らいぶらりぃ
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ダン・タイ・ソン ピアノリサイタル

●日 時2002年10月16日(水)19時開演
●会 場いずみホール
●出 演ピアノ:ダン・タイ・ソン
●曲 目武満徹/リタニ〜マイケル・ヴァイナーの追憶に
メンデルスゾーン/無言歌より
          ホ長調「甘い思い出」Op.19-1
          ハ長調「紡ぎ歌」Op.67-4
          変ホ長調「浮き雲」Op.53-2
          嬰へ短調「ヴェネツィアの舟歌 第2」Op.30-6
          イ長調「春の歌」Op.62-6
          変ロ長調「出発」Op.62-2
リスト/2つの伝説
ドビュッシー/前奏曲集第2巻
(アンコール)
ショパン/ノクターン19番ハ短調
     英雄ポロネーズ

 先月のバーミンガム市響に続いて、ダン・タイ・ソンさんの今度はソロリサイタルを聴いてきました。ソンさんというと、どうしてもショパンというイメージが強いのですが、今回はメンデルスゾーンやりスト、それにドビュッシーというプログラムです。また彼の新しい面を見ることができるような、とても期待大の演奏会ですな。

 さて、最初は武満作品。何でも、副題にあるようにマイケル・ヴァイナー氏が亡くなれた際に、その追悼の意を込めて作られたということらしいですが、確かにそんな雰囲気が漂っています。不思議な感じの和音が響いて、とても幻想的とも言える世界を作り出していきます。ある種の不気味さのようなものも感じられて、とても霊的な感じのする曲ですね。聴きようによっては、墓地のイメージとか人魂のイメージがわいてくるようで、確かに弔いの曲ですね。緊迫感に満ちた演奏はそうしたこの曲の雰囲気を存分に味わわせてくれます。1つ1つの音を丁寧に扱っていくのは、ソンさんのピアノではいつものことですが、今回は特に意識されていたような気もします。やはり日本の聴衆の前で武満作品を弾くのは緊張するのでしょうか…

 次はメンデルスゾーンです。ショパンと同様、ロマン派の申し子とも言える彼の無言歌は、全体に明るい感じですね。ソンさんのピアノはとても軽やかに明るい雰囲気の中に、メンデルスゾーンならではの美しい旋律を歌っているのです。それはまるで春の穏やかな日和の中に歌う鳥のよう。でも、「ヴェネツィアの舟歌」などはがらりと雰囲気が変わります。ソンさんならではの実にしっとりとした音色で、切々と叙情たっぷりに歌い上げていくのです。まるで、ショパンの「舟歌」のような、しっとり感がたまらないです。やはり、ソンさんのピアノではこうでなくちゃ、みたいなことを感じさせます。

 一番の感動はリストです。「2つの伝説」のうち、1曲目は、プログラムには小鳥のさえずるよう、とか書いてありましたけど、ソンさんの演奏はそれだけじゃありませんね。光です。光に満ちて、それが神々しいまでに輝いている、そんなふうにすら聴こえます。音がきらきらと輝いているようで、繊細でありながらきらびやかな感じが、たまらないです。2曲目は、海のイメージのようですが、確かに大きな音のうねりはそういう感じにもさせます。でも、それよりはむしろ、コラール主題ですね。どっしりとしたコラール主題を、ソンさんもたっぷりと構えて存在感を浮き立たせるように歌い上げていくのです。それだけでも、おぉっと思うのですが、この主題が次第にじわじわっと盛り上がっていき、曲中最大のクライマックスを築きあげていくのです。これはまさに感動もんです。とかく華やかな印象の強いリストですが、その晩年は宗教色の強い曲も多く書いているのですね。そのことを改めて感じさせます。それは、ソンさんの演奏が、そういうリストの心情を如実に物語るようにダイナミックにかつロマンティックに歌っているから、でもあります。素敵なリストでした。

 後半はドビュッシーのプレリュード。こうやって全曲をちゃんと聴くのって、あまりないですね。途中で挫けてしまうかも、と思っていたのですが、いずれの曲も実に個性的なものばかりで、全然、飽きさせませんね。色彩感がとても豊かで、ピアノの音色ってここまで表現できるんだぁ、と感じさせるものなのです。ソンさんのピアノも前半とは明らかに違って、単に叙情的に弾くというだけじゃなくて、音の色というか空気の流れとか震えとかいうものを意識して、それによる音空間を築きあげようとしているような、そんなふうにも見えます。それが極めて自然で、技巧的に作ってます、というのではなく、音の流れの中でごく自然にしているのです。そして、その雰囲気というのは、色彩感豊かということから水彩画を連想しがちなのですが、どこか浮世絵のような仕上がりになっているような感じもします。同じアジア人だからなのかもしれませんが、素敵なドビュッシーだと思います。そんな中で一番印象に残っているのは、「変わり者のラヴィーヌ将軍」。割とコミカルな感じの曲なんですね。ソンさんがこんなにもお茶目にピアノを弾くのって、何か意外な感じもして、思わず、ほぉ、と思ってしまいます。終り方もお茶目で、ソンさんの新たな一面を見たような気もするのでした。

 アンコールは1曲(曲名を忘れてしまったのですが…)弾かれて、そして待ってましたと言わんばかりにショパンのノクターン。そうそう、このショパンこそ、私達がイメージするソンさんの演奏そのものなのですね。魅力たっぷりの演奏を満喫するのでした。最後の「英雄ポロネーズ」は完全に私達へのサービスですね。個人的にはノクターンで終っても良かったのに、と思ってしまうのでした。(かなりお疲れのようでしたし。)

 期待どおりの、いやそれ以上に素晴らしい演奏でした。終演後は、もちろん、彼の大ファンである妻と一緒に、楽屋へおしかけてしっかりとサインをおねだりしてきたのでした。写真も撮らせていただいて、満喫できた演奏会なのでした。