らいぶらりぃ
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イングリット・フリッター ピアノ・リサイタル

●日 時2003年6月20日(金)19時開演
●会 場神戸新聞松方ホール
●出 演ピアノ:イングリット・フリッター
●曲 目シューマン/アベッグ変奏曲
ブラームス/スケルツォ変ホ短調Op.4
ベートーヴェン/ソナタ第18番変ホ長調Op.31-3
ショパン/ノクターン第7番嬰ハ短調Op.27-1
     ノクターン第8番変ニ長調Op.27-2
     スケルツォ第2番変ロ短調Op.31
     スケルツォ第4番ホ長調Op.54
     3つのエコセーズOp.72
     ワルツ第1番変ホ長調Op.18「華麗なる大円舞曲」
(アンコール)
ショパン/幻想即興曲
     ワルツ第5番
     ワルツ第6番

 イングリット・フリッターさんがショパンコンクールで入賞されてからもう3年になるのですね。あの年の12月に、神戸国際会館でコンチェルトの2番を聴いた時には、その独特の味わいにすっかり魅了されたのですが、それ以来であります。彼女のソロの演奏、とても楽しみに聴きに行ってきました。

 今回の演奏会では、ピアノはカワイのものが使われています。このホールで演奏するピアニストの皆さんって、大概はスタインウェイを使われると思うのですが、彼女が選んだ(のかどうかは不明ですが、たぶんそうなのでしょう)のはカワイのピアノ。この楽器、とにかく音がとっても元気なのですね。スタインウェイが割としっとりとした感じの上品な音色を奏でるのに比べると、随分と威勢のいい、きらびやかな音が響いてくるんです。多少、うるさいと感じることもあるのですが、でも、それが彼女の演奏を盛り立てているように思うのです。最初のシューマンは、ちょっと、その威勢のよさにちょっととまどってしまいましたが、ブラームスはなかなかですね。ブラームスらしい重厚さも表れている曲ですが、彼女のピアノは、これをずん、ずんと音を響き渡らせながら弾いていくのです。実に力強く響き渡る音色は、まさに青年ブラームスの思いというものを見事に表現しています。抒情的な部分はきらびやかに歌わせながら、突如としてパンチのきいた音がずん、と響く、この対比は見事です。何か、ぐいぐいと曲に引き寄せられていくような、そんな演奏でした。そして、ベートーヴェンも同様ですね。音がとっても前面に出てくる感じで、ぐいぐいと曲を引っ張っていくのです。ペダルを踏む音もばんって聴こえてきたりして、これはすごい演奏です。その力強さに圧倒されたのでした。何か、アルゼンチン出身ということから、ひょっとしたら根底にはタンゴの情熱的な血があるのかしらんと思ってしまうような、そんな感じがするのですね。しかし、だからというて、決してこれらのドイツ音楽がラテン系になってしまっているというのではなく、ドイツ音楽のいいところを、彼女なりの話法で歌い上げているという感じなのです。他では決して聴くことのできない、彼女だけのブラームスやベートーヴェンだと思うのです。普段とはちょっと違う味わいのドイツものなのでした。

 そして、後半のショパンでもそれは同様です。ノクターンなんて、どっちかというとしっとりとした抒情的な演奏というのが普通のように思うのですが、彼女のはそういう、どっちかというと湿っぽい感じの演奏ではなくて、とってもドライなんですね。ドライなんだけれども、決して叙情性を失うことはなくて、からりと響く音の中に哀愁とかが漂っているんですね。感情の中にどっぷりと浸かってしまうのではなく、どこか冷静に自分を見つめている自分がいる、そんな状態で物思いにふける、というような音楽になっているのです。なかなか味わいのあるノクターンです。そして、スケルツォになると、彼女のパワーが炸裂します。もう、全身の力をピアノに思いっきりぶつけていくようで、pの部分だってfくらいな音量で、fになったらもうfffってくらいな大きさで音が響いてくるのです。ちょっと独特な感じもするパンチのきいたアクセントも実に効果的で、非常に緊迫感に満ちた、迫力満点の演奏です。そして、その勢いのまま、最後のワルツまで一気に演奏してしまうのは、さすがです。気持ちのいい演奏でした。

 彼女のショパン、その独特さに、ひょっとしたら、こんなんショパンとちゃう、と言うような人もいるのかもしれません。でも、私にはそれがかえって新鮮でとっても素敵な音楽に聴こえたのです。じめじめっとしたウェットな演奏じゃなくて、むしろ、ショパン自身も地中海で過ごしたこともあるわけで、そういう南国のドライな、からりとした風景というものを音の中に取り込んだ演奏があってもいいんじゃないかしらん、そんなふうに思ってしまうのです。それに、案外とからりとしている方が、却って音がクリアに響いてきて、音楽の純度を上げるような、そんな感じもしますし。

 アンコールはやはり、ショパンが続きます。4曲中、3曲目の曲が何かよく分からなかったのですが(上の曲目の部分にもこれは書いてません…)、いずれもほんまにノリノリの演奏で、満場の大きな拍手に彼女もとっても嬉しそうに弾いてはるのが印象的です。最後は、もう客席の方の照明がついているのに、拍手に応えて、これはもう完全に彼女の咄嗟の思い付きなのでしょうね、最後の最後の1曲で「子犬のワルツ」。このサービス精神の旺盛さはとってもいいですね。髪も以前に比べるとちょっと伸ばされて、魅力もぐんと増した感のある彼女ですが、音楽の内容も一段と成長されたような、そんな感じもします。これからもまた楽しみですね。