らいぶらりぃ
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ウラディミール・アシュケナージ ピアノリサイタル

●日 時1998年5月16日(土)14時開演
●会 場京都コンサートホール
●出 演ピアノ:ウラディミール・アシュケナージ
●曲 目モーツァルト/ソナタ第8番イ短調K.310
シューベルト/ソナタ第20番イ長調D.959
ショパン/夜想曲第15番へ短調Op.55-1
     幻想曲へ短調Op.49
     マズルカ第37番変イ長調Op.59-2
     マズルカ第32番嬰ハ短調Op.50-3
     スケルツォ第2番変ロ短調Op.31
(アンコール)
ショパン/夜想曲第17番ロ長調Op62-1
ラフマニノフ/前奏曲嬰ト短調Op.32

 この5月というのは、大物ピアニストがずらりと並んでいまして、アシュケナージ にアルゲリッチ、そしてクレイダーマン、という何とも贅沢な月であります。(^^;)

 アシュケナージ… ピアノを弾く人なら、1回は彼のCD等を聴いたことがあるの ではないでしょうか。私も以前は、彼のCD等を買ってきては、じぃっと聴き入って いたものです。特に彼の弾くショパンが好きで、自分もあれだけ弾けたらいいわ なぁ、などと途方もないことを考えたりもしていましたが、そのアシュケナージが やって来る!というので、喜び勇んで発売と同時にチケットをGETしたことは言う までもありません。(^^;)

 演奏は、モーツァルトから始まります。このソナタには、何かしら悲しさのような ものが込められていると思うのですが、アシュケナージさんの演奏は、それを決して おおげさに表現するというのでなく、上品に丹念に弾いていく、という感じのもので した。そ、まさに古典派、モーツァルトらしい演奏と言うことができましょう。1楽 章のfも、私なんかだと、つい、思いっきりfにしてしまいそうになるのですが、ア シュケナージさんの弾き方は、fの中に秘められた悲しみを、理性でくるんで、品良 く表現している、という感じにしてはりました。そういう上品さが、胸にしみじみと 響いてきます。3楽章の悲壮感の表現も見事でした。

 続いてのシューベルト、ピアノの音ががらりと変わったのに、驚きます。1楽章最 初の入りの力強さ、モーツァルトでは聴くことのない大きな音が響き渡ります。これ で、もう、しびれちゃいました。2楽章の優しさ、3楽章の軽やかさ、4楽章の和や かさ、全てが心の奥底にまで浸透してくるようです。それほど、アシュケナージさん の作り出す音楽は、表情豊かで、説得力に満ちています。何が素敵って、音の細かな 粒が、見事にそろって流れているんですね。じぃっと耳をそば立てていると、会場の 中の空気の流れの中に、その音の粒が一緒になって流れてきているのが、はっきりと 分かります。鼓膜がぴりぴりする、という感じです。(その意味では京都まで来て正 解だったかも。大阪のフェスティバルホールではたしてこういう体験ができたかどう か…)そうそう、表現の仕方と言えば、4楽章のテーマの歌わせ方が、またとっても 素敵です。特に高声部で提示した後の、バリトンの声部で、さらに歌っていくとこ ろ、ここは、まさにほんまのバリトン歌手さんが歌っているかのような感じがしまし た。ふくよかな声で、たっぷりと歌い上げていく、この部分では、思わず、ほろっと してしまいました。素敵な演奏でした。

 さて、後半は、お待ちかねのショパンです。CDでも聴いたことのあるような曲が 並びますが、やはり、生で聴くと違います。ノクターンに幻想曲、マズルカ… いず れも、深ぁ〜いタッチで、たっぷりと聴かせてくれます。また、細かな音楽の作り方 も、じぃっと聴いていると、勉強になりますね。そして、圧巻はスケルツォ。実にダ イナミクスの幅の広い演奏で、聴く者をぐっと捉えて離しません。不安な音の響きが 次第に明るさを増して、じわぁっと来るところなんか、ぞくぞくしてしまいます。こ れだけの演奏を生で聴くのも、そう、ないことでしょう。素晴らしい演奏でした。

 また、演奏以外のことですが、アシュケナージさん、ほんとに嬉しそうな表情をし てはるのが、印象的です。特に演奏後の拍手に応えている時のお顔! 聴衆の1人1 人に挨拶をするかのように、丁寧にお辞儀を重ねていくし、もう、そのお人柄の良さ というものがにじみ出ているようで、それが彼の音楽の魅力なのかな、などとも思う のでした… 何にしても、素晴らしい演奏会でした。