り上げています。アコーディオンって案外と音量があるんですよね。そのぐいぐいと引っ張っていくような演奏に、私達もずるずると引込まれていくようです。そして、感動の「キエフの大門」。さすがにラヴェルのように鐘は鳴りませんが、原曲のように渋いながらも充実したクライマックスを築き上げています。いやぁ、これはほんと、聴き応えのある演奏です。ピアニスターのヒロシさんの「展覧会の絵っ?」じゃありませんが、まさに、えっ?と思わせながらも非常に味わい深い演奏であると言えましょう。これはCDも買わないといけませんね…

 とまあ、アコーディオンとのデュオという形で新しい境地を切り開いたように見える陽子さん、実は今日は演奏にさきがけて彼女1人のソロの演奏があったのです。…そう、この演奏会が始まるまさに直前、皇太子后に新宮(敬宮愛子さま)がお生れになった、とのニュースが飛び込んできたのですね。むろん、会場の中に入っている私達はそのことを知るべくもなかったのですが、開演早々に陽子さんがお1人で出てこられて、実はこういうニュースがあったんですよ、と言われて、そして、雅子さまと愛子さまとに捧げるとして、エルガーの「愛の挨拶」(後から考えてみると、まさに「愛子」さまにぴったりの曲ですなぁ…)をアカペラで弾かれたのです。これで会場全体がほわっとした温かい空気に包まれたのは言うまでもありません。そういう何か幸せな気分にさせてくれて、その上で素晴らしい演奏を堪能させてくれたのは、陽子さんならでは、なのでしょうね。もっとも、演奏会終了後、明らかに早くTVでニュースを見たいぞ、と言わんばかりに、拍手も鳴りやまぬうちから、そそくさと会場を出ていこうとする人達が大勢いたのには、辟易してしまいましたが。

 何はともあれ、良き日に良き音楽を聴くことができたのは、とっても幸せな1日でありました。