らいぶらりぃ
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ニュー・オペラシアター神戸 第21回オペラ公演

オペラ「ドン・ジョヴァンニ」

●日 時2002年1月26日(土)14時開演
●会 場アルカイックホール
●演 目モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
●出 演ドン・ジョヴァンニ:井原秀人
レポレッロ:雁木悟
騎士長:木川田澄
ドン・オッターヴィオ:笠井幹夫
ドンナ・エルヴィラ:浜田理恵(特別出演)
ドンナ・アンナ:老田裕子
ツェルリーナ:吉田早夜華
マゼット:河野正人
阪哲朗指揮関西フィルハーモニー管弦楽団
ニュー・オペラシアター神戸合唱団
演出:岩田達宗

 昨年の夏にカレッジオペラハウスで「ドン・ジョヴァンニ」を見て以来、半年でまた同じ演目の公演に行ってきました。今回、私が是非にも行こうと思い立ったのは、●阪哲郎さんが指揮をされる ●昨夏の公演の際にドンナ・アンナの役を見事に演じてのけた老田さんが再び同じ役で出演される ●ジョヴァンニは大御所、井原さんが演じられる ●ツェルリーナは、これもまた私の結構お気に入りの吉田さんが演じられる 等々の理由があってのこと。ひいきにしているアーティストの皆さんが出られるというのは、ほんと、嬉しいものです。

 さて、今回の演出は、こちらもまた新進気鋭の岩田さん。昨年の神戸市混声合唱団の定期などでもなかなか新鮮な演出を見せてくれて、最近、目が離せない存在であります。そんな彼が手掛けた、今回の演出は… 舞台は極めてシンプルな作りになっています。両サイドに、ちょうどセンター奥へ向かって幅が狭くなるようにして大きな壁がそびえています。この壁に挟まれた空間が、時に邸宅の中の一室だったり、時に屋外の広場だったりするわけです。照明の使い分けでそうした場の変化を表現しているのですが、他に余計な道具などが出てこない分、シンプルで分かりやすい舞台になっています。そして、岩田さんの言葉を借りれば、「このオペラは出口についてのオペラ」なのだとか。この出口を求めて闇の中を動めく人間達の姿を描きたいのでしょうか、舞台は暗い場面が多くなっています。ジョヴァンニやエルヴィラ、レポレッロ等が追い掛けっこ(?)をするシーンなどでは、両サイドの壁についた扉が全て開け放たれて、そこを右往左往する姿が見られます。それは、ちょうど、出口を求めてさまよう人間達という風景であります。終始、そういう暗や闇が支配する舞台ですが、しかし、最後、騎士長の石像がジョヴァンニの屋敷へやってくるシーン、ちょうどセンター奥から登場してくるのですが、その時には、背景に強く青く光り輝く光源が。まばゆいばかりの光が舞台奥から客席の方にまで広がります。そして、裁きが終ると、初めて舞台は明るい光に包まれます。これこそが、或は「出口」なのかもしれません。ジョヴァンニが滅んだ後に全員で歌うシーンの何とも神々しいこと。彼が地獄に落ちて、さてどうなったのか…? 一見、輝かしい光に包まれて、あたかも「出口」が見えたかのような気もします。が、最後の最後、舞台が暗転するその一瞬、ぱっと舞台に光が差し、そこにエルヴィラが一人、ジョヴァンニの着ていたコートを持ってたたずんでいる姿が浮かび上がります。え、これは何? そう思う間もなく、舞台は幕を閉じてしまうのですが、さて、一体何だったのでしょう… 結局のところ、「出口」なんか見つからない、ジョヴァンニが死んだところで、それでもなお、人々は彼から自由になることはない、生きている限りはずっとひたすらに「出口」を求め続けるのが人間なのだ、ということなのでしょうか。なかなか奥の深い演出であったと思います。

 演出がそうであるから、全体にもとても内容の濃い素敵な公演でありました。指揮はお馴染みの阪さん。その流れるような指揮は相変わらずで、実に巧みに音楽を流れさせ、皆を存分に歌わせています。1つだけ気になるのは、何でも今回は極力ヴィブラートを抑えて演奏するようにしたらしいのですが、そのせいか、所々、弦の音がすべっているように聴こえるのです。音自体はきれいに出しているのですが、1つ1つの音がどんどんすべっていってしまい、前の音と次の音とがぶつかり合い、走るようになってしまう箇所がいくつかあったように思うのです。オケの問題なのかもしれませんが、こいういうものなのでしょうか…?

 また、もう1つ、目を引いたのは、台詞の合間に出てくるチェンバロの音。よくある公演では、ここ、ほんまにチェンバロを使ってやるのでしょうが、今回は、特別にモーツァルトの当時のピアノフォルテを再現したものを使用するというのです。それも、阪さんご自身が弾かれるという。このピアノフォルテの音色がとってもいいんです。チェンバロとは違って、華やかさのようなものがありますね。音量も大きいような気もしますし、それだけ響きが豊かであるということでしょう。その音色が、舞台上の進行を引き締めているようでもあり、これはなかなか素敵なものでした。バロックとは違う、これが古典派時代の音楽なのでしょうね。

 さて、ソリスト達の中で一番、印象的なのは、やはりドンナ・アンナの老田さんでしょう。昨夏にも歌われているからか、どこか余裕のようなものも感じられ、実に堂々としてアンナの役をこなしていました。父親を殺害され、復讐を誓うシーンの迫力や、やるせない気持ちを切々と歌うシーンの哀しみなど、実にダイナミックで気持ちがダイレクトに伝わってくる歌唱であります。ベテラン浜田さんとも互角にやりあっているのが、印象的でもあります。彼女のアリアのシーンの度に一段と大きな拍手が沸き起こっているのも、やはり、皆が彼女の力量をはっきりと認めたからなのでしょう。ほんと、期待の新人さんです。また、ツェルリーナの吉田さんも素敵ですね。既にベテランの域に入っている彼女ですが、こういう可愛らしい役というのをほんとにチャーミングに演じられるというのも、なかなかのものだと思うのです。ずっと前にも「ヘンゼルとグレーテル」のグレーテル役を演じられているのを見たことがあるのですが、その時と同様、ほんとに可愛らしい村娘の役をしっかりと演じられているのが素敵です。

 一方、主役の井原さんは、いつ見ても堂々と見事に役を演じ切っていますね。どんな役でも無難に、ではなくて、見事にきっちりと演じ切ってしまうのが、彼のすごいところなのでしょう。どこか小憎たらしいジョヴァンニを、どこか嫌味げに演じてはるようにも見えたのですが、この小憎たらしさがいいですね。笑い声など、ほんと、聞いてるだけで腹の立つような感じに出しているのが、ほんまもんの役者であることを立派に証明しているとも思います。また、レポレッロの雁木さんもなかなかいいですね。主人の井原さんとも、声については対等にやり合っていますし、むしろ、彼の声の方が前に響いてくるというふうにも聴こえるところもあったりして、その力のほどをはっきりと思い知らされます。

 とまぁ、全体にもとてもテンポよく、またバランスよくまとめられた公演だったと思います。見事に期待に応えてくれた、素敵な公演でした。