らいぶらりぃ
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ボローニャ歌劇場びわ湖公演/フェドーラ

●日 時1998年9月26日(土)17時開演
●会 場びわ湖ホール
●演 目ジョルダーノ/歌劇「フェドーラ」
●出 演皇女フェドーラ・ロマゾフ:ミレッラ・フレーニ
オルガ・スカレフ伯爵婦人:アデリーナ・スカラベッリ
ロリス・イバノフ伯爵:ホセ・クーラ
ジョヴァンニ・デ・シリエ 外交官:ブルーノ・ポーラ
ディミートリ 馬丁:チンツィア・デ・モーラ
デジレ 家令:オルフェーオ・ザネッティ
ルーヴェル男爵:ルカ・カザリン
チリッロ 御者:シモーネ・アルベルギーニ
ボロフ 医師:フランコ・ボスコロ
グレッグ 警官:ジャンルーカ・ヴァレンティ
ロレーク 外科医:マッシミリアーノ・ガリアルド
ニコーラ 従者:マルコ・ダニエーレ
セルジオ 従者:マウロ・ガブリエーリ
ミケーレ 門番:フランコ・モントルシ
ラツィンスキー ピアニスト:ステファノ・コンティチェッロ
ステファノ・ランザーニ指揮ボローニャ歌劇場管弦楽団/合唱団
演出:ベッペ・デ・トマージ

 昨年末から優先販売が開始されていた、ボローニャ、西日本では、この9月にオー プンしたばかりの、びわ湖ホールだけ、ともなれば、これは、もう、行かないわけに もいかないでしょう。6月の一般販売の開始日でも、なかなか電話がつながらずに、 苦労したことが思い出されます。

 さて、初めて行く大津、私はJR大津駅から攻めていきました。(^^; 駅を出て、 前の大きな通りを、北へと向かって歩いていきます。所々に彫刻なんかが置いてあっ たりして、なかなかおしゃれな街づくりですね。曇天のせいか、あまい人がいないよ うな感じもしたのですが… やがて、道が突き当たるところで、おぉ、目の前に琵琶 湖が、姿を現してきます。左手(西側)に雲をかぶった比叡山をかかえ、滔々と水を たたえた、その姿に感動しながら、足を東へ向けていきます。と、数分で、どぉ〜ん と、真新しいホールの偉容が目に飛び込んできます。さすが、滋賀県が満を持して 造っただけのことはありますね。辺り一帯が、水辺の公園として整備されていて、う ん、これは結構いいデートコースのような感じもしますなぁ。(^^;

 大ホールのエントランスをくぐると、大っきなロビー。向こう側は、ガラス張り で、琵琶湖が一望できます。なかなかのいい雰囲気の中で、公演を待ちながら談笑す る紳士・淑女… 気のせいか、えらく着飾った人達が多いように感じます。そりゃ、 世界に冠たるボローニャですから、正装して鑑賞したいという気持ちもあるのでしょ うが、手近なところで、世界の名演が鑑賞できるのですから、もっとリラックスして もいいんじゃない? というふうに思ったりもするのですが…

 私の席は、4Fの正面上手寄りの前の方。階段を上って、いざ、ホールの中に入る と… 写真等で見たことのあるボローニャ歌劇場のような、見事なオペラホールが、 そこに展開します。大ホールというから、もっと大っきいのかなという印象があった のですが、それに比べると、やや小ぶりな感じはしますが、なかなか、いいホールで す。いすも割とゆったりしていますし。が、そのいすの前にある手すりが、舞台を見 る時にちょっと邪魔かな、という気もします。この点は、大阪のカレッジ・オペラハ ウスと一緒ですなぁ…(^^;

 そして、いよいよ開演。客電が落ち、暗くなると… お、シャンデリアが暗くなり ながら上へ上っていく… んなことを見ていると(^^;、ランザーニさんが登場、いよ いよ演奏が始まります。で、このごく短い序奏だけでも、何か、他の公演とは違うも のが感じられます。それは、やはり本場ものだから、ということになるのかもしれま せんけど、オケのキレもとてもよさそうで、これからの展開が、より一層、楽しみに なります。それに、舞台美術もとても奇麗なんですね。いかにもロシア貴族の館、と いう豪勢な雰囲気が良く出ていて、窓の向こうには、向かいの通りが見えており、そ こには雪が降り… 革命前のサンクト・ペテルブルグの街の様子を彷佛とさせます。

 と、始まって間もなく、フェドーラのフレーニさんが登場してきます。ウラディ ミーロとの結婚を明日に控え、彼がいないことの不安さを抱きながら、彼への愛を 切々と歌い上げていきます。いやぁ、もう、フレーニさん、最初っから聴かせてくれ ますねぇ。その堂々とした容姿に加え、たっぷりの声量、豊かな表情に、会場は、一 気にフレーニさん色に染まっていくのでした。まさに円熟の極みというか、その艶や かな声には、ほんと、惚れ惚れとしますねぇ。そこへ、重体のウラディミーロが担ぎ 込まれ、悲しみが舞台の上に漂います。警官が、銃で撃たれたことを告げ、そして、 召し使い達に、尋問をしていきます。ここで、御者が、まさにその犯行の現場を見た ままを語るのですが、このアルベルリーニさんのバリトンが、とっても説得力がある なぁ、と感心しました。脇役とされる役でも、これだけしっかりと歌われるのですか ら、もう、これはただならぬものだぞ…と怖い気もしてきます。

 やがて、医師が重々しく、ウラディミーロの死を告げます。悲しみにくれる一同。 一方、犯人は向かいに住むロリスだ、ということが判明し、彼の館へなだれ込む警官 達、そこで展開する闘い、その窓越しの光景の描写も、なかなか素敵です。「逃げ た!」の一言を残して、暗幕が降りてきます。その暗幕の前で、一人、ウラディミー ロの死を悲しむフェドーラ、このバックに流れるヴァイオリンが、たまらなく切なく 響いてきます。まさに泣けと言わんばかりに、しっとりと弾いていくのが、感動的で もあります。そして、第1幕はここで終わりとなります。

 第2幕は、打って変わって、パリのフェドーラの館となります。フランスらしく、 上品で気品あふれる雰囲気の舞台になっています。「メリー・ウィドウ」のような (?)、社交界の華やかな様子がよく描かれていますね。序奏に続いてのワルツで、 紳士・淑女達が華麗に踊り出し、場はより華やいだ雰囲気になっていきます。オルガ の存在というのが、なかなかいいですね。話題を明るい方へと持って行く、その三枚 目役を演じているスカラベッリさんも、なかなかいいなぁ、と思います。男声陣を従 えてのアリアも素敵でした。

 と、お待ちかねのホセ・クーラのロリスと、フェドーラとのやりとりが始まりま す。「愛は君に愛さないことを禁じる」、この名唱には、ほんと、惚れ惚れとしま す。クーラさんの声も実に説得力のある、力強くハリのある声で、こんなんで愛を告 白されたら、女性はたまらないのでしょうねぇ。東京公演では、このロリスの役は、 カレーラスさんが演じることになっていて、そっちも聴きたかったのですが(^^;、そ れでも、さすが、ポスト・3大テノールと言われるだけのことはあります。改めて、 クーラさんの力というものを見せつけられたように思います。

 また、この辺りの2人のやりとりのバックですが、オケはだんまりとしているんで すね。変わりに、オルガの恋人であるラツィンスキーが劇中で弾くピアノが、うまい 具合にこの伴奏みたいになっているんです。何か、しんみりとした感じで、その上に フレーニさんとクーラさんというバリバリのお2人のやり取りが乗ってくるわけです から、余計にこの2人の声が際立って聴こえてくるのです。さすが、この辺りの曲の 作り方は、ジョルダーニの才能というものなのでしょう。

 そして、ついにロリスが、自分が犯った、ということを告白します。あなうれし や、ついに白状したか、この憎き敵め、今こそ仇を討たん、とばかりにロシア本国に ことの報告をする手紙を書くフェドーラ。舞踏会の会場から、応接間へと舞台が展開 していく中で、このシーンを支える音楽の、何と緊張感のあること! 息をつく暇を 与えません。再びロリスが現れてきて、彼に責め寄るフェドーラ、事の真相を明かす ロリス、彼がウラディミーロを犯ったのは、ウラディミーロが彼の妻と不倫をしてい たから、なのですね。その事実に愕然とするフェドーラ、既に配下の者達に彼が出て 行ったら、すぐに処分するように命じてあったものが、急に彼への憎悪が、愛情へと 変わっていくのです。この辺りの変化の表現の仕方が、またとってもいいですね。実 にドラマティックで、フレーニさんの声の表情も素敵です。2人で逃げましょうとい うところで、2幕は終わりとなります。

 第3幕、スイスの別荘で2人が仲睦まじく暮している場面となります。この背景の スイスの風景が、とっても綺麗で素敵なんです。幕が上がった時には、前面にシルク スクリーンが降りていて、そこに映像でスイスの山の中の緑溢れる風景が映し出され ているんです。おぉ、と思っていると、それが次第に薄くなっていき、スクリーンも 上がり、別荘のシーンが現れてくるというわけです。その背景に見えている湖の風景 もまた、綺麗に仕上がっていますね。いい感じです。そんな中で、愛に満ちた暮しを しているフェドーラとロリス、オルガがやってきて、ラツィンスキーに捨てられたと 言い、沈み込んでいます。とそこへ、デ・シリエがやってきて、彼は実はスパイだっ たと告げます。悲嘆にくれるオルガ、デ・シリエは、自転車で遠出でもして気を紛ら そうと誘いますが、実は、彼がやってきたのは、それが目的ではなく、フェドーラに 用があったのです。ロシアからの知らせにより、ロリスの兄が捕縛され、牢で死亡し たこと、それを聞いた母親もショックで死亡したこと、を伝えにやってきたのでし た。愕然とするフェドーラ、自分の犯した罪に恐怖を覚えている時、とそこへ、用意 ができたわ、とオルガが、デ・シリエを呼びに来ます。こういう唐突な話題の転換が あるのも、また実にリアルで、いいですね。

 一人残されるフェドーラ、そこへロリスが外から戻ってきて、届いた手紙を読みま す。彼が赦免されたことを知り、喜ぶのも束の間、もう1通の手紙には、兄と母の死 が書かれていたのです。悲嘆にくれ、そして、密告をしたパリの女がいる、と憎悪の 情を募らせます。ひたすら、なだめようとするフェドーラ、許してあげて、と彼にひ ざまづき、許しを請います。そうか、お前だったのか、とフェドーラの正体を知り、 一気に憎悪の念をたぎらせるロリス、2人のその迫真の演技には、ただ、息を飲むば かりです。フェドーラはついに毒を飲み、自殺を図ります。はたと我にかえる、ロリ ス。死なせたくない、と願う彼、許しを求め続けるフェドーラ、彼への想いを切々と 歌い上げながら、彼に抱かれてフェドーラは息をひきとります。あっという間の出来 事、という印象もするのですが、その真実に迫ろうとする、ドラマティックな演技 に、見とれていたからこそ、時の経つのも忘れてしまうのでしょうね…

 演奏も演出も舞台美術も全て、これがほんまもんのイタリア・オペラや! と言わ んばかりの素晴らしい出来で、その本場の舞台を十分に堪能できました。何回も繰り 返されるカーテン・コール、熱狂的な拍手はしばらく止まることがなく、フレーニさ ん、クーラさんも何回も私達の前にお姿を現してくれるのでした。会場中が至福に包 まれた時でした…

 公演後、外へ出ると、秋の気配の漂う中、琵琶湖の夜景の綺麗なこと。ああいう愛 のドラマを見た後だけに、何か切なくなりながら、しばし、夜景をぼぉっと見ていた のでした…(^^;