らいぶらりぃ
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歌劇「ペレアスとメリザンド」

●日 時1998年5月7日(木)18時30分開演
●会 場尼崎市総合文化センター・アルカイックホール
●出 演ペレアス:ドゥエイン・クロフト
メリザンド:テレサ・ストラータス
ゴロー:ホセ・ヴァン・ダム
アルケル:ロバート・ロイド
ジュヌヴィエーヴ:ジェーン・ヘンシェル
イニョルド:マイケル・デノス
医師・羊飼の声:島田啓介
ジェラード・シュワルツ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
東京オペラシンガーズ
演出:デイヴィッド・ニース
●演 目ドビュッシー/歌劇「ペレアスとメリザンド」

 毎年、協賛をしていたヘネシーさんが、今年は協賛を降りてしまって、さて、どう なることやらと思っていた、このシリーズ、無事に上演されて、まずは何よりでし た。(^^;) が、何と、指揮の予定だった小澤さんが、極度の過労による緊急療養のた め、棒を振れない、ということになってしまったのでした。代役はジェラード・シュ ワルツさん、終わってみて言えば、全体をうまくまとめていたと思います。

 さて、ドビュッシーのこのオペラ、妙に長いという印象があるのですが(^^;)、それ は単に上演時間の問題だけでなく、イタリア・オペラ等にありがちな「歌」が、な い、ということにもよるのでしょうね。確かにオーケストラの方には、とっても綺麗 なフレーズがあったりして、たっぷりと歌っています。が、肝心の歌手達には、いわ ゆるアリアというようなものがないんですね。だから、今回のこのメンバーもなかな かの実力派を集めているのに、何かもったいないような(^^;)、そんな気もします。で も、舞台上の美術も綺麗だし、一流の歌手陣に、オーケストラの音も美しく、見ごた え聴きごたえ十分の公演でした。

 第1幕、幕が上がっても、うす暗い森の中、このうす暗さの演出が素敵ですね。ど こか悲劇を予感させるようでいて、それで、あくまでも自然の中の暗がり、という感 じが出ていて。ゴローとメリザンドが出会って後、場面は変わって、城の中になりま す。が、ここでも、うす暗い城の中の雰囲気がよく出ています。ぱっと見、森の中と あまり変わらないんじゃないかというくらいです。(^^;) 第3場になって、ペレアス とメリザンドの出会いがありますが、この辺りの、互いに惹かれ合う心の描写という か、演技もなかなかいいですね。特に、ストラータスさんって、女優としても活躍し てらっしゃるのですね。さすが、演技がとても自然体で、魅力的なわけです。

 第2幕になり、まずは「泉の場」。2人がじゃれあっている様が、また可愛らしい ですね。場面が変わると、城の中の寝室。泣くメリザンドに、それを哀れもうとする ゴロー、しかし、指輪をなくしたことに気がついて、はっしと怒るゴロー、この辺の 心情描写もうまくできていたのではないでしょうか。どこか疑り深い性格、というゴ ローを、ファン・ダムさんは見事に演じていると思います。こういう人間って、いる よなぁ、なんて思いながら見てました。(^^;)

 第3幕は、有名な「塔の場」ですね。窓辺のメリザンドに、庭から近づいてくるペ レアス、イタリア・オペラなんかだったら、まさにこの場面で、朗々としたアリア、 又はセレナーデなんかを歌わせるのでしょうが(^^;)、それがないんですよね… だら んと下に垂れた髪に抱きついて、キスをするとこなんかも、まさにアリアを歌わせた いところ。もちろん、それなりに盛り上げってはいるのですけど、何かが足りないよ うな…(^^;) これがドビュッシーらしさ、なのですね… 次に来るのは、「地下の 場」。この重々しさと、その次の場での輝かしさとの対比がいいですね。音楽、オー ケストラの音もまるで変わっているから、おぉぉ!と思います。「息ができる!」っ て、嬉しそうに、たっぷりと歌い上げているところは、なかなか印象的です。クロフ トさんの声も、ハリがあって、素敵ですね。うん、ほんと、いい歌手達をそろえては ると思います。そして、いよいよ「覗きの場」です。この覗きをさせられるイニョル ドに扮している、デノスさん、彼の声も、美しいボーイ・ソプラノで、思わず、可愛 い!って叫びたくなります。(^^;) 無邪気な少年という様から、段々と、父親の言う ことが分かってきたのか、怯えてくるような様への変化、というものもよく表現でき ていたと思います。母と叔父が2人でいるところを見て、見てはいけないものを見て しまった、という悲しみの気持ちが、伝わってくるようでした。

 第4幕、ここが一番、見応え聴き応えがあると思うのですが、まずは、メリザンド とアルケルとの対話。このアルケルのロイドさんの声がまたずっしりとしていて、 とっても説得力があるのです。プロフィールを見たら、他の当り役には、「後宮から の逃走」のオスミンや、「摩笛」のザラストロなどがあるそうですが、ほんと、文句 なしで納得してしまいます。(^^;) しみじみとした説教で、素敵な場面でした。やが て、ゴローが登場し、メリザンドの髪を引っ張ってひきずりまわすシーン、う〜む、 お2人とも役者ですねぇ。サディスティックなシーンの演技も、なかなかよくできて いたのではないでしょうか。そして、場面が変わり、泉のシーン。遂に、ペレアスが メリザンドに想いをはっきりと告げます。ペレアスの一番の聴かせどころ、凛とした 声が響き渡り、じ〜んときますね。そうそう、ここのバックのオケも最高!に盛り上 がっていました。オケのことに余り触れていませんでしたが、特に弦の響きが素敵で すね。まさにドビュッシーの世界というものをよく表しているかのような響きをして います。そうして、最高潮の次には悲劇がやってくるもので(^^;)、一気にゴローによ るペレアス殺害へと向かうのでした。歌手たちもオケの方も、その緊張感を保ってい て、見ている(聴いている)側も、手に汗握るようでした。

 第5幕、ベッドに横たわるメリザンド、ん? こんなシーンをどこかで見たような … そ、「ボエーム」のラストと状況が似てますね。今回の声楽陣で「ボエーム」を やっても見応えがありそうですね…(^^;) ということは置いといて。 死へと向かう メリザンド、それにもかかわらず、まだ2人の間のことを疑うことをやめない身勝手 なゴロー、何か、見ようによっては、このゴローが一番の主役のようにも見えてきま すね。優しさや愛情から、疑惑、怒り、憎しみ、後悔などといった、あらゆる感情を 表現しなきゃいけないわけですから、この役を演ずる人も大変なものです。そういう 意味でも、ファン・ダムさんは見事に役をこなしていたと言えるでしょう。メリザン ドが息を引き取ると、音楽も静けさの中に消えていって、幕が降りるのでした。

 しかし、舞台美術がとても美しかったことだけは、もう一度触れておきたいです。 何が奇麗といって、「闇」というものの表現が上手だったと思うんです。森の中や、 暗い城の中など、全体的にうす暗い照明をしていて、それでいて見せるべきところは はっきりと見せる効果は、最高のものでした。このことは、つまり、人間の心の闇、 というようなものをも暗示していたのではないでしょうか。そ、まさにゴローの心そ のものです。メリザンドへの愛情が猜疑心へと変わっていく、そのプロセスを音楽に のせて、照明等の舞台効果でも表現していたのではないか… そんなふうに考える と、ますます素晴らしい公演だったと思えてきます。ちょっと疲れたけど(^^;)、十分 に楽しむことができました。